第八十七話 幻想郷に来た時のこと 下
スルト「第」
グラたん「八」
スルト「十」
グラたん「七」
スルト「話」
グラたん「です」
スルト「!」
無論、夜遅くまでやっていたこということもあり次の日は皆眠そうに起きてきた。
普段なら早苗が作るそうだが今日は自前の食材で俺は彼女たちの朝食を作っていた。途中から早苗も手伝ってくれたので調理は思っていたよりも早く終わり、居間に運んでから食べ始めた。
朝食後は里の見回りと交流だ。他にも点在する里を案内して貰いつつデートしていた。早苗も巫女仕事はあるが、その内のほとんどは神社の参拝が多いため神社自体にはあまりいなくても良いそうだ。
しかし神社の信仰心は相変わらずであり、参拝客も日に数人程度だ。では、他の参拝客は何処に行っているのかというと小さな分社だったり幻想郷の北にある観桜神社や南の豊麗神社が主だ。東には博麗神社があるが、此方は信仰心よりも妖怪退治の依頼が主なため……ついでに巫女自体が働く気が無いため廃れつつある。
俺も現状を何とかせねば紫に怒られる。何かしたいが……さて、どうするかな。
今日は早苗の付き添いで里の子供たちが通う学校へと来ていた。学校と言っても寺小屋みたいな感じで早苗と教師である慧音が教えている所だ。
ああ、慧音は半分獣人半分妖怪という中々希少な人物でありながらも学がある。ただ、致命的に講師には向いていない。特に子供に教えるのであれば教科書をそのまま読むという愚行は避けるべきだ。そこを早苗が補足したり覚え方を教えたりしている。
人から人へ何かを伝えていくこの風景は今も昔も変わることがない、人の一生の内で最も輝かしい風景だと今なら言えよう。子供には分かるまい。
そうして授業を眺めていれば昼間になり、授業も終わりを告げた。里には若い手が足りていないから子供は貴重な労働力だ。老人だけでは手が足りないからな。
「スルトさん、お待たせしました」
「待たせてしまったみたいだな」
「いや、問題無い。二人ともお疲れ様」
支度を終えた早苗と慧音が学校から出てきた。早苗に視線を送ると気付き、紹介を始めてくれた。
「あ、此方はスルトさんです」
「正確には昨日より守矢神社で世話になっている居候だ」
自虐かもしれないがあまり勘繰られるくらいなら居候という立場の方が幾分か良い。
「私は上白沢慧音、ここで教師をやっている者だ。しかし早苗が男を連れて来た時は驚いたよ。しかもこんないい男を、ね」
少々皮肉気に言うが早苗は気にした様子もない。いや、気付いてない。
「そ、そうですか?」
慧音は多分内心で溜息を吐き、退散を決め込んだ。
「ふふふ。さて、お邪魔虫はこれにて退散しようかな」
「え? さっきは一緒にお昼を食べるって――」
「いやいや、二人の仲をお邪魔するのは悪いよ」
「ふむ……余は構わんが」
せめてもの礼にと早苗に促してみると慧音はあからさまに甘酸っぱい果物を食べてしまったかのような表情になった。次いで、半眼になって俺を睨んだ。
「それじゃ、一緒に行きましょう!」
慧音は少々迷った後、早苗の好意を無碍にするのも悪いと考えたらしく頷いた。
「分かったよ」
代わり、早苗は凄く満足そうな表情になって先を進み始めた。
昼食も食べ終わり、のどかな里を眺めつつ空を仰ぐ。
地球の都会や異世界とは違った新鮮な空気が良い。機械化文明が進むとこういう場所は少なくなるし空気も澱んでしまう。幻想郷は科学の代わりに魔法と陰陽道が栄えている世界で、それはこれからも変わることはない。大なり小なり科学の力はあれども地球程では無い。こういった、今では廃れてしまった場所を再構築している紫は本当にこの世界に愛情があるのだと分かる。
