第42話
その構想を、リーゼロッテは長いこと温めていた。
きっかけは、難民の中にいた一人の少女だった。癒やしの力をわずかに持つ九つの娘。その母親は、娘の手を隠すように引き寄せて言ったのだ。「この子の力のことは、どうか内密に。知られたら、連れて行かれてしまう」と。
力を持って生まれることが、恐れになる。制度は変わっても、三百年の恐れは、人々の骨身にまだ染みついている。かつての自分と、十七人の聖女たちと、同じ影がまだ生きているのだ。
「――学校を、つくります」
夕食の席での宣言に、ギルベルトは黙って続きを促した。
「聖力を持つ子どもたちの学校です。教えるのは祈りではなく、技術。力の制御、治癒の実技、浄化の理論、そして――断り方」
「断り方?」
「ええ。一番大切な科目です。『その力で仕えよ』と言われたとき、否と言っていい。誰に、どう言えばいいのか。自分の力の値段を、自分で決めていいのだと。……私が二十年、誰にも教わらなかったことを教えるのです」
構想は、条約と大聖女の名の下で、驚くほど早く形になった。
城下の丘に建てられた学び舎は「ひかりの家」と名づけられた。仰々しい聖堂ではなく、大きな窓と広い庭のある、明るい木造の建物。生徒は身分も国籍も問わない。オストマルクから、レーヴェンから、噂を聞いた親子が次々と門を叩いた。
開校から一月後、その門の前に、旅装の女性が立った。
「……本当に、いらしたのね」
出迎えたリーゼロッテに、ミレーヌは深く一礼した。
「教師の公募を拝見しました。浄化学の実技担当、経験者優遇とありましたので。……王都の復興は軌道に乗り、新しい治癒師も育ちました。聖女の職は、先月、正式に辞しました」
「あちらでは英雄扱いだったでしょうに。教師のお給金は、聖女の十分の一ですけれど」
「存じています。それでも」
ミレーヌは、校庭を見た。子どもたちが、手のひらに小さな光を灯す練習をして、失敗しては笑い転げている。
「私は、力の使い方を、誰にも教わらずに現場に出ました。それがどれほど心細いことか、知っています。それに……あの戦いの日、私、生まれて初めて思ったのです。私の小さな力にも、ちゃんと持ち場があるのだと。あの気持ちを、この子たちに、最初から知っていてほしい」
「……採用です。今日から、ミレーヌ先生」
こうして「ひかりの家」に、二人目の教師が着任した。
大聖女と元聖女。かつて一人の男と一つの椅子を挟んで立たされた二人が、今は同じ職員室で、教案を挟んで額を突き合わせている。ヨハンナは最初の一月、露骨に警戒していたが、ミレーヌが毎朝誰より早く来て校庭を掃除しているのを見て、何も言わなくなった。
ある放課後、教室の窓から夕焼けを眺めながら、ミレーヌがぽつりと言った。
「リーゼロッテ様。私たち、友人には、なれないのですよね」
「ええ。なれません」
即答だった。ミレーヌは苦笑し、それから、静かに続けた。
「でも、同僚には、なれた」
「……ええ。それも、悪くない距離だと、最近は思っています」
校庭では、居残りの子どもたちが光の玉を追いかけていた。力を持つことが、恐れではなく、遊びで、学びで、誇りである風景。二人の聖女が歩けなかった道を、子どもたちが当たり前の顔で駆けていく。
「さ、明日の教案を終わらせましょう、ミレーヌ先生。初級組の結界実技、あなたの担当ですよ」
「はい、教頭先生」
「教頭はやめなさいと、何度言えば」
窓の外、夕焼けの丘を、下校の子どもたちの笑い声が転がり落ちていった。




