23.先王の手紙
我が最愛の息子 レニーへ
即位、おめでとう。
そしてよくこの場所まで辿り着いた。
この場所は、当代国王のみが訪れることができる聖域で、私も一人になりたい時や気分転換のために、しばしばここを利用している。
きっとお前も気に入るだろう。
レニーならば問題ないと思うが、一つだけ忠告しておこう。
聖域の時間の流れが違うとはいっても、くれぐれも義務を疎かにしないように。
常に、民のことを考えよ。
それが私たち一族の使命である。
さて、これを読んでいるということは、私はすでにこの世にいないのだろう。
私が先代から王位を譲り受けたのは、お前の歳よりもずっと上だった。
成人もしていないお前に責任を押しつける形となってしまって、本当にすまない。
お前のことだからまだ納得がいっていないかもしれないが、案ずることはない。
お前には十分、素質がある。
先代がいればきっと、賢く真面目なお前は、私より何倍も優れていると評価するだろう。
でまかせを言っているわけではない。
私は子どもの頃、よく城を抜け出して先代に叱られたものだった。それに比べると、本当に頼もしい子に育ってくれたと思う。
お前を心の底から誇りに思っているよ。
泉は確認しただろうか。
驚いただろう。
彼女は魔女ギルダ、その人である。
これから書くことは、国王のみが知ることができる、ラプタン王国の真実である。
我々にはギルダとの約束があるのだ。
この国と、我々家族を守っていくと。
これまでお前が聞かされてきた魔女に関する話は、すべて虚構である。
彼女は、国の敵ではない。
彼女は、我々王族の先祖だ。
王族とは、初代国王とその妻、魔女ギルダの間に生まれた子孫の家系である。
この聖域には、魔女に関すること、この国に関することのすべての真実が記録されている。
これらを理解しないことには、真のラプタン王国国王とは言えない。
なかでも、初代の日記とその息子への手紙については、一番始めに確認するといい。
それらを読めば、今お前が抱いている粗方の疑問が解決するはずだ。
かなり混乱していることだろう。
だが慌てることはない。
私も王となり、初めて知ったことだった。
もちろん、これまで即位したすべての王が同様である。みな、誤解していたのだ。
いや、誤解させられていたのだ。
先代までの王たちの手によって。
王国の歴史について、誤った知識を人々に周知させたままにしているのは、そうする理由があるからだ。
そのため、この場所で知り得たことに関しては、必ず自身のなかだけに留めておくように。
残念ながら、私はついぞギルダに会うことは叶わなかった。
それはこの国が平和である証で、喜ばしいことではあるのだが……。正直なところ、期待していたのだ。
お前がもし彼女に会うことができたら、お礼を伝えてほしい。
ありがとう、と。
そして、貴女に一目会いたかった、と。
随分と長くなってしまったな。
最後に、これで終わりにしよう。
お前という素晴らしい息子や妻に出会えることができて、本当に幸せな人生だった。
お前たちと過ごす時間は、何事にも代え難いものだった。
宝物だった。
レニー、私の息子として生まれてきてくれて、本当にありがとう。
愛している。
***
「手紙に書いてあることは、本当か?」
私が読み終わった空気を察したのか、レニーが静かに声をかけてきた。
彼は何とも複雑そうな顔をしており、その瞳にはどこか縋るような色もあった。
この感情は、何と表現すればいいのか。
ただただ信じられない思いでいっぱいだった。
『虚構』
『国の敵ではない』
『誤解させられていた』
それらの文章が、頭のなかをぐるぐる回っている。決して難しい単語ではないのに、何度繰り返してもきちんと理解できなかった。
心が拒否していた。
なぜなら、そのまま言葉通りに受け取れば、私は冤罪と分かっていながらも、悪者にされているということになるからだ。
しかも、家族である子孫たちの手によって。
夫婦だったとか、レニーの父親の私に対する態度とか、他にも気になる点はある。
けれども、何よりも“故意に冤罪をかけられている”という衝撃が、大きく私を揺すぶった。
ショックだった。
いったい何のために?
“約束”とやらが関係しているのか?
初代国王は、異世界の少女ではなく私を選んでいた?
それでは≪災厄≫とは?
本当に私は、国の敵ではない?
一筋の希望の光に、本来であれば喜ぶべきなのであろう。
しかし、私にはできなかった。
どうしても思ってしまうのだ。
それなら、この二ヶ月間はいったい何だったのだろうか――、と。
非難を浴びながら、身に覚えのない罪を受け入れ、贖罪の日々を過ごしてきた。
結局、その罪がでっちあげだったと?
