(株)千木リース (7)出産
契約が完了してから、早一年。初仕事以降、俺も仕事に少しづつ慣れ、我が社のサービス内容についても疑問を持たなくなっていた。
原理も、何が発端で始まった事業なのかも、雇用主が誰なのかもいまだにわかってはいない。不安がないと言えば嘘になるが、慣れという沼の中に入っては、詮索する気持ちも今は無くなっていた。
「そう言えば、今日でしたっけ?出産」
「今日だよー。ついでに言えば、明日には返却期限だねー。あー面倒」
気だるそうに返事を返す玲子の態度も見慣れたもので、気にせず業務を続けていく。事業内容とは裏腹に業務は至極単純で、少しの経理と事務作業を除けば、彼女の話し相手がほとんど。
慣れといえば、魚好きのお化けについても最近は気にしなくなった。その正体に興味がないかと言われればあるが、見えないペットの世話が業務に含まれているだけで、実害もない。むしろ食わせてもらっていることに感謝の念さえ思う。
正体はわからないが、彼女が指した禰宜という単語から神様かそれに類する何かであることも察しがつく。怖がるだけ損だろう。
「返却時も立ち会いを行うんでしたっけ?出産後ってことは、病院ですか?」
「そうだね。今回は1年っていう長期契約だったけど、受精から出産までの期間と考えればギリギリだったからね。」
「連絡しといてなんですが、よく病院側も許可してくれましたね。」
「まぁ多少の付き合いはあるしね。化学だかのオカルトに縁遠い仕事をしてる人の方が、オカルトでしか説明できない何かに触れやすい分、踏み込んでも来ないのさ。」
「なんですかそれ。僕らが化け物みたいじゃないですか。」
軽い返答で返す自分の顔をじっと見て、振り子のように体を揺らしていた彼女の体が動きを止めた。一瞬の沈黙の後、話は続く。
「みたいじゃない。私達が関わっているのは本物の妖であり、他者から見れば私達は例外なく化け物だ。」
何度も言うが、慣れとは恐ろしい。彼女の言葉に、反射的に反論しようと口が動きかける。言葉は出ない。そのことに安心感を覚える。
「まぁ、そう難しい顔をするなよ。黄泉比良坂の近くに住んでいるだけで、私達はまだ現世の住人さ。異常なことを再認識する正常さがあれば、いつでも帰ってこれるし、彼女も返してくれる。安心しろよ」
私の不安を払拭しようとしたのだろうか。秒針運動を再開した彼女は変に気取った態度で明るく返した。
だが私自身、この正常さをいつまで持ち続けられるのだろうか。異常出産譚に関わっていることすら忘れかけるほど平和ボケしていたこの頭が。
まもなく、会社に出産成功の知らせが届いた。




