第13話
鑑定の儀から一月後、レーヴェン王国の王都から、金獅子の紋章入りの親書が届いた。
「国王フェリクス陛下の署名入りだ。『シュヴァルツヴァルト辺境伯夫妻を、国賓として王都リヒトブルクへ招聘したい』とある」
「国賓、ですか。一辺境伯の夫婦を?」
「エルンスト殿の鑑定報告が総本山を駆け上がったんでしょうねえ」
クラウスが親書を覗き込んで口笛を吹いた。
「測定水晶を砕いた規格外の聖力保持者。教会は放っておけない。そして教会が動けば、王家も動く。レーヴェンは実力主義のお国柄ですから、生まれや経緯より『何ができるか』を見る。夫人、これは値踏みの招待状ですよ」
「断れば?」
ギルベルトが問うと、クラウスは肩をすくめた。
「断る理由がありません。むしろ好機です。オストマルクがいずれ夫人に気づいたとき、レーヴェン王家という後ろ盾があるのとないのとでは、盤面がまるで違う」
こうして辺境伯夫妻の、初めての公式外遊が決まった。
リヒトブルクは、石と水の都だった。運河が街路を縫い、白亜の王宮が湖面に影を落とす。馬車の窓に流れる景色を、リーゼロッテは静かに見つめていた。
「緊張しているのか」
「いいえ。……不思議な気分なのです」
彼女は自分の手袋の指先を見た。
「オストマルクの社交界で、私はいつも『力なき聖女』『お飾りの婚約者』として値踏みされる側でした。俯いて、嘲笑をやり過ごすのが仕事のようなもので。でも今日の私は、追放された令嬢ではなく、シュヴァルツヴァルト辺境伯夫人としてここにいる。あなたの隣に、対等な同伴者として」
「当然だろう」
「その『当然』が、私には二十年間、一度もなかったのですよ」
ギルベルトは黙り、それから無造作に手を差し出した。馬車を降りるための、エスコートの手。彼女はその手を取り、王宮の石畳に降り立った。
歓迎の夜会は、湖に面した大広間で開かれた。
値踏みの視線は、予想通り四方から飛んできた。辺境の田舎伯爵夫妻、と侮る囁き。規格外の聖女、と警戒する囁き。リーゼロッテは背筋を伸ばし、完璧な礼と五カ国語の社交術でそれらを静かにいなしていった。二十年の教育は、こういう夜のためにあったのだと思うと少し可笑しかった。
隣のギルベルトは、社交がまるで駄目だった。愛想笑いの一つもできず、話しかけてくる貴婦人を眉間の皺で退散させる。見かねた彼女が小声で「笑顔、笑顔ですよ」と囁くと、「無理だ。顔が割れる」と大真面目に返ってきて、危うく吹き出すところだった。
異変が起きたのは、夜会も半ばの頃だった。
広間の隅で、給仕の少年が盆ごと倒れた。駆け寄った女官が悲鳴を上げる。「熱病です! この子、隠して働いて――」。折悪しく、湖沼熱が城下で流行り始めていた。貴族たちがさっと距離を取り、広間に険悪な静寂が落ちる。
リーゼロッテは、迷わなかった。
ドレスの裾を払って少年の傍らに膝をつき、汗に濡れた額へ手のひらをかざす。乞わない。願わない。ただ、届けと思う。
白金の光が、静かに少年を包んだ。
荒かった呼吸が凪ぎ、土気色の頬に血の色が戻り、少年はぱちりと目を開けた。ざわめきが広間を走る。湖沼熱は、本来なら十日は寝込む病だった。
「……ついでですので」
リーゼロッテは立ち上がり、広間を見回して微笑んだ。
「城下で同じ病に伏せっている方がいれば、明日、診てまいります。場所をご存知の方は、お知らせくださいませ」
その瞬間、玉座近くの一段高い席で、壮年の男が身を乗り出した。金獅子の瞳がおもしろそうに細められる。
レーヴェン国王、フェリクスだった。




