【必殺技はジャンピング・しゃがみ込み☆】その色なしポーションは、何色?きみ色?ふたり色…?!
前回のあらすじ:ロコモコ浜田による「ヨガ誘拐事件」の疑惑が高まる中、次なる目的地・アイスクリーム屋へと入っていったパジュたち。
二手に分かれて尾行を続ける捜査一課は、おとり捜査官・ピ川を現場へと潜入させる。
果たしてターゲットの目をかいくぐり、極秘の監視ミッションを完遂することは出来るのか!?
そして、ロコモコ浜田とパジュによる謎のデートの行方は……?!
スパイ大作戦、ここに完結!
キャラメルとしらすが入り乱れる第21話、どうぞお楽しみください!
「お母さん、僕チョコがいい!」
「ご飯の前だから、カップの小さいやつにしようね」
「たっくんの一口、も〜らい!」
「ッハハ、落とすから、危ないって〜」
人の出入りにより開かれる自動ドアから聞こえてくるのは、『フォーティーワン・アイスクリーム』の店内に響く活気ある声。休日のお昼時ということもあり、店内には小さい子供を連れた家族や学生、そして十代や二十代といった様々な年代のカップルが、目の前のアイスよりも甘く華やかな時間を過ごしている。
「ピ川さん、無事二人に接触出来てますぅ?」
「う〜んっとね、人の影でよく見えないな……。さっき来た連絡だと、注文の列には並べたみたいなんだけど……」
その店から数十歩手前にある、現場の音声がギリギリ届く距離の電柱の陰。花臣を先頭に、規律と彼女の二人は息を潜め、ジッと中の様子を窺っている。
一方のラジは、そこからさらに三、四歩ほど後方にある細いガードレールに寄りかかり、気だるそうに立っていた。軽く組まれた腕とその無機質な表情、そして視線からは、とりあえず一連の流れに付き合う形で共に待機している、といったところだろう。
「あっ! ピっちゃん、浜田君と話してる!!! 二人の後ろに並べたみたい!」
——ブブブッ! ブブブッ!
ただの『おとり役』に留まらないピ川の圧倒的なエージェント力、そしてその凄まじいフィジカルに感嘆する間もなく、花臣の携帯に捜査チームへの出動の合図——『ポ〜ション〜』という短いメッセージが届く。
「皆さん!! では先ほどのB作戦でいきましょう!!!!」
規律の言葉を皮切りに、目的地の自動ドアへと一斉に駆け出す二人。
そう、このB作戦とは、ピ川が運よく注文の列にてロコモコ浜田と接触できた場合、競泳選手に勝るとも劣らない彼女の『バタフライ特化の肩と背中』でターゲットの視界を物理的に完全遮断。その隙を突いて店内への侵入、及びソファ席への潜伏を果たすという内容だ。
自動ドアの前にかがみ込み、突撃のその一瞬を見計らっている花臣と規律。その背後へ、数拍遅れてラジも到着する。
小さく縮こまった二人のつむじをジッと見下ろした彼は、自尊心や羞恥心といった一切の感情を飲み込んだのか、短いため息とともに、その隣へちょこんとしゃがみ込んだ。
「……ってか、B作戦って、どこに座わん——」
「みんな!!! 今だよ!!!!!!」
「…………え?」
本作戦において一番重要な『Where』、どこの席から見張るかというラジの質問は、彼の前髪もろとも、花臣の風鈴ボイスと凄まじいスタートダッシュの残像、そして巻き起こった突風によって遥か彼方へ——。
風の抵抗、そして身バレを防ぐための見事な低空姿勢。そこに合わさる、短距離走に特化した完璧な腕の振りと腿の上げ方。
なぜピ川と花臣の気が合うのか、その真髄とも言える体幹の強さをやんわりと理解させる勢いそのままに、花臣は逆Uの字型に広がる店内の左奥へと吸い込まれていく。
それと同時刻、規律は真逆となる右奥へ。見事に二手に分かれ、それぞれが己の推す『マイソファ席』に向かって一目散に駆け出していったではないか。
「…………」
……花臣、潜在能力すげぇな。
小中の同級生、そしてマドンナとして知られる花臣のスポーティー・ポテンシャルに少々驚いたのか。
ラジの脳内に、彼女の小学生の頃のあだ名『ウサちゃん』の由来は、ウサギのような可愛さからではなく、実は『ウサイン・ボルト』だったのではないかという疑惑が浮かび上がった、その時——。
