【グッナイ☆トゥナイ☆モウ☆ハナサナイ☆】愛する息子の性癖、バッキバキにねじ曲がっても知らねぇぞ、あぁん!?!
前回のあらすじ:壁をド派手にぶち破り、黒瀬家に降臨したパジュの実兄・第一王子ナルシネス。
限界突破のシスコン・無駄ゴージャス男に叩きつけられたのは、なんと「ラジとの『魔魔の契約』を結ぶまでモモック星には帰らない」というパジュの爆弾発言!
荒れ狂うナルシネスごと、どうにかモモック星人たちを家から追い出すことはできるのでしょうか?
しかし、黒瀬家の長・修二の「悪意なきホスピタリティ」により、事態は思わぬ方向へ……?
ラジを襲う甘い危機!? 第9話、波乱の夜が幕を開けます!
チッチッチッチ……。
草木も眠る、真夜中の三時。時計の秒針が刻む無機質な音と、健やかで透明な寝息だけが静かな部屋に響いている。
カーテン越しの月明かりが、おぼろげに差し込むだけの暗闇の中。いつもの狭いシングルベッドに横たわったラジは、一切の光を宿さない真っ黒な瞳で、ただ真っ直ぐに天井を見つめていた。
そして、その真横。
寝息の犯人こと、『陶器のような美肌をもつ可憐で優美な寝顔』が、彼のパーソナルスペースを侵略し、スゥゥ……と夢の世界の底へ潜水している。
不意にゴロンと寝返りをうち、ラジの頬からその美しき侵略者の唇までの距離が、約五センチまで迫った。
「…………」
……なぜだ。
なぜ今俺は、異国のパツ金ロン毛男と一夜を共にしているんだ…………。
ラジの甘酸っぱい『添い寝初体験』が、どこぞの馬ならぬ、どこぞの宇宙生物の骨かも分からぬ無駄ロン毛・サラサラ男に強奪された、人生最悪の夜。
なぜ彼が、これほどまでに無慈悲かつ残酷な状況に陥っているのか。事の発端は――現在から遡ること、約三時間前。
***
「……ノウ……ノウ……ノッティング! ノッティング・トゥルー…………!!!」
パジュの口からあっさりと放たれた『魔魔の契約、絶賛説得中』という衝撃の宣告。
その事実を受け止めきれないナルシネスから炸裂した、鼓膜を破るような絶叫が、夜半のリビングに嵐のように吹き荒れていた。
「いやぁ、ずいぶんと盛り上がってるね。もう仲良くなったのかい? みんな、偉い偉い!」
入院中の奇跡『アニマル・ミニドリフターズ』の診察を終えた修二が、ぬるりとリビングに戻ってくる。
仲良しとはほど遠い、異国の第一王子の断末魔が鳴り響く中。
修二は、行く手を阻むようにバッサバサと振り乱されるブロンドロン毛をさも当たり前かのように穏やかな笑顔でかき分け、いつも通り食卓の定位置へと腰を下ろした。
そんな圧倒的に空気を読まない黒瀬家の長に、ミルクもまた至極当然の所作で、スッと淹れたての紅茶を差し出す。
「あのなぁ、なんか勘違いしてらっしゃるようだが、そもそも俺はこいつの『魔魔』なんかになる気はさらさらねぇよ」
ラジは左隣の修二を呆れた目で見やった後、その視線を絶叫するナルシネスへと移し、頬杖をついたまま気だるそうに言葉を放った。
「あんたのお望み通り、『魔魔』、なんねぇから。だからモモック星人様御一行は、明日にでも全員お引き取りを――」
ラジにとって、そして何よりナルシネス自身にとっても、平和な日常とパジュを取り戻せるはずの『希望の光』。
そんな奇跡のウィンウィン提案は、あろうことかナルシネス本人の「フンッ!」という鋭い怒号によって、真っ二つにへし折られた。
「おい、そこのお前! 名はラジといったか? お前のような野ネズミ出涸らし・干し茶葉男なんぞに、パジュの願いを断る権利など、ない!!!!!」
「……はぁ? じゃあ、俺が『魔魔』になってモモック星に行ってもいいのかよ?」
「ノォォォォォォォォォォォゥ!!!!! お前のような干しひょうたん茄子が、我が麗しのエクセレント・パーリー・パジュの『魔魔』になろうなんざ、五千億年はやいわ!!!!! ゆるさぁぁぁぁぁん!!!」
またもや一人で絶叫の渦に入り込み、両手で頭を抱え、激しく乱れ回るナルシネス。
――てめぇは、結局、何がしてぇんだよ。
黒瀬家のリビングにいる全員の心が、珍しく『一致団結』したのか。
各自が一斉に遠い目になり、紅茶をズズズッとすするシュールな音だけが、虚しく響き渡った。
修二はティーカップをコンッと丁寧に置くと、そんな極寒のリビングを『追い焚き機能』で温め直すかのように、穏やかな笑みで話し始めた。
「まぁまぁ、今日はもう夜遅いし、楽しいお話の続きは、また明日にでも、ねっ? さぁ、ナルシネス君、長旅で疲れてるでしょ? お風呂にでも入ってゆっくりしてきなよ」
「…………」
…………ハァ、出たよ、出た出た。親父の底知れぬ、モモック星人耐性。
なんなんだ、黒瀬家はモモック人専用の宿泊施設かなんかか?
