第38話
春が来る前に、清算の季節が来た。
条約第三条に基づく真相究明委員会は、王家・教会双方から独立した法廷として開かれた。委員長にはレーヴェンの法学者が就き、告発者ベルンハルト老司祭の証言と三百年分の文書が、白日の下に晒された。
審理は四十日に及んだ。
装置として使い潰された、十七人の聖女たち。その名が一人ずつ読み上げられるたび、傍聴席のどこかで、すすり泣きが起きた。何代も前に「力なき聖女」と蔑まれて死んだ娘の、子孫たちだった。リーゼロッテは毎回、傍聴席の最前列で、その名前のひとつひとつを、手元の帳面に書き留めた。忘れないために。忘れさせないために。
判決の日、法廷は静まり返っていた。
「ザイフェルト元枢機卿。禁術の使用、封印の破壊、十二名の治癒師見習いに対する傷害、および三百年の隠蔽の主導的継承。――全聖職位の剥奪、全財産の没収の上、終身幽閉とする」
被告席の老人は、あの日から廃人同然だった。黒淵に灼かれた心は戻らず、判決の間も、彼はただ虚空に向かって「水位が、水位が」と呟き続けていた。
「聖教会に対しては、聖女搾取の全記録の公開、公式謝罪、被害者遺族への補償を命じる。あわせて委員会は勧告する。聖女制度を『神託による指名』から『本人の意思に基づく職業』へと改めること。何人も、生まれ持った力を理由に、その人生を組織に差し出す義務を負わない」
この一文が読み上げられたとき、傍聴席のリーゼロッテは、静かに目を閉じた。
十七人の誰も救えなかった。自分の二十年も戻らない。けれど、十八人目は、もう生まれない。それが、彼女の望んだ清算の形だった。
王家への裁定も、続いた。
国王は退位。検証なき追放の最終責任者として、離宮での余生を送る。王位は第二王子コンラートが継承することとなった。二十歳の新王太子は、廃嫡された兄よりも遥かに聡明と評される青年だった。
そして――アルノルト。
「アルノルト・フォン・オストマルク。王族の身分を剥奪し、廃嫡とする。国の要たる人物への検証なき断罪と公衆の面前での侮辱、およびそれに起因する国家的損害の責を負い、南方辺境のツェレ修道院にて、無期限の謹慎に処す」
法廷がざわめいたのは、その地名のせいだった。
ツェレ修道院。国境の山ひとつ隔てた向こうは、シュヴァルツヴァルト辺境領である。
「……なんというか、趣味の悪い偶然ですね」
閉廷後、クラウスが苦笑した。
「あの国境で一番清貧で厳しい修道院が、たまたまうちの隣とは。王子様、これから毎朝、夫人が浄化した空気を吸って、夫人が救った難民の開墾した畑の隣で、畑仕事ですよ」
「偶然ではないでしょうね」
リーゼロッテは、審理を主導した新王太子コンラートの、涼しい横顔を思い出した。
「あの方なりの判決文なのよ。兄君への。……『兄上が捨てたものが何だったのか、その隣で一生見ていろ』という」
「うわあ。次の王様、敵に回したくないなあ」
法廷の外に出ると、冬の終わりの光が石段に満ちていた。広場には人垣ができていて、彼女の姿を見つけると、歓声ではなく、深い、静かな礼が波のように広がった。
贖罪と敬意の礼だった。この国が、二十年遅れで彼女に捧げる。
リーゼロッテは、丁寧に礼を返した。
「……これで、公の清算は終わりましたね」
隣のギルベルトが言った。彼女は頷き、それから、小さく息をついた。
「ええ。残るは、あと一つ。……一番古くて、一番小さな清算が」
視線の先、広場の隅に、一台の見覚えのある馬車が停まっていた。
扉に描かれた紋章は――ヴァイスハウプト公爵家のものだった。




