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7話 賭け



◇◇◇



 翌日、屋敷に来た高擶は俺の横を見て瞼を瞬かせた。


「おや、吉野はいないのかい?」

「吉野は体調を崩して部屋で休んでいる。近況報告なら、俺だけで十分だろう」

「葛城とは昨日話したけどね。体調悪いなら仕方ないか」


 応接室に案内すると高擶は、残念そうに言った。

 吉野は話したがっていたが……昨日のこともある。

 もう霊核の崩壊は始まっている。

 高擶と二人、カフェでは出来なかった話を進めていく。それぞれの地区の結界、封印している大妖怪や穢れのこと。次の会合の話について。


「……東地区の大桜、なんだったっけ、千年大桜かな。あの桜の結界、年々緩んでるそうじゃないか。吉野の霊術でも抑えきれていないようだね、根の底からくる穢れは」

「ああ。先日も結界の張り直しを行ったが……またすぐに緩むだろう」

「あの桜が枯れたら大事だ。天地がひっくり返るような災厄が起こったり、なんて」

「縁起の悪いことを言わないでくれるか。……今度、結界の管理者を吉野から俺に切り替えるつもりだ。それなら他の呪奏者も文句はあるまい」

「葛城が? 大丈夫なのかな、君は三ノ港の天橋神社の管理者じゃなかったかい」

「俺一人で問題ない」

「もし君が維持できなかったら? あいつらが喜ぶだろうな」

「そんなことはさせない」


 高擶が言うあいつらとは、俺や高擶が通っていた呪奏者学校出身者とは異なる思想を持つ奴らのことだった。

 常世にある霊力だけでは安寧を保つのには不完全だと主張し、封印している妖や穢れの力を利用しようと目論んでいる。

 彼らは今、南地区を治めているが、他地区にも自分達の色に染まった呪奏者を就任させるなどして、その手をじわりと広げてきている。


「気を付けなよ、葛城。僕も自分の地区で手一杯だからさ。守る物が多いんだよ……君もだろうけど」

「ああ。肝に銘じておく」


 吉野が倒れたと知られれば、手薄になった隙をこの東地区も取り込まれるだろう。

 

「あんな呪奏者の風上にも置けない輩など……」

「葛城は昔からあいつらが嫌いだもんね。特に霧島とか」

「吉野の任務の邪魔をされたことがある。嫌いだ、あんな奴らは」

「ははっ、ブラコンー」

「うるさい」


 呪奏者には各々プライドがある。先代やそれよりも前から受け継がれて来た術やしきたりといった物。

 その流れは、崩すべきではない。

 ふと、高擶が真剣な表情を浮かべているのに気がついた。


「…………ねえ、葛城。君、なんか変わった?」

「……どこが」

「そんなに弟に執着していたかい?」

「執着……?」


 その時、ガチャリと応接室の扉が開かれた。振り返ると、吉野が扉から顔を覗かせていた。


「すみません、高擶さん。お迎えに上がれず……」

「おや、吉野だ! 体調が悪いって聞いたけど、起きてていいのかい?」

「私ですか? 体調……ええ、大丈夫です」


 吉野はそう言うと首を傾げながら俺を見た。心当たりはないだろう、俺が勝手に決めただけだからな。

 俺の隣に吉野が腰掛ける。


「昨日はすみませんでした。いきなり鳩を飛ばしてしまって」

「いいや、連絡してくれたおかげで噂のカフェにも行けた。感謝しているよ」

「そうでした、お土産ありがとうございます。美味しくいただきました」

「お、食べれた? 良かったら、今度は吉野も一緒にどう? あそこは一人じゃ目立つし……」

「ええ、勿論。是非」


 目の前で談笑が繰り広げられている。

 吉野には、今日一日は部屋で大人しくしているようにと言ったはずなのだが。

 部屋を出たらわかるように仕切りに結界を敷いていた。だが反応はない。いや、まて。結界そのものがなくなっていないか?


