第八十八話 さあ我が腕の中で 息絶えるがよい!
グラたん「第八十八話です!」
時は現在に戻り、諏訪子たちは胃を擦りながらお茶を飲み干した。
「そんなこともあったね」
「ククク……そうだな。さて、そろそろ向こうも準備が整ったようだし、向かうとしよう」
スルトは立ち上がってゲートを開き、諏訪子はハッと思い出して立ち上がった。
「あ、スルト!」
「なんだ?」
「早苗ちゃんは大丈夫だとは思うけど、パルは何処にいるのだ? ここに来てからは姿を見ていないのだ」
「ふむ……」
試しに探知してみるとパルは灰色の人の陣営におり、スルトから見ても安全だと判断できた。
「パルに関しては案ずることはない」
「そうか。スルトがそういうのなら大丈夫だろう」
「うむ。では、な」
ゲートを潜り、幻想郷へ戻る最中でスルトは口元に笑みを浮かべた。
――依姫はその限りでは無いがな。
依姫は囚われたまま豊姫と灰色の人、兎隊長たちに連れられて神殿へと向かっている様子が探知出来た。そこで何が起ころうとしているのか知っているにも関わらず、スルトは幻想郷に降り立った。
守矢神社から少し離れた空き地。そこでは飛空艇の整備も終盤に入り、やることがなくなったメンタたちは暇つぶしに魔法と能力を使わないという条件で遊ぶことにした。
空き地には土魔法で装飾された大魔王の居城らしき場所が設置され、その玉座にはじゃんけんで負けた勇儀が座っていた。
「よくぞここまで来た、矮小なる者たちよ」
「お前が大魔王か!」
対するはメンタ、シン、てゐ、輝夜、さとり、こいし、お燐、お空、レミリア、フラン、美鈴、萃香の12名で組まれたパーティーだ。
1VS12とは如何なものかと思われるが、勇儀は能力を使用しなくても単純な物理攻撃でも十分に強いため問題ない。
「そうだ。……そうだな。貴様等を、貴様等の暴挙に敬意を表して伝説の勇者とでも呼ばせて貰おうか」
「ふっ、それは光栄だな!」
「でも、ここで倒させて貰う!」
誰も彼もがノリノリで演技を繰り出し、大魔王役をやっている勇儀は両腕を大きく開き、口元を大きく歪めて笑っている。
「しかし、だ。なにゆえ、もがき生きるのか? 滅びこそ人の喜び。死にゆく者こそ美しい。さあ我が腕の中で 息絶えるがよい!」
「くるわよ!」
さとりの指示で全員が跳躍し、一歩遅れて勇儀が大振りの右ストレートを地面に叩きつけ、クレーターを作り出した。周囲には衝撃波が迸り、岩盤の破片が空中にまで飛んでくる。
「ファッハッハッハ!!」
勇儀は大きく息を吸い、自慢の肺活量を生かして空気を取り込み、口内を魔力で包み前方に向けて巨大な火球を放出した。
「業魔煉獄火球!!」
本来であれば空中退避から浮遊して移動することも出来るが能力使用を制限されていては不可能だ。レミリアたちは自前の羽で回避し、避けられないメンタたちはせいぜい体の大きい美鈴を盾にすることくらいしか思いつかなかった。
「あちゃちゃ!?」
摂氏2000度。通常なら溶けてもおかしくはないが炎にも気の流れはあり、致命傷になりそうな流れを避けることによって融解はせずに済んでいた。
それでも余波の熱風で肌は爛れ、冷や汗は留めなく溢れ出てくる。
「うぐっ……」
「流石に手強いですね」
正面を見据えるとレミリアとフランが左右から強襲をかけており、全く同時の攻撃にも関わらず勇儀は両腕を別々に動かして二人の腕を掴み、地面に叩きつけた。
「ふんっ!!」
その頭部めがけて追撃の蹴りを見舞い、レミリアは左に転がり避ける。やはり予想通りに地面は破砕されており僅かでも躊躇っていれば即死とはいかなくても重症にはなっていただろうと鋭くなった視線で勇儀を睨んだ。
「クハハハハ! これが我と貴様等の差だ! 安らかに眠るが良い!」
「いいえ、ここからです!」