真っ黒な瞳で回想の底に深く沈んでいた彼は、既に店内へと侵入を果たし、最奥のソファ席を陣取っている規律とガラス越しにパチッと目が合った。
「く! ろ! せ! く! ん! こっち! こっち! 早くですぅ!!」
彼のサイレントにパクパク動く口と、瞳孔バッキバキ、バッキンガム宮殿状態の血走った目。走馬灯への出場権を確実に奪い取るほどの顔面と手招きで強制的に我に返ったラジは、サッと立ち上がる。そしてピ川の背中とその後ろにいるターゲットらを視界の左端に捉えつつ、そのまま規律の元へと足早に向かった。
***
「もぉ、黒瀬君!!! 何ぼぉっとしてたんですかぁ!! 見つかるかもって、随分ヒヤヒヤしたんですよぉ?!?!」
「……あぁ、わりぃ——いや、ってか、どこに座るかぐらい決めてから走れよな。二手に分かれたらピ川さん、動きづらいだろ」
どうにかターゲットにバレることなく規律と合流し、ソファ席へと滑り込んだラジ。週末の人の多さもあってか、ピ川とロコモコ浜田たちは未だ自動ドア付近の注文の列に並んでいる。
その姿を視界の左端に捉えつつ、規律とラジは可愛らしいピンクと白を基調としたテーブルに深く身をかがめ、出来る限り声を潜めながら、現状と今後の動きを整理していく。
「あぁ、それは、申し訳なかったですぅ。僕たちの中の世界陸上アドレナリンが『キターッ!!!』って感じだったものでぇ」
世界陸上でお馴染みのあのBGMでも聞こえているのか、ご満悦そうに膨らむ規律の鼻の穴へと、ラジの冷ややかな視線が突き刺さる。その瞬間、ソファに置かれていた彼の携帯がブブブッと振動した。
メッセージの差出人は、店舗内で絶賛遭難中の花臣。こちらの生存確認と、『店内の構造上、自分のソファ席からは何も見えないので、とりあえずこのまま待機する』という旨が書かれていた。
「こちらは、無事に合流しましたっと。まぁ、ピ川さんには、とりあえず花臣さんの所へ行ってもらうよう、連絡しておきますぅ。——あ、黒瀬君、アイス。お好きなお味などは?」
「……いや、別に、何でも良いけど」
花臣に返信をしつつ、ピ川にも連絡を取っているのだろう。規律は手元に視線を落としたまま、淡々と親指を滑らせていく。
「うぅん、では……ハイカラ抹茶あんみつ、抹茶、抹茶ブラウニー、抹茶きなこ、抹茶ティラミスだと、どれが良いですぅ?」
「……じゃあ、チョコチップで」
「はいはい、チョコ、チップですね。では、僕も……っと」
「……いや、お前は抹茶だろ」
「え? いえ、僕はチョコが好きなので」
「………………へぇ」
では、あの抹茶尽くしの選択肢は何だったのだろうか。そしてチョコが好きなら『小賢しいチップの群れ』ではなく、もっと大々的なチョコ味を選べば良いのではという疑問。
さらには、自分の過去のどの行動が『無類の抹茶ラバー男』という事態を招いたのかという謎。そして、この店舗の抹茶にかける厚い信頼。
怒涛の侵入ラッシュと抹茶のゲシュタルト崩壊の疲れからか、ラジは軽くため息をつき、脳を落ち着かせるよう、背もたれに体を預けた、その時。
「注文ポーションお願いしますッツァ〜」
聞き覚えしかないアイスとピザのコラボ語尾と、鼻詰まり三日目のような声が鼓膜を強打し、ラジと規律の視線は自然とそちら——左の注文台へと移った。
そこには予想通り、ガラスショーケースの前で仁王立ちするピ川の姿が。これからただアイスを頼む十七のおなごとは思えぬその表情は、まるで断崖絶壁に立ち、日本の夜明けを見据える、坂本龍馬のような勇ましさ、険しさ、そしてただならぬ厳しさをはらんでいた。
「三種のチーズマルゲリータ味をひとつ、コーンで」
ザッと一歩前へ踏み出し、普段とは全く異なる、酷く渋く、そして凛とした声で注文を告げる。
「申し訳ございません。当店にそのようなお味は……」
「良き。では、しらすガーリックマヨ味をひとつ」
「…………」
——だから、ねぇんだよ。
マルゲリータがねぇのに、なんで『しらすなら!』って思ったんだよ。どこをどう計算して勝算があったんだよ。
ったく、そんなピザに特化した『生臭&お口くさくさ』アイスのフレーバーが、この世にあってたまるか!