宇宙専用宿泊予約サイト『モモッキングドットコム』にでも掲載されてんのか!?!?
『リビングぶち抜きOK(入退室自由)!』『朝夕二食付き(※ただし精進料理)!』――じゃねぇんだよ!!!!
「……親父。パジュとミルクさんは、まぁ百歩譲ってだ。人んちを乾物扱いする敵意むき出し男が、そう易々と泊まるはずないだろ。ほら、あんたも明日出直すなりなんなりして、今日はさっさと帰れよな」
ラジはまたしても極めて真っ当な平和解決案を提供し、場を鎮めるようにそう言い放つと、今日のお開きを合図するかのようにガタッと立ち上がった。
「…………ふろ……?」
風呂という単語を脳内の検索エンジンにかけ、見事何かがヒットしたのか。
先ほどまでのげっそりと青ざめた顔はどこへやら。ナルシネスは真っ白な長いマントをブワッ! と大仰に広げ、優雅に、かつ壮大な美貌でラジを見つめ返した。
(ふぅん、そうか☆ 『ふろ』とは、この国の神聖の行水のことだな?)
ナルシネスはサファイアの瞳を細め、高貴な指先でこめかみをトントンと叩きながら、値踏みするようにラジを、そしてリビングを再度見渡した。
「うぅん……? たいそう干からびて見える、この『干し芋ハウス』で、神聖の行水ができるだと……?」
ナルシネスは顔の横で「パンパン!」と、召使いを呼ぶように高らかに手を鳴らした。
「いいだろう、案内したまえ☆」
その合図で、後ろに控えていたミルクがサッと動き出そうとした、その瞬間――。
修二がまたもやのんびりと、何かを思い出したように口を開く。
「あ、そうだナルシネス君。お風呂に浸かるときは、髪の毛、ちゃんと結んでね!」
そう言うと、修二は辺りをキョロキョロと見回し、食卓の隅に追いやられていた、昨晩パジュが食べ残したポテトチップスの袋に手を伸ばす。
――その口を固く閉じていたのは、少し油分の付着した使い古しの『黄土色の輪ゴム』。
修二はそれをスルスルと外し、事もなげな笑顔でナルシネスへと差し出した。
「いやぁ、うちは男家族だったから、こんなのしかなくてごめんね~。あ、使い終わったらまたポテチの袋に結び直しておいてくれる? しけると美味しくないからね〜、ハハハ!」
黄土色の輪ゴムが解き放たれ、リビングにはフワッと微かにコンソメ臭が漂った。
「…………」
……親父。あんた最高だよ! あんた今輝いてるよ! 大好きすぎるぞ、この野郎!!
修二の放った無邪気なキラーパスに、帰還という名のゴールが見えたラジは、心のハッピーボルテージを急上昇させる。
よし、よし、よし! いいぞ、親父!
さすがの第一王子も、幾度の再利用に耐え抜き、今なお『ポテチの鮮度保持』という重責を担う生活知恵雑貨(輪ゴム)で髪を結ぶほど、プライドをドブに捨てちゃいねぇはずだ。
これこそが『干し芋ハウス』の意地、乾物による下剋上じゃ、ボケェ!!!
そのコンソメ臭のする『ゆるゆる輪ゴム』に恐れおののき、今すぐその壁穴……じゃなくて玄関から正々堂々と帰りやがれ!!!
