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東方幻想腐女録  作者: グラたん
第一章
42/119

第三十八話 金は所詮自分が遊ぶためにある

グラたん「第三十八話です!」

パル「お昼ごはん出来たよ~」


 メンタが居なくなって数週間が経過した博麗神社。

 普通に考えれば廃れ錆びて掃除もされていないようなイメージしか浮かばないが、今はその真逆だ。神社の階段から順路、帰路まで掃除されておりお堂だけでなく賽銭箱まで綺麗にされ、やや埃被っていた母屋も新築同然の如く輝いていた。

 そんな博麗神社の母屋の台所からはきつねうどんの出汁の香りが漂ってくる。


「霊夢、ご飯出来たよー」


 台所にいるのは巫女ではなくメイド。薄紫色のポニーテイルを揺らし、上機嫌に鼻歌を謡いながら昼食を作っている彼女の名はパル。

 メンタがいなくなった博麗神社の唯一の働き手であり、巫女仕事もしている。


「持って来てー」


 返り、仕事もせずに居間でグータラするのは博麗の巫女である博麗霊夢。通称引きヒニート。


「もー、しょうがないなぁ」


 そんな霊夢の面倒を見ているのがパルであり、紫に言わせれば『人を駄目にする生態兵器』らしい。

 ――何もしないでも栄養のある御飯が出てくる。幸せ!

 と、霊夢が思うようになったのはパルを借り受けた夜からだった。

 パルは二人分のきつねうどんをお盆に乗せ、白いエプロンを外して椅子に掛け、昼食を居間へと運ぶと……霊夢はこのまま永久にだらけているのではないかと思わせる程だらけながら漫画を読んでいた。


