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4話、翻弄される兄・弟

 

 五ノ町の祠は山の上にあった。


 何度か俺も山周辺の結界の張り直しに訪れたことがあり、祠までの道は迷わずに進めた。小さな石造りの祠の前にしゃがみながら、弟の気配がないかを探る。


 吉野はまだ来ていない。今のうちに緩んだ結界の結び目を強化して……ついでに管理者を吉野から俺に書き換えてしまおう。


 そうすれば、吉野が霊術を使う必要はなくなる。


 ここと同じように他の吉野が担当している場所も全て書き換えてしまおうか。今後、術を使う頻度も減り、霊核への負担も軽くなるはずだ。


「よし……これで……」


 十字に左右の指を合わせ切り結ぶと穏やかな風に頬を撫でられた。しゃらしゃらと粉が舞い落ちるような音を響かせながら、周囲に清らかな空気が漂い始める。

 無事、結界の強化に成功したようだ。


 これでこの神域には穢れが入り込みにくくなる。

 結界は毎月張り直しに来なければならない。定期的に点検が必要だ。だがそんなこと、吉野にはさせられない。

 霊核は何がきっかけで崩れるかもわからない。


 ひとまず、弟が来る前にうまく処理できたとホッと息を吐く。


 麓に続く階段から話し声が聞こえてきた。

 耳を澄ましてみると二人いる。一つは吉野だとすぐにわかり、もう一つ、弟を先輩と呼ぶ少年の声も聞こえてくる。

 この東地区に配属された新人の呪奏者だろう。


 東地区には呪奏者学校があるが、入学した歳が早ければ、まだ若い頃から現場に出る者もいる。

 吉野は担当長の俺の補佐を務める副官の仕事の傍ら、忙しいながらも後輩の面倒を見ていた。今回の任務も、新人指導の一環で山に連れてきたのだろう。


 二人が地面を踏む音を聞きながら、姿が見えるのを待った。

 階段を上り切り、少し息をしらした様子の吉野と目が合うと、俺は手を降った。


「よお、吉野。ここの結界についてだが、先に対処させてもらった」

「……あ、兄上?」

「葛城様だ⁉︎ 玄関に置いてきたって言ってませんでしたっけ、先輩!」


 吉野の目はこれまで見たことがない程、溢れんばかりに開かれていた。

 結界の張り直しは済ませてあると説明すれば、頬を引き攣らせる。


「か、勝手なことを……」

「俺はお前のためにだな」

「私のためって……兄上、ご自身の公務は? 暇じゃないでしょう。地区長でもある貴方がこんなところで油を売っていられる程、仕事がないとは言いませんよ……?」


 呆れたように、じとりと目を向けられる。

 仕事はあるにはあるが、そんなことよりもお前の方が心配なのだ。急ぎの要件はないし、各地の依頼に関しては部下たちに振り分けてあり業務に滞りはない。


「矢舞吹殿から頼まれてる案件がまだ残っているでしょう? あとこの方にも教えなくてはいけないんですから、邪魔をしないでください!」

「邪魔だと!」

「邪魔ですよ。若手の成長を阻害しています……大体、上の人がいたらびっくりするじゃないですか。ねえ、園風くん? すみませんね、うちの兄が……はあ」


 吉野は大きくため息を吐いた。


「なっ、お前だって俺の補佐だろう! この地区の副官だ! まるで俺だけが怖いみたいな……そうだ、なあそこの君、吉野と一緒で緊張するよな、な?」

「……い、いいえ……吉野先輩、優しいので……ぜんぜん」


 吉野の隣にいる青年は首を振りながら答える。優しいと言っているが、本人を前にして怖いと言えないだけだ、きっとそうに違いない。

 吉野がキッと目元を細めると、こちらを見た。


「もう付いて来ないでくださいね、兄上」

「……ところで新人くん、次の予定は」

「兄上ぇ……?」


 すまん、吉野。お前を一人で行かせるわけにはいかないんだ。

 正直に話したとてお前は信じないだろう。


 弟に胡乱な目を向けられる。吉野とは長く共に暮らしてきたが、生まれて初めて引かれた目を向けられた気がする。


「……地区長ともあろう人が。行きますよ、園風くん。まだ仕事はあるので」

「は、はい。先輩」

「ほう、次はどこへ行こうと言うんだ、吉野」

「ついて! こないで! ください!」


 歩き始めた吉野の背中にくっついて行こうとしたら怒鳴られた。だがここで引いてはいけない。吉野の体調に霊核崩壊の兆し見られた今、あまり霊力を消費させる行動を取らせたくない。


「まあいいじゃないか、俺がいても。なあ? 園風くん」

「えっと、先輩」

「兄上がいたら仕事になりません。戻ってご自身の公務を片付けてくださいよ。そうだ、北地区の高擶(たかだま)さんが来てたはず……兄上を回収してもらおうか……うん、それがいい」


 吉野は一人でうんうん頷くと片手を軽く振り、光を集めると小鳥の姿を形作った。自然な息遣いで霊力を編んでいく吉野に感嘆の息をこぼす。

 鳩はまるで生きているかのように首を何度も細かく傾げた。吉野が鳩が止まっている方の手を少し掲げると、それは空高く飛び立つ。


「さて……兄上。高擶さんのご案内よろしくお願いしますね?」

「案内……? ま、まて。高擶に連絡したのか今」

「ええ、あの人、全地区を回られてると言っていたでしょう? 今日はもうこちらに着いているはずです。明日会う予定ですが……兄上をどうにかしてもらいましょう。さあ、行きましょうか園風くん。では、よろしくお願いしますよ!」

「ひ、卑怯だぞ吉野!」

「先回りした兄上が言うことですか」


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