28.親交促進イベント
実に濃い時間だった。
私はテーブルの上に力なく突っ伏した。
この聖域にある日記や手紙から、色々なことが分かった。
ギルダと初代国王は夫婦であり、彼らの子どもが王族の先祖であること。彼女は建国伝説にあるような悪女ではないこと。≪災厄≫とは火山噴火であること。歴代国王と彼女は、国が悲劇に見舞われる度に協力して守ってきたこと。私は彼女の生まれ変わりではなく、魂だけが乗り移っていること――等々。
今までの概念が、まるっと百八十度変わるような内容ばかりだ。
そして他にも分かったことがある。
それは、鏡の彼女が言っていた『指輪』についてだ。
先に述べた様々な真実は、この聖域に来て初めて知ることができるものだ。
だが、この聖域には、指輪の魔力を使用しない限り訪れることはできない。
レニーは当初、継承の証であるあの指輪を封印しようとしていた。
それでは≪災厄≫から国を守ることはできないので、そんな彼を阻止するために、鏡の彼女は私をタイムスリップさせたのだろう。
それなら、この時代のギルダに頼めばいいのでは?という疑問が思い浮かぶ。
ただ、わざわざタイムスリップなどという大がかりなことをさせたことを考えると、それができない理由があるのかもしれない。
そもそも、鏡の彼女はいったいどういう存在なのだろうか。
私はこれまで、彼女は私自身であると思っていた。
しかし、よくよく考えれば、それがどういう仕組みなのかは分からない。意思を持っている理由も分からない。
そんな状態であるにも関わらず、私はこれまで、大した違和感や疑問を感じてこなかった。
彼女が言うことは私が言うことなので、すべて正しいと思っていた。
その理由も分かった気がする。
彼女は、本物のギルダなのではないか。
正確に言えば、ギルダ自身はもう死んでいるので、彼女の思念のようなものが、魔法で保存されているといったらいいのだろうか。某有名魔法学校の映画二作目に登場した、宿敵のあの日記に近いものだ。
もろもろの真実が分かった今だからこそ、俯瞰で考えられるのだが――。
どうも私には、自身がギルダであることを抵抗なく受け入れるような――。つまり、私とギルダの境界線が有耶無耶になるような魔法がかかっているらしい。麻痺というか、判断力の低下というか……まぁ、言うならば洗脳だ。
その方がギルダに同調して、国のために動く可能性が高いからだろう。私のような典型的な“いいこ”を選んでいることからも、かなり周到に準備していることが窺われる。
国の平和がかかっているのだ。それくらいは想定内だろう。
さて、そう考えれば、鏡の彼女が、“私の記憶にない情報”を与えてくれたことに納得がいく。
魔法の使い方然り、指輪然り――鏡のギルダは、私のナビゲーターの役割を果たしているのだろう。
それは、無知のままだとこの国を救えないから。
もちろん、同じように、彼女が日本語のカタカナを使っていたのは、彼女=私だからではない。
あの時間、私は“私”として、本物のギルダと相対していたのだ。
言い換えれば、彼女は、“ギルダである私”ではなく、“本来の私”に話しかけていたのである。
*
――と、いうわけで、このタイムスリップの目的であろう『レニーに指輪をつけさせること』は無事に完遂できた。
元の場所にはいつ戻れるのだろうか?
やはりまたあの鏡を使うのか。
見たところ、聖域に鏡は用意されていないようだった。一旦、執務室まで引き返す必要があるのかもしれない。
火山の対処があるからまさか戻れないなんてことはないと思うが、少々不安である。
「……あら?」
突っ伏した姿勢のまま、顔をずらし、室内を観察していた。
すると、棚の低い位置に置かれた見慣れたフォルムを発見した。
見慣れているのは前の世界でのことだ。
懐かしくなって駆け寄り、手に取って確かめてみた。
間違いない。
「トランプ!」
こんな場所で出会えるとは!
