22.既視感の正体
いわゆる、天使が通ったという状況。
何も言わない私に、彼はきょとんとしながら小首を傾げた。
「なぜ呆けている?僕が自己紹介したことが、そんなに意外だったのか?」
聞かれたら答えると言っただろう、と彼はむすっとしながら続けた。
「……」
「?」
「……」
「……ふむ」
それでも、何の反応も返さない私に、ふと思い当たることがあったようだ。
まさか、と前置きして、たっぷり間を空けてから再び口を開いた。
「……まさか、僕が王だと知らないで、会いにきたというわけでもないだろう?」
頭が真っ白になった。
一体、彼は何を言っているんだ?
聞き間違えでなければ、彼は今、『この国の王』と言ったような気がする。
しかも、彼自身が王だと?
あの無愛想様ではなく?
ということは、あの王は最近亡くなったということになる。
そんな話、私はまったく聞いていない。
魔女が復活したなか、国王が崩御するなどあってはならないことだから、秘密裏に処理されたということだろうか?
それにしたって、ジュードたちの様子に変化は見られなかった。特にジュードは筆頭魔法使いなわけだから、崩御について何も聞かされていないはずはないのだが。
私が魔女だから、だろうか。
彼らに秘密にされていたのだろうか。
ジュードで思い出した。
この間の大地震の際、国王がジュードを助けたばかりだった。あれから三週間くらいしか経っていないが、もしやその期間中に?
だが、地震後の対策会議の話でも、ちょこちょこ国王の名前が上がっていたような気がする。それだともっと期間は狭まって、本当につい最近亡くなったということになる。
よもやヒーローが亡くなるなんて……。すると、正真正銘のヒーローは王子だったのか。
確かに、それならば異世界の少女と年齢の釣り合いが取れている。それに何より、既に二人は仲睦まじい様子だった。
――いや、待てよ。
やはりおかしい。
よくよく思い出してみれば、謁見で会った王子は、金髪に碧眼の、見るからに王子といった風貌だった。巷で噂の婚約破棄に似た現場だったから、鮮明にその光景を覚えている。
しかし、今目の前にいる少年はどうだ?髪は金ではなく、銀だ。最初に会った時は暗くて分からなかったが、正確にはアッシュブロンドと呼ぶべきなのだろう。
また、目の色も青ではなく、緑である。
それではまるで――。
「!」
その瞬間、ストンと『答え』が降りてきた。
前触れもなく突然降りてきた『答え』は、あまりにもぶっ飛んだ内容だったが、それが正しいとするとすべての筋が通る。あの違和感ですら拾い上げてしまう。
しかし、その『答え』は何度考えても突拍子もない内容で、簡単には納得し難い。あり得ない現象である。
ただ、忘れてはならないのが、ここは魔法のあるファンタジー世界だということだ。あり得ないことがあり得てしまうのだ。
そもそも、私がこうやって前世の記憶を持ちながら、新しい人生を送っていること自体あり得ない現象だ。『答え』が実際に起こっていたとしても、おかしくはないだろう。
つまり、だ。
私が言いたいことは――。
「ねぇ、今日の日付を教えてくれるかしら?」
彼はその質問を露骨に訝しがっていたが、素直に答えてくれた。
そして私は、その想定内の回答に乾いた笑いをもらしたのである。
簡潔に言おう。
どうやら私は、過去にタイムスリップしてきてしまったようだ。
*
「なるほど。貴女は未来から来た、と」
どう伝えたものか、と頭を抱えていたところ、怪しんでいる彼に話せ話せと強く詰められた。
結果、正直に話してしまった。
私の頭では、この不可思議な現状を誤魔化しきれない。
それに、どうせ話したところで信じてはもらえないだろうと思っていた。
ところが、彼はタイムスリップに対して抵抗はなかったようだ。魔女ならやりかねないといった顔で、頷いたのだった。
――タイムスリップ。
ファンタジー世界のなかでも禁忌として扱われることもあるそれを、まさか自分が体験することになろうとは夢にも思わなかった。
彼の言った日付と、私の記憶にある日付の違いを確認して、ようやくそれが事実であることを確定した。
十七年前のようだ。
