第39話
面会は、離宮の一室で行われた。
ヴァイスハウプト公爵――父は、一年で十も老け込んで見えた。隣には母。二人とも、豪奢な礼装に身を包んでいたが、その豪奢さがかえって、家門の凋落を隠しきれずにいた。王太子の外戚の座を失い、追放劇の共犯として社交界の信を失い、今や公爵家は坂を転がり続けている。
「……見違えたな、リーゼロッテ。いや、大聖女様、とお呼びすべきか」
父の第一声は、探るような猫撫で声だった。あの日「恥さらし」と吐き捨てた声と、同じ喉から出ているとは思えなかった。
「ご用件を伺います」
「うむ、その、な。……戻ってきてはくれんか。家に」
父は、揉み手をせんばかりに身を乗り出した。
「お前は今やこの国の救国の英雄。ヴァイスハウプトの娘として戻れば、家門は再興できる。お前の籍は当家にある。相続権も、望むなら家督さえ――そうだ、あの辺境伯殿を婿として迎え直す形でもよい。悪い話ではなかろう。血は水よりも濃いのだ。家族ではないか、わしらは」
家族。
その言葉を、リーゼロッテは静かに口の中で転がした。苦くも、痛くもなかった。ただ、乾いていた。
「お父様。ひとつ、昔話をしてもよろしいですか」
「な、なんだ、急に」
「私が八つの年の冬です。祈祷で熱を出して、三日寝込みました。あなたは一度も部屋にいらっしゃらなかった。四日目に届いたのは、お見舞いではなく『祈祷の遅れを取り戻すように』という書き付けでした。……覚えて、いらっしゃらないでしょうね」
父の顔が、強張った。
「私は覚えています。ああいうことを、二十年分。……あなた方にとって私は、投資対象でした。値が下がれば切り捨て、値が戻れば買い戻す。今日のお話は、つまり、買い戻しのご相談ですわね」
「ば、馬鹿を言うな、わしらは、親として」
「相続権は、本日付で正式に放棄いたします」
リーゼロッテは、用意していた書面を、卓の上に静かに置いた。
「ヴァイスハウプトの籍からも抜きます。家督も、財産も、名も、何ひとつ要りません。ご安心を。家門の窮状を公に責めるつもりもありません。……これが、私の最後の親孝行です」
「リーゼロッテ!」
母が、初めて口を開いた。
「あなた、恩を忘れたの。育てたのは私たちよ。教育も、衣装も、すべて」
「恩でしたら、追放の日に、すべて申し上げました。教育には感謝しています。それはもう返しきれないほど、この身を助けてくれましたから。ですが、お母様」
彼女は、静かに二人を見た。
「家族とは、血のことではないと、私はこの一年で知りました。熱を出した私に夜通し付き添う侍女がいて、私の盾になると告げる無愛想な人がいて、私のために怒ってくれる友人たちがいる。……私の家族は、私を選んでくれた人たちだけです」
言い切って、彼女は気づいた。声は最後まで、震えなかった。憎しみを込める必要すら、もうなかったのだ。この人たちは、彼女の人生の登場人物では、もうない。
立ち上がり、一礼する。完璧な、そして最後の、娘としての礼だった。
「お健やかに。ヴァイスハウプト公爵閣下、公爵夫人」
扉へ向かう。母の何かを言い募る声がした。それを遮ったのは、意外にも、父の声だった。
「――すまなかった」
低く、掠れた、一言だった。
リーゼロッテの足が、扉の前で、一度だけ止まった。
振り返りは、しなかった。ただ数拍の間、彼女はそこに立ち――それから、静かに扉を開けて、歩き出した。
廊下の先で、ギルベルトが待っていた。彼女はその隣に並び、前だけを見て言った。
「帰りましょう。……私たちの家に」




