19.魔道具
「魔力だと?」
彼は大きく目を見開くと、空いた方の手で指輪を何度もひっくり返して確かめた。
「これが魔道具だとは聞いていなかったが……」
「あら、そうなの?でも……」
もう一度じっくり確認するが、やはり私の答えは変わらない。
違和感の正体が分かってスッキリした。
魔力がまるで電源オフのような状態だったからすぐには気づけなかったが、これは魔道具だ。かなりの魔力がこめられている。
しかも、これは魔法使いの魔力ではない。
なぜ馴染み深く感じたのかがやっと分かった。
この魔道具は、魔女が作ったものだ。
――あれ。
それってやばいのでは?
魔女の魔力がこめられた指輪。これこそ彼女が言っていた『指輪』で間違いないだろう。
そんな代物が家宝として伝わっているなんて、どう考えてもおかしい。
彼の一族は魔女が作った物だということを知らないで、大切に受け継いできたのだろうか?
家宝だというぐらいだから、今のところ何の害ももたらしてはいないのだろう。継承者である彼が魔道具だということを知らされていなかったのだとしたら、父親もその事実を知らなかったことも考えられる。
そうだ。そもそも、魔力は封印されているのだ。その可能性は十二分に考えられる。
とすると、そんな代物の存在を、どうして彼女はこのタイミングで私に教えたのだろうか?彼の一族から取り返すためだろうか?
それとも、その魔力を解放するため、とか。
「……あやしい」
もしやこの指輪、≪災厄≫と何かしら関係があるのでは――。
そのことに思い至り、さっと血の気が引いた。
とにかく、絶対にそんなぞんざいに扱ってはいけない代物だ。
作成者は私であるようだが、記憶のない今の状態ではどんな効果があるかは分からない。幸い、今は魔力は封じられているようだが、どのタイミングで解除されるかも不明なので、迂闊に触れるのは避けたい。
もしも、もしもだ。
もしも本当に≪災厄≫と関係あるのだとすれば、然るべきに備えて諸々計画を――。
「お」
「?――ちょっ!?」
思考の海に沈んでいたところ、明るい声が降ってきた。
そちらを見ればなんと、彼が興味津々といった顔で指輪をはめているではないか。
「~~っ!!」
心臓が跳ね上がった。
気づけば悲鳴染みた声を上げていた。
「何してるの!?貴方さっき見たくもないとか言ってたじゃないっ!!」
「ふむ、魔道具と聞いて少し興味が湧いてな」
「~~このっ、バカ!!」
「ん?なぜ怒っている?――っ」
急に彼は顔を歪めて指輪を見た。
つられて私も指輪を見るが、なぜそんな表情をするのかは分からない。
「どうしたの?」
「……いや、何か指に痛みが……」
「!!」
彼が話している途中、唐突に指輪の電源がオンになった。
そしてその魔力は一気に膨れ上がる。
――ほら言わんこっちゃない!
私は泣きたくなった。
膨れ上がる魔力とは異なり、指輪は淡い光を発するだけだった。
おかげでこの恐怖を感じているのは私だけのようだ。彼にはただ指輪が光っているようにしか見えないらしく、疑問符を浮かべていた。
私は慌てて彼に近寄った。
「魔法が発動しているのよ!」
「なんだと?」
彼は即座に指輪を抜こうとするが、それはいくら引っ張っても抜けなかった。皮膚にぴったりとくっついていて、まるで彼の指に合わせて作られたかのように少しも隙間がなかった。
あ、と小さく彼が呟く。
「そういえばはめた時、少々縮んだような気がしたがまさか……」
「魔法で調節されたんだわ……」
くらっとした。頭痛もして、押さえながら自然と溜息がもれ出た。
未だ光を放つ指輪を眺めながら、どうしたものかと脳をフル回転させた。
残念ながら私は頭脳派でも何でもなく、攻撃が最大の防御という猪突猛進タイプだ。よってこういったハプニングは苦手である。
むしろこういうことは、賢そうな彼の方が得意そうな気もするが……。
如何せん魔法に関することなので、一般人には対処できないだろう。
いや、そもそも本当に賢ければ、用途不明の魔道具にぱっと手を出すはずがない。
訂正。彼は私と同じく猪突猛進タイプだ。
「どうしよう……」
彼の手を触って状態を確かめた。
大丈夫だ、手に変化はない。
それに指輪も、ただ魔力が電源オンになって光を発しているだけのように思える。
そうやってしばらくの間、彼の手や指輪をじっくり観察していた。
その間、指輪はずっと光ったままだった。
「……ふぅ、見た感じ、体への影響はないわ」
一体どんな力を持っているのかは不明なままだが、ひとまず人体に影響を及ぼすものではなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろした。
「……そうか……」
見上げると至近距離に彼の顔があった。
少年と言えどもさすがは男の子。背丈は私よりも高い。
アーチーより年下だとは思うが、アーチーは私と同じくらいの身長なので、彼は我々よりちょうど頭一つ分くらい背が高い感じだ。
「……」
「……」
う~ん美少年の尊顔をこんな近くで拝めたことはラッキーだ。
しかし、より近くで見たことにより、最初に覚えた謎の既視感が再発した。
思い出せなくてもやもやする。絶対に見た記憶があるんだが、何の映画だ?ドラマか?それとも雑誌に出ていたモデルか?
