第43話
騒動は、二通の親書から始まった。
差出人はレーヴェン国王フェリクス。宛名は一通がクラウス、もう一通がヨハンナ。金獅子の封蝋を前に、二人は青ざめ、執務室に飛び込んできた。
「は、伯! 俺、なんかやらかしました!? 国王陛下から直々にお手紙って、処刑通知か何かですか!?」
「私もです奥様! 王都滞在中に何か粗相を……!」
「落ち着け。読んでから騒げ」
二人はおそるおそる封を切り――そして、揃って石になった。
クラウス宛には『貴殿の働きぶり、王都にて見事であった。ついては我が姪の伯爵令嬢との縁談を用意した』。
ヨハンナ宛には『大聖女殿の右腕たる貴女の器量、感服した。我が近衛騎士団長が貴女を見初めたゆえ、縁談を打診する』。
「え、縁談」
「え、縁談?」
「まあ! おめでたい話ではないの!」
リーゼロッテは手を叩いた。フェリクス王らしい、豪快で強引な厚意である。相手はどちらも申し分ない身分。断る理由など、普通はない。
――ところが。
その日から、城の空気がおかしくなった。
クラウスは書類を三回連続で取り違え、ヨハンナは紅茶に塩を入れた。二人は廊下ですれ違うたび、不自然に目を逸らし、食堂では端と端に座り、それでいて、相手が席を立つと視線だけが追いかける。
「……ねえ、ギルベルト。あれ」
「ああ。……あれだな」
「気づいていらしたの?」
「あれが来た日からだ。クラウスは元々分かりやすい男だが、あの日からは輪をかけてひどい」
「まあ! 私、全然……って、あなた、気づいていて放置を?」
「他人の色恋に口を出す趣味はない。……なかった。契約結婚などしていた男だからな」
「ふふ、言うようになりましたこと」
夫婦は顔を見合わせ、頷き合った。介入である。
その晩、リーゼロッテはヨハンナを、ギルベルトはクラウスを、それぞれ別室に呼んだ。
「ヨハンナ。縁談、お受けするの?」
「……身に余るお話です。近衛騎士団長様なんて」
「聞いていないわ。受けたいの? と聞いたの」
ヨハンナは、盆を胸に抱えたまま、長いこと黙った。やがて、絞り出すように言った。
「……お、奥様は、ずるいです。ご自分は契約だ何だとさんざんじれじれなさってたくせに、人にだけ、そんな、直球で……」
「あら。じれじれした先輩だからこそ、言えるのよ。手遅れになる前に、と」
同じ頃、隣の部屋では。
「クラウス。縁談の返事は」
「……伯こそ、俺がいなくなったら書類仕事で死にますよ」
「話を逸らすな。……一つだけ言っておく。俺は三年、言うべきことを合理で塗り潰して生きてきた。あれは、勧められた生き方ではない」
「…………うわあ。伯に恋愛の説教される日が来るとは」
「俺も遺憾だ。行け」
二つの扉が、ほぼ同時に開いた。
廊下の真ん中で、クラウスとヨハンナは、ばったり向き合った。背後でそれぞれの扉が、示し合わせたように、ぱたんと閉まった。
「……あ、あの、ヨハンナさん。縁談なんですけど」
「わ、私、お断りしようと思って!」
「俺も! ……え」
「……え」
長い長い沈黙ののち、廊下の突き当たりまで真っ赤になった二人の、しどろもどろの告白が始まった。扉の内側で聞き耳を立てていた夫婦は、顔を見合わせ、声を殺して笑った。かつて自分たちの契約結婚の相談を、この二人が扉越しに聞いていたことへの、ささやかなお返しだった。
後日、フェリクス王には丁重な断りと経緯の報告が送られた。返書は一行だった。
『全部知っていた。両方まとめて祝いを送る。──F』
「……国王陛下、最初から全部仕組んで!?」
金獅子の掌の上で、辺境の城は今日も賑やかだった。




