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筋肉ダルマと地獄の『世紀末ママチャリ・カーレース』!

お読みいただきありがとうございます!


初日の連続更新、こちらが本日最後の第3話となります!

平和な朝を一瞬で粉砕する「世紀末風味の爆走カーレース」……皆様、ママチャリの制限速度にはくれぐれもご注意を…!


どうぞお楽しみください!

 窓辺に集う小鳥たちの、愛らしいさえずり。

 カーテンの隙間からこぼれる柔らかな陽光が、今日もまた、この部屋に平穏な朝の訪れを告げてい――。


 バッキィィィ!!!!

 ミッシィィ、ドォォォォォンンンン!!!!


 何かの破裂音と共に、四方八方にバキバキの亀裂が入った扉が、凄まじい勢いで開け放たれる。


 ベッドの中。ラジはピクリとも動かず、ただ静かに瞳をあけ、天井を仰ぐ。


「…………」


――あぁ、そうだ。

俺は昨日、『平穏』『平和』『ピース』『イマジン』……ジョン・レノンという単語さえ、永久に人生から失ったんだ………。


「ラジ! ラジ! ラジィィ! この『はみがっこ』ってやつ、カッスカスで上手く出ない……」


 粉々になった元ドアノブの破片が散乱する部屋に、『右腕』がバッキバキの血管ぶっちぶち。

 絶賛世紀末覚醒中のパジュが、とてとて、と入ってくる。


「……パワーと悩みが一致してねぇんだよ。ドアノブをクッキーみたいに粉砕するやつは、歯磨き粉の最後のひと絞りに苦労する人生は歩まねぇ」


 ラジは気だるそうに体を起こした。

 そして、ドアから五歩程度歩いたところでジッと佇む、『少女の姿をした筋肉ダンプカー』を、ようやく視界に入れる。


「早朝から騒がしい奴だな――」


 気だるげなそのあくびは、パジュの頭頂部を見た瞬間、綺麗にフリーズした。


「…………」


……………って、なんだあの頭。

寝癖ってレベルじゃねぇだろ。タケノコ族の族長かよ。


 全方位の髪の毛がトルネードのように突き上がった、謎の『とんがり帽子ヘアスタイル』。

 そんな奇抜な頭で、パジュは劇画調の剛腕を使い、歯磨き粉のチューブをいじいじと弄んでいる。


「……んん。力の加減、むずちい……」


「下に親父がいただろ、やってもらえよ」


 ラジはベッドの上でストレッチを続けながら、そっけなく突き放す。

 だが、パジュは口先をにゅっと尖らせ、八の字に歪めた眉をさらに下げて、なおも、もたもたとチューブをむやみやたらに押し続けていた。


 剛腕がミキミキと鳴るたびに、チューブが今にも爆発しそうな悲鳴を上げる。


「…………あぁ、もう。貸せ」


 半ば投げやりにベッドから起き上がると、ラジは結局、のそのそとパジュの元へと歩み寄った。


「いいか、こうやって下からクルクル押し上げて……。残りを上までもってくるんだよ」


 手際よくチューブを扱うラジの手元を、パジュはジッと食い入るように見上げる。

 ラジから『はみがっこ』を受け取ると、彼女はお手本をなぞるように「ぬ、ぬぅ……」と唸り声を上げた。


 にゅっと突き出された口先をより一層尖らせ、ちびちびと、慎重に、チューブをクルクルし始める。

 遥か遠方の惑星から来た王女とは思えないほど必死で、端から見ればどこか微笑ましい光景。


 ――のはずだった。


「そうそう、あとは出口でグッと押せば、一回分くらいは出て……」


「ぬっ!!!!!!」


 ピュユユユンンンンン!!!!!


