【木彫りのハニーベア・終章:13】
「ここはどこだ」
言葉が反響する。
先ほどまで手前は何をしていたのだろう。
周りは白い光や黒い何かであふれている。
空の向こうはこんな感じなのだろうか。
ふわりふわり。
なんだか心地よい気分ではあった。
しかし――なにかすべきことがあったような。
このまま溶けていきたいという本能的な欲求に従うのは、どうしても躊躇われた。
仕方がないから、そこここをふわふわと動き回る。
「あちらはなんだ」
遠く、地平線の彼方。
他の光もあそこを目指しているものが多いようだ。
なんだか惹かれるものを感じる。
懐かしいような不思議な気持ちになって、ふわりと行きかけた時。
「?」
何かに引っ張られる感じがして、振り向いた。
そこには、黒い何かがいた。
再び引っ張られる。
手も何もないのに、不思議なものだ。
とはいえ、そう言えば自分自身にも身体はないのだが。
三度、引っ張られる。
仕方ない。あの彼方に行きたい気持ちはあるが、今はそんなことをしている場合ではないようだ。
連れられて、というのも妙だが、後をついていくことにした。
やがて、不思議なものに行き当たる。
「……建物?」
そこは、ドーム状の屋根をした建物で、その壁面には継ぎ目一つなかった。
どうやって接着したのか見当もつかない。
ただ、とてもきれいだと思った。
コゲツがぼうっと立っていると、黒い何かは入口から中に入り、さらに進んでいく。
慌てて後を追った。
中は外観より更に奇妙で、曲がりくねった道や上下の反転した道などがあった。
そうして、一つの扉にたどり着く。
黒い何かは、いつの間にか消えていた。
「ここは……」
扉は、真っ青な地に金色の模様で装飾されていた。
誘われるような感じでドアノブに手をかけ、扉を開く。
――と。
「やあ」
あいた先の部屋に入ると、声をかけられた。
深く落ち着いた声。
そこは玉座の間のようになっていて、謁見者はコゲツ。
そして、椅子に座っていたのは――誰だったか。
酷く焦がれるような気持ちがあるが、その正体が一体何だったのか、今のコゲツにはわからない。
ただ、とてもきれいだと、そう思った。
「君はここに何をしに来たのか。」
「さ、さあ。て、て、手前にも、わからなくて」
「そうか、それは困ったな」
何故か緊張する。
嫌な感じはしないのだけれど。
「それじゃあ、こちらにおいで」
その人は、玉座から降りると、奥に続くドアを開きながらそう言った。
大人しくついていく。
暗く、長い、長い廊下。
お互い無言だったけれど、いやではなかった。
「さあ、ついた」
白と黒が合わさった扉が開かれる。
強い光に射られて、思わず目を覆った。
段々と目が慣れてくると、驚いたことにそこは一面黒い砂地だった。
ざざーー。ざざーー。
打ち寄せる黒い水。
随分と様子が違うけれど、これはいつか本で読んだ海というものではないだろうか。
「あ、あの、ここで何をすればいいんでしょうか」
「君がしたいことをすればいいさ」
困ってしまう。
したいことといわれても。
思わず俯くと、あることに気が付いた。
この砂地、一見した時にはわからなかったが、砂粒すべてが黒いわけではないようだ。
相当数白い砂粒が混ざっている。
黒い色が強いせいで黒く見えたのだ。
なぜだか、白い砂粒をより分けてみたくなった。
どうやら自分には手があったらしい。
黒い砂粒をのけて、白い砂粒のみの陣地を作る。
白。黒。白。黒。白。黒。
「これが、手前のやりたかったこと……?」
コゲツ自身も驚く。
それを見て、その人がやや驚いたようだった。
「なんだい、君はそんな途方もないことをしに来たのか?」
「ど、どうなんでしょう」
答えながらも、その手が止まらない。
段々と黒い砂と白い砂が分かれていく。
白。黒。白。黒。白。黒。
「やれやれ、この、見渡す限り広がる砂場で本当にそれをやる気なのか?星の数をすべて数えるくらいの根気があるらしい」
