第四十話 クズは駆逐だ! 燃やし尽くせ!
グラたん「第四十話です!」
山中を虐殺して回ること数時間が経過し、メンタも少々飽きてきていた。
「それにしてもいませんねー」
「探索は根気」
「警戒は怠るなよ」
「特に背後と頭上ですね」
軽口の応酬にメンタはニヤリと笑いながら答え、枢は大真面目に頷いた。
「ああ。特に頭上は人間の死角だからな」
「あたい参上! これぞフェアリーキック!!」
そう言った傍から青い服を着て猪の牙を付けた何かが草の影から躍り出て枢の頭上から蹴りを繰り出して来た。
「枢、上」
「死亡フラグですね!」
シンの助言とメンタのネタに枢は目を見開いて間一髪で避け、全力の廻し蹴りを繰り出した。
「ふざけんな! このっ!」
「ぶべらぁ!!」
蹴りは何かの顔面に突き刺さり、そのまま崖の下に落ちて行った。
「ちっ」
「お約束は守ってこそお約束」
メンタは舌打ちし、シンはつまらなそうに苦言した。
「それで死ぬのは御免だ」
全く……と枢は呟いて、その後に続いてメンタたちは歩き出した。
山の周囲では同様に陰陽生が狩りを続けており、時には下位妖怪の不意打ちを食らって肉団子にされていたりと生徒の死亡は見受けられるが殲滅率で言えばそう遠くない内に演習は終わるだろうとメンタは考える。
山の中を歩き回り、陰陽寺院の方へと戻って来る途中で少し休息を入れようと広い場所に出た。
「あー疲れましたー」
メンタは適当な岩に座り、シンと枢も言わばに腰かけて足を休める。
「そろそろ何処からか報告が上がっても良いとは思うんですけれどねー」
と、足をブラブラさせながら呟いているとメンタから見て右側の茂みが大きく揺れ、うめき声が聞こえて来た。
「ぐっ――」
「と言っている傍から何か出てきましたね」
枢とシンはすぐに近くの木や茂みに隠れて様子を伺い、驚愕する。
「はぁはぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
人狼に人型カマキリにサキュバスにガシャポンという異例の組み合わせだが、その実力は上位妖怪と同等かそれ以上だと枢は思う。同時にあれらは手負いではあるがいざ戦闘となれば枢とシンは即座に挽肉となり、食い殺される。
一方でメンタも一応隠れて様子は見たが、よく見知った顔だけに不気味に笑っていた。
「フールエンリル、もう良い。私はここにおいてゆけ」
「そんなこと、出来ないな!」
「諦めるのはまだ早いわ。何としてでも生き延びるのよ」
「ぐっ……ゲホッゲホッ」
「何とか休める場所を探しましょう?」
四匹の言葉を正確に理解したメンタは悠々と茂みから出て、彼らに聞いた。
同時に枢はメンタの援護に入ろうと術符を構え、シンは術符を構えることは出来たが足が動かなかった。
いや、シンの状態こそが正しい陰陽生の姿だ。
「休める場所を探しているんですか?」
メンタの動きに二人は視線で追い、問われたインアンドセクトは振り向いて頷きかける。
「ええ、そう――」
「げぇ!?」
その表情は絶望。特にフールエンリルとバインパイアは先の戦いで生き地獄を味わったばかりであり、尚且つ今の状態でもメンタを相手にすることは厳しい。
万が一、敗北することになれば今度はもっと酷いことになる――それだけは確信した。
「なら、ここでしっかり永眠させてあげましょう!! スペルカード発動! 狂符「歪な空間は次元を超える」!!」
メンタの手から十数本のレーザービームが飛んで行き、比較的傷が浅いフールエンリルが全員を庇うように前に出て両手を広げた。
「させるか!」
これが一般の術符や陰陽生が放った物であれば傷は一つも付かずに鼻息で嘲笑し、次の瞬間には人が肉と成り果てていただろう。
