【木彫りのハニーベア・終章:6】
ウルフェン族の村。
木造の素朴な建物が並ぶ中、ひときわ目を引くのが村の奥にある施設だ。
骨子は石造だが、随所に骨や牙、石などで装飾のなされた、村の中で一番大きな建物。
ウルフェン族の祭殿だ。
掟を重要視する部族において、王は族長としての役目以外に祭司を兼任するのが通例だった。当然、その住まいもまた祭殿なのである。
二重の意味で神聖な場所、というわけだ。
その場所に部族外の者が入る時は国事にかかわる重要時のみであった。
そして。
「……それでは、どうしても婚姻は破棄すると申されるのですか?あの、掟を最重要視するウルフェン族の王たるあなたが?」
狐の獣人は変わらぬ物腰でそう言った。
赤茶けた毛色に、ひょろりとした体躯。穏やかそうな人懐こい顔をしている。
だが、下を向いて周囲から隠したその眼にはどこか底知れぬ光が宿っていた。
それを知ってか知らずか、現王であるクロキバはうんざりしたように答える。
「そうならざるを得ない、と言っているだけだぜ。フォクサス族族長のコゲツさんよぅ。……わからねえようだからもっぺん説明してやる……“婚姻を前に王女たるロウガはかの掟を適用した。もし失敗すれば当然死ぬことになり、婚姻は不可能。”だ。」
「――恐縮ですが手前には抜けがあるように思われますね。すなわち……“成功”した時のことです」
顔をあげないまま、狐の獣人はよどみなくそう言った。
それを聞いて、クロキバは牙をむきだして笑う。
「はぁっはははは!!!それこそありえねえなあ!!!」
誰も気が付かなかったが、ピクリ、とコゲツの耳がわずかに跳ねる。
しかし、声色はあくまで穏やかだ。
「……と、申しますと?」
「もしも掟を成功させたら、アイツはようやく自由になる。好きなとこに行き、好きなやつと出会って、好きなやつと子をなすだろう。――だが、父親として断言してもいい。そうなったら最後、アイツは絶対にお前を選ばねえ。」
「……差し支えなければ、理由をお聞きしても?」
まるで堪えていないという様子のコゲツ。
クロキバの眼が不愉快そうに細められる。
「決まってンだろ。アイツは俺の娘だからだ。きたねえやり方で王位を継いだお前を気に入るわけがねえだろうが。“王族の女は他の部族長から申し入れられた婚姻を断るべからず”、この掟あってこその縁談だったんだよ。」
「……」
「仮に“英傑”として認められれば、すべての掟より上に立つことになる。当然、掟を無視することも、何なら消しちまうことだってできる。……ま、悪いがそういうことだ。諦めな。」
嫌なものを追い払うかのようにしっしっ、と手を振るクロキバ。
それを受けて、コゲツはようやくその顔をあげた。
これだけのことを言われても、その表情には一片の隙も無い。
「そう、ですか……それは残念……。それでは、仕方ありませんね」
「おう、仕方ねえ仕方ねえ。じゃあな。」
「本当に、残念です」
踵を返し、立ち去るそぶりを見せるコゲツ。
クロキバは、やっと終わったか、というように伸びをしようとした。
次の瞬間。
コゲツの姿が掻き消え、キィンという金属同士の鋭い音が響き渡った。
短刀と長槍がお互いの使い手の意志を通そうとしている。
「ほお?こりゃ何の真似だ?――今のは完全に殺すつもりだったよな?」
クロキバは好戦的な笑みを浮かべながら尋ねる。
「いえ。まあとりあえず実力行使と行こうかと思いまして。」
「は!いいじゃねえか!そっちの方が俺好みだぜ」
「それはどうも。」
武器が離れる。
しかし、間髪入れずコゲツの素早い連撃がクロキバを襲った。
そのままそれを何とか防ぎきる。
純粋な強さではクロキバの方が上だろう。
だが、クロキバの長槍は懐に飛び込まれたせいか振りの勢いやリーチを生かすことができない。
かたやコゲツの使う短刀は接近戦なら変幻自在の攻撃を繰り出すことが可能。
むしろここまで有利不利がありながら持ちこたえているクロキバが驚異というべきだろう。