何を信じたらいいのかが分からなかった。
私の立ち位置も分からない。これから何をすべきかも分からない。
不安だった。
足場がグラグラと揺れているような錯覚に陥った。
彼からの問いに何か答えなければと思うのだが、いくら考えても言葉が浮かばなかった。
「……ぁ」
開いた口から出たのはただの音だった。
様々な感情が複雑に絡み合い、波のようになった。
波は大きくうねると、動けなくなった私を嘲笑うかのように一瞬で飲み込んだ。
――あぁ、どうしてこんなことに。
心はぐちゃぐちゃだった。
ここまでくるとどんな感情よりも、虚無感が勝った。
体をずっしりとした疲労感が襲う。彼が何か話しかけているようだったが、音としか認識されなかった。
そのうち体に力が入らなくなり、がくんと傾いた。ギリギリのところで持ちこたえると、視界に床が映った。
そういえば、前世の家の床も木目調だった。
現実逃避なのか、そんな関係のないことが思い出され、ぼんやりと床を眺める。
長い溜め息が出た。
――私に、過去の記憶さえあれば、こんなにも振り回されることはなかったのだろうか。
「……記憶」
俯いていた顔を、弾けるように上げた。
――そうだ、記憶だ。
まず、ああやって泉に眠っているところを見ると、封印だけは真実のはずだ。
それだけは虚構ではないとはっきりと言える。
それでは、本当は悪者ではないのだとしたら、なぜ私は封印されたのか。
なぜ封印のせいでギルダの記憶はなくなり、前世の記憶だけがよみがえったのか。
「……」
一瞬何かが掴めたような気がしたが、結果、別の疑問が次から次へと湧いて出てくるだけだった。分からないことだらけに変わりはない。
気持ちが浮き沈みしたせいか、プツンと糸が切れた。
――あぁ、もう!!
一気に頭に血が昇って、むしゃくしゃしてきた。子どものように地団駄を踏んで、物を投げ、この怒りをぶちまけたくて仕方がなかった。
「記憶とは?」
そのまま勢いよく振り向いたせいで、彼はびくんと肩を揺らした。
苛立っていた私はその反応に気分を害し、文句を言おうとした。
けれども、本気で彼が身構えているのが分かると、まるで針で刺された風船のように萎んでいった。
――そうか。あくまでもまだ、私は悪い魔女だから。
「……ふぅ」
彼から視線を外し、一呼吸置いた。
無意識か、それとも意識的にやっているのか、そっと手が指輪にそえられているのが見えた。
怯えるその姿があまりにもショッキングで、私はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「……この手紙の真偽は分からないわ」
「分からない?」
彼は眉間にシワを寄せた。
正確には知らないの――そう付け加えたら余計にシワが増えた。
「封印の影響で、私には目覚める前の記憶が丸々ないのよ」
前世の記憶云々はややこしくなりそうなので触れなかった。ジュードたちにも説明していないことだ。
もしかすると関係あるのかもしれないが、今はまだ躊躇われた。
「私に記憶がないことは、国王……つまり、未来の貴方ね――にも説明済みよ。それでその後はずっと塔で慎ましやかに暮らしているの。三人のお目付け役と共に、閉ざされた生活ね」
自分で言ってて笑えてくる。
王族が軟禁されるだなんて、やっぱり大なり小なり、私は何か罪を犯したのかもしれない。
魔女ギルダは軟禁されている――そのことを知って、彼は少し動揺した様子だった。父親の手紙に視線を落とすと、じっと何かを考え込んでいる。
大方、未来の自分は魔女の秘密を知っていて、なお閉じ込めているということに困惑しているのだろう。
暫し沈黙が落ちた。
「……なるほど。僕たちはお互い、何も知らないということだな」
彼は深い溜め息を吐いた。その様子から察するに、このまま考えても埒が明かないと判断したのだろう。
私もそれには同意だ。
「それなら、父上の言う通り、初代国王の日記を読むことにしようか」
*
横に並んでそろって本棚を見上げる。
視線の先は、もちろん一番上の棚だ。
「やはり、一巻が初代の日記だろうか?暦から考えても間違いなさそうだが……。そういえば、先ほど一冊読んでいただろう?」
どうだったと聞かれ、はたと気づく。
「……手紙が強烈だったから忘れていたけど、さっき私が読んだ本も日記だったの。六百年前の国王のものだったんだけど……」
「ん?」
変なところで区切った私を、不思議そうに彼が見下ろす。
私はその視線を受け止め、苦笑いした。
あの奇天烈な日記と先王の手紙が、ここに来てがちっとリンクした。
「そこに、私と過ごした日々について細かく書いてあったの。まるで友達みたいな関係性だったわ。さっきは信じられなかったけど……」
「……今は、事実だと分かる、と」
「事実かもしれない、ね」
おどけるように笑って小首を傾げた。
そこは読んでみないと分からない。
安易に結論づけてしまって、右往左往させられるのはもうごめんだった。
彼は手を伸ばし、そっと日記を取り出した。
書いてある通りの暦であれば、なんと、この日記は千年以上も前のものである。しかも、建国に携わった初代国王の日記なので、その歴史的価値は計り知れない。
それが、こんなにも綺麗な状態のまま保存されているなんて……。まさに魔法の賜物と言えよう。
ただ、先ほど読んだ日記に比べると、少々汚れが目立ち、草臥れた感じもあった。
そうは言っても、物は上等なもののようだ。ワインレッドのカバーは薄くても丈夫で、横から見たところ紙も高級そうである。
二巻以降はすべて黒のハードカバーで統一されているが、どうもこれだけ購入先が違うようだ。彼は建国の祖であるからして、建国する前に用意したものだからかもしれない。
日記と一緒に先ほどのダイニングテーブルまで戻ってきた。ここでなら二人同時に読むことができる。
椅子を並べて腰を下ろすと、お互い顔を見合わせ、頷き合った。
「いいか?」
「えぇ」
緊張の一瞬だ。
いよいよ、“真実”とやらとのご対面である。
彼は大きく深呼吸すると、ゆっくりと表紙をめくった。




