第21話
手紙は、難民の隊商に託されて届いた。
差出人の名を見た瞬間、ヨハンナの眉が険しくなった。
「ミレーヌ・ドゥボア……! お嬢様、これ、読む価値ありますか? 焚きつけにしてしまいましょう」
「まあ、待ちなさいな」
リーゼロッテは封を切った。便箋は五枚。乱れのない、しかし所々で強く押しつけられた筆跡が、書き手の必死さを物語っていた。
『リーゼロッテ様。この手紙を読んでいただける資格が私にないことは、承知しております』
書き出しから、言い訳は一行もなかった。
『あの夜会で、私はあなたの席を奪いました。殿下の言葉を信じ、あなたが「力なき偽物」なのだと信じ、自分が選ばれたのだと酔っておりました。あなたがどんな思いであの場に立っていらしたか、考えもしませんでした。私は、あなたに謝らなければなりません。あの夜、殿下の隣で黙って立っていたこと。あなたの二十年を、何も知らずに踏みつけたこと』
『言い訳はいたしません。ですが、お伝えしたいことがあります。この国は枯れています。原因は大聖堂の地下にある何かです。私は三月調べ、確信しました。あなたがいらした二十年、この国が保たれていた理由も、おそらくそこに。あなたは偽物などではなかった。この国の誰よりも――』
そこから数行、インクが滲んで読めなかった。
『厚かましいお願いであることは、百も承知の上で書きます。浄化の術について、ご教示いただけないでしょうか。私の力は小さく、我流です。それでも、いま王都で淵病みに苦しむ人々を、一人でも多く救いたいのです。あなたに救われる資格が私にないのなら、どうか、民に免じて』
読み終えたリーゼロッテは、長いこと窓の外を見ていた。
「……で、どうなさるんです」
ヨハンナが、腕組みして仁王立ちしていた。
「教えて差し上げようと思うの。浄化術の指導書を書くわ」
「お嬢様!!」
ヨハンナの声が城の廊下まで響いた。
「お人好しにも程があります! その女はお嬢様の婚約者を奪って、お嬢様を追放した張本人の片割れですよ! 謝罪の手紙一通で全部チャラですか!?」
「チャラにはしないわ」
リーゼロッテは、静かに首を振った。
「許すつもりはないの。あの夜の屈辱を忘れることも、たぶん一生ない。でもねヨハンナ、この手紙をよく見て。彼女は私に許しを乞うてはいないでしょう。乞うているのは、民を救う方法よ」
「それは……そうですけど」
「王都で淵病みに苦しんでいるのは、炊き出しに並ぶあの人たちの、残してきた家族よ。私の意地のために、届く薬を握り潰すの? それこそ、私が一番なりたくない人間だわ」
ヨハンナは、ぐぬぬ、と唸り、やがて盛大な溜息をついた。
「……分かりました。分かりましたよ。でも指導書の最後に一筆、私が書き添えますからね。『二度目はないものと思え』って」
「ふふ。それは頼もしい監視役ね」
指導書は十日かけて書き上げられた。祈りではなく技術としての浄化。力の少ない者が効率よく淵病みを癒やす手順。井戸と畑の応急処置。彼女の二十年の知識と、辺境での実践のすべてが注ぎ込まれていた。
返送の荷を見送りながら、クラウスがぽつりと言った。
「夫人。それ、敵に塩どころか、敵に兵糧全部送ってません?」
「あら、クラウス。よく考えてごらんなさい」
リーゼロッテは、少しだけ悪い顔で微笑んだ。
「王都の民を今際の際で支えているのが、王家でも教会でもなく『追放された女の指導書』だと知れ渡ったとき――一番困るのは、誰かしら?」




