【木彫りのハニーベア・終章:7】
夜の森、満月に照らされた道。
そこを風のように四足で駆けるのは私を背に乗せたクロキバ。
少し遅れて奥さんがついてくる。
目的地はウルフェン族の村。既に遠吠えで危険は知らせている。
道はまるであのヒヒイロカネがもう一体現れたかのようになっていた。
もう少しでつくはずだ。
……破壊の痕跡は村へと続いている。
(間違いない。『先祖返り』したんだ)
――あの後、はやるクロキバを大丈夫だからとなんとか説得し、家の中、ドアを閉じた状態で自己紹介、そして情報の共有をした。
クロキバからはロウガの『先祖返り』についてを。
私からは状況から考えて既に“そう”なっている可能性を。
それが終わるや否やクロキバはヒヒイロカネの牙を武器代わりにして牢屋をぶち破り、騒ぎが大きくなる前にフォクサス族の村を飛び出してきたというわけだ。
「それで!何か勝算はあるのか!スズメちゃんよう!!」
こちとら振り落とされないようにつかまるので精いっぱい。
自然とその会話は大声になる。
「別にない!!」
「はっ!……どうにもわかんねえな!!」
「なにが!!!」
周りの景色がどんどん後ろに流れていく。
正直ウルフェン族舐めてた。こんなに速く走れるなんて、まるで山道を駆け抜けるバイクだ。しかも障害物自動回避機能つき。話す余裕まである。
一応納得はしてもらえたと思ったが、まだしこりがあったらしい。
「俺たちを助けてくれる理由だ!!アイツの友達だ?たった数週間過ごしたくらいで命懸ける理由になんのか!?普通そんなことありえねえ!!」
改めてそう言われると言葉に詰まってしまう。
助けたいのは確かだが、そういえばどうして助けたいのか深く考えてなかった。
クロキバの言う通り、生死を共にした仲間とはいえ、別に幼少の時からの付き合いというわけでもない。
思い出を共有しているわけでもない。なにせ私は私のことを言わなかったし、ロウガはロウガで自分の話はそこまでしなかった。
ただ、目的が一致したから共に居た、それだけだ。
「その程度の義理なら!!!いっぺん死んだとこで果たしてんだろ!?次生き返れるのかもわかんねえ!!また死ぬのが怖くねえのかよ!」
クロキバは吠える。
そうだ、と私の中で頷く声がある。義理は果たしたじゃないか。
私はあの時確かに死んだ。ロウガに関わらず見捨てておけば避けられた死だった。
死んでいくときのことを思い出すと今でもちょっと怖い。
覚えている限り二度目の、自分の中から命がソトに流れ出していく感覚。
でも……ここに来るまでは、死ぬことを怖いと思ったことさえなかった。
事実向こうでの一度目は安堵さえしたのだから。
霧散していく命を感じながら、二度目に私は何を思ったのか。
きっとそこに、今こうしている答えがある。
自分が失われる恐怖だけか?
(……違う)
ヒヒイロカネと対峙して自覚した感情。
それをもう一度、私はあの時確かに感じていた。
言葉に出せないほどの憤怒を。
理不尽な終わり。納得できない死。耳にこびりついたロウガの叫び声。
そんなことは間違っていると思ったのだ。
“こんな現実を、私は絶対に認めない。”
憤怒という名前のエゴ。
想いが其処に至ったとき、私は唐突に理解した。
(そっか、だからなんだ)
だから、私はこの世界に戻ってきたのだ。
致命傷から目覚めたあと、いつの間にか家に追加されていた勝手口――玄関とは違う、一度きりしか使えない出口――があの牢に出たのはきっと偶然じゃない。
間違っている現実を変えるためにあの場所に行かなければいけないとわかったからだ。
知っていたからだ。
「だって、間違ってるじゃない」
静かに呟いた。
耳をピクリとさせ、クロキバが聞き返す。
「なんだ?聞こえねえ!もっとでかい声で言ってくれ!!
「私は、私の友達には幸せになってほしい。その友達のために頑張ってきた人には、報われてほしい。世界中みんなが幸せになってほしいとまでは思えないけど、せめてこの手でつながった人たちだけは幸せになるべきだって思うから。だから――そんなことすら許してくれない世界は、間違っていると思う。」
「……」
クロキバは黙っていたが、やがて鼻を鳴らした。
「ふん。それじゃあただのワガママじゃねえか」
「……いけないかな?」
「馬鹿言え。てめえ自身の中に命を懸ける理由がある――そういう奴だけが信用できる」
納得したように満足げな遠吠えをするクロキバ。
奥さんも併せて遠吠えをする。
同時に、微かだったソレがだんだんと近くに感じられるようになってきた。
お腹の底に響くような地鳴り。
「もうすぐ村につく――チッ!!」
クロキバが舌打ちをして急停止し飛び上がって旋回する。
背中に乗っている私は、天地がひっくり返るのを感じて軽く目を回す。
頭を振って何が起きたのかを確認すると、間違いなく先ほどまでいたところに苦無のようなものが突き刺さっていた。
「てめえら、コゲツんとこの影だな」
奥さんも牙を剥き出して唸っている。
返事はない。その代わり、どこからか一斉に苦無が飛んできた。
軽く避けながらクロキバが吠える。
「……説明もなしかよ」
と、ゆらりと木の影が一つ分かれて立ちあがった。
「我々の身命にかけて、この先にお通しすることはできません」
感情を感じさせない無機質な声。
「この先は俺の村だ。それにあのバカ娘がいるのもこの先だろ。」
「お答えすることはでき」
「答えなんざ聞いてねえよ」
一閃。
影は木の葉になって散っていく。
同時に飛んできた苦無を奥さんが無言で弾き落とす。
「スズメ、先に行け」
「でも――」
「いいんだ。俺は今更、アイツに合わせる顔がねェしな」
そんな隙を影たちは見逃さない。
「何人たりとも、先にお通しするわけにはいきません」
私にむかって放たれた吹き針を器用に人差し指と親指で挟みながら、クロキバはにいっと笑った。
襟首をつかまれ、ぽーんと投げ飛ばされる。
「いけ!俺の娘を頼む!!」
静かに始まった戦いの音を後ろに聞きながら、私は駆けだした。




