12.地下牢
「あの手紙が来た時、何事かと思ったわ……」
「俺もまさか、自分が牢屋に入れられるとは思ってなかったから驚いたよ」
そう言ってジュードは遠い目をした。
結論から言うと、彼は五体満足で怪我もなく、再び私の前に現れた。
それは地震のあった翌朝のことだった。
エヴァンからジュードが捕まったと連絡があり、私とアーチーはただただ混乱した。何がどうして彼が捕まることになるのか。
しかし捕まったということは、彼の命は問題ないということだ。ひとまず安心はした。
安心はしたが――。
『ジュード様が捕まりました』
これの繋がりが全く分からない。
余程急いでいたのだろう。エヴァンの手紙は簡潔で、走り書きのようなそれしか書かれていなかった。
その後、二通目の手紙が来るまで、私とアーチーはずっと救出計画を話し合っていた。
「結局、あの団長様の独断だったわけね」
***
「一体どういうことですかっ……!?」
エヴァンは目の前で腕を組む男に詰め寄った。男は目を細めて彼をじっと見つめていたが、やがて鼻で笑うと口を開いた。
「騎士ともあろう者が、なんと情けない」
低く唸るような声だった。
「魔法使いどもに懐柔されたか?」
「…っ説明してください……!団長!!」
団長と呼ばれた男は、彼から視線を外し、その奥にいる両膝をつけた男を睨んだ。
男は後ろ手に組んだ状態で拘束されており、脇には剣を構えた騎士が二人立っていた。その美しい黒髪が騎士の一人によって乱暴に掴まれており、抜けた髪が辺りに散乱していた。
拘束された男は、この国の魔法使いでトップを担う男、ジュード・ディアスであった。
ここは城内の地下牢だ。
窓がないこの場所は昼夜問わず光が届かない。そのため、牢前に設置された魔道具の頼りない明かりだけが、この場を照らす光源だった。
ほとんど掃除もされていないのか、血が固まった跡や糞尿の残りのようなものも見られる。汗や血や、その他色々なものが混ざったようなすえた匂いがして、ここに初めて訪れた者はもれなく嘔吐する。
一見平和そうなラプタン王国でも、犯罪者がいないわけではない。国中の犯罪者が裁判前に集まるので、利用者はそれなりに多かった。
管轄は騎士団である。
牢は複数用意されているが、どれも辺りを石壁で囲われたこじんまりとしたスペースだった。
壁には誰かの悲痛な思いのこもった爪痕――歯かもしれないが――や、削ろうとした努力の跡が窺われる。なお、各牢屋にはトイレ用の樽以外何も置かれていなかった。
魔法に関連するものが明かり以外何もないのは、管轄が騎士団だからだろうか。
エヴァンはこの場所に今回初めて訪れたが、あまりの酷さに思わず顔を歪めてしまった。
「エヴァン、この男が先日の謁見で言ったことを覚えているか?」
団長はジュードのそばまで歩み寄ると、俯いていた彼の前髪を掴み、振り上げた。
「ぐっ……!」
「ジュード様!!」
慌ててエヴァンが駆け寄ろうとするも、他の騎士に遮られてしまい近づけない。彼はぎゅっと下唇を噛んで必死に頭を回転させた。
(何か、何か助ける手はないものか――!)