だからこそ神々も妖怪である紫を神格と認めたのだろう。
「おや、慧音先生じゃねぇか」
そこへ農作業を終えたらしい『若い』里人が近くを通りかかり、慧音たちを見ていた。
「ああ、キョウセン。君も昼上がりかい?」
「どうも歳でね。思うように体が動かんのよ」
「そうか……君も、もうそんなか」
「慧音先生が羨ましいわい。かっかっか!」
里人は笑い、慧音は苦笑いして誤魔化す。早苗も事情を知っているのか表情が優れない。それを見れば俺とて概ね理解できる。
――寿命。
人である限り避け得ない運命の終着点。人間の絶対不可避の末路。
慧音は半妖、彼は人間。寿命の差は実に千倍以上もあるだろう。妖怪も寿命はマチマチだが大抵は『核』が死んでも何百年と経てばやがて再生する。極稀に記憶を引き継いだまま復活する輩もおり、それは人間でも同じ『転生者』と呼ばれるモノだ。
戻り、彼も遠からず天に召されるのだろう。死ねば天秤に掛けられ、俺の守護する世界、『境界世界』か『魔界』でまた生を受ける。それをこの場で暴露しても良いが……まあ、転移者とか転生者でない限りは一笑に付されて終わる。
「そっちは早苗ちゃんと……」
「スルトさんです。昨日、拾いました」
「コラ、人を捨て猫みたいに言うな」
流石に聞き咎めて早苗の方を振り向き、弁明する。
「へぇぇ、良い男を捕まえたのかい?」
「はい!」
やけに元気の良い返事にどうしたものかと迷いつつ脱力する。
「そら、良い。あんたもここに定住するなら里を手伝っておくれな」
里人が冗談紛れ――冗談半分真面目半分に言い、そっぽ向いていた俺はそこらの土に向けて錬成魔法を発動させ、ゴーレムを作り上げる。
「ゴーレムで良ければ力を貸そう」
少し待ち、誰も返事が無いので振り返ると里人だけでなく早苗たちも驚いていた。
「どうした? そんなに珍しいか?」
境界世界や魔界ではこの程度は土魔法や錬成系統に適正があれば誰だって出来るようになる。そんなに驚いてみるような事では無いのだが……。
「あ、あんた魔法使いだったのか?」
「……そうだ」
一瞬否定しようかと迷ったが、このままの方が何かと良いだろうと判断して頷く。仮に魔女狩りとかしているのならそっちから叩き潰さねばならないから面倒なのだが……。果たして、そんなこともなく里人は俺の前に来て急に土下座した。
「どうか、どうかその力を貸して下され!」
……正直、そういうことされると余計困る。ほら、隣で早苗と慧音が白い視線で俺を見て来てる。
「頭を上げよ。この程度、大したことでは無いのだから」
次いで、彼の背後に十体程度のゴーレムを錬成し、待機させる。
「おお、ありがとうございます!」
「この事は長とも相談し、所有権を決めると良いだろう。十で足りなければ百でも二百でも錬成できるからな」
「は、はい! 早速、長に知らせてきます!」
そう言って里人は頭を上げ、何処かへ駆けてゆく。
「決まったら守矢神社にお賽銭持って来ると良い!」
その背後から声をかけ、里人が手を上げるのを見て俺は視線を外した。
「す、スルトさん……!」
「ふむ、中々良い宣伝材料だな」
早苗たちの方を見ると、早苗は感動し、慧音は慧音らしいことを言っていた。
その後は慧音とも別れ、俺たちは帰路に付いた。作った十体は警備に当たらせ、里人には事前に言ってある。
それから数日後の夕刻を過ぎた時の事だった。
里人たちが手に松明を持ち、守矢神社へとやってきた。勿論、お賽銭は持って来ているのだがそれにしては物々しい雰囲気だ。見れば斧や剣を隠そうともしていない。