「よ、吉野。どうやってここまで」

「……よくも私の部屋に結界を張りましたね、兄上。解きましたよ、あんな物。私を封印対象物みたいに扱わないでください?」

「え! 葛城ったら、弟を軟禁してたの……!? 流石にそれはぁ……かわいそうに」

「高擶、言い訳させてくれ。吉野なんだが体調が悪いのは事実なんだ」

「悪くないです」

「悪いんだ!」


 吉野が眉を顰めながら、口の端を引き攣らせる。

 まだ自覚はないだろうが、もうお前の中で霊核の崩壊は始まっているんだ。そうでなければ、昨日の目眩はなんだというのか。


「……まあまあ、葛城? 吉野も大人だし、ちょっとの体調不良くらいは本人も」

「ちょっとの体調不良……? それで済むものか! ただの風邪だとでも思ってるのか!」

「ちょ、ちょっと、兄上」


 不調を見過ごして来たせいで、吉野は死んだ。


 息を荒げていると、そっと吉野の手が俺の肩に置かれた。

 取り乱してしまった。

 もどかしさに拳を握る。

 まだ吉野が元気なうちに、霊核の崩壊が本格的なものになる前に、手を打たねばならないというのに。


「ごめんね、僕も軽く言い過ぎだね……吉野、本当に平気かい?」

「え、ええ。今は特には……先日、薬師からいただいた薬も飲んでいますから」

「薬? なんの薬を飲んでるの」

「ああ、えっと、こちらですね」


 持ち歩いていたのか、吉野は袖をまさぐると小瓶を取り出した。茶色の小瓶がテーブルの上に置かれる。


「霊力循環の補助薬ですよ。前にも何度か飲んだことはありますが、だいたいは大掛かりな仕事の時に飲んでましたっけ」

「ああ、あれね。因みにいつから飲んでるの?」

「一昨日からです」


 高擶に見せ終えると、吉野はまた袖の中に仕舞い込んだ。

 今はこの薬に頼るしかない。

 弟の横顔を眺め続ける。ちゃんと血の通っている顔色に、あの病が密かに進行しているなど考えられようか。

 視線に気づいたらしい吉野がこちらを見る。


「何ですか兄上……」

「何でもない。続けていろ」

「ずっと見られてると、なんだが気持ち悪いんですが……」

「吉野、君の兄上どうしちゃったんだい?」

「さ、さあ……本当にどうしたんでしょう」


 二人が俺を見て苦笑する。

 未来で、吉野が消えた後の高擶との会話を思い出した。


『霊力が強くて力のある呪奏者はね、どうやら死んでも常世の遥か上の管理者とやらが復活させたりするらしいよ。この常世にある沢山の張られた結界、冥府との境界や秩序を守るためにね。吉野程の呪奏者をやすやす世界が手放すとは思えない……』


 呪奏者の復活。

 もしかしたらと淡い期待はあるが、これまで数千年と続く常世の歴史の中で蘇りを果たした者は多くない。吉野の死後、資料を漁ったが帰ってきた者達の殆どが記憶を持たなかったそうだ。ごく稀に引き継いでいる者もいたようだが……そんな確率の低いものに希望は持てなかった。


「葛城、吉野。次の会合、恐らく君たちは中央地区の大封印の要に選ばれると思うけれど」


 高擶の言葉にはっと思い出す。

 中央地区の大封印とは、冥府から流れ込む陰の霊力を調整している場所のことだ。その封印の下には、穢れを多く纏った大鬼が眠っている。霊力の流れが複雑な場所でもあり、封印は数年おきに結び直す必要があった。


「高擶、そこに関してだが、選ばれた時は俺だけで対処しようと思っている」

「兄上⁉︎」

「へえ、君だけ?」

「ああ。何だったら会合には俺だけが行こう。吉野、お前は屋敷で事務作業を任せたい。この地区の呪奏者も増えたからな。俺の留守の間、この地区の管理を任せたい」

「そんな、兄上!? 何を考えてるんです。会合を欠席しろだなんて……監査官や上層部達からのこの地区の評価がどうなるか!」

「そうだよ、葛城。君はともかく吉野に悪評がついたらどうするの?」


 悪評など付けさせない。上層部には、うまく説明してみせよう。

 そもそも、大封印に関わらせでもしたら、吉野の霊核が持たないのはやらなくてもわかっている。


 時を遡る前も、大封印の再施行の要に俺たちは選ばれていた。

 あの頃の吉野はもう、大規模な術は組めなくなっていた。

 納得させればいい。今回は俺だけでどうにかする。

 少しでも霊力の消耗をさせたくない。俺はどうなろうと、吉野さえ無事であるならば。




◇◇◇




 打ち合わせの後、門の前まで高擶を見送りに行った。別れの挨拶を交わしてすぐに高擶は立ち去り、俺は吉野と屋敷の中に戻ったが、玄関で下駄を脱がずに立ち止まった。


「兄上? どうしましたか」

「吉野、先に戻っていてくれ。もし余力があれば執務室で高擶から聞いた話をまとめといてくれないか」

「それはいいですが……どちらへ?」

「すぐ戻る」

「あ! 兄上!」


 吉野が呼び止めるのも聞かず、外へと向かった。

 高擶が向かった先を予測する。北地区へ続く道は多くない。山道の分かれ道に先回りすれば会えるか。

 縮地の術を使い山へと飛んだ。

 道の脇に立てられた看板の後ろに隠れ、高擶が現れるのを待った。


 程なくして奴は現れた。

 足音が近付いてきたのを見計らい看板の影から出れば、奴は特に驚く様子もなく俺の名前を呼んだ。


「あれ、葛城。さっき別れたばかりじゃないっけ」

「高擶、お前に話がある」


 ずっと目を細めて高擶を見据える。

 一か八か……。

 こいつを味方に引き込む。腹は括った。


 高擶が協力しなかった時は……。


 その時は忘却の術を叩き込めばいい――!


 互いの実力は五分五分。

 いくら高擶が当代地区長らの中でも天才と称されていようが、俺とてそれなりの経験や実績はある。

 真剣な表情で見つめてくる高擶に、俺は口を開いた。


「……吉野についての話だ」


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