だが、メンタの弾幕は鍛え上げられたフールエンリルの肉を簡単に穿ち、意図的に操作されたレーザービームが全身を貫いた。
「フールエンリル!」
「がはっ!」
フールエンリルが膝から崩れ落ち、メンタは額に手を当てて爆笑した。
「腐ァハハハハ!! 大人しくしていればすぐに楽にしてあげますよ!」
「ここは私が引き受けるわ! 皆は逃げて!」
次いでバインパイアが自らを犠牲にする覚悟で立ちはだかり、メンタはそれこそを嘲笑した。
「そんなボロボロの状態で何処に行こうって言うんですかねぇ! 他人の手柄にされるくらいならオレが挽肉にしてやりますよ!」
「あんたに挽肉にされるくらいなら他の奴に打ち取られた方がマシよ!」
「だろうな」
茂みの中で枢とシンも頷き、バインパイア自身は簡単に挽肉になるとは思えなかった。そうなるとしてもメンタは気兼ねなく四肢をバラバラするくらいはやりかねない。
「バインパイア、もうやめろ。何方にしても逃げ切れん」
ガシャポンドクロの言い分にバインパイアは振り返り、困る。
「でも……」
「ここで腹ァ括るか、ガシャポンドクロ」
レーザービームで開けられた傷が熱を持ち始め、フールエンリルは辛い表情でガシャポンドクロに問うが、彼は首を横に振るって座し、頭を垂れた。
「いや、死ぬのは私だけで良い。赤毛の小娘、私の首だけでどうか事を納めて欲しい」
それを見たメンタは目を爛々と輝かせて笑顔になった。
「命乞い? 命乞いですか? かつての仇敵が命乞いとか無様ですねー。無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様無様ァァァァですねぇぇ! 恥って言葉知ってますかねぇ! というか本気で助けて貰えるとか思っちゃってるんですかぁ? ぷーくすくすくす!」
メンタのかつてこれ以上ない侮辱にインアンドセクトはもう一度問う。
「ガシャポンドクロ、やっぱり戦って死んだ方がマシよね?」
流石にガシャポンドクロも沈黙し、フールエンリルは茂みの方を指差した。
「それに赤毛の言う事も最もだぜ。現にそっちの陰陽師は逃がす気なさそうだぜ」
茂みからは枢とシンが最大限警戒しながら姿を見せ、その手には術符を構えていた。
「同情はしておく」
「でも妖怪は倒す」
術符を構え、いよいよ討伐――と言う所でメンタが待ったをかけた。
「でもまあ利用価値はあるんですよねー」
「おい、さっきと言ってること違うぞ」
メンタの発言に出鼻を挫かれ、枢は少々苛立つ。そんな枢を放置し、メンタは続けた。
「まあまあ。というよりオレとしては何でこいつ等がここにいるのか疑問なんですよ。本来ならば紫さんの所にいるはずですからね。脱走にしては結構命がけで、レリミアさんのことを考えれば大人しくしている方が普通なんですよ。でもここにいるってことはレリミアさんが脱走もしくは道真に逃げられた可能性が高い、ですよね?」
「ああ」
ガシャポンドクロが迷いなく頷き、バインパイアはその口を物理的に塞いだ。
「ちょっとガシャ!」
「隠したとてどうなるものでもあるまい」
と、僅かに希望を持たせたところでメンタは奥義『掌ドリル』。別名、天邪鬼を発動させる。要するに彼らの生死など面白半分の道具でしかない。
「でもぶっちゃけ害悪でしかないからそろそろ殺っちゃいましょうか」
そこまで言って、枢は不意にあるアイデアを思い付いた。
「いや待て、メンタ」
「なんですか? こいつ等の命乞いなら靴でも舐めましょうかペロペロくらいやってくれませんと考えませんよ?」
メンタの言葉の大半は無視し、言葉を続けた。
「人の言葉が通じる妖怪はレアだ。連れて帰って修行相手にする」
「スルーですか!? え、でもこいつ等修行相手になるんですか?」