 パジュが指先に力を込めた瞬間、ラジの部屋の屋根を『白い光の弾丸』が貫通した。


 バシュゥゥゥ…………


 天井からパラパラと瓦礫が落ちる音だけが、静寂の中に響き渡る。

 自分でも驚いたのか、目をまん丸にしたタケノコ族の族長が、機械仕掛けのようにグギギギとゆっくりラジを見上げる。


「……これが……。この国に伝わる、本当のかめはめ波ならぬ、『ハミハミ波』……ッ!」


「………………ただの歯磨き粉だ」


 窓辺の小鳥は一瞬で黙り、天井の穴からは、柔らかな陽光がダイレクトに差し込んできた。


「…………」


………歯磨き粉だからハミハミ波?

なるほど、上手い。座布団一枚!……じゃねぇんだわ。


お前が今ぶち抜いたそこ、俺が今夜も明日も明後日も同じく、ぐっすり眠る場所なんだよ!!

『寝ながら星が見れていいじゃん』ってか?……なに勝手に天体観測『義務化』してんだよ!!!


俺の部屋は、24時間ロマンチックホストの教育実習室じゃねぇんだぞ!?!? あぁん!?!?


 ラジのこめかみに怒りが浮き出るより先に、パジュは「シュゥゥ~……」と音を立てるかのように劇画調の右腕を萎ませた。


 元の細い腕に戻ると、彼女は何事もなかったかのように手元のチューブをジッと見つめる。

 そして、ポケットからゴソゴソと歯ブラシを取り出すと、スカスカになったチューブと一緒に、「ん」と両手を斜め上のラジへと突き出した。


「ラジィ、これもう一回。はみがっき、したい」


「…………………歯磨きな」


 ハァ、と諦めの混じった何とも言えない溜息を一つ。

 ラジは彼女の手から、屋根を貫通させた凶器チューブこと『天体観測部屋・製造マシーン』を黙って受け取った。


「歯磨きしながら階段は危ねぇから、した降りてからな。ほら、いくぞ」


 タケノコ族の族長を後ろに引き連れ、ラジは重い足どりで一階の洗面所へ向かう。


 ぽっかり空いた頭上の穴へ思いを馳せ、この『歯磨き粉・弾丸の乱』は保険が下りるのか、ましてや「人災」なのか「天災」なのかを、歩きながらぼんやりと考えた。


「…………」


歯磨き粉弾を撃ったのが宇宙人なら……人災か?

でも、隕石的な感じで降ってきた宇宙人の仕業なら……天災か……?


 答えの出ない問いを頭の中で転がしながら、一段ずつ、気だるそうに階段を下りていった。


***


 自室の天井に大穴が開いてから、十五分後。


 学校の制服に着替えたラジは、いつもの無愛想が可愛く思えるほど、生気の抜け落ちた無気力な顔で食卓についている。

 『野生プラネタリウム』と化した自室への怒りをトーストにぶつけるように、ただひたすらに、無言で咀嚼を繰り返していた。


 その向かいでは、父親の修二が鼻歌まじりで新聞に目を通し、優雅にコーヒーを啜っていた。


『星を見ようよ推進員会』の会長こと、早朝から天井をブチ抜いた張本人のパジュも、何事もなかったかのように、修二特製のはちみつトーストを「んま、んま」と頬張っている。


 その後ろでは、ミルクが汚れ一つない白手袋越しに、パジュの『タケノコ族の証(寝癖)』を一本一本、熟練の技でほぐしていた。


「………パパン。天井、はみがっこで撃った………」


「…………」


……………その説明じゃ、伝わるかっての。

歯磨き粉に弾丸要素なんか1ミクロンもねぇんだよ。


 トーストを咀嚼そしゃくしながら、冷めた目でパジュから修二へと視線を移す。だが、修二は相変わらず新聞をめくりながら、穏やかにハハハと笑った。


「あぁ、歯磨き粉で天井撃っちゃったんだ! 大丈夫、大丈夫! 誰でも通る道だから、気にしないでいいよ。『あるある』だよ『あるある』!」


「…………」


…………ねぇんだよ、そんなことは。お前の人生の何と何を繋げて、『あるある』だったんだよ!!


しかも何だよ、誰でも通る道って。歯磨き粉で天井ぶっ放すなんつうのは、唯一無二のオリジナルロードなんだよ!!

