27.一番ふさわしい魂
――この先悲劇が起こるか。
材料はそろっているので、その質問には是と答えるしかない。
しかし、父親を亡くした喪失感と、責任感という呪縛に苦しんでいた少年に、その事実を突きつけていいものか悩んだ。
聡い彼ならきっと答えは分かっているのだろう。それでも、敢えて質問してきたことを、私はどうやって受け止めたらいいんだろうか。
「……えっと」
「起こるんだな」
「…………ハイ」
妙案を思いつくまで、曖昧な返事をして時間を稼ごうとした。
だが、すぐに窮地に追い込まれてしまった。誤魔化しようもないお粗末な反応をしてしまったので、呆気なく降参する。
彼はこくりと頷くと、このタイミングでやっと私の手を解放した。
そして、握るために必然的に前のめりになっていたところを、深く腰かけ、背もたれに体を預けた。
俯いてしまったので表情は分からない。
不安になった。また泣いてはいないだろうか。
聞こえてきたのは、長い溜息の音だった。
「……レニー?」
「……」
「大丈夫?」
「…………ん」
顔を上げた彼の目に涙はなかった。彼は存外、平然としていた。
ほっと胸を撫で下ろすと、レニーはすっと目を細めた。
「――僕はこの国の王だ」
彼ははっきりとした声音でそう告げた。
私に言ったのだろうが、どことなく自分に言い聞かせているようにも感じた。
「王として、この国が悲劇に見舞われるのを知りながら、ただ黙って見ているわけにはいかないだろう」
彼の決意を聞きながら、私が代わりに泣きそうになった。
真面目さゆえの責任感で縛られていた彼が、今度は国の平和という七五三縄くらい太い縄で拘束されかけている。
彼のなかに、逃げるという選択肢はないだろう。
なぜなら真面目だから。
ギルダや歴代の国王たちが必死で守ってきたものを、彼が簡単に放棄するはずがない。私も似たような性格だからよく分かる。
――私が、やらなくては。
それが己を突き動かすのだ。
くたくたになるまで、心が擦りきれるまで、その思いが原動力となり、己の職務を全うする。
真面目とは難儀な性格である。
だからといって、安易に「ツラいならやめたら?」と言うことはできない。ここで逃げたら、後で絶対に後悔するからだ。
それなら、自分が我慢するだけの方がマシだと彼は思うだろう。これまで先人たちが積み上げてきたものを壊すほど、彼は自分勝手ではない。そして私も、それを後押しする勇気はない。
そんな彼に私ができることは、ただ一つだった。
協力すること。
つまり、彼のために力を使うこと。
なんとなく、私が『一番ふさわしい魂』だと判断された理由が分かったかもしれない。
皮肉なことに、私はここの世界でも“いい子”を求められているのだろう。
苦笑いしか出てこない。
だが、彼が国を見捨てられないのと同じで、私もこのまま彼を見捨てることはできなかった。
出会ってから少ししか時間は経っていないが、それでも、情が湧いてしまった。
特に、私には助けられる力があるのだ。
――彼の手助けがしたい。
自然とそう思った。
自分に似た彼を助けることで、間接的に自分を救いたいのかもしれない。
物語の主人公がハッピーエンドを迎えるのを見て、自身に幸せを感じるようなあれだ。
自分のため、なのだろうか。
しかし、どのような思惑が隠れていようとも。
結果として、両者が幸せになれるのであらば。
そのために喚ばれたのであれば。
私は、為すべきことをすべきなのだろう。
「――えぇ、立派だわ。私も出来うる限り、貴方に協力しましょう」
レニーの顔に笑みが浮かんだ。
ありがとうと口元を緩めるその顔は、まだまだあどけなさがあった。
それを眺めながら、「あぁ、またこの世界に大切なものができてしまったなぁ」と、ぼんやり思うのだった。
*
私は、ここに来るまでに大きな地震があったことを話した。
また、夢のことも話した。
夢に出てきた町について話した際、それは山付近の集落と似ているとのことだったので、やはりあれは予知夢であるようだった。
あの時、ジュードたちが苦笑いしていたのは、その情景が現実の町と似通っていたからだろう。私が歴史通りの悪女になる可能性が捨てきれないところで、そんな話をされたから、警戒してしまったのだろう。
「過去二回と同じだな。恐らく、その地震によって噴火が誘発されるのだろう」
レニーは腕を組むと舌打ちした。
育ちがいいのに、意外と下品なところがあるらしい。
唖然とすれば顔を逸らされた。
「やってみたかったんだ……」
ほんのり頬を染める姿に、口から何かが出そうになって瞬時に押さえた。「貴女と僕は秘密の共有者で、唯一の対等な関係だ。少しくらい羽目を外してもいいじゃないか……」思わず可愛い可愛い連呼しながら、頭を撫でくり回した。
あまり慣れていないのか、それとも緊張しているのか。撫でられている間、体が硬直していた。
先ほどから何回か撫でていたが、その時は考え事をしていたので気づいていなかったのだろう。
一応嫌ではないらしく、そのうち撫でやすいように頭をこちらに傾けてきた。めちゃくちゃ可愛い。
しかし、しばらくすると――。
「ェヘンッ!も、もういいか!?」
と、突然我に返ったようで、おろおろしながら距離を取った。
残念ながら、いくら取り繕ったところで、私は嬉しそうに目を細める姿をばっちり見ている。やっぱりめちゃくちゃ可愛いな、とニヤニヤしてしまった。
そしてそれと同時に、あまりにも素直な彼に不安が過る。
