13.対策会議
ジュードとエヴァンの二人は会議室に向かう途中、一旦別の部屋に案内された。
ここで二通目の手紙を書いたのだが、それと同時にジュードの怪我の確認も行った。
その際従者は、小瓶を取り出し、具合が悪いようであれば飲むように話した。これについても陛下の指示だと言う。
幸いジュードの怪我は打ち身程度で大したこともなかったので、すぐに会議に参加することとなった。
ただ、ジュードはその小瓶を飲むことにしたようだ。
「やはり痛みが酷かったのですか?」
足取りが軽くなったジュードに、エヴァンはこそこそと耳打ちした。
「いや、そこまででもない。だがこれから長丁場が予想されるからな。体力が必要だろう」
「確かにそうですね」
「それに……」
タイミング良く、従者が二人に到着したことを伝える。ジュードが頷くと、従者はノックをして扉に手をかけた。
「これはギルダと作った薬だ。効果覿面だな」
彼はにやりと笑うと「俺が怪我したことはあいつらに言うなよ」と手をひらひらさせた。
*
すでに会議は始まっていた。
ダンスホールのような縦長の室内の中央に、同じく縦長のテーブルが置かれている。関係者たちはその周りに集まっていた。陛下を除いた全員が、立って話し合っているようだった。
テーブルの上にはこの国の巨大な地図が広がっている。従者が会話を聞きながら、何事かを熱心に書き込んでいるようだった。
団長が二人を視界に入れて露骨に顔をしかめたが、陛下の手前、口をつぐんだようだった。
その陛下は軽く手招きをした。
エヴァンは錚々たる顔ぶれに心臓が跳ねた。彼は一介の騎士でしかなく、こういった重要な集まりに参加した経験はあまりなかった。
一方、ジュードは慣れているため、臆することなくズンズン進んで行く。一歩遅れて慌ててエヴァンもついて行った。
「魔塔の状況は?」
陛下は顔を合わせるなりすぐに本題に入った。
この後のジュードの回答は素晴らしいものだった。建物の被害状況と怪我人の数、怪我に対する薬の在庫やこれから作る場合の完成日数などをテキパキと報告していく。恐らく捕まる前にはすでに確認し終えていたのだろう。エヴァンはその見事な手腕に舌を巻いた。
陛下は一つ頷くと、これまでの話に出た各地域の簡単な被害状況の報告を部下にさせた。ジュードはその内容を元に、魔塔が対処できる範囲を一つずつ挙げていく。
そうして数時間かけて、対策案はまとまっていったのだった。
「概ね初動としてはこんなところか?」
陛下は辺りを見回して異義がないことを確認すると、時刻を読み上げさせた。既に日付をまたいでおり、疲労もたまってきている。そろそろ終わりにするべきだと判断した。
「あれ以降大きな揺れはないが、各自十分に注意して業務にあたるように」
人々が顔を見合わせ、ざわついた。
彼は敢えてそれを無視してまとめに入った。
「それでは、詳細な被害状況の報告が入ってきてから、また会議を開くことにする」
陛下は固まった凝りを解すように首を動かした。そして水の入ったグラスを一口あおる。彼に倣って数人がグラスを手に取った。
「他に何もなければこれでお開きにするが、最後に、何か報告のある者はいるか?」
(――来た!)
