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24.初代の日記

『――月――日』

 国を出てからもう一ヶ月だ。随分と遠くまで来たようだ。

 見つからないようにと森の中を進んできたが、いよいよ食料も尽き、獣から逃げる体力はもちろんのこと、歩く体力すらない。

 もうすぐ、この命は尽きるだろう。


『――月――日』

 奇跡が起きた。

 美しい女性に出会った。

 女性はギルダと名乗った。

 彼女のおかげで我々は久しぶりにきちんとした食事を摂ることができた。

 その後、彼女が住む集落まで連れていってもらい、しばらくの間空き家を借りて滞在することになった。

 集落は、山と山の間の細い道を通り抜けた先にひっそりと存在した。

 高い山に囲まれているが、これなら外敵に襲われる心配はない。

 この集落の他にも、いくつか似たような集落がこの地域にはあるらしい。

 まさに秘境の地だ。ここでなら私たちも心を落ち着けて休むことができるだろう。

 それにしても、途中ですれ違った人に言われた「気をつけろ」とはどういうことだろうか。


『――月――日』

 この間の疑問はすぐに解決した。

 彼女は、魔法を扱う魔女だという。

 魔法という不可思議なものの存在は風の噂には聞いていたが、初めて見た。

 私も力を使うことはできるかと聞いたが、才能がないらしい。残念だ。

 この近辺に住む魔女は、あと三人いる。ギルダ以外の全員が年老いた魔女だ。

 なかでもギルダは、一番強い力を持っているようだった。

 どうやら、集落の人々はそんな魔女たちを忌避しているようだった。

 私が一人の時は気軽に話しかけてくれるのだが、ギルダと一緒にいると遠巻きに見ているだけである。

 彼女はとても優しい人なのに。


『――月――日』

 最近、つい目で彼女を追ってしまう。

 目が合うと恥ずかしいが、嬉しい。

 これが何なのかは薄々と……分かっている。


『――月――日』

 こんなにも穏やかな日々をまた過ごせるようになるとは思わなかった。

 まるで子どものように、朝が来るのをそわそわと待ってしまってなかなか寝つけない。

 彼女と共に過ごす時間が好きだ。

 彼女のことが、好きだ。


『――月――日』

 当初は数日過ごせば出ていくつもりだったが、すっかりこの場所に慣れてしまった。

 それに、ここには彼女がいる。

 私はここを出ていくつもりはない。

 だが、エドワードは出ていくべきだと何度も訴えてくる。

 彼は、ギルダや魔女たちに対してよい感情を持っていないのだ。

 あの瀕死の際に助けてくれたのは一体誰だと思っているのか。


『――月――日』

 ギルダに想いを告げた。

 私たちは恋人になった。

 あぁ、なんて幸せな日なんだろう。

 こんなにも幸福を感じているのは、生まれて初めてのことかもしれない。


『――月――日』

 表面上にはいつも通りを装っているが、二人きりになれば思いのままに過ごした。

 私としては、他者の視線など気にならないが……ギルダに懇願されては仕方がない。

 彼女はきっと私のことを心配してくれているのだろう。

 いらない心配をかけさせたくないので、素直に従うことにしている。


『――月――日』

 私たちの関係がバレてしまった。

 エドワードと集落の人たちからすぐに距離をおくように言われたが、知るものか。

 しかし私たちの距離が縮まれば縮まるほど、ギルダや魔女たちに被害がいっている。

 それは本望ではないので、魔女たちの協力のもと、逢瀬はこっそり行うこととなった。

 ここを出ようとも言ったが、彼女はこの場所が好きだと言って頷いてはくれなかった。


『――月――日』

 年老いた魔女が「恐ろしいことが起きる」と予言をした。

 この地を守るためには、“強い力を持った人間が、そのすべてと引き換えに力を使うことが必要”だという。

