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『しーちゃんと記憶の図書館』第62話
忘れていた名前
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夕焼けの色が紙いっぱいに広がったとき、
海斗の手がふと止まった。
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「……あれ?」
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視線は遠くを見ている。
しーちゃんが静かに問いかけた。
「どうしたの?」
—
海斗は小さく笑って、
でもその声は少し震えていた。
—
「この色、
小さいころに遊んでた公園の夕焼けと同じなんです。
……そこで、よく会ってた人がいたんだ」
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「誰?」
—
「……名前、忘れてた。
でも今、急に思い出しそう。
いつも絵を描いてて、
僕に色の塗り方を教えてくれた人」
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言葉を探す海斗の指先が、
震えながらも再び動き出す。
—
その夕焼けの中に、
小さな影をひとつ描き入れた。
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「この影……きっと、その人」
—
しーちゃんは、
その紙をそっと見つめながら思った。
「忘れていた名前は、
色や匂いに手を引かれて、
静かに戻ってくる」




