50/104
『しーちゃんと記憶の図書館』第50話
海を見られなくなった日
⸻
「それは……高校二年の夏でした」
海斗は、ゆっくりと日記のページを閉じた。
—
その年の夏休み、海沿いの町に暮らす彼は、
毎朝のように防波堤に腰かけ、スケッチをしていた。
波の形や光の反射を、飽きもせず鉛筆で追いかけていた。
—
けれど、その日は違った。
突然、遠くからサイレンの音が響いた。
港の方角から、ざわめきと人の叫び声が混ざって流れてくる。
—
海斗は走った。
港に着くと、そこには……
見慣れた釣り船が、横倒しになっていた。
—
「その船に、父が乗っていたんです」
短く告げると、海斗は言葉を止めた。
しーちゃんは黙ってうなずき、彼の沈黙を守った。
—
事故のあと、海斗は港にも、防波堤にも近づけなくなった。
海を見るたび、胸の奥が締めつけられたからだ。
—
「だから、この日記の後半は……
海を描いた絵も、言葉もなくなっていきます」
—
しーちゃんは、そっと言った。
「でも、こうして話してくれたから……
海の物語は、また続けられるかもしれませんね」
海斗は初めて、小さく笑った。




