14.夢
重い体を引きずってごろりと寝転ぶと、照明の明かりを弱くした。全て消してしまうと窓のない寝室は真っ暗になってしまうので、いつも点けて寝るようにしている。
地震から二週間が経った。
薬の生成で忙しかった日々も段々と落ち着き、早朝に起こされることもなくなった。
始めの頃は肉体的疲労だけでなく、細かな作業による精神的疲労も二重にあって、ベッドに入れば一瞬で眠りについていた。
さすがに二週間も経てば私も要領を掴んだので、最近では姑たちの小言も減ってきた。
ただ、それでも疲労はたまっているようで、体を横にすれば自然と瞼が下がってくる。
明日の午前中はゆっくりしていいと言われていた。二度寝が許されているのかと思うと嬉しかった。
この感覚は久しぶりだ。前世で言うところの、繁忙期を終えた金曜の夜といったところだろうか。ぜひ晩酌でも楽しみたいところだが、私はここに来てからお酒を一滴も飲んでいない。なぜなら私は罪人だから。
「……」
罪人で思い出した。
悪役をやると豪語したにも関わらず、まったく悪役らしいことができていない。
それどころか、余震に関するアドバイスをして、国民のために汗水たらして昼夜薬の生成に励んでいる。これじゃあ善人じゃないか。
ついつい周りに流されてきてしまったが、こんなことでいいのだろうか?
――いや、例えばこれで協力を拒んでいたら、きっとすぐに封印されてしまっていただろう。地震は私とは関係ないことなのに、それでせっかくの魔女人生を終わらせるのはもったいない。なぜやってもいない罪を背負って断罪されなければならないのか。
私のギルダとしての人生は、まだまだ始まったばかりである。もう少し遊んでからでも悪くはないだろう。それにドラゴン――私は勝手に≪災厄≫をドラゴンだと思っている――にも会っていない。
そもそも、今のところ私が悪役として活躍することはかなり難しいのだ。
先日初めて聞いた話だが、私はこの塔から出られないばかりでなく、ここから外に向けて魔法を行使することもできないという。
私はてっきり、その時が来たら、パアッと使った魔法の何らかの作用により≪災厄≫を起こし、伝説通りに事が進むのだろうと思っていた。
まさか≪災厄≫がこの塔のどこかにいるわけなどあるまいし、これでは私が何かすることなどできない。無論、他の悪事もだ。
神は一体こんな状況でどうやって悪役をやれというんだろうか?
まったく、無茶苦茶だ。
やっぱりこれは私が関与しなくても、勝手に話が進むパターンなのだろう。
この先いつの間にか≪災厄≫が眠りから覚め、それを魔女のせいにされ、そして私は再び深い深い眠りにつく――なるほど、これでハッピーエンドということか。
悪しき者はいなくなり、世界は平和になりました、と。
チャンチャン。
「……何も起こらない事はあるのかしら…」
ふと、しまいこんだ光がちらつく。
この場所で、寿命が尽きるその日まで、彼らとのんびりスローライフを送る――なんて。
「……バカみたい」
そんなことは、あり得ない。
それなら異世界の少女の存在が説明がつかない。
それに希望を持ったところで、私は国敵・魔女ギルダだ。今回の地震のように、いつか何かしらの理由をつけて殺されてしまうだろう。
何かがある度に『お前がやったんだろ』と糾弾されるのだ。
疫病――魔女が流行らせた。
雨が降らない――魔女が天候を操った。
事故――魔女が細工をした。
殺人――魔女に唆された。
いわれもない罪でどんどん私の非難は増えていくことになる。過去の罪に対する償いといえども、他人の罪や自然災害まで、全て私が背負わなければならないのだろうか。
でも、今後のことが手に取るように分かる。
私がこの安息の地を手放すことがなかったとしても、結局、罪が増えるだけなのだ。
そうなった時、きっと彼らにも被害がいく。
「あ……」
――なんだ、そっか。
やっぱり私は消えなくてはならないのだ。
私のせいで彼らを巻き込むことだけはしたくなかった。恩を仇で返すことになってしまう。
だから、必ず過去は繰り返す必要がある。
「あーあ」
前世の私の何がいけなかったんだろう。
偽善だった?偽善だとしても、家族の役には立っていた。それの何が悪いのか。
この考え自体が傲慢で恥ずべきことなのか?放蕩息子のたとえ話を聞いても、心を入れ替えなかった私に対する罰なのか?