……あと今全然関係ないけど、浜田。お前、しれっと追い越されてるからな?!!
ニッコニコで見つめちゃってるけど、その目の前にいる人、フィジカル犯罪の割り込み現行犯だからな?!
「申し訳ございません。しらすガーリックマヨは、春限定のフレーバーとなっております」
対応中の女性店員さんが、少し残念そうにペコッと頭を下げる。
「仕方ないッツァ〜。それなら——」
「…………」
——あ、あんの? あったの!?!?
小っちゃいお魚とガーリックが、カラフル夢可愛いフレーバーになっちゃう時代が来てんの?!!
もう令和って、そんな感じになってんの?!!
ラジの常識を令和の荒波がかっさらっていく中、張本人のピ川は残りのメンバーの注文を淡々と終え、受け取りカウンターの方へと流れていく。
「黒瀬君、あのぉ、これって結構ピンチじゃないですかぁ?」
規律の言葉にやんわりと正気を取り戻したラジは、疲労に満ち溢れた瞳でゆっくり彼を見やる。
「この位置に、この角度……。ピ川さんがこっちにアイスを持ってきた瞬間、このままだと浜田君たちに完全にバレてしまいますぅ!!」
彼らが陣取っている席は、注文台の並びにある、店内の最右奥。他のお客さんもいる以上、空いているソファ席がここしかなかったとはいえ、あの圧倒的な存在感を放つピ川がこちらへ歩いてくるとなれば、ロコモコ浜田、もしくはパジュのどちらかの目に留まるのは避けられない。
「……あぁ、それなら、多分大丈夫」
ラジは、いつも通りの温度を持たない飄々とした顔つきで、サラッと店の入り口を指さす。
そこにはなんと、数時間前に彼と奇跡のフォーメーションを築き上げた北川高校『ショルばん部』の皆様が、ぞろぞろと入店してくる姿があった。
朝練帰りなのだろう、火照った肩と弾き疲れた右腕をアイスで冷やそうとでも言うように、ロコモコ浜田たちをわらわらと囲い込む形で、後方へと見事な防壁(列)を形成していく。
ピ川とスクラムを組めば全国への切符も間違いない、アメフト選手もびっくりのその肩。その分厚い壁によってこちらからターゲットが見えないということは、当然ターゲットからもこちらは見えないということ。
よって、この『Shoulder for all, All for Shoulder』タイム中は、ピ川が店舗内を縦横無尽に駆け巡れる無敵のボーナス時間と化すのだ。
「……す、凄まじいボディバランスですぅ……。ピ川さんの親戚かなんかですかぁ……?」
「……ただの通りすがりのそろばん部だ」
……あ、いや、一人くらいはいん……の……か?
肩幅だけを基準にした血縁推測によって謎の誤解が生まれたものの、その鉄壁のガードに守られ、アイスを手にしたピ川と無事に合流を果たした。
そして花臣のもとへと再発進していく彼女を見送った彼らの、残るミッションはただ一つ。ロコモコ浜田とパジュのデート疑惑の核心に迫る会話を盗み聞きし、その動向を見張ることである。
「注文お願いします〜!!」
軒を連ねる肩の群れの向こうから聞こえてくるのは、程よくチープで、底抜けに明るい声。ついに、ロコモコ浜田たちの注文、そして着席の時がきた。
***
「パジュちゃん、何にする〜?」
ショルダーとショルダーの僅かな隙間から垣間見えるのは、パジュの背丈に合わせてか、スラッと伸びたその膝を折り、腰をかがめて彼女の顔を覗き込んでいるロコモコ浜田の姿。相変わらずの弾けるような笑顔全開で、チャームポイントの犬歯がどこか愛らしく光っている。
「……浜田君、意外とやりますね」
「……」
右手にアイス、そして左手には頬杖。気だるそうにそちらを眺めていたラジは、規律の言葉に彼を一瞥すると、特に反応を示すことなく、再びロコモコ浜田たちへと視線を戻す。
「パ〜ジュ〜ちゃん! ねぇ、ねぇ、好きな味は〜?? 俺が奢るからさ、二段重ねにしちゃいなよぉ!!」
「……」
注文に緊張しているのか、何なのか、パジュはロコモコ浜田の方を見ることなく、ただ黙って俯いている。その肩はどこか縮こまり、両手で掴んだ黄色のスカートには、ギュッとしわの模様が咲いていた。
男たちの隙間から様子を窺う限り、縮こまった体とは対照的に、その表情には一切の変化がなく、何かを高速で思考しているのか、見事なまでにスンッと無のままだ。
「ほら、黒瀬君。早く食べないと溶けちゃいますよぉ?」
「……規律。一回女性の声で、キャラメルって言ってくんね?」
「……はい?」
「「…………」」
規律をジッと真顔で見つめるラジと、いかがわしい変質者でも見るような目で無言のまま彼を見返す規律。
「いいから、早く」
「……キャラメル。……これでいいですかぁ?」
「もっと大きい声で頼む。あともっと声も変えて」
「……ッキャラメル!!!!!!」
「サンキュ」
「…………」
……ヒィィィィィィィィ!!!! 怖いですぅ!!! 怖いですぅ!!!!