余裕綽々な勇儀も流石に12人同時に相手をすることは厳しいと考えており、さっさと5人くらいは戦闘不能にしないと、やがて追い込まれて集団リンチに遭うことは明白だった。
メンタたちは勇儀を取り囲もうと左右に散り、勇儀は手当たり次第相手にし始めた。
その様子を守矢神社の居間に座り、水晶玉から見ていた霊夢たちは面白げに眺めており、今日の作業を終えてシャワーを浴びてきた魔理沙が障子を開けた。
「皆は何をしているんだ?」
「暇だから大魔王を倒しに行くって出ていきました」
大量の洗濯物が入った籠を手に咲夜が居間に戻り、魔理沙と霊夢もおせんべいを齧りながら咲夜を見上げた。
「要するにごっこ遊びよ」
「皆、良い歳して何やってんだかな」
ふと、自分で言って違和感があることに魔理沙は気づいた。
メンタとシンはまだ年齢的に大丈夫だろう。フラン、こいしは精神年齢『子供』で通じるところがあるはずだ。お燐とお空はお姉ちゃんポジションと仮定して萃香と勇儀は悪ふざけとしよう。さて、残った片や引きこもり魔王と片や年齢500近いBBA。
しかし忘れてはいけない。彼女たちはロリBBAだということ、そして魔王という点では共通であるということだ。
なんだ、何も問題ないか、と魔理沙は自分を無理やり納得させた。
「一種のイマジネーショントレーニングだと思いますよ。何せこれから向かう先は月ですから、あのくらいの心構えはあっても良いと思います」
「はい。やってることはアレだけど内容は実際の殺し合いと何ら変わりないですから、良い練習になると思います!」
咲夜に続いて訓練に真面目な妖夢と早苗が前向きにフォローを入れ、そんなものかと魔理沙は納得して座った。
そこへ永琳が紫を引き摺って隣の部屋から出てきた。
「ともあれ、此方は此方で段階の最終調整と部隊編成の確定を行いたいと思います」
後からイナバがホワイトボードとペンを持ってきて永琳に渡し、会議が始まった。
「つっても大規模魔法陣生成には私たちが付いている必要があるから戦力半減は避けられないぜ?」
そこへ永琳たちが出てきた部屋から慧音と晴明が姿を見せ、告げた。
「その点は安心しておくと良い。私の所から選りすぐった陰陽師を百人ほど待機させている」
「陰陽師って……まあ、陰陽も元は魔法の派生だからな。動力源は問題ないとしても発動と発射の安定役は必須だろ?」
最後にスルトが奥から出て来て居間がやや狭く感じるくらいには人口密度が高くなり、イナバがそっと冷房のスイッチを入れた。
「その点は余が監修し、紫と晴明で補助をする予定だ。そのため主力になり得る人物は飛空艇に乗って月面まで行って貰う。イナバと永琳さんの情報を元に戦力を纏めてみた。見てくれ」
永琳たち五人が協議し、まとめた出撃要員がホワイトボードに張り出され霊夢たちは頭の中でまとめながら閲覧していく。
――出撃戦闘員――
博麗勢:霊夢、魔理沙、メンタ、シン、枢
守矢:早苗
永遠亭:永琳、てゐ
紅魔館:レミリア、フラン、咲夜、美鈴
地底:さとり、お空、萃香、勇儀
白玉楼:妖夢
天狗:椛、射命丸
――サポート&エキストラ――
海勢:にとり、河童
地上勢:整備士のお嬢ちゃんたち
メインサポート:霖之助(司令塔)、白蓮(副船長)、村紗(船長兼操舵手)
サブサポート:寅丸(戦闘員)、ぬえ(戦闘員)
観察担当:スルト、紫
――地上担当――
陰陽師:晴明を筆頭として100名
協力:慧音、妹紅、輝夜、阿求、等
結界砲撃:パチュリー、魅魔
砲撃補佐:アリス、幽々子、等
魔力供給源:親衛隊、他
偽装工作:藍、橙、こいし、お燐
戦闘員:レリミアたち
無難かつ月面と戦うのであれば必須だろう戦力図、それと万が一のために備えての予備戦力と統括の用意。誰が見ても問題ないだろうと思わせた。
「あら、永琳も出るの?」
「月面を知っている人がいれば何かと便利かと思いまして」