団長はエヴァンに質問したが、その答えを待っているわけでもないようだった。
彼を窺うこともなく、ただ目の前のジュードを憎しみのこもった目で睨みつける。
「この男はあの場で魔女の肩を持ち、そのうえ全責任を持つとまで宣った。――ところが蓋を開けたらどうだ?杜撰な魔女の管理とやらのおかげで、魔女は今回このような事態を引き起こした」
団長はあぁ、と大袈裟に芝居を打った。
どうやら団長は、先程の地震の原因はギルダにあると考えているようだった。そして彼女がそんなことをしでかしたのは、見張っていなかったジュードのせいであるという。
そこで団長は、彼が謁見で言った『全責任を持つ』という言葉通りに彼を処罰していると――。
エヴァンは舌打ちをした。
彼はそれが起こっている最中もずっと彼女と共にいた。その間、彼女に不審な様子は見られなかったし、何より国の安否を気遣っていた。地震というものは“自然の摂理”とのことで、誰が起こしたわけでもないという。
「私はこの男の傲慢さと短慮な行動に深く心を痛めているのだ!なぜあの時斬らなかったのか……。そのせいで善良な民たちは危険な目に会うことになってしまった。信じた私がバカであった……!」
団長はゆっくりと頭を左右に振ると、項垂れた。そして虚ろな目でジュードを見つめる。
「だからこそ」
エヴァンは嫌な予感がした。しかし駆け寄ろうにも身動きがとれない。
「だからこそ、今度は間違えるわけにはいかない」
「――!!」
団長が腰の剣に手を伸ばした。エヴァンも瞬時に手を伸ばすが、彼のその行動を予測していた周りの騎士たちに羽交い締めにされてしまった。「エヴァン、やめろ……!」放せと叫ぼうにも、口を押さえつけられくぐもった声しか出てこない。
彼に声をかけてきたのは同僚の一人だった。耳元で「今ここで抜刀すれば、お前の身も危ないぞっ……!」と必死に制している。
「~~っ!!」
エヴァンは悔しくて悔しくて拳を握りしめた。爪が食い込むことも気にならない。
(どうすればいい――!?)
辺りが緊張感に包まれた。
ジュードは真っ直ぐに団長を見つめている。
団長は思っていた反応と異なることにやや不満そうだったが、それでも自分が優位なことには変わりないのでにやりと笑った。
剣が鞘からゆっくりと抜かれていく――。
すると、エヴァンの前に目映い光を携えた天使が降りてきた。
「それだと私もバカだということか?」
その場にいた全員が瞬時に膝を折った。
その人物は天使などではなく、ラプタン王国が国王、レナード国王陛下であった。
彼はこの場の臭いのせいか、はたまた現状のせいか、その美しい顔を酷く歪ませていた。
どうやら彼の周りの光は、従者たちが持つ魔道具によって作り出されているらしい。いつでも真夜中状態の地下牢が、まるで昼間に移ったかのようにギラギラと輝いていた。
「陛下――」
「発言を許可した覚えはないが?」
「……っ」
彼は団長を一刀両断すると、エヴァンを一瞥した。当の本人は頭を下げているためその視線には気づかない。
そうして次に、牢内のジュードを見た。彼の視界にぼろぼろの筆頭魔法使いの姿が映る。
大きな溜息が地下牢に響き渡った。
何人かの騎士がびくびくと体を震わせた。
「お前たちは何をバカなことをやっている?さっさと対策会議を始めるぞ」
陛下はくるりと背を向けると、出口へと向かって行った。彼にあわせて光も動いているので、少しずつ昼から夜に戻っていく。
暗に彼はこの場にいる全員のことを“バカ”と呼んだ。先ほどの団長の『信じた私がバカだった』という発言はただの芝居であるが、それを本当の意味でバカだと断定したのだ。団長はそのことに気づき、歯ぎしりをした。
「――陛下っ!!」
彼は勢いよく立ち上がると、唾を飛ばしながら訴えた。
「この者は反逆者に違いありません!!」
ぴたりと陛下の足が止まる。
再び辺りが緊迫した空気に包まれた。
「ウォルター」
ウォルターとは、騎士団団長の名前である。