『24』のジャック・バウアーでさえ通ったことのないデンジャラスロードじゃ、ボケ!!!


 二枚目の食べかけのはちみつトーストで、しょんぼりした顔を半分隠しながら、パジュが修二を見つめる。


「えぇ~……誠に、申し訳ない。本当に、申し訳ない……」


 聞いたこともないような低いしゃがれ声が、トーストの向こう側から漏れ聞こえてきた。


「…………」


…………なんだ、その謝罪。発注ミスした45歳の係長か。


 食卓で続く修二とパジュのやり取りを片耳で聞き流しながら、ラジはテレビの天気予報をぼうっと見つめ、淡々とトーストを口に運ぶ。


「まぁ、もういいからいいから! あぁ、そうだパジュちゃん! 学校の制服はまだ用意できなかったから、代わりといっちゃなんだけど、ラジの中学の時の体操着出しといたよ」


「…………」


……………………は?


 思考がフリーズしたラジの横で、ミルクが静かに一礼した。


「パパン殿、ご気遣い感謝いたしますぞ。先ほど、パジュ様の御体にあわせて『少々』裁縫させていただきました」


 パジュが残りのトーストをバクッと口に頬張ると、期待に目をキラキラさせて自信満々に立ち上がる。


 学校、制服、体操着……。

 飛び交う単語と、パジュの瞳に宿った無垢な輝き。その全てが結びつき、最悪の答えを察したラジの手から、ラスト一口のトーストが力なくポロッとこぼれ落ちた。


「…………」


…………学校……だと?…………いやいや、違う違う。

留学生とか外国の方が通うインターナショナルスクールの宇宙人版、モット・インターナショナルスクールとかがあるんだろ。


モット・モット・グローバルナ・インターナショナルスクールとか、なんかすげぇインターでナショナルな学校がどっかにあるんだ。そうだ、そうに決まってる。


「…………じゃ、俺もう行くから」


 何事もなかったかのようにスッと立ち上がると、椅子の背に掛けていたリュックを肩に引っ掛ける。

 左手で自分の食器を片付けようとした、その時だ。


 ラジの行動を見て「出かけるにはカバンが必要」だと学んだのだろう。

 パジュは自身の椅子の背もたれに掛かっていた、『スーパー春竹』とデカデカ書かれたショッキングイエローのエコバッグをバッと引っ掴んだ。


 そして、テーブルの上のテレビのリモコン、修二の箸とレンゲ、眼鏡ケース、さらには修二が今まさに飲み干したばかりのマグカップまで次々と強奪し、カバン代わりのそれへと慌てて詰め込んでいく。


 ラジに置いていかれまいと、わたわたと必死にエコバッグを腹に巻き付けると、先ほど放り込んだトーストを口いっぱいにモグモグさせながら、パジュは右手を高々と挙げて猛アピールした。


「ラヒィ!! わーも、ガッコいぐぅぅ!!!」


「断る」


「…………」


「…………春竹高校、いぐぅぅ」


「………どこだ、それ。そもそもそのエコバッグ、高校の指定カバンじゃねぇから。成長期の目に悪すぎだろ、その色。あと、どさくさに紛れて『修二シリーズ』ばっか追い剥ぎんな」


 ラジの冷静すぎる正論に、パジュは不貞腐れたように下唇をビッと突き出し、ジトッとした目で彼を見つめ返した。


「……わーは、ラジのあるじ魔魔ママの修行なら、わーも学校行く。強くなって、ラジをモモック星に、連れて帰る。だから、わーも行く……学校……行く」


「パジュちゃんだって学校行きたいよねぇ? もぉ、ラジは意地悪して~! あぁ、分かった! パジュちゃんが可愛いから、ラジは恥ずかしいんだ。照れ屋さん、ラジボーイ。ハハハ」


「……………………」


………こんのぉ、クソ親父ィィィィィ! なにが照れ屋ラジボーイだ!!! 

