↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってきてほしい? では対等な国家間交渉といたしましょう  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/50

第14話

 翌日から三日間、リーゼロッテは宣言通り城下を回った。


 湖沼熱の患者は百人を超えていたが、彼女は一人も取りこぼさなかった。貴族の屋敷も、船乗りの長屋も、分け隔てなく。三日目の夕方に最後の患者を癒やし終えたとき、路地には彼女を一目見ようとする人垣ができていた。


 その評判は、当然のように総本山へ届いた。


 四日目、リーゼロッテは聖教会総本山の大聖堂へ召し出された。祭壇の前には教皇代理と枢機卿団、そしてフェリクス王までもが臨席していた。


「リーゼロッテ・シュヴァルツヴァルト辺境伯夫人」


 教皇代理の声が、高い天蓋に響いた。


「鑑定の儀の結果、ならびに此度の城下での御業を鑑み、聖教会は貴女に、三百年ぶり大陸五人目となる『大聖女』の称号を授与する」


 どよめきが走った。大聖女。伝承の中の存在。その称号は、大陸全土の教会組織に対する指導権すら伴う、聖界最高位の栄誉だった。


「ついては大聖女には総本山に居を移し、教会の至宝として――」


「お待ちください」


 凛とした声が、儀式の流れを断ち切った。


 リーゼロッテは祭壇の前に進み出た。跪きはしなかった。まっすぐに立ったまま、教皇代理を見上げた。


「称号は、謹んでお受けいたします。この力を公に認めていただくことは、私と、私の領の民を守る盾になりますから。ですが――総本山に居を移すことは、お断りいたします」


「……なんと?」


「教会への所属も、お断りいたします」


 枢機卿団が色めき立った。前代未聞である。大聖女の称号を受けながら、教会の管理下に入らないなど。


「夫人、お分かりか。大聖女とは教会の柱。その力は神と教会のために」


「私の力は、私のものです」


 リーゼロッテの声は、静かで、しかし一歩も引かなかった。大聖堂の高窓から差す光の中、彼女は小柄な体で、大陸最大の宗教組織の重鎮たちと対峙していた。


「私は二十年間、『聖女のあるべき姿』のために生きて、力を組織に吸われ続けました。誰のためのものかも知らされずに。ですからこれだけは、二度と譲りません」


 彼女は左手首の腕輪に触れ、はっきりと告げた。


「称号は受けます。ただし、私は誰の装置にもなりません。私は夫の領地で、私の意思で、私が救いたいと思った人のために、この力を使います。それをお認めいただけないのなら、称号は今この場でお返しいたします」


 大聖堂が、凍りついた。


 沈黙を破ったのは、朗々とした笑い声だった。フェリクス王が、玉座代わりの臨席台で手を叩いていた。


「見事! 実に見事だ、大聖女殿。――教皇代理殿、余は証人となろう。力ある者が組織に飼われず、なお民を救う。それこそ我がレーヴェンの気風に最も適う姿。彼女の自由、この金獅子が保証しようではないか」


 国王の言質。教会はもはや、頷く以外の道を失った。


 こうして大陸史上初の「どこにも属さない大聖女」が誕生した。歴史書がこの日をどう記すか、まだ誰も知らない。


 儀式の後、廊下でギルベルトが待っていた。彼は妻の顔を見て、めずらしく、口の端だけでなく目元まで緩めた。


「……堂々たるものだった」


「震えていましたのよ、膝は」


「知っている。それでも一歩も引かなかった。俺の妻は」


 言いかけて、彼は不意に口をつぐんだ。俺の妻は、の続きを、リーゼロッテは聞けなかった。けれどその横顔が誇らしげであることだけは、確かに分かった。


 その夜、フェリクス王主催の祝賀の宴の招待状が二通、夫妻の客室に届いた。金獅子の王は、新しい大聖女とその夫を、よほど気に入ったらしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。