平和的ミラクルシュートがゴールネットを揺らす瞬間を見逃すまいと、ナルシネスの顔をジッと見つめるラジ。完全勝利を確信し、右手にギュッと力を込めて小さくガッツポーズを作った、まさにその時――。
「……フッ、いいアイデアだ☆ 行水をむやみやたらに汚してはならぬからな!」
「…………」
………………あ?
ナルシネスは受け取った輪ゴムをさも満足げに眺めると、鷹揚に一つ頷いた。
そしてそのまま、お風呂の案内を始めた修二の後をスタスタとついて行く。ミルクもまた、主の入浴準備をすべく、いつの間にか音もなく姿を消していた。
シンッ……と静まり返るリビング。
「…………」
……あぁ〜あ。クソだ、クソ。
親父、お前はやっぱりクソだ。輝くどころか、とぐろを巻いたカッサカサの特大野グソだ、お前は。
精も根も尽き果てたラジは、ドサッと椅子に再び腰を下ろし、背もたれに深く体を預けた。
頭の重みを支える気力すらなく、重力に任せて首を後ろへとダラリと垂らし……しばしの『節電モード』に入った、その時。
「ラジィ……」
ひょろひょろとした声と共に、八の字眉のひょっとこが左上からヌッと現れ、ラジの視界を完全に覆い尽くした。
パジュのふんわりと甘い前髪が、ラジのおでこに柔らかく触れる。
「…………なんだよ。あとちけぇ」
「……兄上が……ごめぬ」
ラジが首を起こすのに合わせ、体をスッと戻したパジュは、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない、口先をにゅっと突き出した迷子のような顔で床を見つめている。
お腹の前にキュッと集められた両手は、不安なのか、居心地悪そうに微かな息をしている。
「兄上は、わーのことになると、いつもあんな感じ。慣れるまで、時間ひつよう。慣れるとだいじょび。……あと……あと……壁。埋める、ちゃんと」
ラジの視線が、一瞬だけパジュの手元へと落ちた。
不器用なその言葉は、妹なりの兄へのフォローであり、居候なりの黒瀬家に対する一生懸命な『ごめんね』のサインだ。
ふぅっと肩の力を抜き、食卓に体重を預けて頬杖をつくと、ラジは左に立つパジュへと静かに向き直った。
「……壁は明日にでも親父が業者呼ぶだろ。まぁたまに大型犬とかがやらかすことあるし、別に誰も気にしてねぇよ」
ラジの言葉を受けてか。パジュの手と口先からファッと力が抜け、不安げだった顔も、スゥッといつもの淡々とした真顔へと戻っていく。
「ってか、随分と溺愛されてんだな、あいつに。たった二人の兄妹ってやつか?」
「いや、上に姉が二人、下に弟いる。兄上からみて、わーは年の離れた、いもうと。とっても、心配してるのこと。父親のきもちって、言ってた」
「…………」
……ふぅん、パジュって意外と兄妹多いんだな。
俺は一人っ子だし、年の離れた兄弟の関係なんてよく分かんねぇけど……。
それにしても、いくら可愛い末の妹だからって、星を跨いでまで連れ戻しに来るもんなのか?
……あのクソロン毛の必死すぎる形相、ただの『妹大好き』で説明がつくレベルを超えてるような気もするけどな……。
改めてパジュを真っ直ぐに視界へと捉え、目の前に立つ未知の生物の生い立ちに思いを馳せた、その瞬間――。
ある違和感が、ふと胸の奥に引っかかった。
「…………ラジィ?」
「…………」
……「年の離れた」か。そういや、こいつ。一体、何歳なんだ?
モモック星の第四王女で、国王選抜大会のために『魔魔』を探しにきた……。
俺、これ以外パジュのこと、なんも知らねぇな……。
いや、知ろうともしてなかったのか。
パジュが修二の定位置であるラジの隣の席に、ぴょんと腰を下ろす。
するとラジもまた、彼女と心を向かい合わせるかのように、食卓からゆっくりと体を起こした。
「……なぁ、パジュ。お前って一体何歳なの?」
「……なん……さい……」
パジュは難しげに眉をひそめ、下唇をフニッと噛む。そして地球の単位へ変換するように、指を折ったり伸ばしたりしながら数え始めた。
「こっちの数え方だと……だいたい『16ウィル・スミス』くらいか?」
「…………」
…………ウィル・スミス?
