第11話
鑑定官の一行は、五人だった。
白と金の法衣を纏った老鑑定官エルンストを筆頭に、助手の司祭が二人、護衛の聖騎士が二人。彼らは辺境の城の広間に、恭しく鑑定の祭具を設置した。
中央に据えられたのは、人の頭ほどもある無色透明の水晶球。台座には精緻な術式が刻まれている。
「これは測定水晶と申しまして、聖力に触れると発光いたします」
エルンストが説明した。
「光の強さと色で、力の位階を測ります。一般の治癒師なら淡い燐光、聖女位なら白光、歴史上数名しか記録のない大聖女位であれば――まあ、これは伝承の話ですが、水晶が虹色に輝くとか」
「手順は」
「奥方様には、水晶に手を触れ、ほんの一滴、力を流していただくだけで結構です。決して無理はなさらず、髪の毛一筋ほどの量で」
リーゼロッテはギルベルトと視線を交わし、水晶の前に立った。正直、気は進まなかった。祖国では毎年の聖力検査のたびに「反応なし」と告げられ、神官たちの溜息を浴びてきた。あの屈辱の儀式と、これはよく似ていた。
左手首の腕輪に、そっと右手を添える。黒い石が、応えるように微かに温もった。広間の壁際で腕を組むギルベルトが、小さく頷くのが見えた。何があっても、そこにいる。それだけで十分だった。
――いいえ。あの頃とは違う。
彼女は息を吸い、水晶に指先で触れた。教わった通り、髪の毛一筋。それだけを意識して、胸の奥の熱をほんのわずか、指先へ。
水晶が、白く光った。
「おお、これは見事な聖女位――」
エルンストの声が、途中で止まった。
光が、止まらない。白は銀に、銀は金に、金は虹に。水晶の内側で光が渦を巻き、荒れ狂い、台座の術式が悲鳴のような高音を発した。
「そ、そんな、これ以上は」
「手を離させろ! 水晶が保た――」
パキン、と。
澄んだ音を立てて、測定水晶は粉々に砕け散った。
広間が、水を打ったように静まり返った。虹色の光の残滓が、雪のように床へ降り積もっていく。リーゼロッテは差し出したままの指先と、砕けた水晶とを見比べた。
「……あの、髪の毛一筋の、つもりだったのですが」
「…………」
老鑑定官エルンストは、震えていた。恐怖ではない。五十年の鑑定官人生が根底から揺さぶられた、畏怖の震えだった。彼はよろめくように床に膝をつき、頭を垂れた。
「測定……不能。位階、規格外。伝承の虹光を超え、水晶の耐久限界を突破……こ、このような聖力、大陸の記録上、存在いたしません。おそれながら、奥方様は――大聖女位。いえ、それすら超えておられるやも」
助手の司祭たちも、聖騎士たちまでもが、雪崩を打つように跪いた。
「お、おやめください、皆さま。顔を上げて」
狼狽するリーゼロッテの隣に、ギルベルトが進み出た。彼は跪く鑑定官たちを見下ろし、不機嫌を隠しもせず言い放った。
「鑑定は終わりだな。なら跪くのもやめてもらおう。妻を珍獣か御神体のように扱うな。この城では、彼女はただの辺境伯夫人だ」
「し、しかし閣下、この御方は教会史を塗り替える」
「『この御方』ではない。リーゼロッテだ」
その断固とした口調に、リーゼロッテは思わず吹き出しそうになった。契約上の夫は、どうやら彼女が「何か特別なもの」として扱われることが、心底気に入らないらしい。
だがエルンストの次の一言が、場の空気を変えた。
「……ならば余計に、お伝えせねばなりません。これほどの力が、なぜ二十年間も『発現しなかった』のか。老骨には、ひとつだけ、恐ろしい仮説がございます」




