第44話
二度目の婚礼は、初夏の森で行われた。
場所を決めたのは、リーゼロッテだった。大聖堂でも、王宮でも、あの小さな聖堂でもなく――呪いの解けた、シュヴァルツヴァルトの森の中。木々が天蓋のように枝を広げる大樹の広場に、祭壇と、椅子と、花だけが用意された。
「大聖女様の婚礼ですよ? 各国の賓客を呼んで、王都の大聖堂で盛大に、という話も来ていたのに」
「一度目の予定がそれでしたのよ、ヨハンナ。千人の招待客と七日間の祝宴。……心底、要らないと分かっているの」
招待状の代わりに、領内には触れが出された。『来たい者は、誰でも』。
当日、森の広場は人で埋まった。前日から泊まりがけで場所取りをする者まで出て、クラウスが急遽、警備計画を三度引き直した。
城の者たち、村の農夫と職人、開墾地の元難民たち、「ひかりの家」の子どもたち。前列には賓客も並んだ。お忍びのはずが全く忍べていないフェリクス王、新王として初の外遊にこの婚礼を選んだコンラート、鑑定官エルンスト老、そして教師枠で堂々と参列するミレーヌ。
「新郎、入場!」
クラウスの声で、正装のギルベルトが進み出た。漆黒の礼服。眉間に皺はなく、その顔を見た村の古老たちが「先代の若い頃にそっくりじゃ」と目を潤ませた。
続いて、森の小道から、花嫁が現れた。
どよめきと、溜息が広がった。純白ではない。森の若葉と、朝の光を織り込んだような、淡い緑金のドレス。髪には宝冠ではなく、子どもたちが今朝摘んだ野の花の冠。それはどんな宝石よりも、彼女に似合っていた。
エスコート役はいなかった。彼女は一人で、まっすぐに、自分の足で歩いた。誰かに引き渡される花嫁ではなく、自分の意思でそこへ向かう一人の人間として。それが彼女の選んだ、入場の形だった。
祭壇の前で、二人は向き合った。司式は、あの老司祭が務めた。
「さて。前回は『契約の履行に誠実であること』などという、色気のない誓いでしたがな」
参列者がどっと笑った。
「今回は、どう誓われますかの」
ギルベルトが、先に口を開いた。
「……俺は、誓いというものを信じてこなかった。呪いも、裏切りも、誓いの外からやってくると知っていたからだ。だが、お前が教えてくれた。誓いとは、未来の保証ではなく――今日も選ぶ、という意思の宣言なのだと」
彼は、彼女の両手を取った。
「リーゼロッテ。俺は、お前を選ぶ。晴れの日も、嵐の日も、明日も、その先も、毎朝、選び直す。俺の意思で。それを誓う」
リーゼロッテの目に、光るものが盛り上がった。彼女は一度天を仰いで堪え、それから、答えた。
「私は、二十年間、選ばれる側でした。値踏みされ、選ばれ、捨てられる側。……あなたに出会って、初めて知りました。選ぶことの、自由と、重さと、豊かさを」
風が、木々の梢を鳴らした。
「ギルベルト。私も、あなたを選びます。あなたの合理も、無愛想も、その奥の底なしの優しさも、全部。毎朝、選び直します。私の意思で。――それを、誓います」
誓いの口づけが交わされた瞬間、広場は歓声と、鐘の代わりの子どもたちの光の玉で満たされた。何百という小さな光が、初夏の木漏れ日と混ざって、二人の頭上に降り注いだ。
フェリクス王が誰より大声で祝杯を叫び、エルンスト老が泣き、ミレーヌが拍手し、ヨハンナはクラウスの肩を借りて滂沱と泣いた。
かつて、嘲笑の中で終わった婚約があった。
今、祝福の中で始まる結婚がある。
同じ人生の中に、その両方があっていいのだと――森の光の下、誰もが知った日だった。