元々、月人である永琳がいれば敵陣に入ったとしても地の利を失うことはない。
「意外だけど妖夢も行くんだな」
「可愛い可愛い主人を置いてね」
マカロンを頬張りながら幽々子が拗ねた様子を見せ、魔理沙も苦笑いだ。
妖夢は背筋を正したまま立候補の理由を幽々子に言い放った。
「立候補した理由は二つあります。一つは単純に戦力として、一つは我が身可愛さの主人に見切りを付けたいと思ったからです」
「え?」
「へ?」
辺りが一瞬静寂に包まれ、幽々子も次のマカロンに伸びた手が止まった。
そんなに意外だったでしょうか? と妖夢は微笑み、本当の理由を告げた。
「ふふ、冗談です。本当はパルの、大事な友人のためです」
妖夢は真面目過ぎるが故に今のも皆には冗談に聞こえなかったが、それが言えるくらいには変化が訪れたのだろうと霊夢は意外に思った。
「早苗さんも咲夜さんも同じ理由みたいでしたけどね」
「はい」
「当然です」
永琳の言葉に二人は頷き、守矢の鳥居から騒がしい足音が聞こえてきた。
メンタたちが大魔王討伐から帰還し、その様子に霊夢はお茶を吹いた。メンタ、シン、てゐ、輝夜は黒コゲになり、レミリア、フラン、萃香は両腕を複雑骨折し、さとりたちは全員気絶しているようだ。肉盾となった美鈴は棺に入れられ、討伐された勇儀も疲れて棺桶で眠っているようだ。
「はい! ただいま戻りました!」
「前哨戦は終わりだ! 酒持って月行くぞ!」
「酒だー!」
「月で兎肉の焼肉パーティーだ!」
「咲夜、紅茶も忘れずにお願いするわ!」
「焼肉! 焼肉!」
まずは治療だろうと早苗は重症者(全員重症なのだが)から手当することにし、永琳も医療キットを手に側へ駆け寄った。
「あんたら何しにいくつもり?」
とてもこれから決戦をしに行くような雰囲気ではなく、まるでピクニックのような気分に霊夢は溜息を付いたが、否、重要なのはそこではない。
第一に何度も言うが全員重症だということ。
第二に美鈴が一番致命傷なのにも関わらず存在が忘れられているということ。
第三に勇儀が一番軽傷だということだ。
これだけの状況なのに何故、誰も突っ込まないのだろうと魔理沙は戦慄した。
治療も終わると飛空艇の準備が全て完了したと椛が伝えに来て、早苗たちは空き地へとやってきていた。
荷物は既に運ばれており、後は乗るだけとなっている。
「それでは守矢神社をお願いします、スルトさん」
「うむ。神奈子たちを助け出してくると良い」
「はい!」
まずは早苗が乗り込み、その後に霊夢たちもアリスたちに別れを告げて乗り込んでいく。
「さあ、行くわよ!」
「そっちは任せたぜ!」
「ええ、任せて」
次に枢、シン、メンタが桟橋に足を乗せた。
「行ってまいります」
「全ての因縁に決着を着けてくる」
「何が起こるか分かりませんし、用心するに越したことはありませんが、ぶっちゃけ人質を救出したら適当な隕石を見繕って月面の首都に落としても良いんですけどね。いえ、やるなら徹底的にやらせて貰います!」
分かった、と晴明は首肯し、腕を組んだ。
「メンタ以外は役目に励むように」
「何故ですか!?」
『自重しろ!!』
陰陽寺院の生徒たちにもブーイングを食らい、メンタはズコズコと飛空艇の内部へと入っていく。
続いてレミリアたちが搭乗し、パチュリーに今生の別れを告げていた。
「パチェ、頼むわよ」
「誰があの魔法陣を組み立てたと思ってるのよ。どーんと大船に乗ったつもりでいなさい」
「パチュリー、万が一の時は一人でも逃げなさい。良いわね?」
「え?」
「何も敵がただ待っていてくれるわけではありませんし、主力の抜けた此方に侵攻してくることだって考えられます」
その可能性はパチュリーもレリミアも考えなかったわけではない。だが首都が攻め入りを受けているのに幻想郷にかかり切りになるだろうか? とも考えている。
