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25.初代の決意

 ――パァンッ。


 いつの間にか再び頭上に現れていた光の球が破裂した。おびただしい数の光の粒子が空中を舞う。今度はほとんど何も見えなかった。


 あまりの数に目がちかちかして痛かった。腕で遮って様子を窺っていると、どんどん元の部屋へと戻っていく。

 瞬きを四回か五回ほど行ったあたりで、もう一つも粒子は見えなくなった。


 そして、まるで何事もなかったかのように、先ほどまでの平穏な光景が戻ってきた。




「今のは……何だったんだ?」


 レニーは長い息を吐く。緊張していたのだろう。


「……記憶だと思うわ」

「記憶?」


 そう。恐らく私たちが見た――見せられたのは、初代国王の記憶だろう。

 これはあくまでも私の勘だが、この発動した魔力が魔女のものなので、何となく分かっただけだ。


「初代国王の……」

 彼はふむ、と言って腕を組む。

「女性の外見は貴女とまったく同じで、そのうえ“ギルダ”と呼ばれていた。彼女は過去の貴女なのだろう。とすると、あの男性こそ……」

 そう言ってごくりと唾を飲んだ。


 ――そうだ。あの場で私に縋りついていた男こそ、初代国王その人なのだろう。


 ということは、私の旦那だ。


 残念ながら、あの光景を見ても全然ピンと来ることはなく、記憶がよみがえることもなかった。

 もちろん男性に見覚えもない。


 ただ、何となくレニーと雰囲気が似ていた。

 面影があるというか……ずばり泣き方がそっくりだった。血筋なのかもしれない。

 可愛らしい家系だこと、とつい二人の泣き顔を頭に浮かべてにやりとした。



 そんな私とは反対に、彼は顔を青ざめさせていた。


「これが……“真実”……」


 そう震える声で呟く。


 その様子にハッとして、逸れていた思考が戻ってきた。


 下唇を噛みしめる彼の姿が痛々しかった。眉間には何重にもシワが寄っている。

 私は、そんな彼を見つめながら重い溜め息を吐いた。複雑な心境だった。


 本当のところ、思考はたまたま逸れたわけではなかった。

 無理矢理逸らした――考えないようにしただけだった。


「……ねぇ、とりあえず、もろもろはこれを読み終わってからにしましょう?」


 私はページを一枚摘まむと、ぺらぺらと左右に動かした。

 次のページには何か記載があるようだ。


「……あぁ」


 彼はこめかみを押さえて頭を振ると、先ほどのように本に手を伸ばした。

 その手に力が入っていないように見えるのは、気のせいではないだろう。




***




『――月――日』

 前回からかなり時間が空いたが、今日をもって最後の日記とする。

 結論から言えば、山は鎮静化した。この地に、再び平和が訪れたのである。


 ギルダという、最愛の犠牲によって。


 あの日、異世界の少女とギルダを含めた魔女たちによって、儀式が執り行われた。

 老婆の予言通りである。

 彼女は人々を救い、少女を帰し、そして無事に私たちの子どもを出産した。