「てめえ、初めからこのつもりだったな?“我が部族の機密にかかわるゆえ、家臣団を下がらせてほしい”とはよく言ったもんだぜ。」
「これは異なことをおっしゃる。手前どもフォクサス族は常にあらゆる選択肢を用意しておくというだけです」
「は……ぬかせッ!!」
打ち合いを続けていくうち、次第にコゲツの連撃へ目がついていく。
生来、力がなく真っ向からの打ち合いに向かないフォクサス族と違い、ウルフェン族は優秀な戦士であった。
パターンが見切られていくのはコゲツも感じていた。徐々に押し返されていく。
……そもそも初めの不意打ちに対応されたことからそうだ。予想の範疇であったが、決して当然の事象として予想していたわけではなかった。
「驚きですね」
「そろそろ……終わりにすっかァ!」
「くっ……!」
下から掬い上げるような長槍の一撃。
短刀が弾きとばされる。
すぐ後ろにとび、取りに行こうとしたところでのど元に槍の切っ先が突き付けられた。
動きを止めるコゲツ。
「ここまでだ」
「……素晴らしい。お見事、お見事。」
その顔を見てクロキバは嫌な予感がした。
命を握られながら、しかしその表情から余裕が抜けない。
これはつまり――
「ところで、クロキバ殿。奥方の姿が見えませんがどうなさったのですか?」
「―――てめえ」
「言ったはずです。“フォクサス族は常にあらゆる選択肢を用意しておく”と。とはいえ、心配なさらずともよろしい。安全な場所にいらっしゃいますよ。少なくとも今はね。」
「何が目的だ」
「そうですね……まずはこの物騒なものを引いていただきましょうか」
「チッ」
長槍を引かせるクロキバ。
身体についた埃をパン、パンと払いながらコゲツは言葉をつづけた。
「お願いは一つだけです。――ウルフェン族第一王女、ロウガと手前の婚姻を部族の前で公式に認めていただきたい。」
「なんだと?」
「悪い話でもないはずです。二つの部族が一つになればお互いの勢力は増すわけですし、それに――」
「断る」
「……なんですって?」
それまで眉一つ動かしてこなかったコゲツの顔に、初めて影が差す。
「断ると言ったんだ。俺の命くらいなら好きにすりゃいい。だが、どこに自分の命欲しさに娘を差し出す親がいる?」
「……は。愚かだ愚かだと思っていましたがここまでだったとはね。なぜあなたたちのような能無しの野蛮人どもからあの方が生まれたのか、まるでわかりません」
顔をゆがめて不快感をあらわにするコゲツ。
それと対照的に、クロキバは不敵に笑っていた。
「へっ。そうとも。アイツは俺達にはもったいないくらいのイイ娘さ。……もったいなくてとてもお前になんざやれないね」
「……もういい。おい!」
手を鳴らすと、どこから入り込んだのかフォクサス族の“影”がクロキバを取り囲む。
麻痺毒の仕込まれた短刀が致命傷にならない範囲で何本も刺さる。
「がっ……!」
「あなたには、別の形で役に立ってもらうとしましょう……」
(……ロウガ……)
コゲツの声が響くのを感じながら、クロキバの意識は遠くなっていく。
そうして目を覚ました時には、既にこの牢の中だった。
「俺ァ、いつまでたってもバカだなァ……」
同じ牢に入れられ、泣き疲れて眠っている妻の頭をなでながら、ぽつりとつぶやく。
誰に聞かれることもなく。
いつの間にか牢の中には、あの時のような月の光がさしていた。
「……?」
いや、ちょっと待て。ここでそんなことが起きる筈がない。
換気窓を見るが、光源はそこではない。
では、どこから?
周りを見回すと、明らかな違和感があった。
四角く、まるでドアのように、空間が象られているのだ。光が漏れているのはその向こう側から。
息を呑んで成り行きを見守っていると、ガチャリと音がして、光の向こうから何か小さな影が現れた。
「ふーーーー!ロウガ!!ここにいる!?」
そこに居たのは、人間族の少女だった。




