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「沙紀?」

 だめ押しとばかりに、悠太がもう一度、沙紀を呼び、沙紀は仕方ないと諦め混じりに名前を呼んだ。

「……悠太」

 結局、悠太に笑顔で押しきられてしまった。

 沙紀は不満いっぱいの顔を見られないようにうつむき、心の中で愚痴をこぼす。

 何で呼び捨てを強要されなきゃいけないんだとか、それに私は子供じゃないぞとか、理由ぐらい教えてくれたってとか考えていたが、二人の間がやたら静かになっているのに沙紀は気が付いた。

 無理やり言わせたくせにリアクションはないのかと、沙紀が顔を上げて悠太を見ると、悠太は手で口元を掴みかかるように覆っていた。

「……何してるの?」

 口を押さえているのだから、静かなのは当たり前だった。

「……噛み締めてる」

「……そう」

 何を、と聞いても答えてくれそうにない悠太に、沙紀は早々に諦めた。

「よし、もう大丈夫」

 口から手を離した悠太は、そのまま両手で顔をパンパンと張って気合いを入れるようなことをした。

「そろそろ帰ろう。沙紀」

「う、うん」

 悠太の沙紀呼びに何やらムズムズする沙紀は、若干の抵抗を感じながらも返事をする。

 悠太は沙紀の返答に微笑みながら手元のアイスを開け、ようやくアイスを食べ始めた。

 アイスを食べながら帰るというたったこれだけのことなのに、なんだか大変な目に合ったとこっそりため息を吐く沙紀だったが、まだ終わりではなかった。

「はい、沙紀」

「え?」

 悠太を見ると、悠太は沙紀に手を差し出していた。

「帰る時は手を繋ぐのが決まりだよ」

 それは小学生の時のお約束だった。

 沙紀も小学生の時は、毎日手を繋いで帰っていた。

 沙紀が中学生になってからは、一緒に帰る機会が全然なくて、していなかった。

 悠太はまだ小学生なのだから、手を繋いで帰るのは正しい帰り方である。

「……そうだね」

 何故か躊躇してしまったが、おかしいところは何一つない。

「早く帰ろうよ」

 悠太に催促され、沙紀がおずおずと手を出すと、悠太の方からギュッと握ってきた。

 一瞬、悠太の手に緊張したが、沙紀はすぐに何でもないと思い直す。

「さあ、帰ろう」

 ただ普通に帰るのだという意識を込めて、呼び掛けながら悠太を見ると、悠太はまた口を押さえていた。

「……噛み締めてるの?」

 何を噛み締めているのかはわからなかったが、先ほどと同じことをしているのだから、そうなのだろうと沙紀が見当を付けて問えば、悠太から肯定の答えが戻って来た。

「……うん。ちょっと待って」

 顔を斜め上に反らして、悠太は沙紀を見ないようにしている。

 沙紀はだんだんとめんどくさくなり、悠太の手を握り返すと、悠太を引っ張ってさっさと歩き出した。

「ほら、帰るよ」

「待って待って。……これはヤバい」

 悠太の最後の言葉は小さい声で呟かれ、先を歩く沙紀には聞こえなかった。

 そして、アイスを持つ手で胸を押さえて、妙に高鳴る心臓に首を傾げる沙紀の姿は、今も幸せを噛み締めてよそを向いている悠太には見えていなかった。

 悠太の気持ちが届くのが先か。

 沙紀の芽生えた心に気付くのが先か。

 その答えが分かる日は、まだまだ遠いようである。

 二人はいまだ子供なのだった。




 end


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