【木彫りのハニーベア・終章:14】
一足先に家から出て、眠っている友達を眺める。
クロキバさんは家の中に入れて治療中。奥さんが様子を見てくれている。
ドアを閉じた状態ならいくら時間が経っても問題はないというのはわかっているものの、やはり気になって仕方ないのだ。
また、ここで一つ家について補完的な発見があった。
クロキバさんを運ぶために家を開いたときにわかったのだが、どうやら私が外側でドアを閉じると、やはり内側とは時間の流れが遮断されてしまうようだった。
中で待っていた奥さんや影たちからすると、私たちが出ていったあとすぐ怪我だらけになって帰って来たように見えたようで、非常に驚いていた。
これはつまり、時間の流れはあくまでスズメに付随しているということになるのだろうか。
(ま、考えたってよくわかんないけど)
コゲツくんはうまくやってくれただろうか。
何をするつもりなのかは知らない。
でも、私は彼を信じた。
私の友達のために、全てをなげうってきた彼のことを。
きっと他の何を裏切っても、ロウガのことだけは裏切らないと思ったから。
(そういえば、私たちがロウガを助けたとして、今後他に『先祖返り』が生まれないって保証はないんだよね)
そう考えると、そもそも『先祖返り』とは何なのかというわけだが。
目の前で眠っている友達は、その身体を横たえてゆっくりと呼吸していた。
その顔からは悪意が抜けてとても穏やかだ。
「まずは、目の前のことから、かな」
長い毛が、風に揺れてそよそよとなびく。
手を伸ばして、少し撫でてみる。
いつか触った尻尾と違って、とてもごわごわしていてさわり心地はあんまりよくない。
月明かりに照らされて、巨大な影が伸び、その毛と同じように風になびいた。
「……?」
その時、私は違和感に気付いた。
何か、変だ。
しかし、何が変なのかわからない。
よくわからなくなって耳を澄ます。
音はしない。呼吸音だけが響いている。
待て。音はしない、だって?
ハッとして周りを見る。
無い。
草木の擦れ合う音すらない。つまり――風が吹いていない。
にもかかわらず、影はうごめいている。
実体の毛を見ても風にそよいでいる様子はない。
反射的に距離をとる。
「これって……!」
家に逃げ込んで、時間を遮断してクロキバと合流するか?
いや、この現象が一体なんなのかわからない以上、それは詰んでしまう可能性がある。
ぎゅう、と弓を握りしめた。
そんなことをしている間に、影はゆらりゆらりと地面を離れ、陽炎のように立ち上がり始める。
やがて、影だったものは黒い靄となって巨狼を包み込んだかと思うと、それが小さく固まり人型になった。
立ち上がったその姿は、全身真っ黒で、『先祖返り』していないロウガのシルエットが動き出したかのようだ。
「<ゆるさない>」
ゾッとする。
何を話しているか音声単位ではまるで分らないのに、意味だけが頭に伝わってくる。
その声はロウガにそっくりで、でも、全然知らない誰かの声だった。
「<どうして じゃまするの>」
生物がするはずのない平行移動で、こちらに近づいてくる。
真っ黒な靄に覆われた手の部分をつきだし、さながら幽霊そのものだ。
怖い。嫌だ。
生理的な嫌悪感が身体を駆け巡る。
逃げるべきか、それとも――
「<きめられたけつまつを かえないで>」
だめだ。
逃げたくとも足が動かない。というか、指一本に至るまで動かせない。
心臓が早鐘を打っているのがわかる。呼吸が苦しい。
やっとの思いで声を出す。
「あ、あなた、誰」
「<わたしは かみ>」
首をかしげるように、その部分がぐにゃりと曲がった。
もう目の前まで迫っている。
その黒い靄に触れたらだめだとわかっている。
目をつぶりたいのにつぶれない。
まばたきをしたら次に目を開けた時終わっていそうで、それすらできない。
恐怖感で呼吸だけが荒くなっていく。
「<あなたたちが そうきめた>」
靄が、私に、触れた。