「あー! またこんなに散らかして!」


 それを見てパルも怒るには怒るが口だけだ。お盆を机に置き、霊夢が読み散らかした漫画を重ねていく。


「だらぁ~」

「もぅ……」


 片付けていると中庭に誰かが降りたつ気配がして外を見るとちょうど魔理沙が箒から降りた所だった。


「ちわーぁ…………」

「あー魔理沙ぁー」


 霊夢は魔理沙を見ても生返事を返し、魔理沙は思わず半眼になって呆れた。


「魔理沙、いらっしゃい。どうしたの?」

「いや、霊夢が必要以上にクズになっていると思ってな」

「酷い!」


 霊夢は抗議するがそれを擁護出来る者はここにはいない。いや、どこにもいない。


「事実だからしょうがないね。魔理沙も食べていく?」


 パルの好意に魔理沙は頷き、パルは用意していた自分の分を魔理沙に渡してもう一人前を作りに台所へ向かった。


「おー、貰っていこうかな。それと藍から伝言だ」


 藍から、ということは大抵紫が何かした時の言伝だということを霊夢は知っているため、あまり気乗りせずに促した。


「何よ」

「道真がレミリア連れて逃げて、ガシャポン共もトンズラしたらしい」

「あっそ」

「で、その道真が妖怪山の南にある陰陽道場を能力で乗っ取ったって話だ」

「ふーん」


 三つの返事を返す頃にはもう完全に興味を失っており、パルが用意したきつねうどんに手を付けていた。


「お前な、もうちょっと関心しろよ」


 そういう魔理沙もうどんが伸びては作ってくれたパルに悪いと思い、箸を手に持って食べ始めた。


「で、それだけ?」

「藍が道真を何とかしろってさ」

「がんばー」


 霊夢の生返事に魔理沙は遂に声を荒げた。


「お前もやれよ!」

「いやよ。私に何のメリットがあるのよ」


 そう、このクソニートは金が無ければ動かないのだ。決して善意やボランティアという言葉とは無縁である。

 魔理沙もそれを聞いて溜息を吐きながら答えた。


「陰陽道場を一つ潰したら賞金100万。道真殺ったら2憶」


 2憶。それだけあれば神社全体の改築だけでなく塗装まで出来、生きていく上で当面は困らない資金だ。

 博麗神社の現在の収入源はメンタのイラストや同人誌が主なため入って来るお金は月額二千万~数億と安定しない。


「よっしゃー燃えて来たぁぁ!!」


 ただしこのクソニートは改築だの塗装とかどうでもよい。金は所詮自分が遊ぶためにあり、それだけあれば地下の漫画図書館も夢では無いと奮起した。


「現金過ぎるだろ!?」

「道真の野郎は生死問わずで良いのよね? ね?」


 霊夢の食いつきように魔理沙はいつものことながらドン引きした。


「あ、ああ……」

「やるわ! ぶっ殺すのは得意だもの!」


 が、いつもと違うのはパルがいることだ。自分の分を作り終えた彼女は居間に戻って来て霊夢の発言を窘めた。


「女の子が軽々しく殺すなんて言っちゃ駄目だよ、霊夢」

「パル……」


 魔理沙は感心していない。確かに『殺す』とか『殺ってやる』とかは良くない言葉だが、パルとて妖怪を叩き切ったり実の妹を殴り飛ばしたりはしている。しかしそれはあくまでも悪い妖怪を倒しているだけであり、良い妖怪までは倒さない。

 その点、霊夢クズは妖怪は皆死ねと言わんばかりに倒す。


「そうだぜ。そうやって誰かの命を軽んじるのはお前の悪い癖だ」


 と、魔理沙も自分の所業は棚上げにして霊夢に言い聞かせる。


「ちっ」


 霊夢は、パルに言われるならまだしも魔理沙に言われると何故か腹がたった。


「何で舌打ちした!?」

「でも2憶かぁ……それだけあったら咲夜喜ぶかな?」


 不意に呟いたパルの言葉を聞き、魔理沙は否定した。


「誰かを殺した金を渡されても咲夜は喜ばないと思うけどな」


 尤もな意見を言われ、例えそのお金を咲夜に渡したところで色々な意味で泣かれることは間違いない、とパルは思う。


「だよね~。止めておこうっと。――いただきまーす」


 パルも昼食を口に運び、霊夢は急いで掻き込み、魔理沙は普段のペースで食べ進めていく。

 ――そこがパルの良い所なんだろうな。

 魔理沙はふとパルを視つつ食べ進める。

 パルは基本的に金に無頓着な人間だ。それは生きる上で必要以上が常に満たされている上で、彼女には常に多くの幸運が降りかかっていると魔理沙は思う。

 あり得ない、とも思う。そも、生物というのは幸運と不幸を両方ほぼ均等に合わせ持つ種族であり魔理沙や霊夢とて例外では無い。しかしパルは異常な程に幸運だ。

 聞けばパルとメンタは『人間が隷属化された地球』で今までとほとんど変わらない人生を送っていたらしい。当人は庇護者が居たから、と言っていたがそれはあまりにも運が良過ぎる。

 ――まるで主人公補正が付いているみたいな人生だな。

 そう魔理沙は思い、幻想郷に来て尚、運よく紅魔館に拾われてメイドとなり、運よく戦闘能力に恵まれ、人にも恵まれ続けている。

 では、その対価となる不幸は一体誰が引き受けているのか――。

 

 不意にパルの背後で誰かが微笑んだ気配がした。

 

 悪寒を感じ取った魔理沙は辺りを見回すが特に何もなく、パルにどうしたの? と聞かれてしまい、少々返答に困る。

 結局は何でもないとはぐらかすのだが、魔理沙は首を傾げた。


 