何度も言うが、幻想郷引いては陰陽師院でもメンタは破格の存在だ。その上にまだ上がいるとしても上位妖怪を軽く屠れるという力量は異常ではある。
「むしろお前の方が異常だってことが良く分かった。だが、シンや門下生相手なら充分格上だ。それに十二姫よりも強い」
「あんな豚肉共と一緒にしちゃ可哀想ですよ。オレ一応この人たちの性格以外の評価はあれらより高いんですよ」
メンタの一撃を耐えうる、という意味では上である。
「あんたが言うと十二姫とやらが可哀想よ」
全員が頷き、枢は交渉を繰り出した。
「でだ。此方は弱っているお前たちを駆逐しても良いが、召喚獣としてなら此方としても保護できる」
と言って、メンタはその背後から声色を変えて枢と同様くらいの音程で発音した。
「そうして吸血鬼の姉ちゃんに色々やって貰おうかグヘヘヘ……これはあくまでも等価交換。逆らえないように契約でガチガチに縛って終いにゃ奴隷紋刻んでやるぜぇぇ」
ゲスく、ただただゲスな内容を喋り、あたかも枢が言ったかのように錯覚させた。これがメンタが持っている特技の一つ、七色ボイス。実際は七色では無く、レパートリーが増えれば増えるほど十色、十四色、ニ十色と数も増えていく。
そんなメンタの頭に枢の拳が落ちた。
「痛!?」
メンタは思わず頭を押さえ、恨みがましい視線で枢を見上げた。枢の表情は憤怒となっており、シンたちは枢から距離を取っていた。
「誰がやるか!」
「誰かヤるか!? 昼間からなんて猛々しい――」
再度拳が落ち、メンタは蹲って黙った。
「お前ちょっと黙ってろ。マジで。それで、どうだ?」
枢の提案に四匹は距離を取って話始める。
「……どうする?」
「確かにこのままだとやられるだけ……」
「でも人間なんかに……」
「人間にへりくだって生きるか、散るか。……生きていればお嬢と会える希望は残る」
ガシャポンドクロの一言で全体の意見も傾く。
「ガシャポンドクロはそれで良いんだな?」
「無論」
「分かった。なら俺も残る」
「オーケー、私も残るわ」
「皆が残っているのに私だけ死ぬわけにはいかないわね」
四匹が改まって振り返ると、枢も内容をそこそこ察して頷いた。
「決まったみたいだな」
「頼む」
「良し分かった」
枢がシンを連れて四匹の前に出て――そこでメンタが動いた。両手に大量の術符を構え、赤く爛々と目を輝かせて力強く言葉にした。
「――とでも言うと思ったんですかねぇぇ!! 枢さんが許してもこのオレが許しませんよ! ちょっと命乞いした程度で、ちょっと利用価値が生まれた程度で何ほざいてやがるんですか! こういう時はもっとドキツイ条件だして徹底的に凌辱してから奴隷に落としてやるんですよ。昔の人は言いました。『クズは駆逐だ! 燃やし尽くせ!』と――」
二度目となるが、メンタは天邪鬼だ。
が、もう面倒くさいと枢はメンタの服に火の術符を投げ、裾が勢いよく燃えた。
「ぎゃぁぁぁああああああ!?」
メンタは素早く地面を転がり、枢たちは蔑んだ目でメンタを見下していた。
「燃えてしまえ、クズめ」
「擁護余地なし」
「恩に着る」
「ただし今後はシンの式神として常日頃から同伴して貰うことになる。勿論、人間の捕食は出来なくなる」
「仮にもし人間食おうとしたら生皮剥いで闇オークションで1円から売りますよ」
復活したメンタの言葉はスルーし、フールエンリルたちは腰を落ち着けて答えた。
「安心しとけ、俺たちは人間なんざ食ったこと無ぇからよ」
「じゃあ何食べてた?」
シンの問いにフールエンリルは即答した。
「俺ァ主に鹿肉だな」
「私は虫、特にゴキブリが主食よ」
フールエンリルは見た目通り狼ではあるがレリミアの要望から人間を襲う事を禁じられており、それはインアンドセクトも同様だ。