……そんな雰囲気だからか神奈子たちも一定以上に警戒し、縁側で臨戦態勢を取っている。俺も、もし里人が早苗にちょっかいかけようものなら一瞬で彼らをバラバラに引き裂いて冥界へ送るつもりだ。
たった数日ではあるが俺はそれだけ早苗たちに情が移ってしまっている。
「あの、どうなされましたか?」
そんな中で早苗が夕食の調理を一旦切り上げ、率先して里人の元へと向かう。
「ああ、早苗ちゃん。あの黒ずくめの人はいるかい?」
「あ、はい。スルトさんですね」
せっかくなので短距離転移を使って早苗の背後に出現してみせる。
「ふむ、呼んだか?」
「ひゃぁぁ!?」
早苗が存外に驚いてくれたが、代わりに頬を少し膨らまして怒った。その頭を撫でて宥めつつ、里人の方を見て話しを進める。
「話は決まったようだな」
「はい。里の畑と警備用に五十ほどお貸し下さい。所有権は村の長が三十、私と此方の者で十ずつとなっております」
「うむ、承った。しかしくれぐれも悪事に使う事の無いように」
掌に魔法陣を生成し、守矢神社の階段を降りた入り口付近に四十体のゴーレムを錬成し、所有権を彼らへと譲渡する。
「承知しております」
万が一、悪事に使うようなら指パッチンで即時破壊出来るから実は大した問題では無い。それでも念のために、だ。
「して、もう一つ用件があるのだろう?」
むしろ今はこっちが本命と見るべきだろうな。
「ああ、その通りだ」
里人たちの中から声が上がり、前へ出てくる。俺も早苗も知っての通り、慧音だ。
「実は先の夕刻からファネルとイーゼが見当たらないんだ。ファネルは大人しい子で大抵はイーゼが率先して何処かに連れ回すのだが、こうも音沙汰が無くなったのはこれが初めてだ。夕刻以降は里から出ないようにと常々言い聞かせているのだが……守矢神社の方には来ていないか?」
ファネルにイーゼ……か。子供が二人とはいえ、守矢に入って来たのなら周囲を常に探知している俺や神奈子の結界が感知するはずだ。神の結界ともなれば高名な陰陽師でも早々突破は出来ない。ましてや子供なら不可能だ。ともなれば結論は一つ。
「いや、来ていない」
「そうか……早苗は見てないか?」
「すみません。今日はずっと守矢神社にいたので……」
早苗からの情報も無いと分かると慧音は肩を落とし、里人たちは一層不安の色を濃くした。
「では、少々探るとしよう」
つま先で地面を軽く一回叩き、広範囲の探知魔法を起動する。対象は子供二人、範囲は里から10km程度にしておこう。
そうして、二つの反応と三つの妖気を発見した。その内、二匹の妖怪が二つの人間の反応の上に居る。今はまだ様子見か、それとも状況を楽しんでいるのか? 何にしてもまだ生きていることは確かだ。
ただ、視るにあの二人は死ぬ運命にあるようだ。
「はぁ……」
「スルトさん?」
おっと、早苗に不審がられていたか。
「すまない。……二人の反応らしきものは確認が取れた」
「本当ですか!?」
「何と!」
早苗、慧音に続いて里人たちも安堵した声を出し、俺はそれを手で制して答える。
「ただしその命は風前の灯。里より北の山の中腹に二人と、三体の妖怪がいる」
最後の一体は何故か二匹の妖怪の後からついて行っているみたいだ。
「よ、妖怪に……」
里人の一人が呻き、慧音がすぐに身を翻した。
「私が行く! 皆は里に戻っていてくれ!」
守矢神社から飛び出して飛翔し、一直線に北の山へと向かっていく。その後に続いて早苗も術符を取り出して飛翔した。
「私も参ります! 神奈子様、諏訪子様、すぐに戻ります故ご容赦を!」
「いてら~」
「がんばるのだ~」
軽い。大事な一人娘みたいなものだろうに、それで良いのか?