 昼食を食べ終わり、食後の余韻を楽しんでいると魔理沙のポケットから着信音が鳴った。


「ん? 通信か」


 ポケットから一枚の札を取り出して手前に持って来るとパルが覗き込んだ。


「通信?」

「これは通信符と言って特定の相手限定だが通話出来る割符だ。ちょっと席を外すぜ。――もしもし?」


 魔理沙は席を立ち、霊夢は再び寝っ転がったのを見て、パルは丼の片付けをすることにした。


「今のうちに片付けて来ようかな」


 食後のお茶も二杯目に差し掛かろうとする十数分後。廊下に出ていた魔理沙がげっそりした様子で居間に戻って来た。


「おまたせ~。どうしたの?」


 パルの問いに魔理沙はげんなりした視線を向けた。


「……咲夜の奴がパルの様子を確認しただけだ」


 その内容もパルの生活や霊夢に変な事されていないかとかの仔細を聞いてくるため魔理沙はここ最近のことを思い出しつつ答えさせられていたのだ。


「咲夜が……心配性なんだね」

「色々思う所もあるみたいだしな……。で、そうそう。それよりもパルにも聞いて欲しい話があるんだ」

「なぁに?」

「が、話す前に先にこれやってみてくれないか?」


 魔理沙が懐から取り出したのは透明な水晶玉だ。


「これは?」

「霖之助に貸して貰った鑑定玉って道具だ。寿命とか体質まで分かる」


 と、そこで霊夢が珍しく興味を持って口出しした。


「もしかして魔理沙が言いたいのはパチュリーが前に言っていた不老長寿の話?」

「ありていに言えばそうなるな。だけどあれは飲ませて良い相手とダメな相手がいるんだ。もっと具体的にいうとただの人間が不老長寿の薬を飲むと逆に寿命を縮めることもある。そのため間違って飲まないように先に判定して置こうってことだ」


 そも、不老長寿の薬は心身ともによく鍛えられている人間でも死ぬことがある一種の劇薬だ。これを作っているのは八意製薬――要するに永琳なのだが、人間の大抵はこの劇薬を欲するため滅多に売ることは無く、売るとしても無理難題を吹っ掛けることが多い。咲夜が飲まされたのもこの劇薬だ。

 余談だが能力者が服用した場合はただの寿命を延ばす薬となる。


「そっか、パチュリーに無理やり飲まされて死んだら嫌だからね」

「ちなみにメンタは適正ありで本人も望んでいたから一本は製造中だ」


 メンタが飲むのであれば――と、パルも頷いた。

 ちなみに不老長寿の調合に使われる素材は幻想郷にあるものだけでは作れないため、半分程度は紫を頼った外部受注をしなければいけない。そのため博麗神社関係者へのお値段は通常価格の半額となっている。


「分かった。一応ボクも検査してみるよ」

「検査方法は簡単。この水晶玉に手を当てるだけだ」

「分かったよ」


 先に固定するための座布団を置いてから机の上に置き、魔理沙に促されてパルは水晶玉の上に手を置いた。

 従来の人間であれば白く、能力者であれば灰色に澱む。また妖怪が振れれば黒く濁るのが特徴だ。そうなる原理は魔力に由来する。人間の九割方は魔力を持たないためであり、能力者は魔力が通っているため灰色に、妖怪が黒なのは魔力量が多く強いため色濃く反映される。

 しかしパルの結果は輝く黒だった。


「ねぇちょっと魔理沙、これって……」


 霊夢もそれを見て怪訝そうにした。


「どうかな?」


 パルに問われ、魔理沙は少し悩んだ後で答えた。


「……パル、気を悪くしないで欲しいんだが……お前、半神だ」

「半紙?」


 見事なボケに魔理沙が突っ込んだ。


「違う違う。神格ってことだ」

「神格?」


 パルは首を傾げるが、巫女である霊夢は目を丸くした。


「神格というのは神様の序列のことよ。そう呼ばれる存在は例え末端であっても神の一柱として数えられるの」

「ということはボクは半分神様ってこと?」


 霊夢の説明にパルは聞き返し、二人は頷いた。


「そうなるな。だけど今の状態は人間でところだ」

「半神……」


 霊夢たちは神格についてはそれ以上深く言わず、はぐらかす。否、それ以上は問われても答えられないのが現状だ。何故パルが半神なのかと言われても分からない。


「で、半神の場合、寿命は人間の約1000倍だから10万歳は軽く超えるな。最もパルの場合なら持前の能力で自分の寿命を引き延ばしたり美容に使うことも出来るだろうけど」


 つまり、不老長寿の薬要らずということをパルも解り、頷いた。


「あ、そういう方法もあるね。でも半神かぁ……」

「ちなみに何種なの?」


 霊夢の問いに神様の知識が幾らかあるパルは驚いた。


「種類があるの?」

「そりゃ神にも種類があるし中には紫みたいに一神一種なんていう種類もあるわ。で、どうなの魔理沙」

「そこまで設定弄ってなかったら分からない。ちょっと待ってろ……」


 魔理沙は水晶玉に手を伸ばし自身の元まで持って来ると手元で弄り出した。


「じゃあ、その合間にちょっと補足してあげる」


 霊夢が神の種類について語る。

 神の種類は、神はまず『善神』と『邪神』の二種類に分類される。八雲紫であれば『九十九神・九尾』となり、八坂神奈子であれば『善神・御柱八坂神』、洩矢諏訪子であれば『善神・諏訪大社黒鉄之神』に分類され、そこから更に火、水、木、金、土、雷、天、地、霊、獣、時、死、冥に分類される。