妖怪は人間を好んで食べるがその理由は多くの脂質、たんぱく質、妖怪に最も必要な生命エネルギーが得られるからだ。幻想郷では一人食べれば百日は生きられると言われているがあながち間違ってはいない。
「ゴキブリなら陰陽師の中に――むごっ」
余計なことを言おうとしたメンタをシンが押さえつけ、枢が簀巻きにしてその口から後頭部を一周するようにガムテープを張り付けて黙らせる。
「私は吸血鬼だから一か月に一回は吸血しないと死ぬわ。でも死に至らしめるほどじゃないし、基本的にはフールから吸うから」
「私は付喪神だから何も食わんで良い。強いて言えば電気か」
バインパイアとガシャポンドクロの食事も聞き終え、枢は問題無しと頷いた。
「なら問題ないな。期間は道真を討つまで。レリミア嬢の方は知らないから除外だ」
「枢、それは――」
それではまた敵となるのではないか、とシンは危惧したが枢は何か考えがあるのか手で制した。
「止むを得まい」
「でもレリミア嬢が道真様にゾッコンだからねぇ……」
インアンドセクトの言葉に枢は問う。
「精神支配でも受けているのか?」
「待て待て。精神支配ったら、どういうことだ?」
が、フールエンリルたちはそれを全く知らない様子で詰め寄った。
「聞かされていないのか? 道真の能力は『女性を操る程度』だ。色々条件はあるらしいが危険な能力だ。もしかしたらレリミア嬢も洗脳されている可能性がある」
「なんと……」
「女性って……なんでそんな限定的な……」
四匹は憤慨と呆れを半々ずつ顔に浮かべ、痛みを堪えながら必死にガムテープを剥がしつつメンタは叫んだ。
「むぐぐぐぐ、むぐもがもがが!」
「面が良いだけの変態野郎ってことですよ、と言ってる」
「何故今ので分かった……」
「能力の方は知らなかったが、あの道真殿がそんな人とは思えんがな……」
ガシャポンドクロは未だ納得しかねているが、そんなもんだろうと枢は反論しなかった。
「仲間の前では良い奴ぶっているのかもしれないな」
「典型的な悪役ですね。首を落とされてしまえばいいんです」
ようやくガムテープを剥がし終えたメンタは全身の各所の関節を外して簀巻きから立ち上がった。
「俺はお前をしっかり簀巻きにしておいたはずだがな」
「チッチッチ、まだまだぬるいですよ」
メンタを退け、バインパイアたちは枢に寄った。
「それよりも道真様の真相の方が知りたいわ」
「それにはまず契約だが……でも良いのか? 道真を討ち取ることになるんだぞ?」
念のために、と枢は聞くと全員が愚問というように首肯した。
「止むを得ん。全てはお嬢のためだ」
「分かったわ」
「了解よ」
四匹が従属しているのはあくまでレリミアであり、道真ではない。そのレリミアが靡いているから道真とも知り合っているような状態だ。
「ケッ、反吐が出そうなくらい美しい主従関係出やがりま――」
ベタっとシンがメンタの口にガムテープを張る。
「良い場面に口出し無用」
枢は召喚用の札を四枚取り出し、四匹に見せる。
「合意したのなら術符を体に張るぞ」
「まずはオレからだ」
最初は全員の実験台ということで尤も耐久力かつ体力のあるフールエンリルが前に出た。万が一これでフールエンリルが傷を負うようであればインアンドセクトたちは決死の攻撃をしようと構えた。
同時にメンタも空気の違いを感じ取り、殺っていいような雰囲気にワクワクしていた。
「ぬぐっ!」
フールエンリルの額に召喚符を張り、若干痺れるような痛みが奔った。
「次」
「うっ!」
バインパイアに張り、
「ぐっ!」
次にインアンドセクトに張り、
「ぬがっ!」
最後はガシャポンドクロに張って数歩下がった。