こっちは早朝から17年の思い出が詰まった部屋の天井ぶち抜かれてんだよ!!!


侵略されたてホヤホヤの野良宇宙人に、学校? いいよ! ハハハ、一緒に登校しようか☆ってなるかボケ!!!!


 ラジの静かなる怒りが限界突破しそうになる中、修二とパジュ、そしてミルクはキャッキャと楽しそうに腹のエコバッグをほどきながら、学校の話で盛り上がっている。


 その平和すぎる光景を横目に、ラジは怒りで震えていた握り拳をフッと解いた。


「…………」


…………………ふぅぅぅぅぅ、落ち着け、黒瀬ラジ……。ここで声を荒らげたら、奴らの思うつぼだ。


親父は元々くそミジンコ野郎だし、パジュが学校に付いて行きたがるのも、あらかた想定済みだ。

日本の漫画を『つのだ☆ひろ』風に崇めている奴が、学園生活ファンタジーに憧れないわけがない。


 自分に言い聞かせるように深く息を吐き出すと、ラジはスゥッと冷静な目を取り戻し、パジュを見据えた。


「……そもそも、昨日の今日でいきなり学校に転校なんかできるはずないだろ」


「…………てんこ………?」


「…………」


ふん、地球初心者の野生宇宙人め。俺は『奇人×脳筋×イカれエレガンス』のクソフォーメーションさえも屈服させる、正真正銘の真っ当な『理論』でねじ伏せてやる。


俺のターン! いけ、高速早口The正論!!


【解説者・修二】

「お〜っと、出ましたねラジの鉄板。僕をねじ伏せるために培った至極の一手を繰り出してきましたよ。これはラジ選手、かなり本気ですね〜。真顔で正論をマシンガンのように放ち、相手の戦意を喪失させる作戦。あのパジュちゃんにも少しは効くんでしょうか。まぁ、僕にとってはブニブニ肉球の可愛い子猫ちゃんパンチって感じだけどね。ふふふ」


 ラジの口から、容赦ない言葉の弾丸(※昨日の夜、寝る間を惜しんで『転校 高校 必要書類』で必死に検索した知識)が連射された。


「転校っていうのはな! 前の学校から発行される在学証明書と単位取得証明書、成績証明書! さらに『転学照会書』っていう公式文書を提出する必要があるんだよ!」


「お前はどこの学校出身だ? モモック星だからモモ校か? モモック星立フレッシュ高校か!?

そもそも宇宙外来生物が、日本の高校で何学ぶんだよ! 英語の三段活用か? 筋肉が『big-bigger-biggest』じゃねぇんだよ!」


「それに住民票もねぇポッと出の未確認マッチョが潜り込めるほど、日本の教育現場は甘くねぇんだよ!!!」


日本の素晴らしい教育機関をなめんなぁぁぁぁぁぁ!!!


 ラジの渾身の叫びが、リビングに響き渡る。

 完全に論破したドヤ顔で息を弾ませるラジの前で――パジュが軽やかに指を鳴らした。


 パチンッ!


「今、ぬしの学校の校長の脳、チョイチョイしたから、オールオッケー!」


 パジュは満面の笑みで、バシッと親指を立てた。


校長ォォォォォォォォ!!!!! 山本茂校長ォォォォォォ!!!!!!

未確認マッチョに脳チョイチョイされてんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!


 野生宇宙人の理不尽すぎるパワーと、あっさり陥落した校長の脳髄に絶望し、ラジはその場にがっくりと膝から崩れ落ちた。

 ひんやりと冷たいフローリングを見つめながら、深くうなだれる。


「…………」


くそ、こうなったら……『最終奥義』で強行突破するしかねぇ……!