また黒瀬君の謎の変態スイッチが発動してますぅ!!!!
しかも今度は、この僕にキャラメル羞恥プレイを強要してきたですぅ!!!
一体何なんですか、もうぉ……!
黒瀬君の興奮ポイントがソーセージにキャラメル……多分『食』に違いないってことが分かったのも、本っ当に気持ち悪すぎますぅ!!
「パ〜ジュさ〜ま〜! そろそろ決めないと後ろ詰まっちゃうよ〜〜ん!!」
「……けろめる、あいす」
文字は読めたとしてもそれがどんな味なのか分からず、そしてそもそもアイスの種類を知らないパジュにとって、唯一食べたことのある味こそがキャラメルである。
ロコモコ浜田の質問を前にもじもじしている理由を大方予想したラジからの、絶妙なアシスト。雑踏の中から『キャラメル』という聞き覚えのあるキーワードをしっかりと耳で受け取った彼女は、どうにか注文というシュートをねじ込んでみせたのだ。
「……え? パジュちゃん、もう一回!」
「けろめる、あいすに、する」
「……けろめ……あぁ!!! 大納言あずきね!! おっけ〜!! もう一個は??」
「…………」
……クソがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
どこをどう翻訳して切り取ったら、大納言あずきになんだよ!!!!
『けろめる』だろうが!! パジュが『どぅわい〜なごぉ〜ん』とでも言ったんか?!! あぁん!?!
こちとら規律の声に興奮する『エクスタシーキャラメル男』の濡れ衣まで被ってパスしてんだよ!!!!
そのあずきをてめぇの鼻の穴にぶちこんで、二十四時間・大納言ライフにしてやんぞ、ボケ!!!
「……もお、何でも、いい」
「了解! じゃあ、俺のオススメのホッピングジャワーにすんね!!」
ロコモコ浜田がスラスラと注文を唱える横では、パジュが腰に手をあて、彼をジト〜っと睨みつけているのは言うまでもない。『けろめる』への未練と不満をたっぷり詰め込んだしゃくれ顎で、ろくろ首も恐れおののくほど首を九十度に曲げた彼女は、もはや若干白目すら剥いている。
「……」
……ったく、拗ねに拗ねまくって『妖怪・けろめる怨み女』みたいになってんじゃねぇか、可哀想に。
勇気を振り絞って頼んだキャラメルを、勝手に大人の味覚に変換すんじゃねぇっつの。
——って、待て。今あいつホッピングジャワーって言ったか?
大納言あずきの上にホッピングジャワーだと?!
パジュは食べるのが遅いんだよ! 溶けたホッピングがあずきの上で、ジャワジャワしちまうだろうが!!
口の中で『和』がホッピングしてジャワジャワするなんざ、大和の血が流れる日本人として絶対に許されねぇ極悪非道の大罪なんだよ!!!
俺のキャラアシ(キャラメル・アシスタント)を無駄にした挙句、善意でなんちゅうコンビをお勧めしてんだ、このカインドネス・詫び寂びナッシング男が!!!!
