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『しーちゃんと記憶の図書館』第6話
届かなかった理由
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老人は、潮風を吸い込みながら
遠い昔を思い出すように目を閉じた。
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「姉は港の近くで、小さな絵描きの部屋を持っていた。
よく窓辺でスケッチブックを広げ、
海を眺めながら筆を動かしていたよ」
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姉には、親しい友だちがいた。
港に寄港する船で働く青年だった。
二人はよく港で会い、
青年は旅先の話を、姉は描いた絵を見せ合った。
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「けれどある日、青年は急に船を降りることになってね。
行き先は遠い町だとだけ告げて、
詳しいことは何も言わなかった」
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姉は青年に絵と手紙を送ろうとした。
しかし住所はわからず、
港に残していくしかなかった。
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「その手紙は、港の郵便棚にしばらく置かれていたはずだ。
でも…誰の手にも渡らず、
やがて姿を消した」
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老人は手紙を見つめ、
その封の色あせ具合に指をなぞった。
「まさか、半世紀近く経ってから
こうして手元に戻ってくるとはな…」
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少年は、小さな声で言った。
「じゃあ…この手紙は、海が運んできたんですね」
老人は微笑んだ。
「そうかもしれん。
言葉は波みたいなもんだ。
いつか必ず、岸に戻ってくる」
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しーちゃんは、その言葉を胸に刻んだ。
手紙が旅をしていた年月は、
決して無駄ではなかったのだ。