そのままじっと見つめていると、彼が少したじろいだ。
しまった、さすがに不躾に見すぎたか。
にこりと微笑んでから、自然な動作を意識して彼から距離を取った。
「残念ながら、私にはその魔道具がどういったものかは分からないわ」
変な空気から抜け出すため、さくっと本題に入った。
さすがに魔女が作ったものであることは言えなかった。そんなことを言って、パニックになられでもしたら困る。
魔法が発動していない今のうちに、何とかして彼から指輪を外さなくてはならない。そして部屋に持って帰り、詳しく調べよう。
彼の返事を待った。
しかし、彼は視線を指輪に向けたまま何かを考え込んでいる様子で、うんともすんとも言ってこない。不安なのだろうか。
「大丈夫、私が何とかするわ」
極めて優しい声と柔らかい笑顔だったと思う。
効果があったのか彼が顔を上げた。
「……分かる」
「え?」
「……何となく、分かる気がする……」
「……何ですって?」
彼は何かを確かめるかのように、指輪をはめた手を開いては握ってと繰り返した。
それを固唾を呑んで見守っていると、ちらりと視線を投げてきた。
準備はいいかと聞かれているのかと思い、神妙に頷いた。ごくりと喉が鳴る。
すると、彼はなぜか困ったような顔をした。
意味が分からなくて首を傾げる。やはり、苦笑いされただけで言いたいことは分からなかった。
「なんなの?」
「……いや、貴女がいいなら、いいんだ。……まぁ、恐らく大丈夫だとは思うが……」
随分と歯切れが悪い回答だ。さっきの猪突猛進具合が嘘のようだった。
「……」
気持ちを整理するために、一つ深呼吸した。
そして腕を組んで彼をじっと見つめた。
「何か悪いことが起きる、魔法なの?」
――もしや、本当に例のアレなのだろうか。
はめているのは魔女ではないから大丈夫だろうと安易に考えていたが、それが違うとすれば大事だ。
「……違うと、思う」
彼の長い睫毛がふるりと揺れた。なぜか憂いを帯びた表情をしている。
「何が起こるかは具体的に分からないの?それなら、何が分かったのかしら」
「……使い方だ」
「なるほど、使い方」
目を伏せた少年の声は固い。
彼も先ほどの私と同じように、一つ深呼吸をした。
「……これは直感だが、継承者は必ず、今から行うことを済ませなければならない」
私は目を瞬かせた。
「……面白い直感ね」
それも指輪のおかげかしら、と尋ねれば、恐らく、と彼が頷いた。
「先ほど貴女は体への影響はないと判断したが、あれからどうも変な感覚があってな。――あぁ、心配しないでくれ。不思議と馴染んでいるんだ。むしろ、心地がいい」
発言内容に、思わずネガティブな想像をして肩が跳ねたが、彼がすぐに否定した。クスリと笑われてしまい、少し恥ずかしい。
不意に、彼は一歩前に出た。
そして指輪をはめていない手を私に向かって差し出した。
「手を、貸してくれ」
私は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだろう。彼は肩を上品に揺らして笑った。
何だか年下に弄ばれているような気がして癪である。私はすぐに根性で持ち直した。
「怖いの?」
にやりと尋ねれば、彼は素直に頷く。
「あぁ」
眩しそうに細められた瞳と、ほんのり持ち上がった口元に、思わず見惚れてしまった。
ぼうっとしたままの私を無視して、彼は無理矢理私の手を取った。
ほんのり伝わる彼の体温。
私たちは、手を繋いでいた。