「終わったぞー」


 設定を弄り終えた魔理沙が声をかけると霊夢も講義を切り上げてそちらにパルを促した。再び水晶玉を座布団に固定し、促す。


「手を乗せれば良いんだよね?」

「そうだ」


 魔理沙の頷きに合わせて水晶に手を乗せると再度輝き出した。


「さて……」

「どうなの? どうなの?」

「ワクワク」


 三者三様に結果を楽しみに待ち、水晶に一つの紋様が現れる。紋様は善であれば白く、邪であれば黒くなり、仔細は一文字で表される。

 水晶に映し出されたのは”黄色と月”。


「……マジで?」


 魔理沙は対神表を見て、表に無い裏の一種欄を見た。


「なになに? 気になるわね」

 霊夢も表を覗き込み――それを押しのけて魔理沙は表を机に置いた。


「――固有種だ」


 魔理沙が指を差した箇所を霊夢も確認し、その表情は一気に険しくなる。


「嘘でしょ……」


 ”黄色と月”が表すのは月姫――。

 パルはそこに書かれている事がよく分からず魔理沙に問う。


「どういうこと?」

「えっとだな……パルは神格の中でも強力な個体、固有種と呼ばれる一人一種の種族だ。つまり紫と同じってことだ」

「うーんそれって凄い事なの?」


 そもそも一般視点が強いパルからすれば神様扱いされたところで実感は湧かず、やはり首を傾げてしまう。


「実感は湧かないだろうけど凄いことだぜ。何せ確率で言えば1兆の1匹居るか居ないかくらいの確率だ。ぶっちゃけ希少って言葉じゃ済まされないような事態だ」


 そうなんだ~、とパルは頷き、危機感の足りなさに霊夢は忠告する。


「パル、この事はあまり言いふらさない方が良いわ」

「なんで?」

「悪い奴に狙われるから」


 端的かつ分かりやすい言葉に、しかし霊夢の至極真面目な表情にパルは姿勢を正して頷いた。とはいえ、パルを襲った所で大抵は返り討ちに遭うし、囚われたら囚われたでレミリアを筆頭として咲夜たちも動くだろうことは予想が付く。更にそんな状態の姉を妹が放っておくわけもない。


「分かった。言わない」

「でも紫には一応言っておくわ。万が一の時は頼りになるからね」


 最悪、紫一人が居れば大抵はどうにかなる。それこそ幻想郷が危機になるくらいの規模でもなければ紫が敗北することは無い。


「だな。パルも良いか?」

「任せるよ。霊夢たちなら信じられるからね」


 パルの何の懸念も無い信頼に霊夢は少し照れた。


「……ありがと」

「照れてるぜ」

「う、うるさいわね!」


 霊夢は照れ隠しで怒って漫画を投げ、パルは片手で受け止めて机に置いた。


「まあまあ」

「どうどう」

「あたしゃ馬か!」


 二人の口撃で霊夢は頬を赤くし、冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。



 それから一刻ほどのんびりし、霊夢たちは立ち上がった。その間に部屋もだいぶ片付いており夕食の下拵えも終えている。


「さてと、それじゃそろそろ道真狩りに行きましょうか!」


 懸賞金2憶の首を探す当てのある旅へと彼女たちは出かける。霊夢はいつもの巫女服に弾幕を何枚も仕込み、魔理沙も束縛の術式や速度重視の札をポケットに入れていく。


「おう!」

「ボクも行っていい?」


 パルはメイド服では無い、ワンポイントの半袖に膝丈近いスカートを着ており、腰には上着を巻き付けている外出姿だ。


「良いわよ。基本的には三人で行動するからね」

「相手は精神系能力者だ。発見すると同時に攻撃だ」


 サーチアンドキル。別名を先手必勝。それが精神系能力者が敵対した場合の最も勝率の良い勝ち方だ。


「了解!」

「それじゃ出発よ!」


 霊夢たちは勇み足で飛翔し、まずは情報収集元である里へと向かった。



「で、結局開始一直線に来るのがここか」


 里、香霖堂。幻想郷の中で道具屋だけでなく情報も売りに出しているのは香霖堂か妖怪山のブンヤ鳥くらいだろう。それに今日は売り出し日らしく玄関前には20%オフと書かれた旗がはためいていた。


