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『しーちゃんと記憶の図書館』第92話
手紙を書く理由
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少年は、
風鈴の音がまだ耳の奥に残ったまま、
しばらく棚の前に立っていた。
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やがて振り向き、
しーちゃんに小さな声で言った。
「……母さんに、手紙を書きたいです」
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しーちゃんは、
カウンターの引き出しから便箋と封筒を取り出した。
便箋は、海の色に似た淡い青。
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「どうぞ。
その気持ちがあるうちに書くと、
きっと素直な言葉が出てきます」
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少年は机に向かい、
ペンを持つ手を少し震わせながら書き始めた。
『母さんへ
あの家の風鈴の音を思い出しました……』
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文字は不揃いで、
時々ペンが止まった。
でも、顔はどこかやわらかくなっていた。
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書き終えると、
封筒にそっと入れ、しーちゃんに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
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その封筒には、
潮風のような温かさが、確かに宿っていた。