偽善でも、真面目に生きてきたつもりだった。それが正しいことなのだと。それが幸せになる一番の道なのだと信じていた。
童話のシンデレラのように、真面目に生きていればきっといつかそれが報われる日が来るのだと――。
でもきっと、真面目に生きていても何の意味もなかったんだろうな。
「ばかみたい……」
私は枕にぐっと顔を押しつけた。
小さく、嗚咽がもれた。
*
少し泣いたらスッキリした。
目を擦ってしまったからもしかすると明日は腫れてしまうかもしれない。まぁその時は魔法で何とかすればいいだけだ。
ただ、泣いたおかげで余計に疲労感が増した。頭もぼうっとする。
もう何も考えないでとっとと寝てしまおう。このままだとまた暗いことを思いついて自己憐憫に浸ってしまう。
しかし、寝ようとしても妙に頭が冴えてしまって、なかなか寝つけない。体は悲鳴をあげているのに、頭が寝ることを拒否する。
嘆息して、照明の明かりを蝋燭の火に変えた。火の揺らめきを見ていると人は落ち着くのだと聞いたことがある。ぼんやり眺めていればきっとそのうち眠りにつくだろう。
火はゆらゆらと燃え始める。
蝋が溶けるあの何とも言えないにおい。
確かにこれは安心する。不思議なものだ。
ふと前世のことを思い出した。アロマキャンドルを焚こうとしたことがあるのだが、マンションの火災報知器が作動しないか不安で使えなかった。さすがにそれくらいの火で作動することはないと思うが、私は勇気が出ず、結局そのキャンドルは押し入れにしまわれた。
そんなくだらない過去を振り返っていると、蝋がどろりと溶け落ちた。
火は勢いよく燃え、ゆらゆら揺れ続ける。
――本当に地震は私と関係ないのだろうか。
地震は自然災害で、どうすることもできない現象だ。
しかしここは前世とは異なり、魔法があるファンタジーな世界だ。世の理も前世とまったく違うということも否めない。
私は何もしていない。
何もしていないが、断言はできない。
だからといって、どうすることもできない。
この国は海に面していなくて良かった。津波の心配はいらないから。
また蝋がどろりと溶け落ち、火が頼りなく傾いた。あともう少しで消えてしまうだろう。
その後、私の意識は沈んだ。
叫び声がした。
悲鳴も聞こえた。
母親を繰り返し呼ぶ子どもの声、逃げろという怒号、助けてくれと泣き叫ぶ声。
気がつくと私はどこかに立っていた。私の横を人々が全速力で駆け抜けていく。
ここはどこだ。
辺りを見回すと、何かを投げ込まれたのか、壁や窓に穴の空いた建物がいくつもあった。
建物は一棟だけでなく並び建っており、どうやらここは町中のようだ。
見たこともない町だった。
中世ヨーロッパのような石造りの町並みだった。質素な造りで、失礼だがあまり発展しているようには思えない。都会の町というよりも、田舎の村という表現の方が合っている。
私はそこにぽつんと立っていた。
人々は私に目もくれず、皆一様に必死な形相で走っていた。
ただ、ひたすら走っていた。
視界は悪い。天から灰色の雪のようなものが大量に降っていた。
おかげで辺り一面それで埋まっていて、本来の地面の色が見えない。
今は夜だろうか?