レニーは、謁見で会ったあの無愛想な国王で間違いないだろう。名前を覚えていないのが悔やまれるが、そういえばレナードとかそういう名前だった気もする。
ひらめきのきっかけは、目の前の彼の色合いが、謁見時の国王と重なることを思い出したからだった。
それから芋づる式に『答え』が導き出されていった。
なかでも一番の決め手は、あの瞬間、アーチーとの会話を思い出したことだった。
『お若いですよねぇ!陛下が十四の歳に先王がご病気で崩御されてしまったので、そのあとすぐに即位されたんです。成人とともにご結婚され、王子殿下も生まれ、今に至ります』
『へぇ…結構苦労してるのね』
それは、テトリスのようにストンと落ちてきて、綺麗にはまった。
似通った容姿のレニーと国王は、見た目だけでなく、即位した時期も近いこと。
私が復活したことを知らないこと。
私に似た女性が存在していること。
そして、日付が異なること。
レニーに覚えた既視感は、前世で見たモデルでもなんでもなく、謁見で会った国王のことを無意識に思い出していたからであろう。
つまり、あの泉の女性は、封印されていた頃の――過去の私だ。
これで一つ謎が解けた。
目覚める前、私がどこにいたのかがずっと疑問だった。
この場所――王族が管理する秘密の場所で眠っていたのだ。
だが、それが真実なのであれば、また一つ疑問が湧いてくる。
王族の管理下にあったのであれば、あのまま殺すこともできたはずだ。それなのに、なぜああやって寝かせたままでいるのだろか。殺せない理由でもあるのだろうか。
ここで、私の話を聞いた後、ずっと泉の方向へと視線を向けていたレニーが顔を戻した。
きっと彼も、彼女と私が同一人物であることに気づいたのだろう。スッキリしたような、でもどこかガッカリしたような顔もしていた。
ガッカリの要素はよく分からない。
「どうして過去へ?」
それは最もな質問だと思う。
私だって知りたい。
私は肩を竦めて首を振った。
「私も、何がなんだか分からないのよ。気づいたら貴方がいたあの部屋に来てしまったの」
「魔法を使ったわけではないのか?」
「ううん……意図したものではないのだけれど、結果的にはそうなるわね」
「どういうことだ?」
まず、タイムスリップしてきた原因だが、十中八九、あの鏡だろう。
恐らく、鏡は魔道具で、通り抜けることで時間を移動することができるのだと考える。以前から魔力を感じてはいたが、それはあの彼女の存在があるからだと思っていた。
場所については、どこでも好きなところに、というわけではなさそうだ。私の部屋と似たような鏡から出たことを考えると、あれらは対の魔道具で、時間のみ指定して行き来することができるのだと思う。
ただ、こうやって別の部屋に繋がったことを考えると、時間だけでなく、単純に場所の移動にも使えるのだろう。あの細い道に三つめの鏡があるかは未確認だが、再び通り抜けて元の部屋に戻ることができるのかもしれない。
鏡さえ用意できれば、どこへでも行くことができる、何とも便利な魔道具のようだ。
さて、ここでまた一つ疑問が湧いてくる。
先の推測が正しければ、城内にある国王の執務室――話の途中で彼に確認したが、彼がいた部屋は何と、王城の一室だった――と、私が軟禁されているあの塔は、鏡という魔道具で繋がっていたということになる。
国王と魔女の部屋が簡単に行き来できるなど、あっていいことなのだろうか。
念のため確認したが、あの鏡は昔からある王家所有のもので、壁に埋め込まれているため取り外し不可だそうだ。未来でも、壊していない限りそのままそこにあるはずである。
それなのに、わざわざ私にあの部屋を宛がったのはどういう意味だろうか。何かしら対処はしているから問題はないということか。
――あぁ。
本当に今日は次から次へと疑問が湧く。おかげで頭が痛い。
何が正しいのかまったく分からなかった。
もしかして建国伝説には、まだまだ人々に知らされていない秘密の話があるのだろうか。
「……あの鏡があやしいな」
私の推察を述べたところ、やはり彼も引っかかるようで、うんうんと唸っている。