ラジの『脳内・そりゃないでしょお怒りゲージ』が勢い良くぶち上がっていくのとは対照的に、人としてのモラルが働いているのか、その顔面は見事なまでに無機質なままだ。
しかし、その右手にはビッキビキに力が籠もっており、握られたアイスはゲージの上昇と共にみしみしと震え、コーンには今にも粉砕しそうなほどのヒビが入っている。
「……あ、あのぉ、く、黒瀬君?」
……興奮したかと思えば、次はなんかいきなり怒ってるですぅ……。
やっぱり僕がチョコチップを頂いたからでしょうか……。
注文台の方角を見つめ、真顔の境地で静かに、かつ明らかに『ご機嫌・朗らか』ではないオーラを放つラジ。規律はそんな彼をおずおずと見つめながらも、大声で叫ぶ限界サラリーマンと同じ車両に乗ってしまった時のような、息が詰まるほどの緊張感を抱いていた。
そう、ピ川が持ってきたアイスはチョコチップとストロベリー味。謎の伝達障害でやってきたイチゴちゃんをラジが受け取り、貴重なチョコチップの方を規律へと譲ってくれたのだ。
規律は、今後誰かとアイスクリーム屋さんに来たときは、美味しいが絶対に売り切れることのない、不動の人気と不人気を併せ持つアイス界のキング『バニラ』だけを頼もうと、固く心に誓った。
「パジュちゃ〜ん! この席、とっぴろうぜぇ〜!! ここ、俺たちの基地な!!」
そんな規律の聖なる懺悔の傍ら、ロコモコ浜田は両手にアイスを持ち、小学二年生の男児のように底抜けに明るく、そして圧倒的にダサい言葉を連ねながら、こちらへと近づいてくる。
彼らが選んだのは、ラジ達が陣取っている場所から、更にソファ席を二つ越えた先にある、窓際のカウンター席。若干声が聞こえづらいのが難点だが、窓の外を眺める構造上、ターゲットが完全にこちらへ背を向けてくれるのは非常に好都合だ。
「はい、パジュちゃんの大納言&ジャワーアイス! あ、俺のキャラメルとチョコ食べたいなら、一口いいよ!!」
サラッと着席し、パジュにアイスを渡している姿を見る限り、ソファ席の仕切りのおかげか、特にこちらへ気付いている様子はない。そして、ちゃっかり自分はキャラメル味を頼むという、無自覚な高等煽りスキルをかましている点も忘れてはならない。
「ほら、俺まだ口付けてないしさ! パクッといっちゃってよぉ〜!!」
彼は大型犬のように眩い満面の笑みを浮かべ、夢の一口シェア用にもらってきたであろう小さなプラスチックスプーンと共に、左隣に座るパジュの目の前へと己のアイスを突き出す。
「……情けは、無用。ただ、呪う、のみ」
未だ妖怪モードが解けぬのか、パジュはそんなロコモコ浜田と、呪いの根源であるアイスを恨めしそうにジッと見やった。そして、普段のおぼこい口調からは想像もできない切れ味鋭い言葉を放つと、プイッと前を向いて淡々と己のアイスを口に運ぶ。
「え〜、食べないのぉ? ……ってか、ノロウってなにぃ? ノロウ、ノロウ、ノロウ……? あっ、ノロウィルス?! 俺、超健康体だから、安心して食っちゃって!!!」
「呪う」
「え〜? なになに? ノロウって……あっ、呪う!? どうしたのパジュちゃん?! なんかあったんなら俺話し聞くよ!! 聞き上手の浜ちゃんって、あれ俺のことだからさ!!」
ただ前を見つめて『呪うbot』と化したパジュと、睡眠前に現れる蚊のような鬱陶しさで一人ペラペラと話し続けるロコモコ浜田。
もはや一周回って最高の相性とでも言えるような二人のやりとりを、懺悔のチョコチップを頂きながら見つめる規律は、ぽつりと呟く。
「……あれはあれで、仲良しってことなんでしょうか……ねぇ?」
「……さぁな」
ラジは気怠げにそう呟き、最後の一口を放り込むと、サラッと立ち上がる。
「俺、手洗ってくるわ」
二人の会話など興味がないとばかりに、溶けたアイスでベタつく手を軽くひらひらと振り、そのまま注文台の奥に続くトイレへと去っていった。
***
——ジャー。
蛇口から流れ出る水音とラジの短いため息が、静かな男子トイレに反響する。洗面台の前で少し前かがみになり、彼はこびりついた疲労とアイスを一緒に洗い流すように、淡々と手を動かしている。
「…………」
……はぁ、なんか色々と疲れたな。
パジュも何だかんだ言って、わりかし楽しそうではあるし。あの感じだと特に変異する心配もないか。
帰りは——あぁ、そういや確か、送ってもらうっつってたな。
デートだろうとなかろうと、変異する恐れがないと判断した今、特に監視する理由もない。
……帰るか。
そう決意し、視線を手元から目の前の鏡へと上げた、その瞬間——。視界の右端、斜め前にあるトイレの入り口の扉が、キィッと微かな音を立てて小さく開いた。
「その色なしポーション、飲んでも、いいのこと?」
扉の隙間からひょっこり顔を出していたのは、この男子トイレにいてはならぬ、性別『ウーマン』の宇宙人、パジュである。