16、ウィル・スミス……? じゅうろくウィル・スミス…………???
一瞬、ラジの脳内に、世界を何度も救ってきたハリウッドの某有名俳優の満面の笑みが、16人分ほどズラリと並んで浮かび上がった。
しんみりしかけた空気が、ウィル・スミスによってダッシュで浸食されていく。
「…………その、黒いサングラスが世界一似合いそうな単位が、こっちで言う『歳』ってことか?」
「ん、まさに。ちなみに兄上は、27ウィル・スミスだ」
「…………」
……あのシスコンロン毛、アラサーウィル・スミスじゃねぇか! いい歳して何やってんだよ、あいつ!!
――ってか、アラサーウィル・スミスってなんだよ!!! それはただの三十歳前後のウィル・スミスだ馬鹿野郎!!!
「……兄上には、わーから話しておく」
ラジの脳内で巻き起こる『ウィルウィル大暴動』とは裏腹に、パジュがふいに声を落とした。
その静かな響きに、ラジの視線も自然と引き寄せられる。
「このまま……モモック星に帰るわけには……いかないから……」
パジュの長いまつ毛がそっと伏せられ、その奥の瞳には、一瞬だけ大人びた、それでいてひっそりとした憂いの色が混じっていた。
「「…………」」
「……その国王選抜って――」
パジュの瞳を薄く覆う『翳り』。そこに何かを察したのか、ラジが少し前のめりになった、まさにその瞬間――。
彼が紡ごうとした言葉ごとすべてをかき消すように、芳醇で高貴な薔薇の香りがブワッとリビングを包み込んでいく。
「アメージング、ファビュラス☆素晴らしい『行水』だ!」
「…………」
……ハァ、またうるせぇのが帰ってきた。ったく、相変わらずド派手なご登場だな……。
ラジが深いため息とともに、パジュからその声と香りの方へ視線を向ける。
するとそこには、綿菓子のように柔らかく甘ったるい湯気を全身から立ち昇らせ、頬を桜色に染めたナルシネスが。
濡れて艶めく長いブロンドに、熟した桃のような妖艶な唇――。男でさえも誘惑してしまいそうな、圧倒的な女神の輝きを放ちながら、リビングへと舞い戻ってきていた。
「小さい箱に大胆なアクア……! そしてマジック・パウダーで色さえも変えるとは、まさにパーフェクト・レボリューション・ふろ!」
歓喜を表現するかのように、至福の表情で空に両手を広げるナルシネス。
そのままその場でくるっと回りだした彼を、ラジは極めて冷ややかな目で見つめていた。
そして、わざわざその優雅なターンを見届けてあげるかのように、顔から全身へとゆっくり視線を下ろしていった、その瞬間――。
「……ッ!!!!!!」
…………なんちゅう格好させられてんだよ!!!!!!
その視界に飛び込んできたのは、もはや『ビーナスへの冒涜』以外の何ものでもない、滑稽・オブ・滑稽を極めたナルシネスのおパジャマ姿だった。
真っ白でしなやかなふくらはぎが半分『こんにちは』している、ピチピチの六・五分丈ズボン。上着に至っては、袖の長さも足りなければ、丈は完全なる『腹だし』状態だ。
乾燥機で限界まで縮みに縮み上がり、もはやフリルと化した無惨なパジャマの裾。それがひらひらと舞うたび、鍛え上げられた艶やかなシックスパックが、チラチラと優雅にこちらを覗いている。
「いやぁ〜、ナルシネス君は本当にスタイルがいいね〜。こんなシワシワパジャマでごめんねだけど、やっぱりモデルが良いと、何でも着こなせちゃうんだね、ハハハ!」
ナルシネスの背後から、彼にそのパジャマを見繕った張本人である修二が、満足げな笑顔でぬるりと姿を現した。
「さぁ、ナルシネス様。さっそく髪のお手入れを」
それに続くように、主人のお風呂の補佐を終えたミルクまでもが静かにリビングへと帰還。いつの間にか椅子に鎮座したナルシネスの背後に回り、その濡れた髪の水分をタオルで丁寧に拭き取り始めた。
「…………」
…………いやいや、何サラッと日常しちゃってんだよ。
星の第一王子が、どこぞのギャルみたいな腹出し状態だぞ!?