「これよりお前たちをシンの式神として扱う。シンの手に己が手を当て、名を告げよ」
「今更ですけどシンの意志は無視ですかね?」
メンタの問いにはシンが答え、一度頷いた。
「構わない。枢の言うことは信じられる」
そうですか、とメンタは下がりフールエンリルたちは順々に名を挙げていく。
「ガシャポンドクロ」
「フールエンリル」
「バインパイア」
「インアンドセクト」
「あだ名は百円、犬ッコロ、メス豚、虫けらですね」
召喚符は正式な名前でなくても登録することは出来、所有者となるシンがそれを認めれば可能となる。
「それは却下」
だが、シンはそれを良しとせず首を横に振った。
「覚えやすいのに」
「いつか刺されるわよ、あんた」
いいや刺されろ、と枢は思うが口にはしない。代わりに契約内容を提示した。
「契約条件の確認だ。一つ、契約は菅原道真を打ち滅ぼすまで。一つ、主を含める人間全てを襲わないこと。一つ、契約終了後は互いに後腐れなく別れること。一つ、契約の延長は契約終了後に決める。以上だ。相違あるか?」
フールエンリルたちは契約内容をしっかりと脳裏で吟味し、首肯した。
「無いぜ」
「無いわ」
「大丈夫よ」
「異論、無し」
「では最後に主が名を名乗って契約を終了する」
枢に促され、シンは前に出て名乗りを挙げた。
「名はシン。よろしく」
四匹に張られていた札が頭部に収納されていき、契約が成立した。
最初にフールエンリルが立ち上がり、シンの手を取って握った。
「こっちこそよろしく頼むぜ」
「まさか人間に仕える日がくるなんてね」
「でも赤毛よりはマシよ。ええ、一億倍くらい」
「フォフォフォ、そうだな」
次いでインアンドセクト、バインパイア、ガシャポンドクロの三匹も順にを手を繋いだり頭を撫でたりして親睦を深めていく。
あまり慣れない事柄にシンは戸惑いつつも少し笑んだ。
「じゃー早速夏コミ用のDVD制作しましょうか」
が、メンタはいつも通りカメラを録画モードにして待機し、フールエンリルは豪快に笑って答えた。
「ガハハ! 残念だったな。契約内容に命令の絶対服従は入ってない!」
「本当、それあったらどうなっていたことやら」
だろうな、と枢も頷き……しかしメンタには関係ない。
「あ、別に拒否しても良いですよ。オレの能力は契約とか面倒なことしなくても操れますし」
何ッ、と全員が眼を見開いて大きく距離を取った。
「本当に見境ないなお前!?」
フールエンリルが叫び、枢は両者の間に入って止めた。
「それは後にしろ。ともかく理事長に報告する」
「いこう」
「おー!」
シンとメンタが先を進み、次いで枢が歩き、四匹も少々首を傾げつつ歩いて行く。
「あの赤毛のテンションと気変わりの早さは一体何なんだ……」
「さあ?」
その答えは当人にしか分からない。
陰陽師院に戻って来ると生徒たちの姿は無く、理事長の計らいによって今日と明日の授業は全て休講となり、その間に教師たちは葬式や遺族への伝達や遺品整理、書類整理をすることになっている。
陰陽師院に墓地は無いため遺体は博麗神社に運ばれて清められた後、麓の里で遺族に引き取られて帰っていく。だがそれでは陰陽生たちに軽薄と受け取られかねないので一か月間は教室の空いた机に写真立てと献花が添えられるのが決まりだ。
食堂では生き残ったことを喜んで飲み騒ぎ、寮からはすすり泣く声が聞こえてくる。
そんな中をメンタたちは歩き、理事長室へとやってきた。
「戻りました、理事長」
扉を開くと中にはげんなりした教師と軽傷を負った教師たちの姿があった。
――うわ、教師多いですね。
――緊急時だから仕方ない。
メンタとシンが一瞬だけアイコンタクトで言葉を交わし、視線を理事長へと戻した。