 集落の人々はそれ以降怯えている。なぜなら老婆の予言はとてもよく当たるからだ。

 嫌な予感がする。


『――月――日』

 彼女が妊娠した。

 私たちの初めての子どもだ。

 どんな子どもだろう。男か、女か。

 髪の色や目の色は彼女と同じがいい。それらはとても美しいから。

 いや、どんなワガママも言わない。ただ無事に生まれてきてくれさえすればいい。

 あぁ、はやく会いたい。

 彼女には辛い思いをさせることになるが、安全のためになるべく家から出ないようにしてもらった。

 私たちの愛する子どもや、いとしい妻のために、私がもっと頑張ろう。

 きっと私が集落の人々のためになるようなことを為し、確固たる地位を築けば、誰も文句は言わなくなるだろう。

 私が彼女たちを守らなくては。


『――月――日』

 凄まじい大地の揺れが起きて、そこら中のものがぐちゃぐちゃになった。

 幸いなことに、彼女も、私たちの子も無事だったが、被害は甚大だ。

 もしやこれが魔女の言っていた「恐ろしいこと」かと尋ねたが、まだこれは序章に過ぎないという。

 不安ばかりが募っていく。


『――月――日』

 確かに悲劇は序章に過ぎなかった。 

 数日前、轟音と共に空が灰色一色に染まったかと思えば、それは山が噴火した証だった。

 火山や噴火など、書物でしか読んだことがなく、初めての経験だ。

 空から岩が降ってくるなど、一体誰が想像できただろう。

 数時間後、その火山から排出されたおどろおどろしい波によって、あっという間に、ここからそう遠くない場所にある山の麓の集落が埋まってしまった。

 私とギルダはそれをじっと見ていることしかできなかった。

 隣で涙を流す彼女は静かに祈っていた。

 そして今日、その集落を確認して来たが、誰一人として生存者はいなかった。

 あまりにも悲惨な状態だった。

 山は依然として落ち着く様子もない。


『――月――日』

 今日は朝から集会が行われた。

 このままではこの場所も危ない。

 これこそ、予言の魔女が言っていた「恐ろしいこと」なのだろう。

 人々は急にギルダに優しくなった。

 魂胆など分かりきっている。

 そんなこと、絶対に許さない。

 集落の不安が膨れ上がると共に、彼女のお腹もすくすくと成長している。

 いよいよ臨月が近い。

 私は、ギルダが彼らに見つからないように必死で隠した。

 もちろん、このままでは我々も危ないので、二人で逃げることにする。


『――月――日』

 彼女に逃げないと言われた。

 この体ではどうせ無理だと。

 不幸なことに、先日の揺れと噴火で、私たちが通ってきた森への道は閉ざされてしまっていた。この秘境から脱出するためには、その道しかないのだと言う。

 嫌な予感がする。

 必死にやめてくれと言っても、彼女は笑って受け流すだけだ。

 お願いだ、やめてくれ。

 私には君しかいないのに。


『――月――日』

 魔女たちが異世界から少女を召喚した。

 この場所を守るためにその少女の力が必要なのだと言う。

 集落の人々は狂喜乱舞している。

 全く関係のない幼い少女に、なんて無茶なお願いをするんだろう。辟易する。

 少女は何を吹き込まれたのか、私に「目を覚ませ」と宣う。

 ギルダが悪の根元だと?

 あの揺れや噴火がすべて彼女のせいだと?

 幼い少女は彼らに利用されていることに気づいていない。

 何度それは違うといっても、私以外にギルダを庇う人などいないから、結局私が騙されていることになってしまう。

 なんて惨い。

 それでもギルダは逃げないと言う。

 力不足を痛感した。

 私にはどうすることもできないのか。




***



「……」

「……」


 お互い、無言だった。

 日記はその日付を最後に、空白になった。


 レニーがページをめくると、そこには文字はなく、両面にまたがるようにして誰かの手形が押されてあった。

 初代国王のものだろうか?

