(株)千木リース (8)母
翌日、成果報酬の請求と原状回復を行うため俺は被提供者夫婦の元を訪れていた。
母親の方はまだ体調が優れないのか、重い雰囲気で夫の後ろに隠れるようにこちらを伺う。一方、夫は満面の笑みでこちらに手を伸ばす。
「この度は本当にお世話になりました。無事、世継ぎ作りという使命を果たすことが出来ました。」
「それはそれは、おめでとうございます。その一助に関与でき、私共も嬉しく思います。」
ああ、やはり気持ち悪い。この笑顔も、頬を伝っている涙も、この男の全てが気持ち悪い。
この男は純粋に喜んでいる。一介のサラリーマンであるはずの私にこうべを垂れるほどに。
不妊という大きな問題が解決したことと、我が子が出来たことへの喜びからというのは理解出来る。子がいない自分でも感動を覚えるほどなのだから、当事者の感情など計り知れないほどだろう。
だが、こいつはそれだけなのだ。不妊というたった一つの問題の解決にしか目がいっていない。いや、気づいた上で些事だと考えているのだろうか。
もういい、早く終わらせよう。
「では、契約満了ということでこちらの請求書へサインと捺印をお願い致します。請求方法はこちら指定の口座への入金を第5営業日までにお願いいたします。」
「わかりました、追ってご連絡します。私は我が子の様子を見てきますので、妻のことよろしくお願いします。」
「かしこまりました。そろそろ提供者様もご到着されるようですので、奥様の原状回復が終わりましたら、今日はお暇させていただきます。改めて、今回は私共のサービスご利用誠にありがとうございした。」
長々喋る私にすら目もくれず、夫は形だけの礼をし、新生児室へ向かった。残った私は、隠れる背中をなくした妻へ目を向けた。
出産疲れなのか顔からは生気が薄れ、今にも眠りにつきそうであるのに、瞳孔は異常なほど開いていた。
「まずはご出産おめでとうございます。このような状況で申し訳ございませんが、原状回復を行わせて頂きます」
淡々と話す私の言葉にも、薄い反応を返すばかりだ。祝い事の後の態度ではない。
気まずい空気が流れる中、病室に2人の人間がゆっくり入室する。提供者の親子であった。
事務所に来た時同様、あまり楽な生活は出来ていないようだったが、娘は前より健康的な姿だと一目でわかるほどであった。不本意だろうが、今回の契約は彼女らの生活向上の一助となったのだろう。
「こんにちは。この度はご出産おめでとうございます…」
娘を連れた母は祝いの気持ちを込め祝言を伝えた。純粋に彼女の努力を賞賛すべきだと感じたのだろう。娘も雰囲気を感じ取ったのか、拙いながらも丁寧に妻は礼をする。
彼女達にとって、妻は自分の一部を共有する親族のようにだったか。或いは、自分と重なる姉妹にまでなるか。言葉にはしないが、夫よりもやっぽど近い者となっただろう。
「それでは原状回復の方、始めさせて頂きます。」
慣れたもので、契約満了の儀式を迷いなく進める。病室の光を遮断し、供物と簡易的な陣を描く。手を合わせ、祝詞をゆっくりと繰り返す内、病室の雰囲気が議場のものへと変わっていく。
中央にお化け様の気配を感じる。最近は気に入られたのか、お化け様は契約満了の儀式を、簡易的な形でも了承してくれるようになった。そのおかげで、1人での出張も増えたがら良いことなのか悪いことなのか。
しばらくすると、部屋の雰囲気が元のものに落ち着き、母と妻両方の様子も落ち着きを見せる。供物は相変わらず荒れたものだが、様子を見るに儀式はつつがなく完了したようだ。
「これにて、原状回復を終わります。お疲れ様でした。」
不安を浮かべていた双方の顔も、安堵したのか朗らかなものへと戻る。自分の一部を取りたのだから、無理もないのだろうか。
私自身も片付けを済ませると、病室をゆっくりと後にした。ちょうどその時、新生児室から夫が子を抱え、帰ってきた。
子の不安そうな顔とは裏腹に、夫はその様子に気づかないほど蕩ける程の笑顔で子をベッドへと運んでいく。子供が満点のテストを見せびらかすように、妻へと子をゆっくりと手渡した。
対照的に、妻は子との対面に引きつった笑顔を作る。嬉しさよりも混乱が先を行き、子との距離を測りかねているようだった。
「ほら、この人がお母さんだよぉ」
その様子にも気づかぬのか、夫は戸惑う妻に子を渡す。
見ていられない私が最後に見たのは、泣きっ面で抱えれている妻から母の元へ逃げるように手を伸ばす子だった。
本当になんと気持ち悪い光景だろう。