「ぶっちゃけ霖之助に頼むのが一番早いのよね。こんにちはー」


 ガララ、と引き戸を開けると中からは骨董品特有の香りとお香が混じった香霖堂独特の匂いが漂ってくる。店の奥で椅子に寄りかかって新聞を読んでいるのは霖之助だ。


「ん、霊夢に魔理沙ですか。いらっしゃい」


 おう、と魔理沙が手を上げて中に入る。


「あとパルもいるぜ」


 その後に続いてパルも中へと入り、お辞儀した。


「こんにちは~」


 ガタン、ゴロゴロ、と霖之助は椅子から転げ落ちるほど驚いた。


「パルを見たくらいで驚くなよ」

「ちょ、ちょっと待っていてください!」


 パルを視るなり霖之助は急いで奥へと駆けこみ、姿を消した。


「どうしたのかな?」

「寝癖に一票」

「体臭と見た」


 霊夢と魔理沙は理由が分かっているためニヤリと笑い、パルは首を傾げた。

 実際はそのどちらでもなく、対パル用の着付けを用意していたのだが唐突の訪問は予期できないため今急いで支度を整えている所だ。


「何の話?」

「こっちの話だ。さぁて物色物色」

「レトルトレトルト……」


 二人はいつも通り物色を始め、棚を開け、隠し扉を開け、パルは二人の腕を掴んで怒った。


「こらっ! 勝手に持っていったら泥棒だよ!」


 二人はジタバタと動き、特に魔理沙は弁解した。


「いや私元々盗人なんだけど……」

「ダメ! 霊夢も、ボクのご飯そんなに美味しくないの?」


 それを言われたら霊夢とて弱る。パルがいるおかげで堕落出来ているのであり、レトルトよりも手料理の方が美味しいのは自明の理だ。


「えっ……やー、そういうわけじゃないのよ? だけどパルが帰った後のことを考えて――」


 などと言い訳をしていると手に取っていた高級カレーのレトルトパックをパルに奪われ、魔理沙も茶葉を奪われて泣き目になる。


「偶に作りに行ってあげるからレトルト禁止! ほら魔理沙も盗まない!」

「ぎゃー!」

「性分なんだぜー!」


 二人ともに釣られかけている魚のように、もしくは猫じゃらしに群がる猫のようにパルの持っているレトルトに手を伸ばしては阻まれている。


「……何しているんですか?」


 身支度を整えた霖之助が戻って来るとそんな光景が広がっており、若干溜息交じりに聞いた。


「あ、霖之助さんも二人を止めてください」


 パルの言葉に霖之助は、ああ……と嘆息した。


「今更ですよ」

「今更!? 二人ともどれだけ迷惑かけてるの!」


 そんな事実にパルは驚き、霊夢たちは苦笑いして明後日の方を向いた。


「うっ……」

「へへ……」


 ――ストッパーがいるだけでこんなに違うのか……。

 霖之助はそう考えつつも椅子に座って用件を聞いた。


「さて、三人揃って今日はどんな用事ですか?」


 霊夢も雰囲気を変えて真面目な表情で霖之助に迫った。


「紫から聞いていると思うけど菅原道真の行方について教えて頂戴」


 なるほど、と霖之助は呟いて商売人の表情で霊夢を見上げた。


「――何か商品を買うなり注文するなりしてくれたら教えますよ。何せ二人のおかげで二か月前から赤字なんです」


 二ヶ月、と言ってはいるがその原因は主にレトルトやらお菓子やお茶の出費であり霊夢たちが物色しなければ黒字になっていてもおかしくない。

 霊夢は自信満々に腰に手を当てた。


「感謝しなさい」

「何故に!?」


 代わってパルはそういう事情なら、と霊夢を下がらせた。


「それなら調味料買って行こうかな。砂糖とシナモンと胡椒がそろそろ切れそうだからね」


 助かる――と霖之助は小さく呟いて交渉に応じた。

「お買い上げありがとうございます。ちなみにどのくらいお求めでしょうか?」


 その脳裏でドーナツとかキュロスでも作るのだろうか、と霖之助は考えてしまう。次いで自分も食べたいなぁと考えつつ、良い揚げ油をオマケして置こうとも思った。


「ん~、各500gずつと……あとお揚げありますか?」


 お揚げとは油揚げの事を指すのだが近年では油揚げの呼び方が浸透しており、お揚げという呼び方は年配の口以外からはあまり聞かない。かくいう霖之助もお揚げ派であり親近感を感じた。