「パチュリー、死なないでね」
フランから泣きつかれ、流石に不穏に思えてきた。
「え? え? 何その死亡フラグ……」
「レミリア様、フラン様もそんな縁起でもないことを言わないでください」
咲夜に窘められ、月の戦いを前にレミリアは自身を鑑みた。
「……そうね。ちょっと弱気になっていたかしら?」
「紅魔館の食器から服まで異空間に詰めてありますので、万が一があっても特に問題は在りません。ほら、パチュリーの遺影だって綺麗に収まっています」
黒い額縁の中には紅魔館の庭園で微笑んでいるパチュリーが映っている。
「咲夜ぁ!?」
「それなら良いわ」
「ばいばーい!」
「お世話になりました」
あんまりにも薄情な別れ方にパチュリーは思わず駆け出した。
「ちょっと! 私まだ死んでないわよ!」
「大丈夫よ。ちゃんと皆で戻って来るから」
「露骨な死亡フラグを重ねるのは止めて!」
だが、送り出すならこれくらい気楽な方が良いのかもしれないとパチュリーはふと思った。レミリアたちは笑いながら艦内へと入り、続いて妖夢が足を運んでいく。
「では、幽々子様。御達者で」
「はーい」
「朝は起床したら顔を洗い、布団は畳んでくださいね。朝食の時にはキチンと箸を持ち、スルトさんには特に迷惑をかけないようにお願いします。可能ならばお皿洗いも手伝うと良いでしょう。出かける際には身嗜みを整えて――」
「大丈夫だから、さ、行って行って!」
「うう……とても心配です……」
きっと帰ってきたら凄いことになっているんだろうなぁ……と思いながらも幽々子の宣誓を信じることにし、キリキリと痛む胃に手を当てながら中へと入っていく。
次にさとりとお空、萃香と勇儀が援助物資を抱えて桟橋に乗るとミシリと嫌な音が鳴った。
「お燐、くれぐれもこいしを頼むわよ」
「お任せあれ!」
「お姉ちゃんも頑張ってね!」
「こいしも術式発動中は無意識を使わないように気をつけなさい」
「はーい!」
「ゴーゴー!」
さとりが懸念しているのはこいしが術式発動中に無意識で魔法を歪めてしまうことだ。そのため藍や橙に頼んで監視はして貰っている。
その傍らではコンベアーで酒の樽がいくつも船に搭載されていく。
「うはぁ! 酒がいっぱい!」
「こんな量は初めて見たぜ!」
「うむ、其方たちのファンが血と汗と涙を流して手に入れて来たものだ。良く味わうように」
鬼にとって酒と肴は必需品だが山のように積まれた酒樽は大昔に交易船を襲った時以来だった。
『うおおおお! 萃香ちゃぁぁぁあああん!』
『勇儀様万歳!!』
それを送ったのが幻想郷に残っている鬼たちだ。中には親衛隊所属の者もおり、情報は彼らからいきわたっている。
「おおっ、これは負けられないね!」
「おう!」
早速一樽を担いで蓋を開けて景気づけに一気に飲み干していく。
スルトも苦笑いになりつつ、早苗がいないのを見計らって勢いよく飛んできた椛を受け止めた。
「スールートさん!」
「其方も行くのだな」
「はい! 哨戒天狗としてこれ以上ない名誉任務です!」
隣では射命丸が呆れ気味にカメラのシャッターを押した。
「そう言って天魔様に正式に暇まで貰ってさ……」
「射命丸だって『特ダネが私を待っている!』とか言ってはたてちゃんに全部仕事を押し付けて来たよね」
天狗の種族は現在の王――天魔が女性ということもあり、天狗の中でも女性の立場は異常に強くなっている。野郎どもは苦渋の決断として反旗し、勢力が二分となってしまっているがそれはそれ。
天狗の広報活動の後輩は多くいるが気まま自由に飛び回る射命丸の餌食になった天狗は数知れず。直属の後輩であるはたては特に被害を被っている。
「記憶にございませんな!」
酷い上司が居たものだと椛は他人事のように思った。
「何にせよ、生きて帰って来るように」