 彼は徐に、それに手を重ねた。


 すると、手の甲に淡い光の玉が現れ、そのまま勢いよく一本の線を描きながら空中に上がった。

 玉は天井まで到達すると、破裂した。辺りに光の粒子が飛び散る。まるで花火のようだ。


 粒子は桜が散るようにひらひらと舞い降りて来たのだが、その粒子が通った後の光景がどうもおかしい。先ほどまで見ていた天井と、色や質感がまるっきり違うのだ。

 ――いや、正しく言い直そう。

 粒子が落ちると共に、天井部分からじわじわと室内の風景が変わっていっているのである。

 間違いなく、魔法が発動しているのだろう。一体どんな魔法なのかはまだ分からない。


「!」


 レニーがはっと息をのんだ。

 彼の反応に誘われ私も視線を向けると、飛び込んできた光景に我が目を疑った。


 そこには、倒れこんだ女と、それに寄り添う一人の男の姿があった。

 場所も、先ほどまでいた部屋とは違う。

 室内ではあるようだが、こんな部屋は見たことがない。暗い室内はがらんとしていて、家具などの類いが一切置かれていなかった。

 窓もないのでろうそくの灯りだけが照明代りだが、よくよく見れば、室内には三人の老婆もぐったりと寝転がっていた。


 床には、大きな魔法陣が敷かれている。




『……っ、なぜ、なぜだ、ギルダッ……!』

 男が泣きながら女を抱きしめる。

 女はぐったりとしながら、男の頬に手を伸ばし、ゆるゆると撫でた。

『これで貴方()()はもう安全ね』

 くすりと笑って部屋の隅を見やった。

『っあ、あなたたち……?』

 男が視線を辿ったので私もそちらを見ると、そこには妙に膨らんだ布が置いてあった。たまにもぞもぞと動いている。


 ()()()入っているらしい。


『!ま……まさか……』

『ふふ、無事に会えたわね、“お父さま”』

『~~っ!!』

 男は女を抱きしめる力をより強くして体を密着させた。少しの隙間すら惜しいというくらいに、強く、それはもう強く。

 時折嗚咽までもらし、震えている。

『…ありが、とうっ……!!』

『あの子のこと、お願いね』

『!?~~待ってくれっ!二人で育てると約束してくれ!私たちは夫婦だろうっ!?』

『……あまり時間がないの、聞いてくれる?』

『ギルダッ!!』

『私の、最期のお願いよ』

『~~~~クソッ!!!』


 男は女の言葉を遮るように無理矢理口で塞いだ。ぽろぽろと涙が零れ、女の顔が濡れていく。

 呼吸のために途中口を離しても、女がまた何かを話す前に口を塞ぐことを繰り返した。


『ギルッ、ギルダ……お願いだ…お願いだから……私をひとりにしないでくれ……』


 ようやく離れた男は、子どものように泣き始めた。

 それに女は眉尻を下げて笑うと『困ったお父さまねぇ』と言って頭を優しく撫でた。



 しばらくの間、二人の間にゆるやかな時間が流れた。

 そして、男が少し落ち着きを取り戻し始めた頃、女は再び口を開いた。


『前、貴方にあげた指輪、つけてる?』

『っも、もちろん!』


 そう言って男は手のひらを見せた。

 小さくて見えづらいが、どことなくレニーが持っている指輪と似ている。決定的に違うのは、黄色の石が付いていないことだ。


『貸して』


 男は指輪を外すと女に渡した。

 女は魔法を使って手のひらに裂傷をつくると、そこからぷっくり浮き出てきた血だまりに指輪を乗せた。そして口を寄せ、目を閉じる。

 数分後、女はありがとう、と言って男に返した。


『魔力を注いだわ。これで貴方も魔法を使えるわよ。――良かったわね、前、使ってみたいってごねていたものね』


 女は目を細め、ふふと楽しそうに笑った。思い出しているのかもしれない。

 男は恥ずかしそうに顔を反らした。


『この指輪は、私たちの血を引く子であれば誰でも使えるように細工をしてあるの。いずれはあの子に渡してあげてね。……母親らしいことは、何もしてあげられないから……』

『すればいいッ!機会ならこれからいくらでもあるだろう!?だからそんな悲観的なことを言ってないで、私と一緒に――』

『あのね』


 女のはっきりとした声に男はぴたりと動きを止めた。男の体は震えている。

 女は目を伏せ一瞬物憂げな顔をしたが、すぐに男の目を見据えて話し始めた。


『……未来を見たの』

『何を言って……』

『よく聞いて。……この先、この地は何度も今回のような悲劇が訪れるわ。だから私は、この地やここに住む人々、そして何より未来の家族のために、できることをしようと思うの。――どうせこの命は永くはもたないわ』

『……ッ』



『だからお願い。貴方にも協力してほしいの』





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