「待っていたぞ。どうせお前たちの事だ、見事討ち取って来たのだろう?」
理事長の確信に対して教師たちも疑ってはおらず、しかし枢は肯定も否定もせずに続けた。
「その件で一つご相談があります」
「ほう? なんだ?」
「入れ」
枢に促されてメンタは扉を押さえ、廊下で待機していたフールエンリルたちが室内へと入って行く。東の陰陽師院の防護結界は理事長が組んでおり最上位妖怪でも力押ししなければ入れないくらいには強力な結界だ。その中に入り、ここにいるということは枢が招き入れたことになるのだが教師たちはそこまで頭が回らずに術符を構えた。
「なっ!」
「神聖な学び舎に妖魔を入れるとは!」
パニックになりかけている教師たちに対して四匹は揚々と脅しかけ、理事長は教師たちを手で制し、比較的冷静に枢に尋ねた。
「ふむ、これはどういうことだ?」
枢も理事長であればそうくるだろうと考えており、事情説明を始めた。
「今回、俺たちは討伐対象であるこの四体を発見し、交戦。後にシンが従えました」
「シンが……」
教師たちは未だ警戒しつつ、理事長はシンを見やって枢を見て最後にメンタを見て頷いた。
「一度は討ち取り、今は式神として扱っております」
「ふむ……」
理事長は少し黙り、枢とアイコンタクトや隠し式を躱して必要な情報を引き出していく。
理事長と枢は陰陽師院設立前からの仲であり、古い友人関係でもある。そのため枢が何の考えも無しに引き入れることはしないだろうと考えていた。
枢もフールエンリルたちをそのまま引き入れたわけではなく――その続きは教師たちの唾棄によって行われた。
「しかし……妖魔とは……」
「これも呪われた姫の宿命か……」
迂闊にも一番事情を知らないメンタの前で口にしてしまい、理事長はすぐに手で制した。
「これ!」
それを言った教師たちも己の迂闊加減に失策を感じ、気まずそうに視線を逸らした。同時にシンは数歩後退った。
「何ですか、それ?」
当然メンタは気になって教師の一人に問いかける。
「……お前は知らなくて良いことだ」
それはあまりにも愚策。メンタは眉間を寄せ、右手を教師に向けた。
「ムッカ。オレだけ仲間はずれとか良い度胸してますね。――能力発動!」
右手から謎の伝播が放出され、無防備だった教師に当たる。
「ビガガガガガガガガガガガガ」
まるで扇風機に声を当てているかのような軋んだ声色を聞き、枢が真っ先に叫んでメンタに詰め寄った。
「メンタ――っ」
メンタは魔手を難なく躱し、教師を促す。
「さーあ、キリキリ言っちゃってください!」
「止めんか!」
理事長の静止は洗脳された教師に届かず、その口から語られてしまう。
「の、呪われた姫とは幻想郷の北の端にある古ぼけた古城で今は廃墟と化している場所だ。シンはそこで拾われた子供だが何かと曰くつきで妖怪を呼び寄せたり何もない場所で人がつまずいて死んだりしている。これはどう見ても神の祟りだ」
ほうほう、とメンタは頷いて、枢は必死にメンタを捕まえようとする。
「要するに人肉狙いの妖怪に襲われて自分たちの不注意をシンの性にしたってだけですよね」
メンタの的確な指摘に他の教師たちが一斉に眼を逸らした。
「それだけじゃない。偽装しているがシンの体の半分は妖魔だ。これを呪われた姫と言わずしてなんといおうか」
「身分はどうやって判明したんですか?」
確信を突く問いに枢はなりふり構わず飛びかかり、メンタは軽く跳躍して躱し、地面に伏した枢の背中に着地した。
「香霖堂で借りた水晶玉だ」
教師の言葉を聞き、メンタは腕を組んで首肯した。
「納得です」
「――――ッ!」
その当人であるシンは一番知られたくなかった事実を知られ、扉から逃げようと踵を返した。が、メンタの瞬間移動にも等しい移動速度にはついて行けず、退路を阻まれてしまう。