 そのすべてが彼女のおかげである。


 しかし、私はまったく喜べない。

 彼女のいないこの地に何の意味があるのか。

 私がこの地に留まっていた理由はただ一つ、彼女の存在があったからだ。

 いっそ後を追いたかった。


 だが、きっと私がそんなことを考えるのを彼女は分かっていたのだろう。

 あの子の存在がそれを止める。

 あの子を置いて死ぬことはできない。

 こうなることが分かっていたから、彼女は最期に力を振り絞ったのかもしれない。

 今の私にとって、あの子の存在と、ギルダとの約束だけが、生きる糧となっていた。


 儀式によって力を手に入れた彼女は、この先もこの地に災害が訪れると予言した。

 あの予言の魔女の魔力を手に入れたので、それは逃れようのない未来なのだろう。

 いくらひどい扱いを受けようとも、彼女は生まれ育ったこの地を愛していた。

 それらを知って放っておけるほど、彼女は非情な人間ではなかったということか。

 私としては、そんなことは放っておいて、三人で暮らしたかった。

 けれど、もともと彼女のそんな優しいところに惹かれたので、複雑な気持ちだった。


 彼女はこの地を守るために眠りにつき、必要になった時に目を覚ますという。

 少なくとも私が生きている間は、もう会うことはないと言っていた。

 もし万が一目覚めたとしても、それはもう彼女ではないとも言っていた。


 彼女は、他者にとっては非情な人間ではないかもしれない。しかし、私にとっては非情だった。

 なぜ、勝手に一人で決めるのだろう。

 なぜ、相談してくれなかったのだろう。

 私たちは夫婦ではなかったのか。

 いっそ、そんな彼女を嫌いになれたら良かった。憎めたら良かった。


 それでも私は、彼女を愛していた。


 私は悩んだ。

 悩んだ末、ギルダとの約束を果たすために、この地をまとめあげることにした。

 それが一番都合がいいと思った。

 統治者になりさえすれば、この地やギルダを守るのに動きやすいと思った。


 それに、そうでなければあの子を守れない。

 ギルダとの子どもだとバレてしまったら、どうなるか分からない。

 人々の間で、あの悲劇はすべてギルダのせいになっているのだから。

 エドワードが我々の願いを聞き入れてくれて、義父となってくれて、本当に良かった。

 あの子には、王位を譲る際、すべてを明らかにするつもりである。

 過去の知識が、ここにきてこんな風に役に立つようになるとは、皮肉なものだ。

 人生とは本当に何が起きるか分からない。

 だがそう考えると、あの忌ま忌ましい出来事は必然だったのかもしれない。



 彼女からもらった魔法の指輪で、あの時の記憶を日記に残しておいた。

 いつでも鼓舞できるように。

 子孫に理解してもらえるように。


 そして聖域も作った。

 私と彼女の秘密の場所だ。

 彼女はそこに眠っている。

 まるで本当にただ眠っているだけのようで、何度も名前を呼びかけてしまった。


 分かっている。

 あそこにあるのは器だけだ。

 だが決して返事はないと分かっていても、それでも今後も止めることはできない。

 