彼女は、「冷蔵庫にプリンあるよ」とでも言うかのような軽い声と真顔で、淡々と右手でその水道水を指差しながら、こちらをジッと見つめているではないか。
「……いや、腹、壊すだろ」
「……そ」
——ッパタン。
飲み水ではないと分かったからなのか、何なのか。相変わらずの真顔のまま、短いひと言だけを残すと、また静かに扉の外へと引っ込んでいった。
「…………」
ラジもまた、驚いているのかどうかも全く読めない無機質な真顔と温度のない瞳で、キュッと蛇口を捻り、左側にあるペーパータオルで黙々と手を拭く。
恐らくだが、犯罪ギリギリの場所から思いもよらぬ顔面が突き出てきた衝撃、トイレに他の利用客がいなかったことへの安堵、そして自分の尾行がバレているかもしれない恥ずかしさ。決して交わることのないこれら三つ巴の感情が音速で脳内を駆け巡り、激しくぶつかり合った結果、面構えの最適解として『無』が叩き出されたと思われる。
「…………」
……何だ、今の。
ってか、あいつ学校とかでトイレの水飲んでるんじゃねぇだろうな。
——いや、今あいつの衛生観念はどうでもいい。
パジュのやつ、俺って気付いて話しかけてきたんだよ……な?
そりゃ普通に考えて変装なんかしてねぇし、俺だとは分かってるんだろうけど……。
……いや、あとで洗面所の水は飲むなって教えよう。
驚きや羞恥心、それに若干の恐怖など様々な感情が渦巻きつつも、思考の片隅では冷静に『日本のお水常識』を学習させねばと考えながら、扉に右手をかける。
——キィッ。
静かに一歩足を踏み出し、伏せていた瞳をふっと上げると——その先には、通路の左側の壁にもたれかかるパジュの姿があった。
彼女は特にこちらを見やることなく、相変わらぬ真顔のまま、ジッと向かいの壁を見つめている。にゅっと突き出された上唇と、柔らかく下がった長いまつ毛。その姿は、まるでここへ来るその人をじっと待っているかのようだった。
「「…………」」
二人の間に数秒の沈黙が流れる。やがてその静寂を溶かすように、ラジはパジュの右隣へとスッと並び、彼女と同じようにトンッと壁に背中を預けた。
「……いつから、気付いてたんだよ」
「駅、けいじばんの後ろ。ラジ、ずっとついて来てた」
人がすれ違えるかどうかのトイレ前の狭い通路。遠くのフロアから明るいBGMと笑い声が微かに漏れ聞こえる中、横並びになった二人は、まるで言葉の壁打ちでもするかのように向かいの壁だけを見つめ、淡々と音を放つ。
「……気付いてんだったら、そう言えよな」
変異を監視するためだったとはいえ、掲示板へスライディングしたりベンチの後ろにしゃがみ込んだりした、今日一日のらしくない己の行動の数々。おまけにそれが最初からバレていたという事実に思い至り、急激に恥ずかしくなったのだろう。
少し拗ねたような声でぽつりとこぼしながら、ラジは斜め左下を軽く見やる。パジュは相変わらず、何とも言えぬ顔で前を見つめたままだ。
「……こころの、お守り」
彼女はそうゆっくりと言葉を落とすと、向けられた視線を迎えにいくように、右斜め上のラジの顔をジッと見つめ返した。
「ラジ一緒、本当はだめ。でもラジ、遠くにいたら、わーのお出かけ、こわくない。変異もしない約束、ちゃんと守った」
「……あぁ、うん。それは、ちゃんと守れてたけど——」
パジュの思いもよらぬ返答に思うところがあったのか。彼は言葉を濁しつつ、彼女の真っ直ぐな瞳から視線を外し、再び静かな壁へと帰す。
「……デート、邪魔して悪かったよ」
相手も行き先も頑なに告げず、あれほど自分を帰そうとしていた彼女の『お出かけ』。パジュの心情はどうであれ、最初は帰ろうとしたものの、一連の流れもあり、結局ここまでついて来てしまったことへの罪悪感があったのか。
「……見られたくないだろ、普通。なのに……ごめん」
彼女の素直な気持ちに応えるように言葉を放つ彼の横顔は、淡々としていながらも、どこかやりきれなさが淀んでいるように見えた。
「……だいじょび。これ、練習」
あっけらかんとそう告げ、彼女はサラッと視線を前へと戻す。そのあまりに予想を超えた単語に、ラジは思わず眉をひそめ、理解不能といった様子で再び彼女を見やる。
「……練習? 何の?」
「浜田。あいつ、つむぎちゃんと来週、デートしたい、誘いたい」
「……だから、事前にパジュと練習したってこと?」
「……ん」
ラジの核心を突く問いかけに、パジュはコクンと小さく頷いた。
「……はぁ。……そういうオチね」
安堵のような呆れのような、ため息と共にこぼれ落ちた短い呟き。緊張がほどけたからか、どこかほころんだ頬を隠すように、彼は壁に預けていた体を起こし、パジュへと軽く背中を向ける。
「まぁ、とにかく。口止めされてたとしても、家に心配かけない程度には、言ってから行けよな。俺ひとり家に帰ったら、親父もミルクさんも心配すんだろ」
またいつもの無機質な顔で斜め左後ろのパジュを一瞬見やると、ほら行くぞと言わんばかりに、彼女の前を通り過ぎた瞬間。
——ガシッ!!