『金髪だからチョー似合う☆』じゃねぇんだよ!! 王族のプライドはどこへ行った!?
こんな姿を見たら、モモック星の国王、ボロ泣きしちゃうだろうが!?!? へそチラ事件で親を泣かせるな!!!! 親不孝者ならぬ、この『へそ不幸者』め!!!
だが、当のナルシネスは、己の『品性欠如パジャマ』も、突き刺さるラジの嫌悪の視線も、完全にどこ吹く風といった様子だ。
椅子に深く腰掛けて優雅に脚を組み、瞳を閉じてうっとりとミルクの手入れを受けている。
「随分とチーピングな干からびハウスだと思っていたが、大地の恵みである『神聖の行水』が行えるとはね。しかもパパン殿の話によれば、それが毎日だそうじゃないか?」
「…………」
……チーピングってなんだよ。現在進行形で貧相だってか!? あぁん!?
そのまま一生腹出して、寝冷えで肛門爆発しやがれ!!
こめかみがピクピクと跳ねるのを必死に抑え込み、ラジは吐き捨てるように返した。
「……毎日風呂に入んのは当たり前だろ」
「ほう、毎日か……。つまりこの『干し椎茸どくだみハウス』は、見た目に反してそれほどまでの財力を隠し持っているということか。ふぅん……」
「兄上。わーは、『魔魔の契約』を結ぶまで帰ら――」
パジュが彼を説得しようと、その場にスクッと立ち上がった――まさにその瞬間だった。
ナルシネスはパッと目を見開くと、ブロンドヘアと寸足らずのフリルをファサッとなびかせ、勢いよく、かつ優雅に立ち上がった。
「いいだろう! ここをジパング観光の拠点にしようじゃないか。パジュも初めての宇宙旅行だ、もう少しここを満喫させてあげよう! カインド・オブ・兄のハート☆」
「おい! なに勝手に――」
「うれしこ。あんがちょ」
ラジの至極真っ当な反論に割り込むどころではない。コンマ数秒の迷いすらないパジュの言葉が、その上から完全に上書きされる。
兄に対する決意や威勢、そして先ほど二人で交わした拙くも愛らしい配慮など微塵も無かったかのように、彼女は速攻で再度席につく。
そしてあろうことか、『このチャンス逃すべからず』という強い意思を孕んだ虎視眈々とした真顔で、ラジのことなど一切目にもくれず、ただただジッと前を見据えているではないか。
「…………」
…………いや、帰れ。お前ら全員、仲良く速攻ご帰還しやがれ。
『優しい兄の心☆』――キラッ! じゃねぇんだよ。勝手に人んちを『初めての宇宙旅行』の拠点にすんな。
日本人・二に対して、モモック星人・三。
己の家でありながら完全に常軌を逸したその勢力図が脳裏にちらつき、ラジはその暴力的絶望とおぞましさに、顔を伏せたまま静かにすくっと立ち上がった。
そして黒瀬家の『第二の長』として、奴らに断固たる帰還を促そうとした、その時――。
パンパンッ!
黒瀬家の諸悪の根源が、その場を仕切るように軽やかに手を叩き、動き出す。
「ウェルカム・トゥ・日本! なんてね、ハハハ!」
ナルシネスの襲来を歓迎するように両手を広げ、聖人のごとき穏やかな笑みを浮かべる修二。彼は楽しそうに口元を弾ませながら、流れるように言い放つ。
「今日からまた楽しくなるね~! あ、そうだ。来客用の布団はもうパジュちゃんとミルクさんに貸しちゃってて予備がないからさ。新しいのが届くまで、ナルシネス君はラジのベッドで寝てね」
「……………………は?」
「……………………ワッツ?☆」
ラジとナルシネスの声が、珍しく綺麗に重なった。
「……いや、じゃあ俺はどこで寝んだよ。親父の部屋は嫌だからな、薬品くせぇし」
修二の突拍子もない『愛する息子のマイベッド追放』発言。ラジはもはや驚きよりも呆れを先行させ、現実的な自分の寝床の行く末を気にかけて、そうぼやいた。
「ん~、どこって?」
修二は首を左にコテッとやや傾けた。まるで異国の言葉でも聞いているかのような不思議そうな顔で、一切のよどみがない、恐ろしいほどピュアな目で息子を見つめ返した。
「…………」
…………まさか、お前……!?!?!?!
