30.告白
――次こそは勝てるものを。
そう意気込み、現在棚から新たなゲームを物色中である。
頭を使うようなゲームだと負ける可能性が高いので、どうにか運でゴリ押しできそうなものが良かった。
念のため前置きしておくが、こうやって異世界で巻き込まれていることから分かるように、特別運がある方ではない。ただ、頭を使うよりかは勝機があると考えている。
ジェンガを見つけた。これなら私でも勝てるかもしれない。
すごろくもあった。
このうちどちらであれば私は勝てるだろうか。
「なぁ、ギルダ」
「ん~?」
「……自分から逸らしておいてなんだが、先ほどの話に戻ってもいいか?」
「いいわよ」
どうやら何か話が始まるらしい。
そのため、両方とも持って戻ることにした。悩ましいので彼に選んでもらうことにしよう。
レニーは目の前に並べられたゲームに一瞬目を輝かせたが、ふと我に返ったかのような顔をして、切なげな表情を浮かべた。
なんだ?
私が腰を下ろすと、何か物言いたげな彼と視線が交わった。しかし、すぐに外される。
「どうしたの?」
「あ、いや……その」
「ん?」
首を傾げて続きを促すが、彼はあっちこっちに視線をさ迷わせて落ち着かない。
手のひらも握っては軽く開いてと繰り返していて、およそ彼らしくない態度だった。なんだか緊張している様子だ。
こんなおどおどしていている姿は、最初に執務室で会った時もなかった。あの時は私を悪の魔女だと認識していたはずなのに、だ。
じっと観察していると、彼の陶磁器のごとく白い頬が、ほんのりとピンク色に変化していっているのが分かった。
「……こうやって貴女と過ごすのは、楽しい。とても、とても……充実していると感じる」
「ありがとう、私もよ」
にこりと笑みを添えて返せば、彼もふにゃりと口元を緩めた。
しかし、すぐに顔から色が消える。
「……だが、楽しいと思えば思うほど、貴女との別れが辛くなるんだ」
「!」
なるほど。“戻す”とはそういうことか。
先ほど「一緒にやれるだろうか」という、何とも返答のしづらい彼の呟きを流したままだった。質問のような、諦めを含んだ独り言のような、そんな言葉だった。
こうやって改めて話題に挙げるということは、きちんと私の言葉が欲しいのだろう。
「……そうね」
彼は何を求めているのだろうか。慰めか、共感か。何と答えたら、彼の気持ちが少しでも楽になるのだろうか。
だが「大丈夫よ!まだまだ帰らないから!」などと楽観的なことは言えなかった。既に地震は発生しているので、いつ噴火が起きてもおかしくない。それなのに、ここでいつまでも時間を潰すわけにもいかないのだ。それは、彼も十分に分かりきっていることだろう。
昔テレビで見たことがあるのだが、なかには地震発生から一年後に噴火が起こった例もあるらしい。もしかすると≪災厄≫もそれに当てはまるかもしれないが、それはあくまでも可能性である。それに、それならこんなに早く魔女が目覚める必要はない。予知の力がどの程度の精度なのかは不明だが、レニーの指輪問題が解決した今、すぐにでも噴火してしまうかもしれない。
レニーは立ち上がると、私の隣までやってきて、目の前のテーブルに浅く腰を下ろした。
見上げれば、口を真一文字に結んだ彼が視界に入ってくる。
そうして、少しの間沈黙が流れた後、彼がゆっくりと口を開いた。
「……たとえ未来で僕たちが再会したとしても、その後いつ噴火が起こるかは分からない。すぐに儀式をしなければならないかもしれない。……貴女が目覚めてから謁見まで、僕は一度も会いに行ってはいないのだろう?」
無言で頷くと、彼は溜め息をついた。
「信じられないな……。なぜ僕はそんな貴重な時間を無駄にするようなことを……」
私は同意するように二度頷く。
「確かにそれは謎なのよね。謁見での態度は仕方がないとして、塔で会うなら問題はないだろうし。立場上、二人きりで会うことはできないから、秘密を守るために、とかなのかしら」
「ふむ……会わなかった、ではなく、会えなかった、か。あり得るといえばあり得るが……」
「?」
何だか煮え切らない態度だ。
不思議に思って様子を窺うと、じっとこちらを見つめる彼と目が合った。
手が伸びてきた。
何となく私も同じように伸ばすと、重なり合い、やんわりと握られる。
「今の僕は、こんなにも貴女とずっと一緒にいたいと思っているのに、理解できないんだ」
クラリとした。
繋がった手から伝わる彼の体温が、やけに熱く感じられた。その熱は段々とピリピリ痺れる電流のように変化していって、私の体の中を暴れまわった。
思わず握られた手に力が入ってしまった。すると、それに応えるかのように彼がぐっと力を入れてきて、手が少し後ろに倒れた。
「指輪もあるのだから、僕なら無理をしてでも貴女に会いにいったはずだ。これから会えないことがこんなにもツラいのに、近くにいるにも関わらず、会いに行かないなんて馬鹿げてる」
どうしよう。どうしよう。
言葉が出てこなかった。
私の自惚れでなければ、これはそういう意味に捉えていいのだろうか。
混乱した。
私は彼が、未来で妻子持ちになっていることを知っている。
何より混乱したのは、彼のその未来を知っていてもなお、私が喜んでいることである。
失恋すると分かっていながらも、それでも、彼の好意――勘違いでなければ――は純粋に嬉しかった。
――待てよ失恋?
私は今、失恋と言ったか?
おかしい。おかしいぞ。
これでは私が、彼に恋をしているみたいじゃないか!