「……」
答えない。
自分でもわからないからだ。
こんなことをして何の意味があるのだろう。
でも、手は止まらなかった。
白。黒。白。黒。白。黒。
「はあ。ま、どれだけもつか……見ものだなこれは」
その人はそういうと、白くなった陣地に座ってしまった。
あ、と言いかけたが、白い砂地に黒い砂は一粒も落ちなかった。
不思議なことに、その人には砂粒がつかないらしい。
退屈そうに眺めるその人を放って、黙々とより分けを進めていった。
白。黒。白。黒。黒。白。白。黒。白。黒。
そうしているうちにどれだけたったのか、光がだんだんと弱くなって、真っ暗になる。
どうやらここにも昼夜の概念はあるらしい。
(これでは白と黒の区別がつかない)
手が止まってしまった。
だが、白い砂は温かく、黒い砂は氷のように冷たいことに気付く。
慎重にやれば、間違うことはないはずだ。
また、そのまま延々と続けていく。
白。黒。白。黒。白。白。白。黒。白。黒。
やがてだんだんと光が差してきて、温度による選別が間違っていなかったことが証明された。
そうして、コゲツは一日中それを繰り返した。
何度光が差して、何度闇になっても、その手が止まることはなかった。
気の遠くなるほど繰り返し、繰り返し。
少しずつ、白い砂地が広がっていく。
白。黒。黒。黒。白。黒。白。黒。白。黒。
いつの間にか、コゲツ自身はかすれていったけれど。
胸の中に抱いた何かだけは持ち続けた。
そうしてゆっくりと。ゆっくりと。
混ざりきっていたそれらは、各々の色に別れていった。
また、時間が経って、さらに時間が経って、いつかもわからないほど時間が経って――
その日はきた。
白。黒。黒。黒。白。黒。白。黒。白。黒。
おや。どうやらもう、砂がない。
頭をあげ、振り返る。
白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。
黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。黒。
綺麗に、自分のしてきたことがそこにあった。
打ち寄せる水の色は相変わらず黒いままだけど。
白い砂地の上を歩きながら、あの人がこちらに来る。
「やあ。」
「――」
声が出ない。
もうずっと話していないから、声の出し方を忘れてしまったのかもしれない。
でも、向こうは何となく意志を汲んでくれているようだった。
「いや、驚いたよ。本当にやり遂げるなんてな。」
「――」
「それで?これで終わりにするのか?」
「――」
「おや、まだ何か?」
「――」
「……そうか。でも、それをしたら外側の彼等は死んでしまうかもしれないぞ」
「――?」
「ああ、忘れているのか。うん、いや、何でもない。君がそうしたいのなら、その誠意に報いよう。」
あたりを見回す。
打ち寄せる水の量が増えてきているようだった。
黒い砂を攫って、向こう岸へ運んでいく。
急いで白い砂粒を遠ざけようとする。
「大丈夫。この水は黒い方しか運んでいかない」
その人が穏やかに言う通り、水は既に足首まで来ているのに白い砂はそこにあるまま。
ただ、黒い砂だけが運ばれていく。
「さあ、君も向こうへ帰るべきだ」
その人はそう言った。
自分は得も言われぬせつなさを感じて、首を横に振った。
なんだかよくわからないが、ここに来るまでに見たあの地平線へと行きたい。
「それはまだ早いんじゃないか。せめて向こうでお礼を言わせてほしいが。」
と。
そう言われて、なにか、心に動くものがあった。
それは、どうもこの黒い水の向こうへ通じている動きらしい。
「うん。それじゃあ、また」
とん、と背中を押される。
ひらひらとその人は手を振った。
ああ。それはなんだか、覚えている気がする。
声を上げようとして、出ないまま、自分は――手前は、水の向こうへと流されていった……。




