第46話
新婚旅行の行き先は、水の都リヒトブルクになった。
「新婚旅行と銘打っておいて、日程の半分が国際会議というのは、いかがなものでしょうね」
「文句は金獅子陛下に。『新婚旅行がてら来い、ついでに大陸の歴史を変えよう』という招待状を書く方が悪いのです」
馬車の中、夫婦は苦笑を交わした。フェリクス王の招請状には、確かにそう書いてあった。そして「ついで」の中身は、途方もないものだった。
――聖女保護に関する大陸諸国間協定。
オストマルクの真相究明委員会が明るみに出した三百年の搾取は、一国の醜聞では終わらなかった。調べが進むにつれ、規模の差こそあれ、似た構造は各国にあったのだ。力ある娘を「神託」で囲い込み、組織の資産として扱う慣行が。
「委員会の勧告を、オストマルク一国の改革で終わらせるのは惜しい。大陸全体の法にしよう――というのが、あの陛下の企みです。そして、その旗印に、私を担ぎたい」
「担がれてやるのか」
「ええ。今回は、喜んで」
リーゼロッテは、窓の外を流れる初夏の景色を見た。
「私一人の清算は、済みました。でも、国が変わっても、隣の国で同じことが続くなら、意味が半分になってしまう。……『ひかりの家』の子どもたちが、どの国に生まれても、どの国へ嫁いでも、装置にされない。そこまでやって、初めて根を断ったと言えますもの」
会議は、五日間に及んだ。
円卓には十二カ国の代表が並んだ。総論では誰もが頷いた。だが各論に入ると、抵抗は湧いて出た。伝統ある神託制度への干渉だ、内政の問題だ、力ある者の管理は国防に関わる――。
流れを変えたのは、四日目のリーゼロッテの演説だった。
彼女は、数字も理念も語らなかった。代わりに、一つの部屋の話をした。石段を三つ下がった半地下の、六歩四方の祈祷室。冬にかじかむ指。すり減った床の窪み。そして、名前だけが記録に残る、十七人の娘たちの話を。
「各国の代表の皆さま。皆さまの国にも、あの部屋はあります。名前が違うだけで。……管理と保護は、違います。囲い込みと敬意は、違います。その違いを、法の言葉で書き分けていただきたいのです。力を持って生まれた子が、その力の使い道を、自分で選べるように」
議場は、水を打ったように静まり、それから、拍手が起きた。
五日目、協定は十二カ国全会一致で調印された。骨子は三つ。聖力保持者の登録は保護目的に限ること。いかなる従事も本人の意思と正当な対価に基づくこと。そして各国に独立した監督機関を置くこと。
調印式の後、フェリクス王が上機嫌で歩み寄ってきた。
「見事な演説だった、大聖女殿。……時に、余の外務大臣にならんか。破格の待遇を約束するぞ」
「光栄ですが、お断りいたします。私、辺境で教師と獣のお世話をしておりますので」
「ふはは、即答よな! 辺境伯、そなたの妻は大陸一の交渉人だぞ。よく捕まえたものだ」
「……妻は、捕まえるものではなく」
ギルベルトは、生真面目に答えた。
「隣にいてくれるよう、毎朝祈るものです」
金獅子王は目を丸くし、それから膝を打って大笑いした。
会議明けの残り三日間は、本物の新婚旅行になった。運河の遊覧、湖畔の散策、市場の食べ歩き。護衛泣かせのお忍びの数々は、後々までクラウスの胃痛の種として語り継がれた。
帰りの馬車で、リーゼロッテは夫の肩に頭を預けた。
「復讐から始まった道が、大陸の法になるなんて。……人生は、分からないものですね」
「復讐で終わらなかったのは、お前が選んだ道だ」
車輪の音が、二人を故郷へ運んでいった。