「——ッ!!」
まるで地面を飛び回るバッタでも捕まえるかのように——勢いよくしゃがみ込んだ彼女が、数歩進んだラジの左足首を両手でガッチリと掴み、地面へと完全に固定しているではないか。
「……いや、普通に……危ねぇから……」
己の左足首めがけて、女性が『ジャンピング・しゃがみ込み』で飛んできたことも。それを両手で掴まれてホールドされたことも。
呼び止め行為として、その全てがもちろん初体験である彼は、目を点にしたまま足元でカエルのようにうずくまるパジュを見下ろした。
「口止めじゃ、ない。わーも、ラジに内緒で、練習したかった。だから、言わないした」
「……あぁ。まぁ、そりゃ代役だろうとなんだろうと、練習中の姿なんて誰にも見られたくないだろ。分かったから——」
ラジがパジュの右腕へと手を伸ばし、立ち上がらせようとした時。彼女は弾かれたようにパッと顔を上げた。
「ラジ、わーと、デートする!」
その瞬間、彼の瞳に映ったのは——いつもの飄々とした真顔とは少し異なる、無表情ながらもほんのり弧を描く瞳と、ふわりと上がった口角。前髪の隙間から覗く丸いおでこすらも、今日はどこか甘い綿菓子のようにやわらかく見えた。
「…………」
「わーも、浜田と練習した! これでラジと、デート、だいじょび!」
なぜ自分についてこないよう告げたのか、どうして浜田の練習に付き合っていたのか。今回の騒動の根底にあった違和感が、ボタンの掛け違いを一つずつ正していくように整理されていく。そしてそれは何故か温度を持って、じんわりと彼の心の四隅へと溶けていった。
自分の目的はこれだったのだと言わんばかりに、「へへへ」と大輪の笑顔を咲かせるパジュ。
誇らしげに、そして愛らしく笑う彼女を見下ろしながら、ラジはどこか困惑したような軽いため息をこぼしつつ、その右手を引いて立ち上がらせた。
「……それは別に、良いけど。……パジュ、お前、デートの意味、分かってて言ってんの?」
「ん! 仲良し、二人、一緒に遊ぶ」
ロコモコ浜田にそう教えてもらったのか。パジュはラジと自分を交互に指さすと、「せいかい?」と言って胸元で小さな指の丸を作り、こてんと首を右にかしげる。
いつもより小さく感じるその宇宙人のつむじと、相変わらず理解不能な言葉の数々。彼はそんな彼女を静かに見やると、さらりと背を向け、先ほどの進行方向へと歩き出す。
「……大方な」
そう放った彼の口元は、淡々とした瞳とは裏腹に、やんわりと上がっていた。呆れているようでいて、どこか『いつもの彼女』を待っていたかのような、そんな柔らかさを滲ませて。
***
「黒瀬ぇ〜!!! なんだよ、見守ってくれてたのかよぉ〜!!」
フロアへと戻ってきたラジとパジュを出迎えたのは、ロコモコ浜田の相変わらずピカピカに眩い、まるで正月の初日の出のような笑顔。そしてカウンターのその隣には、パジュが席を外している隙に事情聴取を済ませたであろう規律の姿もあった。
「なぁ、なぁ!! 俺のデート、どうだった?! やっぱ朝はヨガより、魚市場とかかな?!」
「あのぉ、だからぁ!!! 初デートに個性を出さないで下さいぃ!! それは五年付き合った二十代後半カップルのコースですぅ!!! しかもそれも旅行限定ですからぁ!!!」
「……わー、浜田のヨガ、見たくない。つむぎちゃんも、多分見たくない」
ロコモコ浜田の想いを知る面々による、卍家での作戦会議以来となる『おピンク花臣同盟』の再集結。デート練習、そしてヨガ事件という格好のネタを餌に、活気あふれる店内の雰囲気をさらに後押しするように、こちらも華やかな声と笑顔が溢れていく。
「この腕の角度が味噌なんだよ〜!! ここが『I』で、ここが『LOVE』を表してて——」
「パジュちゃん!!」