名を呼ばれた彼はハッと返事をした。
「何度も言わせるな。お前に発言を許可した覚えはない」
陛下は冷たい声でそう吐き捨てた。
団長は一瞬眉間にシワを寄せたが、謝罪のために口を開く。
しかし、陛下はその隙を与えなかった。
「ところで――民を思う気持ちがあるというのなら、なぜこんな場所で道草を食っている?」
陛下は振り返って団長のそばまで歩いて行くと、腰を折り、耳元で囁いた。
「このような穢らわしい場所に、この私が、わざわざ来てやった意味をよく考えろ」
「――っ!大変…申し訳ございませんでした……」
陛下は深く頭を下げる団長を流し目で見ると、その場を去って行った。
あっという間の出来事だった。
エヴァンはほっと胸を撫で下ろした。陛下のおかげで団長の暴走が止まった。
彼がそっと団長の様子を窺うと、未だに床に顔を向けたままだった。周りの騎士たちもその様子をはらはらしながら見ていたが、その後、彼は何事もなかったかのように立ち上がった。
「お前たち、行くぞ」
彼はそう淡々と命令すると、陛下の後を追うようにこの場を去って行った。
そのうち、地下牢にはエヴァンとジュードの二人だけになった。
エヴァンは急いでジュードのもとに駆け寄ると、彼の拘束を解いた。
次いで肩を貸そうとしたところ、ジュードは手で制してよろよろと一人で立ち上がった。
「ギルダとアーチーは無事か?」
一言目がそれか、とエヴァンは苦笑いした。
「ご心配なく。お二人とも怪我一つありません。怪我をしているのは貴方だけですよ」
にこりと毒づくとジュードは顔をしかめた。
「お前には怪我人を労る気持ちはないのか?」
舌打ち付きだった。エヴァンは笑ってその言葉を受け流すと、再び彼に肩を貸した。ひとまずここから離れ、清潔な場所で怪我の確認をしようと判断してのことだった。
しかし、ジュードはエヴァンのその行動に、再度待てと制止をかけたのだった。
「……もしやジュード様はここが気に入ったのですか…?」
エヴァンとしては一刻も早くこの場から離れたかった。気持ち悪くて仕方がない。口をへの字に曲げて魔法使いを胡乱げに見た。
ジュードはそれに頬をぴくぴくさせると、彼から距離を取った。
「……違う。すぐに済むから少し待ってろ」
「?」
ジュードはそう言うなり、魔法を使った。汚れていた彼の服が一瞬で新品同様になった。
彼は変化を確認するともう一度指を鳴らした。今度はエヴァンの服がぴかぴかになった。
「洗浄魔法だ。この格好ではうろつけないだろ」
「…ジュード様って結構綺麗好きですよね」
「……嫌なら戻すか?」
「いいえ、ありがとうございます」
エヴァンは爽やかな笑顔を向けると、強い力でジュードの肩に腕を回した。今度は拒否させないぞとでも言っているかのようだった。
さすがに三度目はジュードも大人しく従った。
その後、二人は仲良く階段を上って行き、地上へと辿り着いた。
窓から差し込んでくる夕陽で、やっと今の時刻が夕方だということに気がついた。
ジュードはもう一度自身に洗浄魔法をかけ始めた。これ以上何かを言うのも面倒になったエヴァンは、彼の気が済むまで待つことにした。
静かに挙手をして自分にもかけてもらえるようにアピールしたが、鼻で笑われた。
「お待ちしておりました」
声をかけてきたのは陛下付きの従者だった。
彼は頭を下げると、陛下からの言伝を預かっております、と続けて告げた。
「これから始まる対策会議に、お二人も参加するように――とのことです」
――筆頭魔法使いなら分かるが、なぜ自分が?
そう思い、エヴァンはきょとんとする。
しかし、これは絶好のチャンスだ。ギルダに頼まれた、もう一つのお使いを済ませるのにふさわしい場は、これ以上になかった。
二人そろって了承の意を伝えると、従者に連れられ、会議が行われる部屋へと向かった。
途中、手紙の存在を思い出したエヴァンは、横で目をキラキラさせたジュードに見守られながら、どや顔で息を吹く。
従者はそんな二人に片眉を上げただけだった。