彼に正直に話して良かった。一人で悩むにはもう頭が限界だった。
「そうよねぇ。一旦戻って調べてみる?」
「……いや、それは……」
彼はそう言ってちらりと視線を手元に落とした。もちろんその手には手紙が握られている。
私はピンときた。
「……読みたいのね?」
「……」
レニーは少し逡巡した後、恥ずかしそうに小さく頷いた。
私は思わず口元を押さえた。
無理もない。亡くなった父親からの手紙など、何が書いてあるか興味津々なはずだ。
特に、まだ亡くなって日が浅いようだし、ファザコンっ気のある彼には宝物に違いない。最期の言葉が納得のいかないものだったから、余計何かしら期待しているのかもしれない。
どこかそわそわする彼の肩を軽く叩き、ごゆっくりどうぞと私はその場を離れた。
とりあえず、彼が読み終えるまではこの本棚をチェックしてみるか。
目の高さにあった本を一冊手に取ってみた。
本の装丁は特に凝ったものではなく、シンプルな黒のハードカバーだった。文字の部分だけ白地になっている。
年月を確認したらおよそ六百年前のものだった。こんな昔のものでも虫食いの跡もなく綺麗に残っているのは、恐らく保護魔法のおかげだろう。仄かに魔力を感じた。あの指輪のように、魔女のものだった。
ページを開くと、そこには日付と共に、びっしりと手書きの文字で埋められてあった。
『◯月△日。
彼女の助言通りに薬を用意したところ、すぐに効果があった。多くの民が回復に向かっているらしい。本当に良かった。――』
『◯月□日。
明日、彼女が新しく用意をしたゲームをする約束をした。説明はその時にしてくれるらしいが、なんでもかなり頭を使うらしく、彼女はあまり得意ではないみたいだ。――』
「日記?」
他のページにもざっと目を通したが、おおよそ似たようなことが書かれている。
書いたのはきっと過去の国王だから、彼女とはその妻、王妃のことだろうか。
見る限り“彼女”の話ばかりで、もしこれが他の女性であるならば、完全に黒だ。不倫だ。……いや、一夫多妻制だとしたら側妃の可能性もあるのか?その辺りの話は聞いたことがない。
「……うん」
いくら過去の人だといえど、人の日記を勝手に読むのは気が引ける。
しかも書いたのは国王だ。国政に関わることが書いてあったらまずい。
私は悪役こそやるが、国を転覆させようなんて気はさらさらない。面倒な知識を得る前に、見るのはこれ一冊だけにして終わろう。
そう思って、最後のページまで雑にパラパラとめくっている時だった。
とある驚愕の文章を見つけたのだった。
『ギルダの笑顔は、あたたかい』
「!?」
目がおかしくなってしまったのかと思った。
だが何度擦ってもそれは同じだった。
慌ててそのページの冒頭から読んでみると、そこには【ギルダと過ごした一日】について詳しく書かれてあった。
それはもう、ほとんど時系列のように。
会話の内容まで書いてあった。
お互いの恥ずかしい失敗談について。
好きな歌について。
淡い初恋について――等々。
そこには、まるで私が、仲の良い友人であるかのように書かれていたのだった。
どうやらこの日記における“彼女”とは、私のことであるらしい。
再び脳がフル回転し始める。
私が機械であれば、とっくに煙が出て故障しているだろう。
本当に今日は、何がなんだか分からない。
「ギルダ」
呼ばれた方を振り向けば、顔を青くさせたレニーがこちらを見ている。
きっと私も今、そんな顔をしているはずだ。
「……これを、読んでくれ」
そう言って彼は、手に持っていた父親の手紙を差し出した。
私が読んでもいいのか?国王の手紙を?
口に出さずとも、聡い彼はその意図を汲んだようだ。構わないと告げると、半ば押しつけるように渡してきた。
手紙を受け取ると、彼はフラフラしながらすぐ側の椅子に腰を落とした。
“下ろした”ではない。本当に落ちるような形だった。
「……大丈夫?」
「……大丈夫では、ない。~~ハァ、何ということだ……」
彼はそう呟いて顔を覆った。
かなり狼狽えている様子なので心配だが、ひとまずは彼が言う通り、これを読んでみることにした。その理由が分かるだろう。
私は、緊張しながら手紙を開いた。