「仕方あるまい。余も様子を見てくるとしよう」
里人たちを残して行ってしまうが……諏訪子たちが何とかしてくれるだろう。
俺も後に続いて飛翔しつつ、探知を続けて様子を見る。探知だけ、と思うかもしれないがこの魔法は指定した範囲を空間を伝って覗き見ることが出来る。無論、覗きに使おうと思えば使えるが俺はもうそんなことはしない。
山の中腹。子供たちの駆ける足音と荒い息使いが聞こえ、その背後からは妖怪――いや、烏天狗たちが眼を赤く染め上げて口元は嗜虐の笑みを浮かべている。更にその背後には片手剣を持った犬耳の烏天狗が後を追いかけているが、此方は正気だ。しかしその表情は申し訳なさそうな感じがしている。大方、先行する烏天狗たちに良い人間の肉が食べたいから教えろとか言われたのだろう。
一度溜息を付き、彼女には同情しつつも同時に苛立ちを募らせる。そこまで無力ではないだろうに何故そうまでして抗わないのか。……理由など分かるはずもない。
やがて子供たちは断崖へと追い詰められ、二匹の烏天狗たちは滑空して下降し、その勢いのまま子供たちに鋭い爪を振り下ろした。爪が深々と子供たちに突き刺さり――晩餐が始まった。
慧音と早苗も妖気を頼りに探しているようだが夜は他の妖怪の妖気も引きあげる。つまり、山に潜む妖怪共の妖気と一緒になってしまうということだ。二人ともに片っ端から妖怪共の相手を始め、俺はその頭上を通り過ぎて現場へと向かう。
そして、そこの上空から烏共を見下していた。
「美味ぇ!」
「人間の肉美味ぇ!」
行儀も節度も無いただの捕食。手を血で染め、牙を柔肌に食い込ませて食いちぎり、美味い美味いと獣のように貪る。
見よ、死んだ子供たちの絶望に歪んだ表情を。内からあふれ出す臓物と血肉を。
彼らを照らす赤い月が流れる血を一層紅蓮に染め上げている。
俺はゆっくりと降りたち、犬耳の烏天狗の背後へと数歩歩く。
「だ、誰ですか?」
彼女はすぐに俺の気配に気づき、貪っていた奴等も俺に気付いて――新しい肉が来たとばかりに口元を歪ませた。
彼女の問いには答えず、俺は彼女たちに問う。
「一つ聞こう。その子らは自ら里を出たか? それとも其方たちが連れ去って来たか?」
「ゲゲゲ、連れ去ってきたに決まっておろう!」
「流石は犬走家の娘よ! 此度の獲物は極上だ!」
あまりにも下品に囀る輩はさておき、俺は彼女に問う。
「其方は人を食うか?」
あまりにも不可解な問いだったのだろう。しかし彼女は首を横に振るって否定した。
「生まれてよりこの方、食したことはありません」
「なら、良い」
――其方は許そう。
声にならない威圧を発し、俺はこの場の誰よりも禍々しい聖なる気を辺り構わず吐き散らす。
「ひ、ひぃ!?」
「な、なんて妖気だ!」
食い散らかされた子供たちは少しふれ合っただけの存在だ。早苗たち程の感情を抱いたわけでもない。
だが俺は根からの善人では無い。誰かを殺すことを特に躊躇わない程度には壊れていると自覚している。
あの子供も助けようと思えば助けられた。神界規定其の九『他の世界の運命を弄らない』さえ無ければ。
要は死ぬはずの人を死なせずに助けてはいけない、それが運命であるという勝手な理屈だ。
だからこれは助けなかった俺のエゴだ。故にせめて子供たちの無念を晴らすことくらいはしよう。
「来い、聖剣ヴァルナクラム」
そうしてこの手に召喚された聖剣ヴァルナクラムを正面に突き出して叫んだ。
「舞え、真空波」
万を超えるだろう真空の刃が烏共に襲い掛かり、子供たちの遺体ごと切り裂いた。その後には夥しい血流だけが地面に散乱した。
「あ……ひぃ……」
唯一生き残っている犬耳の彼女だけが地面に座り込み失禁した。
普段の俺ならば何かと世話をするのだが今はそんなことすら気にならない。確か烏共の山が近くにあったな……。探知で位置を把握し、転移を発動させて乗り込む。
「ぎゃぁ!?」
近くにいた烏共が何かと騒ぎ、俺は聖剣を掲げ、暴風が妖怪の山に降り注いだ。
『ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
絶叫と悲鳴、突如起こった天災になすすべもなく天狗たちが死に絶えていく。大天狗ですら俺の力の前には無力であり、その身が朽ち果てていく。
死が降り注ぐ。
――辺り一面から雑音が消え、超常現象が未だ続く山の中に降りたつ三つの人影があった。諏訪子、神奈子、紫。諏訪子と神奈子は俺の邪気に気付いた時点で守矢神社から飛び立ち、紫はそれ以前から登場のタイミングを計っていた。
「おやおや、これまた派手にやってくれたねぇ」
「全く、これほど怒るとは相当な事があったみたいなのだ」
怒る、とは少し違うのだが、まあそう見えるかもしれない。
「紫たちか」
「ええ。何があったのかは存じませんがこれ以上は神界の規定に違反しますよ」
神界の規定。其の五には『他の神は他世界で本気の戦闘をしてはならない』というルールがある。これはその世界の神々に面目を立たせるためのルールでもある。
「ククク、これが余の全力だと? 案ずるな。神界の規定を違反する程度の力は無い」
これでも力は九割近く封じられているから結構弱い状態だ。いざとなったら、短時間なら自分で力を解放できる。
聖剣から真空の刃が飛んで行き、諏訪子たちが間一髪で躱す。
「げっ!? 聖剣!?」
「力づくで止めるのだ、神奈子!」
聖剣ヴァルナクラム。俺が持っている武装の中で最も使いやすい剣であり、その能力は真空波を飛ばすことが出来る。一撃一撃の威力は然程でも無いが、当たれば神とて痛いと感じるくらいにはダメージがある。
「お二人ともに可能な限り迅速にお願いします。スルトさんの力はこれでもかなり弱まっているそうなので、本気を出される前に抑え込みます」
「……ちなみにどれくらい弱いの?」
「今は力を封印されているので、英雄程度です」
「はっはっは、冗談きついのだ……ちきしょう」
諏訪子にしろ神奈子にしろ、そして紫にしても額から冷や汗を流し続けている。こうも聖気を受け続ければ当然だろう。
諏訪子は黒鉄の剣を、神奈子はオンバシラを展開して襲い掛かって来るが、俺は躱して切り、躱して叩きを繰り返していく。
諏訪子たちは神ではあるが下位の神に当たるため、俺からしてみればそう強くはない。それに諏訪子たちにも神界の規定は通用するため全力は出せない。
一つ溜息を吐いて、現実を見るといつの間にか諏訪子たちがボロボロになって地面に転がっていた。
「ぐ……」
「くはっ……強いねぇ……!」
しかも腹部を貫かれていたり手足が欠損していたりと瀕死の重傷だ。紫に至っては姿形すら見えない。余程深手を負ったかそれとも援軍を呼びに行ったのか……どちらにしても後で埋め合わせしないといけないな。
仮に蘇生しろと言われたら邪神の魔力を使えば指パッチン一回で済む話だし。
「援軍、連れてきましたよ!」
「スルトさん!」
おい、紫。何でよりによって早苗を連れて来た。
「早苗ちゃん逃げて!」
「私たちがこんなじゃ勝ち目はないよ!」
諏訪子たちが力を振り絞って立ち上がり、何とか早苗だけでも逃がそうとすると、その早苗が二人の背中に手を当てた。
「奇跡よ!」
淡い緑色の光が諏訪子たちを包み、驚くことに傷が見る見る回復していき欠損した部位まで治っていく。
――異常だ。ただの治癒や回復の魔法でもこうはならない。俺が勇者の力を使ったとしても部位欠損を回復させるには相応の時間がかかる。
これは早苗の言った通り、文字通りの『奇跡』。そう表現するしかないだろう。
「よっしゃぁ! 回復!」
「とは言っても……相手がスルトじゃねぇ……」
「私が何とかします!」
二人を差し置いて早苗が前に進み出てくる。この場にいることだけでも辛そうなのに前へ進む度、早苗の血色は悪くなっていく。
その早苗の前に神奈子たちが立ち、自身の神気を解放して聖気を受け止める。
「何か策はあるの?」
神奈子が聞くと早苗は確かに頷いた。
「過信かもしれませんが諦めなければ奇跡は起こります!」