「帰ってきたら今度こそ幸せな家庭を築きましょう!」
その問いにスルトは笑いながら手を振り、椛は勝手に『合意』と勘違いして舞い上がり、その後に起こるだろう修羅場が射命丸には容易に想像できた。
最後に永琳たちが乗り込み、飛空艇のハッチが閉まっていく。
「船が飛ぶぞ! 全員、総力を挙げてこの大規模魔法陣を発動し、成功させよ! この成否で幻想郷の運命が決まると心得よ!」
晴明の声で人妖問わず一斉に退避し、配置に着いた。
『はい!!』
飛空艇が飛翔し、月面が浮かぶ方向に向かって前進していく。
少し離れた場所には高台が設置され、最上段には紫が座り眼下で発動間近になっている魔法陣を見つめていた。
スルトが来ると顔を上げ、飛空艇が空へと上がっていく様子を見た。
「行きましたか」
「うむ。余たちも準備をしようか」
「ええ。博麗大龍神にも起きて貰いましょう」
「傷もあまり癒えぬまま戦いを強いられるとは気の毒なことだ」
「ふふふ、それが契約ですから」
然り、とスルトも微笑んだ。
「それはそうとて紫よ」
「何でしょうか?」
「この光景は良い物だな」
高台から見下ろす風景には紫も心から笑みを浮かべるほど良い絶景がそこにはあった。
「人の子と妖魔たちが手を取り合う。ククク……良いな」
「ええ、本当に。――何時しか望んでいた光景が見られるなんて」
それは幻想郷を作り上げた時に幻視した幻か。それ以前に夢想した夢か。
どちらでも良い。紫はカメラを手にこの最高の風景にシャッターを押した。
魔法式の付近ではパチュリーたちが忙しなく動き、指示出しと最終チェックを済ませていた。
「魔力の充電完了。魔法式安定」
「魔力供給も大丈夫だよ!」
「全員の魔力の乱れは誤差の範囲だ」
「術式に乱れはありません」
「全体の補佐完了」
「半重力術式起動。安定。何時でも行けます!」
確認を終え、晴明は次段からスルトたちを見上げた。
「スキマを連結して幻想郷から放出する際の重力を限りなくゼロにし、威力補佐もしておいた。さあ、号令を」
「うむ。これぞ幻想郷最大の魔法、名を『月を滅するは博麗龍の息吹』」
紫も立ち上がり、右手を高く上げて振り下ろした。
「起動!!」
その一言で全員が魔力を注ぎこみ、魔法陣が青く輝いて起動した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ぬおおおおおお!!」
「きゅー!!」
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
魔法陣から文様が浮かび上がり、次いで五つの巨大な魔法陣が空中に浮かび上がった。一つは射程、一つは威力、一つは調整、一つは砲身、一つは魔力核。どれか一つでも欠けることは許されない。
まずは魔法陣が直方体に伸びて砲身となり、その下に魔力を集めて核と成す魔法陣が展開される。次いで砲身より上空に射程、調整、威力の順に並んでいく。
魔力の核に魔力が集まると砲身の中で温められ、増幅と共振を繰り返して威力が増大していく。砲身はみるみる赤くなり――月面に向けて紅蓮の閃光が立ち上った。
閃光は一直線に月面の結界に直撃し、十数秒の拮抗の後、結界を打ち破った。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
巨大な魔法の成功。そして結界を超えていく飛空艇が観測され、彼らは雄たけびを上げながら気絶していった。
艦内に入ったメンタたちは手荷物を置いてまずはブリッジへと上がった。
ブリッジは通信技師と操舵員だけ居れば良いため他の河童たちは全員格納庫のメンテナンスを行っている最中だ。
「ようこそ我が飛空艇へ!」
FとFで4から始まる飛空艇のマーチが流れながら村紗が敬礼し、メンタたちもノリよく返礼を返した。
