6話、お土産
いくら持ち帰りの注文半分とはいえ、三つもパンが入った袋はずしりと重たい。一つ一つが食べ応えのある大きさなのだ、当たり前だ。
また明日と、上機嫌な様子の高擶と別れると屋敷に戻った。玄関には吉野の下駄はなく、まだ帰っていないようだ。
どこまで見て回ってるんだか。
吉野が受け持っている以来はいくつある?
そういえば執務室で記録が見れるはずだと、俺は向かう。
屋敷は和の造りをしているが、基本的に畳の部屋が多い。だが執務室こと書斎は洋室にしていた。
部屋の扉を開く。
部屋の中には厚めの木目調のデスクが二つ並び、壁には背の高い書棚が置かれている。どれもファイルや書物で一杯だ。
俺は弟のデスクの上に詰まれた封筒やファイルを数種類手に取ると中を見た。
「……五ノ町、北天神社……ああ、カフェとは反対方向だな。吉野の印が押されてるのはこの二つだけか。なら、そのうち帰って来るか」
見たところ今日受けた任務は二つだけらしい。
後輩指導の一環を兼ねているのだろう、任務を詰め込んではいないようだ。
さて、明日は高擶が来るが。
それぞれの地区の結界の状況を確かめ合った後は、また適当に雑談をして終わるのだろう。
考え込んでいると、元々屋敷に張り巡らせていた結界が揺らぐのを感じた。吉野が帰って来たようだ。
気配はどんどん部屋に近付いてくる。
「……兄上、いるんですか?」
「ああ、吉野。いるぞ」
ガチャリと部屋のドアが開けられ、吉野が姿を現す。
どことなく疲労の色を滲ませている気がする。
吉野は部屋に入るなり、俺を見て言った。
「高擶さんともう解散したんですか? お早いですね」
「明日も会うからな。吉野、高擶から土産だ。ほら」
差し出した袋がカサリと音を立てて揺れる。
「こんなに? あ……これ、あんバターサンドだ。カフェ村松に行ってきたんですか、二人で。混んでいませんでしたか、あそこ」
「混んでた。入るのに四十分は待った」
「そんなに……でも入れたんですね。私はこの前行った時、時間がなくて」
「行こうとしてたのか?」
「ええ。でも、その後の予定が詰まっていたので間に合わず」
「言ってくれれば調整したのに」
「いいですよ、そのうちまた行きます。これ、こんなにいただいていいんですか?」
「ああ、高擶が吉野用にと言ってたしな」
「でもこんなに食べれないな……じゃあ、あんバターサンドは貰いますね?」
吉野は悩みながらも語尾を上げて言う。嬉しそうだ。
「小腹が空いてたんですよ。丁度いい。切り分けてきます。兄上も一緒に食べますか?」
「あ、俺はいい。さっき食べて来たから」
「そうですか、では遠慮なく一人で……、っ」
突如、目の前で吉野の体がぐらりと傾いた。
この光景に見覚えがある。ゾワリと血の気が引いた。
まさか、霊核が。
バランスを崩した吉野に駆け寄り、肩を支える。
「吉野!」
「っ……すみません、立ちくらみが。最近疲れやすくて……ふう」
「一旦座れ! 息は? 痛みはないか! 俺が見えるか!」
「あ、兄上? 落ち着いてください……もう引いてますから」
脳裏に青白い顔で横たわる吉野の姿が蘇る。
痛みに顔を歪ませ、荒い息を繰り返していたあの弟の姿。
『――兄上、死なせてください』
か細く震える声で吐き出された、地獄のような言葉が耳にこだまして……、
「兄上!」
「はっ! ……すまん」
吉野の声に呼び覚まされる。
恐る恐る吉野の顔を見れば、困った表情で俺を見上げていた。
「私はもう大丈夫ですよ……すみません、ご心配を」
「……す、すまん、俺も。取り乱したな」
吉野の声に冷静さを取り戻す。吉野の顔色は悪くはないように見える。
……早くしないと。
やはり薬師から貰った薬では抑えられないのか。
溜まった唾を飲み込む。
禁忌を侵したことが露呈することなど気にしている余裕はない。すぐにでも動かなければ、吉野はまた……。
「兄上、どうしました……?」
「……吉野、もらった薬を飲んで今日はもう休め」
「え。まだ帰ってきたばかりなんですが」
「いいから、休め。これは兄として言ってるんじゃない、地区長としての命令だ」
「あんバターサンドは?」
「部屋に持っていってやる。だから早く横になって休め」
「……兄上、やはり昨日からおかしいですよ、あなたは」
「……なんとでも言え」
お前を失わないためなら、何でもする。
心に燻っていた思いが、黒く濁った炎に変容していく気がした。