ロコモコ浜田の『ヨガポーズで伝える愛の告白伝授法』をぶった切るように、後方から鈴のような愛らしい声が飛んでくる。
「もぉ〜すっごく心配したんだよ〜! でも無事で本当に良かった!」
規律から連絡を受けたのか、花臣がこちらへと駆け寄ってくる。その後方には歩いて続くピ川の姿も。
今回のヨガ誘拐事件の捜査ボスであった彼女は、本当に心配していたのだろう——勢いそのままに、振り向いたパジュを力強くギュッと抱きしめた。
「……つむ、ぎちゃん」
「えへへ、パジュちゃん。あっ、浜田君も疑って、本当にごめんなさい。まさかパジュちゃんへの街案内だったなんて、思わなくて」
「いや、全然全然!! 俺も紛らわしい格好だったしさ! …えっと、あのさ、来週の土曜日なんだけどさ……えっと、二人で——」
「みんな揃ったッツァし、このまま一緒に街案内するってのは、どうピッツァ〜?」
規律がせっかく用意してくれた気の利いた嘘をぶち壊す、絶対に今じゃない謎のタイミングでのデートの誘い。そんな彼をフォローしてか、今度は恋愛相談の相手でもあるピ川が彼の言葉をぶった切るように割って入り、世界一優しい提案でその場を包み隠す。
「良いですねぇ! ここで長居するのも迷惑ですし、皆さん、早速行きましょうか」
「イェーイ! なぁ、なぁ、ゲームセンターは? クレーンゲームの浜ちゃんって、あれ俺のことだからさ!!」
「パジュちゃん、疲れてない? 大丈夫?」
「お昼ご飯は、何ゲリータにするピッツァ〜?」
花臣に手を引かれるパジュと、その後に続く規律たち一同は、出口の自動ドアへと向かっていく。そして、その数歩後ろを歩くラジ。
今この瞬間、一分一秒が楽しくて仕方がないとばかりに弾ける笑顔の集団にあって、彼だけは、どこか異なる色を静かに纏っていた。
「…………」
……そろそろ、あいつとちゃんと話さねぇとな。
占い師に告げられた、『死相』『大会』『戦い』という言葉。
口先をにゅっと尖らせ、恥ずかしそうにも嬉しそうにみんなの輪の中央にいるパジュの顔を見つめながら——彼もまた、このメンバーで過ごす夏が最後になるかもしれないと、どこかで感じ取っていたのかもしれない。
(第22話に続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
長かったスパイ大作戦編、これにて無事に一段落です(笑)
テンポを優先して話を区切らず1話にまとめたり、逆に内容がモリモリになりすぎて削ったりと、駆け出しの身でありながら、なかなか週2投稿のペースが守れず、もどかしい時間でもありました~!
ちなみに、花臣、ピ川、規律の3人は同じ放送部のメンバー。実は、北川高校で開かれていたディベート大会を視察するため、駅前で待ち合わせていたそうです!
血走った目で感情のままにブチ切れる規律と、ブレずにピザを語るピ川の討論。そして、それらを手綱一本で操る花臣……。
高校生ディベート界において、花臣は『裏ボス』と囁かれ、一説には「サーカス団から猛獣使いとしてスカウトされた」という噂もあるとかないとか。
【読者の皆様へ! ラジから切実なお願いです】
「俺も今度『ジャンピング・しゃがみ込み』で、課長の歩みを止めてみたい」
「和がホッピングでジャワジャワするのは絶対に許せないです」
「私もさっき、懺悔のチョコチップを頂いてきました」
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次回、ついに『パジュ魔魔!』のメインエンジンが点火!
ラジに迫る「魔魔の契約」と、謎の「国王選抜大会」。 果たしてパジュの狙いとは!?
そして地球へ降り立つ、次なるモモック星からの刺客とは……!?
※次回は【来週月曜日の18時】に(多分)更新予定です! お楽しみに!