「しかし回り込まれてしまいました!」
「退いて!」
シンは一切の躊躇いなく呪符を投げようとして、メンタは動作前に距離を詰めてその腕を押さえた。
「まあまあ落ち着いてください。例え妖魔だったとしてもぶっちゃけそれが何ですかで終わりますから」
シンは振りほどこうと力を入れるがメンタの力を超えることは出来ない。それでもシンは泣き喚き、顔を歪める。
「そんなわけない! 私の……私の本当の姿見せたらそんなこと言えない!」
ふぅん、とメンタは呟いて言葉を続けた。
「終わりますよ。だってキモかったらキモイってはっきり言いますし」
メンタのあまりにも無遠慮で辛辣な言葉に枢は立ち上がって叫んだ。理事長にしろ教師にしてもそこまで言うか、と思わせるほどだ。
「いくら何でも遠慮が無さすぎるぞ!」
そんな言葉にメンタは疑問を覚えた。
「遠慮? してどうするんですか? むしろ同情して心にもないことを言う方がよっぽど質が悪いでしょう」
それはそうなのだが――と、枢が思う間にシンは腕をほどき、駆け出そうとするがメンタは超人的な反応速度でシンの腕を掴んで留まらせた。
「しかし回り込まれてしまいました! って二度もやらせないでくださいよ。別に見せたくなければ見せなければ良いんですよ」
「でも……でも!」
シンは己の醜さを知っている故にメンタに知られて欲しくはなかった。しかしメンタはそれがどうしたと言わんばかりに軽口を叩いた。
「見せてくれたらそれで同人誌ネタにしますから」
『それはやめとけ』
この場にいる全員が一瞬で冷静を取り戻して突っ込み、メンタは一息吐いてから理事長の方を向いた。
「で、話合いの方はもう終わりましたか?」
急な話題転換に理事長は一拍置き、問題点を戻そうとする。
「メンタよ、この問題はそれで終わって良い話では――」
理事長が問題点を戻そうとする前にメンタは口を開き、大きく肩を竦めた。
「その程度ですよ。終わってるなら犬ッコロたちを連れて十二姫でも潰しに行きましょうか! あ、能力解除です」
余談だが十二姫の大半は未だ療養中であり、フールエンリルたちをけしかければ今度こそ陰陽人生は終わりを告げる。
能力を解除された教師は少し虚空を見つめ、徐々にやられたことを思い出して顔を怒りに染めた。
「……ハッ!? め、メンタ貴様! 教師に手を挙げるとは何事だ!」
怒り心頭の教師に対し、メンタは何十通りの煽りから最も効果的だろう方法を実行した。
「他人事~ですっ!」
その場で一回ターンループを決め、右手でピースサインを作って右目付近に持って来て笑顔でキメた。
その効果は充分に発揮され、バカにされた教師は更に怒った。
「ふざけるな! 一体何様のつもりだ!」
「オ・レ・様です!」
足は肩幅に開いて両手を拳にして左手を前に突き出し、その上に右手を突き出して額の位置まで上げ、下にロールして太ももまで来ると左腕を腰位置まで引き、右手肘を頭上まで上げ、右拳を一気に下へと落とす。
オリジナルヲタ芸の一つである『腐屈のロザリオ』を見せつけられ、教師はもはや言葉に詰まった。
「こ、こ、この――」
メンタの反応センサーは目の前の教師がいよいよ沸点寸前ということを見込み、数歩距離を取りつつ、時間指定のスペルカードをセットして、煽る。
「暴力ですか? 振るっちゃいますか? 教師が生徒に暴力しちゃうんですか? それは体罰ですよ。法的にアウトな奴ですよぉ~。クビになりたいんならどうぞ。あ、それ、陰陽師! レッツゴー!」
一回拍手し、左手は胸の前に、右腕は伸ばして顔も右腕の方を向いてポーズを決める。そこへ時間指定したスペルカードが発動し、チーンという音が鳴った。