視界が悪いだけでなく、空は厚い雲に覆われていて真っ暗だった。
すると、走っていた人が一人、鈍い音を立てながら私の横で倒れた。
何かが当たったようだ。
びっくりして動けないでいると、一人、また一人とバタバタ倒れていく。
倒れた人々は這いつくばって尚、前へ前へと向かっていった。しかし、そのうち力尽きたように崩れ落ち、動かなくなった。
耳をつんざくような悲鳴の数々。
時折聞こえるドガンッという轟音。
ふと、遠くないところで爆発音がした。
そして地鳴りのようなドドドという音が聞こえ、それはどんどん大きくなっていく。
いや、大きくなっているんじゃない。
近づいてきているんだ。
――あぁ、“私”はこれを知っている。
そうだ、これだ。
“私”は、これのために――。
意を決して顔を上げた。
目的のものを見るためだ。
そこには、視界いっぱいに広がる――――灰色の雲、があった。
***
「ギルダ様、大丈夫ですか?」
アーチーの問いに私は首を振った。
「大丈夫じゃない……体がだるい……」
「エッ」
彼が慌てて寄ってきて私の額に手を当てた。しばらく唸った後「熱はなさそうですが……」とそっと手を下ろして視線を合わせてくる。
私は今ロッキングチェアに座っているので、その前に膝を立てた彼に見上げられている形だ。
「僕に何かできることはありますか……?」
副音声は『クーン』だ。垂れ下がる耳と尻尾が私には見える。
ええ、わんこです。
「……つらい…」
「ギルダ様!?」
思わず天を仰ぐと、体調のことだと勘違いしたアーチーが騒ぎ始めた。
「アーチー」
すると、その鳴き声の煩わしさに痺れを切らしたジュードが、面倒くさそうに吐き捨てた。
「それは持病だ、放っておけ」
「え、持病……?」
「アーチーはほんっとに可愛いわねぇ」
後ろを振り返っている彼に、正面から思いきりしなだれかかる。
彼は始めこそ混乱していたが、私が可愛い可愛い連呼していると次第に機嫌が良くなっていった。
「アーチーはイラッとするけど可愛いわ」
「えへへ褒めてもらえて嬉しいです!」
「都合のいい耳だな」
ジュードがしっかりと毒づいた。
今日も今日とて、我々は薬と、そして魔道具の制作に励んでいる。
今はその休憩時間なのだが、近頃の私の疲労感は凄まじい。寝ても寝ても疲れが取れないのだ。
というのも、どうもその疲れの主な原因が、仕事ではなく睡眠のようなのである。
私はある日を境に、毎晩同じ夢を見ていた。
とてもリアルな夢だ。
視界いっぱいに広がる灰色の雲、壊れた町並み、必死に逃げる人々、散らばる死体。
最初は戦争か何かかと思った。
でもそれにしては兵士はいないし、死体には血がついていないこともあった。
毎回同じ内容の夢なので、当たりをつけては歩き回って正解を探していた。
なぜか絶対に答えを見つけなくてはならないという使命感があった。
そして五回目の繰り返しの時、やっとその町に何が起こったのか理解したのだ。
「でも、本当に大丈夫なんですか?」
エヴァンがやって来て、隣にしゃがみこんだ。アーチーがしてくれたように額に手が触れる。彼も熱はないと確認したようだった。
「ありがとう。大丈夫じゃないけど大丈夫よ。原因は風邪じゃないの」
たぶんだけど、と付け加える。
アーチーとエヴァンがそろって首を傾げた。
私は重い腰を上げ、再びロッキングチェアに戻ると背伸びをした。気持ちがいいはずのそれは、何にも変化を感じない。
「火山が噴火する夢を見るの」
私は彼らに夢の話をした。
どうにもこの夢を見るようになってから体調が優れない、と。
どうやら彼らは“火山”を知らないようで、始めは疑問符を浮かべていた。だが私が詳細にその光景について話し、繰り返し同じ夢を見ることを強調すると、アーチーは顔を青くさせた。
「師匠……」
アーチーは震える声でジュードを呼んだ。
呼ばれた彼は「あぁ、分かってる」と深く考え込んでしまった。
「?」
師弟はかなり真剣な様子だった。
アーチーはジュードのそばまで行くと、二人で何かこそこそと話し始めた。
エヴァンと二人で顔を見合わせる。
一体どうしたのだろうか。
そのうち決着がついたのか、二人そろって私のそばまでやって来た。
アーチーは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ギルダ」
嫌な予感がした。
「もしかするとそれは夢ではなく……お前の記憶なのかもしれない」