「うん? ラジはラジの部屋で、ナルシネス君と『一緒に』寝るんだよ。夏だからって夜は冷えるし、床に寝るわけにもいかないでしょ」
まるで駄々をこねる五歳児をあやすように、『ね?』とふわふわ優しく諭す修二。そして眩いほどのキラッキラの笑顔を向け、さらに言葉を続けた。
「若い男の子同士、好きな子でも語らっちゃいなよ~! いいねぇ、若いって!」
「……………………」
……親父、なぜだ。
一体なぜ、反・宿泊派の先鋒である俺が、宿泊派の大将こと『腹出しアラウィル』と一緒に寝なきゃなんねぇんだ。
『可愛い子には旅をさせよ』改め、『可愛い子には地獄を見せよ』ってか!?
こっちはピュアな17ウィル・スミス男子学生なんだよ!
なんで俺の『初添い寝』の相手が、本当に「どこぞの馬の骨」かも分からん、27ウィル・スミス宇宙人なんだよ!!!
愛する息子の性癖、バッキバキにねじ曲がっても知らねぇぞ、あぁん!?!?!?!?
「アンビリバボー with スリーピングタイム! と言いたいところだが、パパン殿の粋な計らい、感謝するぞ☆」
ナルシネスは、腹だしパジャマの裾をプリプリと揺らしながら、今夜のお熱い『添い寝相手』をビシッと指差して不敵な笑みを浮かべた。
「この『干しわさびチーズ男』が、愛しのパジュを夜中に襲わないよう、私が横でしっかりと監視しなければならないからな!」
そう言い放つと、今度は即座にくるっと体の向きを右に変え、態度を一変させてパジュを甘く見つめる。
「パジュ、ぐっすり眠るのだぞ? グッナイ☆ トゥナイ☆ モウ☆ ハナサナイ☆」
ナルシネスの狂気じみた就寝の挨拶が、リビングの空気を冷ややかに浄化(?)したところで、各々がお風呂や寝床へと散っていく。
ラジの必死の抵抗も当然虚しく。
彼が風呂上がりに重い足取りで自室のドアを開けると、そこにはすでに……愛用のシングルベッドから、真っ白なアラサーの足が二本、腹立たしいほど華麗に突き出ていた。
――そして、現在に至る。
俺は今、異国のパツ金ロン毛男と、シングルベッドで一夜を共にしている。
狭い。うざい。暑い。そして、うざい。
隣でナルシネスがグリンと寝返りをうち、ラジの顔にサラサラのブロンド髪がファサリと覆いかぶさる。
生きるって、つれぇな。
…………あぁあ、ちょっとコンソメの匂い……。
こうして、ラジの人生最悪の夜は、静かに更けていく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
まさかのモモック星の年齢単位が『ウィル・スミス』だなんて、ビックリですね。
ちなみにモモック星は、地球の時間単位でいうと約6倍、目まぐるしく時を刻むみたいです。地球の1ヶ月が、あっちの約6ヶ月分ってところでしょうか?
(※以下は、モモック星人御一行に直接インタビューした内容です)
Q:モモック星基準だと、本当は何ウィル・スミスですか?
パジュ「計算、むずちい。多分96ウィル・スミスくらい」
ナルシネス「ふぅん☆ 君たちは私のシークレット・コ・ジィン・ジョウホウを知りたいんだね? いいだろう、特別に教えてあげよう! 私は162ウィル・スミスだ」
ミルク「我々モモック星人の平均寿命は720ウィル・スミスくらいですから、お二人ともまだまだ赤子でございますよ。……私ですか? 私のウィルは非公開ですが、100m走なら3秒程度で走れる程度でございます」
【読者の皆様へ! ラジから切実なお願いです】
「自分、ポテチはのりしお派っす」
「今夜のお熱い添い寝相手はナルシネス希望です」
「私/俺も現在進行形でチーピングです」
……と、少しでもクスッとしていただけたそこのあなた!
ラジの安眠と、奪われた『初添い寝』への慰謝料として、ぜひページ下部の「ブックマーク登録」や、評価欄の「ポイント評価(☆☆☆☆☆を★★★★★に!)」をお願いいたします!
皆様の応援が、作者とラジの生きる希望になります!
次回、アラウィルお兄様との地獄の一夜を明かしたラジに、さらなるカオスが襲い掛かる……!? お楽しみに!