それをきっかけに教師は呪符を取り出してメンタに投げつけた。
「呪符・八卦火炎!!」
「馬鹿野郎!」
枢はメンタの間に入ろうして、メンタはすぐに隣にいたフールエンリルの背に隠れた。
「ほい肉盾!」
火球がフールエンリルに当たり、ダメージこそ無いが地味な熱さに叫んだ。
「熱ッ!! てめ、この赤毛ゃぁぁ!!」
フールエンリルの叫びは無視し、背中からひょっこり現れては不気味に笑った。メンタと交戦経験のあるバインパイアとインアンドセクトはそれを見てすぐにフールエンリルの腕を取って距離を取り、ガシャポンドクロも嫌な予感を感じ取って泣いているシンを担ぎ上げた。
メンタは異常にニヤニヤしつつ弾幕を見えなくして放出し、室内一面に待機させていく。
「あ、それと差別と偏見って知ってますか。虐めの原因とか教師の不審死の一番の原因になるそうですよ。この場合は諸にシンが当てはまってしまいまして、ぶっちゃけそういうの見ていると無性にコロコロしたくなるわけですよ。と、いうわけで――」
枢は無駄に長いメンタの口上の声色が一瞬にして変化したを見取り、しかし注意喚起は間に合わなかった。
「死んでくれますかね? というより死にやがれDES!!」
部屋中に張り巡らされて隠されていた術符、呪符、弾幕が一斉に姿を現し、教師に牙を剥いた。
「なっ――」
教師たちはまさか手を出されるとは思っていなかったのか動くことは無く、その中で動いたのは事前に準備した枢と理事長だけだった。
「術呪符封印!!」
「スペルカード発動! 戟符「相互迎撃」!」
枢の支援によって術符と呪符は一部が無力化され、理事長のスペルカードによって一部が迎撃された。だがメンタが用意した数は一万を軽く超える。中には陰陽術の中では禁忌とさえされている術返しや蠱毒の呪いを溜め込んだ札もある。
その中でも枢たちに効果的だったのが、”攻撃が封じられたらその場で爆発する”と設定された札だった。
「ぐあっ!」
「うっ――!」
理事長室が文字通り跡形もなく吹っ飛び、枢を含む教師たちは軒並み壁に叩きつけられ、もしくは上空に放りだされて地面に落ちていく。唯一、理事長だけは生き残って……一番割を食うことになった。
「邪魔してんじゃ無ェですよ! そういうクズは、今! ここで! 一旦固形化して液状に溶かして気泡にするのが一番良いんでやがりますよ!」
「ぬぅぅ!」
人間という部類では最上位格に近いメンタの猛攻を理事長は一人で食らうことになり、被害が出ないように上空へと逃げる。
その一連の動作をよく分かっていたフールエンリルたちはシンたちの住む私室方面へ逃げており、これからの居場所が潰されては叶わないと可能な限り弾幕を迎撃し、教師たちを引き摺る作業に従事した。
「っと、こりゃ俺たちも危ないかもな」
「こっちの回収は終わったぞ」
力のあるフールエンリルとガシャポンドクロが医務室に教師たちを放り込み、教室の方へ戻って来ると辺りにクレータが出来はじめていた。
「ホント、あの赤毛の沸点が分からないわね」
「全くだ」
「何処に地雷があるか分からない」
四匹ともに愚痴り、弾幕の流れ弾を迎撃していく。その中にシンの姿もあり、泣いて真っ赤になった目を擦り、上空で荒れ狂っているメンタを見ていた。
「シン……」
バインパイアが気に掛けるとシンは首を横に振った。
「大丈夫。メンタ見てたら馬鹿馬鹿しくなった」
「案外そうなるように仕向けていたのかもな」
と、ガシャポンドクロが言うとシンは呆れた表情で言った。
「狙ってない」
「嬢ちゃんの言う通りだな」
「赤毛がそれを狙ってやるほどお人好しじゃないわ」
「ああ。だな」
五匹の妖魔の笑い声が聞こえ、空へと消えていく。




