【木彫りのハニーベア・終章:12】
「まあ、上等だな」
念話が途切れる。
コゲツはあちらの戦いを見て、自分の中に残っていたわずかな迷いが消えていくのを感じた。
今までは自分だけが価値があると思っていた相手だったし、それでいいと思っていたけれど。想う相手の評価が上がるというのも悪くはない。
ならば、次は自分の番だろう。
禁呪の詠唱を始める。
「未だ我うつつにあり 伏して眠る其方 通じることなく 相容れることなく」
一節を終えた時点で地面に描かれた文字から鎖が飛び出し、コゲツの肉体の中に食い込んだ。これは魂を縛る鎖。肉体と魂をつなぎとめる力の具象化。
肉体から魂を剥離させ、対象の魂へ接続・侵入し、直接の干渉を図る。
念話の禁呪法、憑依の業であった。
「しかし我は望む 其方の深淵 如何なるものぞ」
肉体に激痛が走る。
自己防衛本能だ。
魂を剥離させるということは、すなわち死に近づくこと。
生物として肉体は反抗する。
歯を食いしばって耐える。
この禁呪は、相手が完全に覚醒しているときには効かない。
弱っていなければいけない。
だからこそアイツらは命を懸けた。
――この禁呪について、知りもしなかったくせに。手前が嘘をついているとすら考えられたはずなのに。
あの小娘は笑って、あの男は肩をすくめながら。
笑って命を懸けた。ロウガさんのために。
アイツらにできたなら。手前に命をかけられぬ道理がない。
「我ここに大いなる原初の契りを棄つ さりとて天へも還らず」
鎖にひびが入る。
肉体の抵抗はより激しくなり、全身の毛穴という毛穴を真っ赤に焼けた針で刺されたような感覚がコゲツを襲う。
「よりて今 這いて 伏して 飛びて 其方の深淵を欲するものなり 我が眠る時を見よ」
鎖はさびてボロボロになった。
肉体の抵抗で手がうまく動かない。
薬瓶の蓋はあいている。
あとはただ中身を呑むだけだ。
始めるまでは抵抗があったが、今はもうない。
だが、どうしても手が動かない。生への執着は本能だ。若ければ若いほどその抵抗は増し、成功率は下がる。
コゲツのような年齢でこの禁呪を成功させた例はない。
余りの苦痛に体が震え、腰に備え付けておいた手帳が地面に落ちる。
丁度開いたその場所に、すっかり枯れきった木の葉が見える。
(手前が、今度こそ。今度こそ――あなたを救ってみせる)
動くはずのない手が動く。
死が近づいてくる。
その開けた口から毒の匂いがする。
(ロウガさん――)
一瞬の間。
コゲツの肉体はそこにくずおれた。
風が、木の葉を攫って行く――。