こんな、会って数時間しか経っていない彼に恋など……しかも相手はまだ少年……いや、それについてはこの後十分に大人になるのだった。
まさか、あの王子と異世界の少女のことを笑っていたこの私が!
短時間で!
恋などと!?
しかも妻子持ち!
確かに彼のことは好ましく思っている。しかし、それは恋愛感情などではない。
あくまでも彼との関係はビジネスパートナーだ。共犯者なのだから。
それ以上に進むことは、絶対にありえない。
ともかく。
きっと私は、彼の美貌と、そしてこの場の雰囲気やジェットコースター並の展開にドキドキしてしまって、勘違いしているに違いない。よく耳にする吊り橋効果というやつだ。
彼もそのせいで判断力が低下して、こんなおかしな妄想をしているのであろう。
――と、以上のことをおよそ二十秒で結論づけ、私は意を決して顔を逸らした。
握られた手の力が強くなった。
「……ギルダ…」
消え入りそうな声が聞こえたので、恐る恐る確認すると、酷く傷ついた顔が目に入った。
その表情、効果音をつけるならヘニョリである。お分かり頂けるだろうか?ヘニョリだ。
「……」
ものすごく良心が咎めてきた。このままだと私だけが悪者になってしまう。それは納得がいかないので、遠回しに現実を突きつけた。
万が一これが好意じゃなかった時でも、何となく言い逃れができそうな台詞である。
「……未来の貴方は立派な君主となっていて、跡継ぎの方も問題なかったわ」
「!」
彼には十分伝わったようだった。僅かに目を見張った後、俯いてしまった。
手がゆっくりと離れていく。
諦念の気持ちがこもってるかのような、深い溜め息が室内に響いた。
「……父上のことがあったからな。周りが王族が断絶することを恐れて、すぐに婚姻をして子供を作るよう言っているんだ」
「……まだ未成年でしょう?」
「あぁ。だから一旦は婚約の形で、成人後、すぐに式を挙げることになる。ちょうどこれから婚約者を決める予定だった」
「そうなの……」
いきなり国のトップになった途端、跡継ぎを求められるとは。まだ心の整理もついていない未成年に、そんな強引なことをするなんて。
魔女を倒すために王族が必要であるとはいえ、思春期真っ只中の彼にはかなり酷なことだろう。それでも、きっと彼のことだから王族の義務だと捉えて、了承したのだろう。
慰めの言葉をかけようとすると、徐に彼が立ち上がった。じっと動きを見ていると、手を取られ、そのまま彼の唇が手のひらに落ちた。
まるでスローモーションのようにそれが落ちていくのを、ただ眺めていた。なぜだか止めることができなかった。
伏せられた瞼を縁取る睫毛が、光に反射している。完璧な鼻の角度。シャープな顎のライン。
彼の背後に美しい白百合が咲き誇る幻想が見えた。周りが暗転して、彼にだけスポットライトが当たっているかのようだった。
彼の雰囲気ががらっと変わった。
少年から青年へと変わる、その成長途中の独特の色気に、自然と生唾を飲んだ。
彼は愛おしいものを扱うかのに触れていた。
やがてリップ音と共に、その瑞々しい唇が離れる。皮膚に押しつけられていたそれが元の形に戻る瞬間が、とても艶めかしかった。
未だに何が起きたのか分からなくて呆然としていると、掴まれた手のひらを私の左胸に押し当てられた。
左胸――そう、心臓である。
「それでも、今は独り身だ」
もう駄目だった。顔が真っ赤になった。
これほどの色気をもって攻められたら、人間何も言葉が出ないらしい。恋愛経験が豊富でもなんでもない私には、刺激が強すぎた。いくら彼が年下と言えど、そんなこと関係ない。
レニーは私の挙動不審な態度ににんまりとほくそ笑んだ。私に効果覿面であったことがバレバレだった。
一体、女の口説き方はどこで学んだのだろうか。もしや天性の才能か?
性格=真面目だと判断したことは時期尚早だったかもしれない。このまま彼の好意は軽く流そうとしていたのに、その計画が破綻した。
確かに、未来の彼に妻子がいたとしても、今の彼がフリーなのであれば、彼が恋をすることは悪いことではない。悩ましいのは私の立場なだけで、それを彼の気持ちを受け取らない理由とするには失礼に当たるだろう。屁理屈だといえばそうだが、筋が通るといえば通る。
それなら、受け取ってやろうじゃないか。
そもそも、これだけ狼狽えて赤面しておいて、貴方の気持ちには気づきませんでした、というお惚けは通らないだろう。
だから受け取ったうえで、私は魔女ギルダとしてお答えするのだ。
「……貴方は、今、私に……キスをしました」
「フフ。うん。それで?」
レニーは腕を組んで上機嫌に小首を傾げた。何を求められているのかが分かるのが嫌だ。
だがそうは問屋が卸さない。
「~~けれどもっ!貴方がキスをした私のこの身体は!貴方の曾曾曾……ええと、いくつ曾がつくのかは分からないわね。――ともかく!貴方は今、自身の祖母に愛を乞いてキスをしたようなものなのよ!!」
これでどうだ!とドヤ顔で彼を見れば、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。我ながらなかなか強行突破な方法だとは思うが、これはこれで間違っちゃいない。
「おばあちゃんっ子なのかしら!」
ダメ押しにもう一言加えておいた。
「……」
丸々としていたレニーの目が意味深に細まった。
かと思えば、ぷっと空気がもれるような音がした。
彼は肩を震わせて笑いを堪えている。
「雰囲気も何もあったものじゃないな」
そして風船が弾けるかのように、彼は声を出して笑い始めた。
私はハァと大きく溜め息をついた。
おかげで何となく流れていたピンクな雰囲気が、散らばっていった。
部屋にはレニーの笑い声が響いていた。