エヴァンはそっと挙手をした。
一つ深呼吸していると、横にいたジュードがびっくりした顔で彼を見つめていた。周りの人々の誰だ?という囁き声が聞こえる。
陛下は口元を緩めると、話すよう促した。
「この度の一件について、魔女から意見がありました。それについてご報告させて下さい」
ざわめきが大きくなった。疲労感から思考が鈍っていたとしても、人々は魔女という単語には敏感らしい。特に団長は目をギラギラさせながらエヴァンを見ていた。
彼らの反応は想定の範囲内だったので、エヴァンは内心苦笑いしながら言葉を続けた。
「魔女によると、この度の揺れの余波で、今後もしばらく小さな揺れが続くとのことです。警戒は怠らないようにと言っていました。なお、これに関しては、魔女の魔法でもどうにもならないとのことです」
彼は一礼して話を終えた。これでお使いは完了だ。
人々は困惑している様子だった。
今の彼の発言によると、地震が魔女のせいだと思っている人々には宣戦布告に思える。しかし、それだと、最後の『魔法でもどうにもならない』の発言の意味が分からない。
一人の男が恐る恐る尋ねた。
「……魔女は無関係ということか?」
「はい。私は、揺れが起こる前から終わるまでずっと近くにおりましたが、特段怪しい行動は見られませんでした。魔法を用いて起こすのは不可能かと思われます」
辺りが騒然となった。
陛下は無表情のままだ。
「それについては私からも補足させて下さい」
ジュードが朗々とした声で告げる。
「以前、魔女の謁見の場にいらした方はご存知かもしれませんが、魔女は厳重な呪いのかかった部屋に監禁しています。それは魔女が簡単に出入りできないことはもちろん、外部に対して魔法が使えないということでもあるのです」
「と、いうと?」
同じ男からの問いだった。
「つまり、魔女が使う魔法の対象は、あの建物内にあるものに限る、ということです。――例えば、魔女があの建物のなかから、我々のいるこの部屋に対して魔法を使うことはできません。そういう結界が張られています」
数人からほぉという声がもれた。
「また、魔法を用いてこれだけの騒ぎを起こしたのであれば、相当量の魔力が必要となりましょう。通常、かなりの魔力が使用されれば、魔力を持つ者は何らかの変化に気づきます。痕跡が残ることもあります。しかし、魔塔にいる魔法使いは、私も含め、魔法が使われたような感覚はありませんでした。あれは、魔法とは全く関係ないところのものだと考えられます」
エヴァンはその発言に、ギルダの保護魔法のことを思い出した。
「魔女があの時に使った魔法は、ただ一つです。塔と私たちにかけた保護魔法のみでした。それも、揺れの途中のことです」
塔、と言ったところでジュードはエヴァンを見た。彼はその視線の意味が分からなかったが、何となく魔法馬鹿にふさわしいことのような気がして無視した。
すぐに諦めたジュードは、筆頭魔法使いの顔に戻って話を続けた。
「今、我々がお話した内容からお分かりになるかもしれませんが、≪災厄≫との関連も否定的です。魔女はあの場から出ていないどころか魔法も使えないのですから、≪災厄≫を呼び起こすことはできません。よって、今回の一件は別問題として対処した方がよいでしょう」
人々は彼らの意見を鵜呑みにしていいのか判断しかねる様子だった。
確かに筋は通っているが、本当にあの悪名高き魔女が関係ないと言えるのか、どうにも納得がいかないらしい。
最終的に、陛下の判断に委ねることにしたのか、全員の視線が彼に集まった。
陛下は頬杖をついて人々を眺めていた。誰かが、意見を聞かせて下さいと問いかける。
彼は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そうだな。再三繰り返してきたように、私は第一に、民の安全を優先すべきだと考える」
室内がぴりっとした空気になった。彼は全員の顔をぐるりと見回すと、謁見時のようにテーブルを指でトントンと叩いた。
「……魔女の関与も疑われるが、魔力の痕跡がない限りは罪に問えないだろう。念のため、他の魔法使い全員からも聴取しておけ」
彼はそう横に立つ側近に告げた。
そしてエヴァンへと顔を向ける。
「ウィスロー」
「はい」
エヴァンは名前を呼ばれて背筋を正した。
陛下の美しいエメラルドグリーンの瞳は、真っ直ぐに彼を捉えている。
「魔女は協力すると言っていたか?」
「――勿論でございます」
エヴァンがはっきりと答えると、陛下はアルカイックスマイルを浮かべた。「ふむ……余程物好きな人間でもない限り、わざわざ自分の仕事を増やすこともしないだろう」そうして一つ頷くと、ジュードとエヴァンの名前を呼んだ。