 床に突いた手をギリッと静かに握りしめ、ラジは覚悟を決めた。


「ラジ、パジュちゃんのことよろしくね」


 ポンッと、床でうなだれるラジの肩を優しく叩く手があった。

 顔を上げると、そこにはいつになく父親らしい、穏やかな微笑みを浮かべた修二が立っている。


「パジュちゃん。ラジは無愛想だし口は悪いけど、本当は優しい子だから大丈夫だよ。学校、楽しんでおいで」


「ラジ殿……モモック星を代表して、深く感謝の意を申し上げます。パジュ様が、地球の……日本の……学校に行ける日が来るなんて……ッ! この御恩に報いるため……ラジ殿には名誉ある『第二執事』の座をお渡しします……」


 見れば、満足げな笑顔を浮かべる修二の横で、ミルクまでもが真っ白なハンカチを噛み締め、感極まったように咽び泣いている。


 黒瀬家のリビングが、一日ぶりに温かく平穏な空気に包み込まれていた。


「グスングスン……さぁパジュ様、お召し物を着替えて学校へ行く支度をしましょう」


「うぬ! わーは大便所ングをするぞ。ラジ、ちょび待ってて」


 ミルクとパジュが連れ立ってリビングを離れ、自室(仮)へと向かっていく。

 ――その背中が見えなくなった瞬間。


 ラジの真っ暗だった瞳に、キラッと怪しい光が宿った。


「あ、ラジ。パジュちゃんが戻ってくるまで、そこのチラシ縛っておいてくれる? 今日資源ゴミの日だからさ」


 床からスッと立ち上がると、ラジは無言のまま光の速さでチラシを十字に縛り、玄関へと持っていく。そして再びリビングに戻ってきたその右手には――なぜかスニーカーが握られていた。


 背後で何か話している修二の声を完全に黙殺し、ラジは裏庭へ続く掃き出し窓へと一直線に歩く。


 ガラガラガラッ!!!


 窓枠にストンと腰を下ろすと、ラジの背中から静かな声が響く。


「……おい親父、今日だけあんたのママチャリ借りんぞ」


「僕の自転車……? いいけど、二人乗りは危ないからだめだ――」


 …………ッ!!!

 ピュン――――――――――!!!!!!


 修二が言い終わるより早く、ラジは庭のママチャリに飛び乗り、音速で敷地内から消失した。


「……え??」


 掃き出し窓からひょっこりと顔を出した修二は、猛烈な爆風に髪をグチャグチャに乱されながら、凄まじい砂塵の彼方へと消えていくママチャリ競輪選手(息子)を、ただ呆然と見つめていた。


ハハハハハハハハッ、ハハハハ!!!! ざまぁみやがれ!!


 修二の愛用ママチャリをブンブンと左右に激しく揺らし、ラジは全速力の立ち漕ぎで前へと突っ切っていく。

 その顔には、普段の無愛想な彼からは想像もつかない、邪悪なニヒルさと歓喜が混ざり合い、完全にタガの外れた『高揚の笑み』が張り付いていた。


ほっこりムードで俺をハメようったって、そうはいかねぇんだよ! 

チョイチョイで学校までメチャクチャにされてたまるかってんだ!!


悪いなパジュ! 俺はお前と『アハハうふふ』の学校生活をおくるつもりも!!! お前の魔魔ママになるつもりも!!!!……さらさらねぇぇぇ!!!!!!!!


***


 自宅をマッハのスピードで飛び出し、人通りの少ない住宅街の裏道まで駆け抜けたラジ。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


……クソ。俺は今、過去最高にママチャリと真剣に向き合っている。


『黒瀬動物病院』のプレートがついたベッコベコのカゴ、合唱団ソプラノパート担当の高音ブレーキ。壊れかけのRadioならぬ、このボロチャリがこれほどまでに愛おしく、頼もしく感じたことがあっただろうか……。


 脚に伝わるズッシリとした重みは、家から遠く離れたという『勝利の証』。

 ラジが安心感から、少しだけペダルを漕ぐ足の力を抜いた、その時だった。


「……っ!?」


 突如、ラジの鼻腔をこんがりと美味そうな『ステーキの匂い』が猛烈に突き抜けた。


「…………」


なんだこの公害レベルの肉の匂いは。


……に……く? ……肉? ……筋肉!!!!