確かに過信だろう。早苗の『奇跡を起こす程度』の能力は早苗自身ですら何処までの奇跡を起こせるのか分かっていない。そんな不確定なものをぶっつけ本番で使うというのだから神奈子たちも良い顔はしていないが、現状それに掛けるしかない。
しかしあれほどの奇跡を引き起こすのだから相応の代償は支払う必要があるはずだ。『視』たところ本来早苗が引き受けるはずの代償は、八割方が神奈子たちが自身の神気を対価にしているようだな。残りの二割は早苗の身体的負担になっているみたいだ。
「やってみて、だな」
神奈子が結論を下し、諏訪子は一瞬ためらった後、笑顔で頷いた。
「じゃ、私が先に斬り込むから後よろしくね!」
それは死亡フラグだ。
「おい、諏訪子!」
諏訪子が黒鉄を生成して大剣状に錬成して斬り込んでくる。しかしそれはヴァルナクラムの第二能力、絶対防御に阻まれて防がれる。
絶対防御とは文字通りの能力では無く、一定のダメージを無効化し、また一定以上の貫通力のある攻撃で無いと突破出来ない能力だ。
「加護よ!」
背後で早苗が威力を上げる術符を奇跡を合わせた技を諏訪子の大剣に付与し、次いで神奈子のオンバシラにも付与する。
「これなら!」
諏訪子が更に五本の大剣を生成して一点に集中して突き刺し、
「キャノン!!」
固まった大剣目掛けてオンバシラが発射され、柄に直撃して絶対防御を一瞬だけ綻ばせる。そして僅かな継ぎ目に諏訪子と神奈子が神気を纏った手を突き刺して強引に開け始める。
僅かに作られた隙間を狙って最奥で待機していた紫がスキマを発動させて早苗を飲み込み、俺の正面に放り出す。予定とはだいぶ違っていたためか早苗は驚いていたが、躊躇うことなく俺に触れて能力を発動させた。
「お願い……っ!!」
早苗の手が俺に触れ、奇跡は発動された。
ちなみに紫が直接早苗を俺の元に放らなかったのは絶対防御にほころびが出来るのを待っていたのだろう。紫のスキマも時限式でセットしない限りは内側に入れないからな。いくら境界を操っても突破できないものだって存在するということだ。
さて、奇跡の内容だが――今回は感情のリセットだ。俺は今まで他者への怒りや自身への憤りで周囲を破壊していたが、それがなくなれば全く話は別だ。
戦う理由そのものがなくなってしまうのだから。
「……迷惑をかけたようだな」
俺が謝罪したのを見て、早苗が思いっきり抱き着いて来る。
「スルトさん!」
「おっと」
早苗は俺が思っていたよりも能力を使っていたらしく、そのまま力が抜けていたので両腕で抱いて受け止める。
「はぁ、やっと終わったのだ」
「全く死にかけたぞ」
「すまなかったな」
「この埋め合わせは近い内にして貰いましょう。今は……ね?」
紫が早苗を見て、途方もなく厭らしい視線で俺を見ており、諏訪子たちもそれに気付いて空へ飛翔した。
「お楽しみは帰ってからにするのだ~」
「私たちは町で甘味でも食べて帰るからそのつもりで良いぞ」
それを言い残すと三人は上機嫌な笑いと共に去っていき、腕の中で力尽きている早苗の体温が見る見る上昇していくのが分かる。
「全く……」
早苗の頭を撫で……それによって一層体温が上昇してしまった。しかし早苗自身は満更でもなさそうに悶えている。
さてと……この惨状は何とかして置かないとな。それと無駄に殺してしまった天狗共も生き返らせるとしよう。
指を一回鳴らし、辺りを復元する。天狗たちは何が起こったのか分からないような表情をしているが、それも後に犬耳の少女が説明してくれるだろう。
「帰ろうか」
「……はい!」
早苗の声を聞き、俺たちは守矢神社に向かって飛翔した。
現在の時刻は深夜。町の甘味処も空いてないだろうからきっと神奈子たちは飲んだくれて帰って来るだろうな……。
そんなことを思いつつ俺たちはかなり遅い夕食を取っていた。
グラたん「最後の『!』はずるいですよ!」
スルト「ククク、やはり余に始まり余に終わるのだ。フハハハ!」