質感やサイズ、見た目、そしてカードの種類までも、すべて同じだった。この世界に来てからはゲーム類にまったく触れてこなかったので、久しぶりの対面である。
よくよく見てみると、その棚にはトランプの他にも、すごろくやオセロといった懐かしいゲームがいくつも置かれている。
「トランプとは何だ?」
レニーが隣にやって来た。
それで、ハッとする。
そういえば、六百年前の国王の日記で、二人が遊びに興じるような内容が書いてあった。
きっとここに陳列されているゲームは、ギルダと国王がこれまで遊んできたものなのだろう。私のような異世界の知識を持った過去のギルダが魔法で用意し、遊びを通して仲を深めていたのかもしれない。
それなら、私たちもそれに則ろうじゃないか。
「レニー、ちょっと付き合ってもらえる?」
彼はきょとんとしながらも素直に頷いた。
どうやらこの国にトランプの概念はないらしかった。用意するのも簡単で、西洋のオーソドックスなゲームであるのに不思議なものだ。
そこで、教えるのも覚えるのも簡単な、ババ抜きで遊ぶことにした。
「ギルダ、このペアで合っているか?」
そう言ってレニーは、手札から二枚ひっくり返した。
スペードとクラブのエースだ。
「えぇ、問題ないわ」
「分かった」
彼は手札を軽くさらうと、捨てられたカードの山もすべてチェックした。ペアとはどんなものか、再度自分が覚えた内容との相違を確認しているらしい。
一頻り見て納得した後、彼は今度は「交互に一枚ずつ引いていくんだよな」と聞いてきた。
肯定を返せば、それで確認はすべて終わったようだった。どことなくわくわくした様子で、手札を私に向かって掲げた。
「どうぞ?」
ちなみにババは私の手元にある。
幸先悪いスタートだが、楽しそうにしている彼を見ていると、私まで気分が上がってくるようだった。
「ありがとう。でも、手加減はしないわよ?」
「もちろん」
勝負が始まった。
ところで、これは親交促進イベントである。どうせなら、世間話も交えた方がいいだろうと思った。
何を話そう、と私の手札をじっくり吟味する彼を眺めながら、思考に耽る。
無音。
――いや、微かに水の音がする。
「向こうの泉、本当に幻想的で美しいわよね。初代国王はいい趣味してるわ」
チラリとこちらに向けられた視線と、一瞬ぶつかった。
カードが抜かれ、そして捨てられた。
「……そうだな。あんなに大量の薔薇は生まれて初めて見た。魔法か?」
「そうねぇ……。まぁ、そうだと思うわ」
私の番だ。カードを抜いて、捨てた。
「きっとあの水が栄養分ね。魔力がふんだんに含まれているから、その水を吸うことで、太陽がなくとも花を咲かせているんだと思う」
再び彼がじっくり選んでいるのを見て、悪戯心が湧いた。くるくると手札を回す。
非難めいた眼差しが送られてきたが、微笑みで迎え撃った。
視線を合わせたまま、彼はカードを取る。そして、捨てた。
二人だけだからさくさく進む。
「あの泉に赤薔薇は合ってるけれど、どうせだったら他の色の花も見てみたいわね」
「たとえば?」
「う~ん、真逆の青いお花とか?」
引けば、また順調にペアがそろった。
最終的に今手元には三枚のカードが残っている。うち一枚は悲しいことにババだ。
彼は上手い具合にそれを避け続けていた。もしここにアーチーがいたら、絶対にババにかけて生意気なことを言いそうな場面である。
「青い花が好きなのか?」
「そうね。花は何色でも好きだけど、特に青は好きかもしれないわ」
「そうか」
彼はそう淡々と返すと、引いたカードを確認し、捨てた。
そしてニヤリと笑って手札を掲げた。
そこにはもう、一枚しか残っていなかった。
「ウソ……!」
「さぁ、どうぞ」
おかしい。
さっき聞いたばかりの台詞だが、今度のそれは終わりの合図だった。
あの後、二回チャレンジしたが、いずれもレニーに惨敗した。さすがに運が良すぎると訝しむと、どうも私の表情やら視線やら、手の動きやらからババを判断していたらしい。