 ステーキ連想ゲームから導き出した最悪の予感に、ラジはピタッと足を止めた。

 キィィッ、と不快なブレーキの錆音を響かせながら、背後から猛然と迫りくる『ステーキ臭』を恐る恐る振り返る。


 ブワッッッッッッ!!!!


 どこから跳躍したのか、朝日の逆光を背負った見覚えのある巨大な影が、ラジの頭上を覆い尽くした。

 右腕だけが異常なまでに膨張した、圧倒的な世紀末シルエット。


「…………」


……この溢れんばかりの世紀末臭……パジュだ……!!

外来種『未確認マッチョ』が追ってきやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


 後日、ラジはこの時の心境をこう語っている。

 「キングコングに襲いかかられた人間って、こんな気持ちだったんだな〜って思いましたね」


 ドォォォォォォォォォンンンンンン!!!


 アスファルトを無残に粉砕し、隕石のような勢いでパジュがラジの真横に着地した。

 ――と同時に。クルッとラジの方へ体を向け、きょとんとした完全なる真顔で口を開く。


「ラジ、鬼ごっこの修行中か? ちと、遅いのう。……まぁ、わーの魔魔ママの自覚、芽生えたのは、よろし」


「……………………」


 首をポキポキと軽くストレッチするパジュから、ラジはすぅ……と目を離し、ゆっくりと視線を前に向ける。


 前方に人影がないのを確認すると、一度、ゆっくりと目を閉じた。

 そして――ガッ! と見開く。


 『真顔の極致』。まさに地平線のような完全なる「無」の顔で、ラジは一気にペダルを踏み込んだ。


 ガシャガシャガシャガシャッ!!!!!!


 悲鳴のようなママチャリの不協和音が、裏道に鳴り響く。


 一点の曇りもないまっさらで、かつ真っ黒な瞳で前だけを見つめ、『立ち漕ぎ』という名の戦闘態勢で爆走するラジ。


 ――そして、その真横。


 ダンプカー並みに膨張した『劇画腕』を、メトロノームのように前後にブゥンブゥンと高速スイングさせるパジュ。

 その巨大な腕を振る『遠心力』だけで進んでいるからなのか。パジュもまた、本能的な危険を察知したラジの『真なる真顔』とはまったく異なる、完全なる『余裕の真顔』でピタリと並走――いや、追撃していた。


 おまけに、その右腕からは美味しそうな白煙がシュシュシュッと吹き出している。


「…………」


……なぜだ。なぜなんだ神様。


 無の境地でペダルを回しながら、ラジは心の中で天を仰ぐ。


なんで俺は朝っぱらから、筋肉ダルマと『世紀末ママチャリ・カーレース』を繰り広げなければならないのでしょうか……?


「ラジ、学校には『しょくどう』というレストランがあるのだろう? 何が出るんだ?? はんばーぐか? その『べんきょう』ってやつは、何をするんだ? おまえ友達はいるのか? 『こうちょう』とは友達なのか??」


「……ハァッ、ハァッ……! その姿でチャリと並走しながら、当たり前みたいに話しかけてくんじゃねぇぇぇぇぇ!!!!」


 音速で駆け抜けるソプラノ号ママチャリ騎手の『ラジ』と、その隣を爆走する筋肉ダルマ兵器こと、モモック星第四王女『パジュ』。


 キーンコーン、カーンコーン♪


 絶叫するラジの視界に、ついに運命の校門が迫ってくる――。

第3話までお読みいただき、本当にありがとうございました!

初日の怒涛の展開、いかがだったでしょうか。


もし少しでも「星を見ようよ推進員会に入りたい」「わが母校の指定鞄はショッキングイエローだ」「ママチャリブレーキとソプラノパート、ハモりたい」と思っていただけましたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価していただけると、ラジの部屋の修理代の一部になります!


明日からは毎日【18:00】に更新していく予定ですので、ぜひブックマークをしてお待ちいただければ最高に嬉しいです!


引き続き、パジュとラジのドタバタな日常をよろしくお願いいたします!

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