「魔改造され過ぎているから戦艦の方が正しいかもしれないけど」
「細かいことは良いの良いの」
寅丸の疑問にぬえが突っ込みを入れ、メンタの方に視線を向けた。メンタもそれを察して手土産の中から長方形の包みを取り出して渡していく。
「そうですね。はい、これ差し入れです」
「メンタさんがそういうことすると凄く違和感ありますね」
「馬鹿だな……メンタがまともにそんなことするわけ……!?」
てゐも目を疑って何度も目をこすった。
「これはどうもご丁寧に」
「中身なに――」
「ただの最中ですよ。村紗さんが大好きだってにとりさんが言ってました」
「へへへ……ありがとごぜえやす」
中身は当然表面上は最中が詰まっているが下地には黄金が詰まっている黒い方の最中だ。村紗は非常に満足にお持ち帰りし、ぬえもちょっと期待して待っている。
「……私には?」
「ぬえさんには振袖があります!」
「うん、よろしい」
メンタが木箱を取り出してそっとぬえの袖の下に差し込んだ。
その様子を見て安定していると早苗は思ってしまった。
「……凄く安定していますね。決戦に行くとはとても思えません」
「うん」
早苗たちはボヤくが、メンタとしては下手に緊張して実力を出し切れずに敗戦するよりは気楽に行った方が上手くいくだろうと考えての行動だった。
一通り渡し終えるとメンタは少々首を傾げて霖之助を見た。
「ところで何で不使之助さんがいるんですか?」
「不死……いや、漢語で使えないってことを意味する造語……?」
「イエス!」
ああ、と霊夢たちが手を打つ半面で霖之助は相変わらずの酷い扱いを嘆いた。
「いやいや! イエスじゃないですよ! それよか今回の総指揮官であり総司令官ですからね!」
「それなら白いひげと帽子を付けて……はい、完成です!」
ちょいちょいと髭を付けられ、キャプテンハットを被ると意外と似合い、村紗も素直に驚いた。
「おおっ、貫禄あるね!」
「そ、そうでしょうか?」
勿論そうだろうとメンタは大きく頷いた。
「はい! 某巨大戦艦アニメでは中盤で心臓病を発症して死亡し、棺桶に詰められて絶対零度の宇宙にポイされる船長さんです!」
「だらっしゃぁ!」
「あああ!! 勿体ない!」
ひげと帽子が床に叩きつけられ、村紗が急いで回収する。
『皆さん、そろそろ最大加速します。近くの椅子に座ってシートベルトを付けてください。繰り返します――』
通信技師からのアナウンスが入り、霖之助をからかうのを止めて全員が着席してシートベルトを装着する。いくら魔法があったとしても最大加速中のGはレミリアですらきついと言わせるのだから。
霖之助も席に座ろうとすると全席が埋まっており、近くのオペレーター席もさとりたちやレミリアたちに座られて満席状態だ。
「あ、あれ? 私の席は?」
「ごめん、無い」
村紗の殺生な言葉に唖然とする中、操舵師はハンドルを大きく逸らし、加速をかけていく。
「さあ、行きますよ!」
飛空艇の動力炉がフルスロットルで働きだし、排出口が火を噴いて最大加速していく。
「ぎゃあああ! Gが! Gが!」
霖之助の体が壁に叩きつけられてミシリと嫌な音を立てた。
「咲夜、Gがいるらしいわ」
無様、とレミリアが口に手を当てて上品に嗤う。
「あら、困りましたね。Gジェットもスリッパも今は鞄の中でありません」
「スリッパ代わりに、これを使ってください。そこに落ちてました」
咲夜がレミリアの靴を奪って藍に渡し、レミリアも感づいて手を伸ばすが一手遅かった。
「あ、それ私の――」
「そいっ」
狙いを良く定めて投げ、靴は霖之助の顔面に直撃した。
「ぼべらっ!?」
「潰れたみたいですね、G」
「尊い犠牲でした……」
「後で棺桶に詰めてポイしなきゃ」
誰一人として心にもないことを言い放ち、霖之助はガクリと首を落として気絶した。