「命令だ。うまく使えよ」
***
地震から三日ほどで被害状況の確認がすべて終わったらしい。二度目の会議に参加したジュードがその詳細について話してくれた。
なんと、負傷者こそ多かったものの、死者は一人も出なかったらしい。私はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。アーチーも久しぶりに笑顔を見せてくれた。
ただ、それを語った本人と、今回は私のそばでお留守番をしていたエヴァンは、どこか釈然としない様子だった。
また、建物の大規模な倒壊もなかったようだ。建築途中の建物は崩れることもあって巻添えを食った人もいたそうだが、それもたった一人だけだった。しかも命に別状はなし。
何でも、この国の風習として、建物が完成した暁には毎回落成式を開き、長寿を願って魔法使いが保護魔法をかけるらしい。半壊したその建物も、あともう少しで完成して落成式を行うようだったので、運が悪いとしか言えない。
ちなみにライフラインの被害もほとんどない。基本的にこの国の設備は魔道具を用いているので、それが壊れるか魔力が切れるかしない限り、影響は出ないらしい。
と、いうことで、この度の地震の被害としては、負傷者が出たことと、家によっては物が壊れたことくらいだった。
地震の規模に反して、死者が一人も出なかったことは幸いだった。
予想した通り、余震はあれ以降数回あった。ただ、小さいものばかりだった上に人々に周知されていたため、大きな被害にはならなかったようだ。エヴァンのおかげである。
人々に恐怖を与えた巨大地震であったが、国の対応が迅速だったことと被害が少なかったこともあり、国民は早い段階で持ち直したらしかった。すぐに元の暮らしへと戻っていった。
未だに余震にびくびくする人もいるようだが、人というものは慣れる生き物だ。そのうち多くの人が気にかけないようになるだろう。
揺れの原因が魔女ではないと国が発表したことも、関係しているのかもしれない。
地震が起こった際、てっきり私は私のせいにされるものだと思っていた。魔女というものはそういう立ち位置だし、それについての反論は完全に諦めていた。
むしろ、ここから悪事ロードをぶっちぎるのだろうと準備体操を始めていたくらいである。だから国のその対応は正直、拍子抜けだった。
聞くところによると、ジュードとエヴァンが対策会議で私を庇ってくれたらしい。二人が私を信用してくれているのかと思うと、少しこそばゆい気持ちになった。
しかし、その結果がこれだった。
「ギルダ、それはもっと細かく切れ」
「ギルダ様、丁寧にって言ったでしょ!」
「……」
あれ以降、私は彼らと共に毎日毎日薬漬けの日々だった。
否、誤解を生まないように詳しく説明すると、傷薬や疲労回復薬などの薬を大量に生成する日々だった。
さすがに今回は姑の位置ではなく、私も実務の方に手を貸している。毎日朝から晩まで薬草をごりごりしたり鍋をぐるぐるしたりしているのだが、薬作りとはなかなか根気と集中力がいるものらしく、大雑把な私には苦行でしかなかった。
これぐらいでいいだろと思って薬草を適当に切ると、横からやれもっと小さくしろだの細すぎるだのその部位はダメだのと、二人の姑がぶつぶつ文句を言ってくる。
魔女的には後でパアッと魔力を注げばなんとかなる気がして、途中、二人の意見を無視して作っていたのだが、軽く爆発してこっぴどく叱られた。今はレシピ通りに粛々と作っている。チートで繊細さはカバーできなかった。
「……これ以上、丁寧にやれって言うの?」
「あぁ」
「はい」
「……」
はっきり言おう、面倒くさい。
だが、地震と無関係であることを証明するために必要なことが、この薬の生成だった。
会議で国王が言ったという『うまく使えよ』とは、『お前が関わっていないのであれば、国民のために馬車馬の如く働け』ということらしい。そのため私は、性に合わない丁寧な作業に勤しんでいるというわけだ。
「…なんて器量の狭い男たちなのかしら……」
私は頬に手を添えて深い深い溜息を吐く。
「ギルダ様、こんな感じですか?」
エヴァンが機嫌良さそうに問いかけてくる。どこかウキウキしているようでもあった。
彼には魔力がないが、薬草を切るのに魔力は必要ないのですすんで手伝ってくれていた。
「……ばっちりよ」
「ありがとうございます!」
下手したら鼻歌を歌い始めそうだ。彼は私の何十倍も手先が器用だった。
「あ、分かった!もしかして……!」
「?」
途端、アーチーが声を上げる。
三人の視線を受け、彼は意気揚々と告げた。
――私を見ながら。
「ギルダ様は老眼なんですか?」
私はにこりと微笑むと、昭和のコントよろしく金盥をお見舞いした。