「……ねぇ、知らない人にはついてっちゃダメよ?男女ともに危険なんだからね?」
「?肝に命じておくが……。なんだ、僕のことを心配しているのか?」
「当たり前よ!誘拐されないか心配だわ。危険は前だけじゃないの……」
「?」
彼は困惑していたが、それも一瞬のことで、じわじわと口元に笑みが広がっていく。
そして最終的には、背後にお花を咲かせながら笑った。
「ありがとう。心配してくれて嬉しい」
「……」
「?」
「…やっぱり私が守らないと……」
「うん?よく分からないが、嬉しいよ」
彼は年上の女を転がすのが、すこぶる上手いらしい。
私はただ悶絶していただけだが、黙っていたので、話が一区切りついたと思ったようだ。
レニーは再び真剣な顔つきで、噴火について考察し始めた。
「次回も同じように対処すればいいんだろうか……。そもそも『守った』とあるが、具体的には何をすればいいんだ……?」
「これよね?」
私が指差したその先には『儀式』とある。
五百年前の国王とギルダは、その儀式とやらを行い、国を脅威から守ったようだ。
――ふと、あの魔法陣が思い出される。
「初代の記憶のことだけど、部屋の床に魔法陣があったのは見た?」
レニーがぱっと顔を上げた。
「……見た。もしかしてあれが儀式か?」
「恐らく」
さすがにどんな陣かは覚えていないから、また確認しないとダメだろう。
魔法に関しては、少し考えればパッと頭に思い浮かぶのが通常だった。けれども、その儀式の魔法陣については何も浮かんでこなかった。
面倒だなと眉間にシワを寄せていると、ダメ元でパラパラとめくっていたレニーが、儀式に関する記載を見つけたようだった。
「“聖域”……。ふむ、どうやらこの場所は聖域と呼ぶらしい。そういえば父上も言っていたな。――初代が作った聖域が、つまり今僕たちがいるこの二つの部屋のことのようだ」
「泉は分かるとして……こっちも?」
「だそうだ」
「ふうん」
改めて室内を見回す。
なんとも素朴な部屋で、聖域などという神々しい名前は似合わなかった。
レニーがぽつりと言った。
「……思い出の部屋なんじゃないか?」
「思い出の部屋?」
振り返ると、彼は柔らかく微笑んだ。
「ギルダと初代の、思い出の部屋」
彼の口からロマンチックな言葉が出てきたことが予想外で、反応が一瞬遅れる。
「……なるほど。だから田舎っぽいのね。つまり、ここは二人の愛の巣ってわけだ」
彼は苦笑いした。
「で、この聖域で儀式をすると?」
「そのようだ。あの泉の中心に今もギルダが寝ているだろう?あれが儀式の場所らしい。先ほど魔法陣は確認できなかったが、あそこに横たわり、魔力を注ぐと書いてある。その際、異世界の少女の血を水面に垂らすことも」
「血を?……あぁ、そうか。異世界の生娘の血には、魔力を増幅させる効果があるんだわ」
これについてはパッと閃いた。
「そうだ。そのために、毎回異世界から喚ぶ必要があるのだろうな」
泉には、儀式が行えるように最初からどこかに魔法陣が組み込まれているのかもしれない。恐らくあの東屋だろう。
結果、魔力を注ぐだけになるので、私にとって難しいことはない。
血についてもそうだ。
何リットルも必要なわけではないようなので、少女にお願いすれば、献血感覚で協力してもらえるだろう。
思っていたよりも簡単で安心した。
異世界の少女――。
彼女との面識は謁見時のみであるが、可愛らしい少女だったと記憶している。
てっきり彼女が、ヒロインのような役割を持っているのかと思っていたが……。それは私がネット小説の読みすぎだったようだ。
これまで、少女の存在は国の救世主だとして伝えられてきた。
だが、真にそれに値するのは、魔女ギルダであり、彼女はただ血のために喚ばれたにすぎない。
初代の日記によれば、一人目の少女は正義感が強く、そこを人々にうまく利用されて唆されたような印象を受ける。
きっと当時、ギルダも儀式を行うか悩んでいただろう。自身の命だけでなく、子どもの命も抱えていたのだから。
そしてそれは、愛しい人を置いていくことにもなる難しい決断だった。
しかし、赤の他人が渦中に引き入れられたことで、ギルダは少女のためにも、最終的に決心したのだろう。
なぜなら、彼女はきちんと少女を元の世界に帰しているのだから。
騙されていることに気づかず、正義感を振りかざす少女の行動は愚かだ。
しかし、彼女の協力がなければ、人々を守ることができなかったことは確かだった。よって私は、彼女もこの国の救世主には違いないと思う。
少女は浅慮でこそあるものの、人々を助けるという信念を持ち、立ち向かった。それはとても勇気のある行動だ。
見知らぬ場所で戸惑うことも多かっただろうに、自身ができることをきちんとやり遂げたのだ。
それならば、本来の“悪”とは、ギルダや異世界の少女を利用した、集落の人々ということになるのだろうか。
私は、そうではないと思う。
彼らは、自身や大切な家族、恋人、友人たちの命を守りたかった。
そのために、ギルダを差し出すという最善の選択をしたにすぎない。
彼らは守るべきものを守るために、ただ自分たちができることをしただけなのだ。
それが結果として、ギルダを守りたい初代との間に溝を生んでしまった。
結局、ここには“正義”も“悪”もない。
立ち位置の問題だった。
みんなが己が大切なもののために、最善の行動をしただけだった。
ただ、彼らのその行動が、真っ向からぶつかるようなものだったことは、悲劇としか言いようがないだろう。