「……始めるぞ」
その言葉を合図に、彼は瞼を下ろした。
ゆっくりと深呼吸を繰り返していく。
手を繋いだことで分かったが、確かに彼の体から魔力の存在を感じる。
徐に彼が、指輪をはめた手を持ち上げた。
そしてぎゅっと拳を作るように握る。
そのまま数秒キープしていたかと思えば、淡く光っていた指輪の光が閃光のように鋭くなって、一瞬で消え去った。
あまりの眩しさに慌てて目を閉じたが、それよりも光が消える方が早かった。
ほんのりと魔力の気配が辺りに広がる。
彼が言っていたように、確かに悪い魔法ではなさそうだ。これなら≪災厄≫とも関係していないだろう。
まぁ、継承者が必ずやる魔法らしいので、元よりあり得ないことではあった。本当に関係があるとすれば、この国は何度も危機に面してきたことになる。
結局、効果は不明のままだが、問題はないだろう。
そんな風に一安心していると、室内に新たな光が現れた。
「!」
どうやらそれは、私が潜り抜けてきたあの鏡から発されているようだった。
驚きから動けないでいると、手がぐいっと引っ張られた。
彼だ。
繋いでいた手を引っ張られたようだった。
もたつく足元を何とか制して彼についていくと、二人そろって鏡の前に並んだ。
「ねぇ、ちょっと……」
彼は一言も話さない。
鏡には青い顔をした私と、真剣な様子の彼が映っている。
彼は指輪をはめた手をそうっと鏡に近づけた。
すると、その近づけた一点から、波紋が一気に広がった。
その光景は、まるで水面に小石を落とした時のようであった。
そしてそれはまた、私がこの部屋に来ることになったあの時と同じ光景でもある。
「これって!」
もしかして、部屋に帰れるのか?
期待からドキドキと胸が高鳴る。
波紋はしばらく揺れていたが、段々と黒く変化していった。
そして波が収まってくると、波紋が暗い色彩に変化した理由が分かった。
それは、私たちの姿ではなく、どこか別の場所を映し出しているからだった。
暗いのは、明かりが何もないから。
それは、細い一本道のようだった。
天井と壁がうっすら見えることから、どこかの建物内だということは分かる。その一本道はずっと先の方まで続いているようだった。
ごくりと喉が鳴る。
どう考えても、この先に繋がっているのは私の部屋ではない。
飛び込んだら恐ろしい場所に繋がってしまうのではないかと尻込みしていると、勇気のある若者はさくっと一歩を踏み出した。
慌てて彼の腕を掴む。
「ダメよ!どこに繋がっているか分からないのに!」
彼は振り返るときゅっと口角を上げた。
なぜ笑ったのだろうか。
呆然としていると、彼が指先を鏡に向けた。
素直にその先を辿ると、鏡の中央左端から、また小さな波紋が広がり始める。
ふと、その波紋の中から何かが出てきた。
それはどう見ても――ドアノブだった。
「……え!?」
戸惑う私を無視して、彼は一切の迷いもなくそれに手をかけた。
「ま、待って!」
彼はピタリと動きを止めた。
――やっとだ。やっと言うことをきいてくれた。
ふぅと安堵の息をもらし彼を見上げると、宝石のようなグリーンの瞳と目が合った。
「……ねぇ、とりあえず一旦――」
「すまない」
「え?」
「僕は、行かなければならない」
どういうこと?という疑問は口から出ることはなかった。
彼がそのあやしげなドアノブを回し、鏡の扉を開けてしまったからだ。
憐れ、なぜか手を繋がれたままの私は、彼に同行することになったのだった。