「地上からの超巨大魔道反応あり!」
通信技師の声が上がり、正面のディスプレイ画面に映像が映し出される。
地上には超巨大規模の魔法陣が形成されており、その周囲には人妖問わず必死に魔法陣に魔力を注いでいる様子が映し出された。
「わわっ!? こんな規模の魔法陣を作っていたんですか!?」
傍から作業する様子は見ていたメンタも魔法陣の巨大さよりもその複雑怪奇な内容と一歩間違えば辺り一面が消し飛ぶかもしれない力場に驚いた。
「ふふん、ウチの亡き偉大なる魔法師の力よ!」
「パチュリぃ……」
フランの膝にはパチュリーの遺影が抱えられているが咲夜は呆れていた。
「全く、まだそのネタ引き摺っているのですか? 悲しんでも死んだ人は返ってきません。戻ってきたらまた生えてますよ。ピグミィンの原理と一緒です」
ピグミィンの原理とは、土と水と日光さえあれば何度でも生えてくる謎の生命体のことで一体の力は途方もなく弱いが数が集まると捕食生物を食らうくらい強くなる本当に謎の生物のことだ。
ちなみにパチュリーは生えてこないので注意。
「貴方も毒されているわよ、咲夜」
レミリアの至極まっとうな突っ込みが入り、咲夜は画面の方へと視線を向けた。
映像内では超長距離砲撃が月面のバリアに突き刺さり、突き破る様子が映し出されていた。
「砲撃、月面防御膜に着弾を確認。月科学力での修復まで約52時間」
「最終加速終了。ブースターパック残量ゼロ。パージします」
いよいよ宇宙へと進出した飛空艇。通信技師の合図で第一ブースターが解体され、その残骸は紫がコッソリ回収していたりする。
第二ブースターが起動し、航路を進んでいく。
「運転を自動制御モードに移行。魔力炉の動作グリーン」
「周囲敵影なし、艦長」
「はい、オッケー。以降は月面との距離50kmおよび敵影、コンディションイエロー・レッド発令まではローテーションで各自休憩! シートベルトも外していいよー」
村紗がキャプテンハットを脱いで指示を出し、船員たちも大きく背伸びをして立ち上がった。霊夢たちもシートベルトを外して立ち上がった。
「よっしゃー!」
「まずは荷物を広げてしまいましょうか」
「はい!」
立ち上がると体が浮き上がり、自分の力では立てなくなり、やがてぐるぐると回転し始めた。
「ちょ、な、なにこれ!」
「ヤケにふわふわしますね」
「きゃははは!」
霊夢やメンタ、フランたちはそうはならず天井や壁を蹴って戻り、シートを片手で掴んで体を固定した。
「無重力って奴ですね。相当のバランス感覚が無いと危険かもしれません」
場を見えば、大半は悲惨なことになっており残った半分も無重力慣れをするのに苦労しているようだ。
「ぬおああああああああああああああああ!」
「誰か助けてくださーい!」
「ぐるぐるぐるー」
「なはは! 情けねぇな、萃香!」
「うう……慣れるまで大変ですね」
普段なら飛行しているはずの椛や射命丸もこれには苦戦しており、いち早く感を掴んだ早苗が腕を差し出した。
「あう、止まらない……!」
「大丈夫ですか? はい、掴まってください」
「面目ないです」
それを見て霊夢はふと思った。
「いきなり上手く立ち回れているのとそうでない違いって何かしら?」
「この感覚は自由落下状態に近いから、空を飛んでたり空中戦闘が出来る奴は平衡感覚が鍛えられているからそうでもないんだろうな」
魔理沙の理論は尤もらしいが、この場をよく見ると実はそうではないことが分かる。
「そうでもないみたいよ?」
霊夢の言葉通り、咲夜、藍、妖夢たちも無様を晒している。
「だ、誰かー!」
「いやぁぁあああ!」
「ちょ、れ、霊夢さんヘルプ! ヘルプです!」
そのメンバーを見て魔理沙は思ったことがある。
「あと、おっちょこちょいだな」
「的を得ていると思うわ」
あながち、間違ってはいなかった。




