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『しーちゃんと記憶の図書館』第91話
潮風の中の少年
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放課後の図書館に、
制服姿の少年が入ってきた。
手には何も持たず、
ただ奥の棚へとまっすぐ歩いていく。
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そこで立ち止まり、
透明の箱の中の風鈴をじっと見つめた。
チリン…
—
その音を聴いた瞬間、
少年の目が大きく開いた。
—
「……この音、知ってる」
かすれた声がもれた。
—
しーちゃんは近づいて、
そっと尋ねた。
「どこで聴いた音ですか?」
—
「小さい頃、海辺の家で。
母さんが、夕方になると窓辺に吊るしてた……」
—
少年の目に、
夕焼け色の海と、白いカーテンの揺れが浮かんでいた。
—
「ずっと忘れてたのに、
音が思い出させてくれた」
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しーちゃんは微笑んだ。
「記憶は、いつも心の奥で眠ってます。
ただ、起こす音や言葉が必要なだけなんです」
—
少年は頷き、
しばらくその場から離れなかった。