 私は、王になる。




 この地の未来をつくるために。

 家族の未来を守るために。


 それが、彼女との約束だから。

 愛しいギルダの最期の願いだから。



 私は何としても、それを叶えたい。




***




 ――愛する息子へ


 お前が王位を継ぐ時に、この手紙を渡してもらうよう頼んであった。

 お前の出自について、真実を話そう。

 もしかするとこれを知って、怒りや悲しみを覚えるかもしれない。

 だが、私は決してお前を騙そうとして、そばにいながら黙っていたわけではない。

 お前を守るために必要だったからだ。

 だからこれだけは信じてほしい。


 私は、私たち夫婦は、お前のことを蔑ろにしたわけではなく、大切に思っているからこそ、愛しているからこそ、この決断をしたのだ。



 お前はエドワードの息子として育てられてきたが、事実は異なる。

 お前の父親は私で、そして母親は魔女ギルダである。

 私たちは夫婦であった。

 彼女が災厄を引き起こしたと言われているが、それは事実ではない。

 彼女はむしろこの国の救世主であった。

 色々な思惑が重なり、あたかも彼女が元凶であるかのようになっているだけだ。

 私にとってそれは本意ではなかったが、彼女との約束を果たすうえで、仕方がないこととして受け止めている。

 そのため、事実ではないものの、王妃が災厄を引き起こした張本人とあっては外聞が悪いので、表向きには独身を貫いている。


 エドワードは協力者だ。

 私が彼に頼んで、お前の父親と偽ってもらっていた。

 今まで騙していて本当にすまなかった。

 どうか彼を責めないでやってほしい。

 私の願いを聞き入れてくれただけなのだ。彼には少しも非はない。



 建国に関する真実は、エドワードに渡されたであろう私の日記のなかにすべて残してある。

 彼にも色々話を聞くといい。

 彼は始めこそ私とギルダの仲を否定していたが、最終的には応援してくれた。

 私の最も信頼できる友だ。

 困った時はこれからも彼を頼りなさい。

 本当に血が繋がった親子でなくとも、彼は間違いなくお前を愛している。

 もちろん、私も。

 そして、ギルダも。



 ギルダは、お前の母親は、本当に素晴らしい女性だった。

 彼女と過ごした時間はかなり短いものだったが、それでも、私の人生のなかで一番幸せな日々だった。

 

 彼女のおかげで私はお前に会うことができ、そしてどん底まで落ちていたあの頃の私に、再び生きる目標をくれた。

 目を閉じれば鮮明に思い出される。

 彼女の声。

 彼女の匂い。

 彼女の笑顔。


 私にとって、一番愛しい人。


 彼女は、今も聖域に眠っている。

 王の継承の証、指輪を使えば会うことができる。


 その指輪は、ギルダが私にくれたものだ。

 眠りにつく直前、魔法を施し、魔力のない私でも魔法が使えるようにしてくれた。

 同じように、魔法使いでないお前でも、指輪をはめれば魔法を使えるようになる。

 仕組みは分からないが、私たちの血筋の子であれば誰でも使えるらしい。


 私はその指輪を使って、聖域をつくった。

 そこには、同じように指輪を使って用意した、鏡を通して行くことができる。

 私の部屋にあるあの大きな鏡だ。

 指輪をはめれば自ずと使用方法が分かるだろう。そういう不思議な代物だ。

 彼女が他者に見つかってはまずいので、王のみが行き来できるようにしている。

 お前にとって、初めて母親に会う貴重な経験となるだろう。

 彼女が目覚める時は、それはこの地に悲劇が訪れるということであるが……。もし目覚めないままでも、恨まないでやってほしい。

 彼女はお前のことを愛していた。

 それは紛れもない事実だ。



 あの時、未来を予知する力を手に入れた彼女は、この地がこの先も安泰ではないことを悟った。

 彼女は私たちのために、一人すべてを背負って、この地を支えることを選んだ。

 彼女の力さえあれば、彼女さえ犠牲になりさえすれば、この地は安泰なのだという。

 まったく、ひどい話だろう?

 だが私は、その彼女の覚悟を無駄にしたくはなかった。

 だからこそ、国を興した。

 彼女が裏で支えるなら、私が表でできることをしよう、と。


 彼女に対する愚痴ならすでに私が何度もこぼしている。

 一人で全部背負おうとするなんてなんて馬鹿なんだ、一体自分の命を何だと思っているんだ、とね。

 でも、それが彼女のいいところだった。

 実のところ、お前もそういうところがあるだろう?

 まさに彼女を見ているようだったよ。



 私たちの愛しい息子。

 彼女も、私も、十分な親とは言えないだろう。ほとんど育児放棄だからな。

 それについては、本当にすまないと思っている。

 もし生まれ変わって、また家族になることができたら。

 今度こそ三人そろって、のんびりと暮らしたいものだ。



 ここまで、色々と頭が痛くなるようなことを書いてきたが……。

 母親に関して、誤解してほしくなかったという気持ちももちろんある。

 だが何より、次期国王として、真実について知っておくべきだと判断したのでこの手紙を残した。


 とは言っても、この先、お前がどんな選択をしたとしても、私たちがお前を責めることは決してない。

 安心してくれ。



 私たちはいつでもお前の味方だ。



 最後に。

 私の、最期のお願いだ。

 お前が私たちを許せなかったとしても、彼女に一度でいいから会ってやってほしい。

 お前の元気な姿を見れば、彼女もきっと安心するだろう。




 今まで、本当にありがとう。

 お前の幸せな未来を心から祈っている。


 


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