分かりやすい私が悪いのかもしれないが、まさか初心者の彼が、そんな高等テクニックを使うとは思わなかった。
と、いうわけで、現在はオセロに変更した。
オセロもこの国にはないということなので、軽く説明をした。
実は、ボードゲームは他にチェスもあり、彼はチェスは知っているとのことだったが……あいにく私が無理だった。
教えると言ってくれたが、あんな頭を使うゲームをこの短時間で理解できる訳がない。
それに単純に、勝ちたい。
美少年がチェスを指すところはぜひとも脳裏に焼きつけておきたいところではあるが、それはそれ、これはこれである。
相変わらずレニーは口元を緩ませながら、楽しそうに盤面を見下ろしている。その姿は未来の彼の姿とは似ても似つかなかった。
「……あれは演技だったのかしら」
唐突な私の言葉に、レニーは首を傾げた。
謁見での出来事を簡単に説明すると、彼は眉を下げて謝罪した。
「いいのよ、気にしないで。真実を知った今なら分かるわ。あれは、そうするしかなかったと」
「……ありがとう」
彼は力なく笑うと、ふと、何かを思いついたような顔をした。
「恐らく」
そう前置きをして、顎に手を当てた。
「無表情だったり、不機嫌だったり――そんな風に感じたのは、僕が我慢していたからかもしれない」
「我慢?」
彼はフン、と鼻息をもらす。
「だって、そうだろう?周りの何も知らない連中は、ギルダのことを好き勝手言うんだ。それは王の目論見通りに事が進んでいるという証拠で、いいことだ。言い換えれば自業自得。仕方がないことなのかもしれないが……」
「……」
悔しげに唇を噛みしめる姿に、とある考えがストンと降りてきた。
謁見は、私のなかで嫌な出来事に分類されており、思い出すのも嫌でこれまで振り返ることはなかった。
しかし、改めて思い返すと、確かに陛下――レニーは、私に対して批難するような言葉を何一つ言わなかった。彼は裁判官のように、淡々と質問を述べただけだった。
私の処罰も、死刑を望むような人々の言葉を丸々無視して、ジュードの意見に促されるように軟禁のみに留めた。強制労働こそ言い渡されたが、そんなの前からやっていたことだった。
――そうか。
ジュードの演説は素晴らしかった。
けれども、私が死刑を免れたのは彼の力だけではない。
力説に陛下が納得したからではなかったのだ。
――つまり、最初から陛下に、魔女を罰する気などなかったのだ。
そうでなければ、二度も国の転覆を目論んできた悪女に対する罰としては、軽すぎる内容だ。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
恐怖心から無意識に考えることを放棄していたのかもしれない。
あの謁見はいわば、国民を納得させるためのパフォーマンスだ。
既に魔女を捕らえており、そのうえ、その魔女を倒すキーパーソン(異世界の少女)を手に入れているという王家の力を見せつけるためのものではない。
そういう風に、国民に思い知らせるためのパフォーマンスだったのだ。
だから、魔女には手を出すな――と。
あの時、暴動が起きかけていた。
つまりあれは、魔女を守るための謁見だったとも言えないだろうか。
――そうだ、思い出した。
あの陛下の、謎の視線。
目が合ったのは勘違いだと判断したあれは、そうではなかったのだ。
露骨に逸らされたあれも、きっと彼が意識してやったことなのだろう。
レニーは言葉を続けた。
「もしもその場に二人だけであったなら、僕は貴方のもとまで駆け寄って、大いに再会を喜んだはずだ」
彼は強い眼差しで、そうはっきりと告げた。
――そう。はっきりと、だ。
「……あ、りが、とう……」
あの恐ろしい場で、ジュードだけでなく、レニーまでもが私を守ろうと尽力してくれていたという事実に、心が震えるようだった。
胸が、熱く燃えるように痛い。