「ありますよ。稲荷にするんですか?」

「それも一つあるけどメンタの性で山の狐さんたちが駆り出されていたみたいだからお詫びしたいなぁって思って」


 パルの計らいに霖之助は感心しつつ、少し値引いておこうと考える。パルや咲夜がこうして大量の食材を香霖堂で買い付けることは珍しくないため大切なお得意様となっている。


「なぁパル」

「どうしたの?」

「ふと思ったんだが調味料は1gずつ買ってお揚げは一枚から量産すれば良いと思うんだが?」


 が、魔理沙の意見によってその値引きは無くなろうとしていた。


「私の店を破産させる気ですか!?」


 霖之助の悲痛の叫びが店内に木霊する。調味料やお揚げとて一枚一枚違うため完全量産が出来るパルの能力は商売人にとっては天敵だ。

 咲夜にも重々注意されているため、パルは首を横に振るって否定した。


「能力を悪事に使っちゃ駄目だって咲夜が言ってたからそういうことはやらないよ。それに霖之助さんに悪いからね」

「真面目ねぇ……」

「メンタにも見習わせたいぜ……」


 自分のことは完全に棚に上げて呟く。そのメンタはというと来る度に値切りを行われ、ギリギリ黒字になるくらいまで値下げを要求されるため二重の意味で商売人泣かせな客だ。

 霖之助は嬉し涙を流しつつ頷き、パルは霖之助に向き直った。


「それでいくらくらいになりそうですか?」

「はっ! え、えっと……お揚げがいくつ必要かにもよりますね」


 枚数を聞かないことには値段も決められず、パルも言ってなかったことを思い出して換算した。


「ざっと千枚くらいあれば良いと思います」

「せ、千枚……では、お揚げの方は後程お届けする形で良いですか?」

「分かりました。お願いします」


 一体どれだけの狐に迷惑をかけているのだろうと脳裏で考えつつ、霖之助は最近になってようやく紫が持って来てくれた魔力式自動電算機を起動し、打ち込んでいく。


「相場から考えて……砂糖が三百円、シナモンが七百円、胡椒が五百円とお揚げ千枚……一枚十円だから一万と千五百円になります」

「手数料は良いんですか? あと税込みとか……」


 幻想郷も何もかもが紫によって賄われているわけではなく、幻想郷に住むに当たって税金の制度を設けている。しかし地球程ルーズではなく、その年の収入の5%を修めさせているのだ。そこは妖怪も人間も同様だ。


「手数料は込みで良いですよ。税は元々ありません。立地の整備と管理と安全保障は紫さんの仕事ですからね」

「そうなんですね。はい」


 お金を一括で支払い、霖之助は受け取って数えていく。


「ひーふーみーよーいつむー……はい、確かに。毎度ありがとうございます」


 受け取ったお金を仕舞い、品を袋に詰めて渡し、パルはそれを空間に仕舞った。


「で、情報は?」

「ちょっと待ってくださいね」


 霊夢の催促に霖之助は立ち上がって奥へと入って行く。霖之助が居なくなると霊夢と魔理沙が愚痴りだした。


「もっとサービスすれば良いのに」

「霖之助さんも商売があるからね」


 と、パルが答えると魔理沙が追撃した。


「破産すれば良いのに」


 魔理沙の毒にパルはふと疑問を覚えた。


「魔理沙は霖之助さんに何か恨みでもあるの?」


 普通に考えれば、ここまで言われて良く出禁にならないなぁ、とパルは思う。加えて毎回来る度に強盗に遭っていれば相応にストレスも溜まっているはずだ、と思う。


「いや無いぜ。むしろ良くしてもらってる」


 そう魔理沙が言うとパルは霖之助を擁護した。


「ならそういうこと言うのは良くないよ」

「そりゃ分かってはいるんだけど性分なんだよ。見逃してくれ」


 でも――とパルが続けると霊夢が割って入った。


「そういうのも幻想郷は受け入れてくれる場所だからね。パルもあんまり自分の価値観を押し付けるのは良くないわよ」

「うーん……そういうものなのかな?」


 パルとしては納得しかねる事柄だが、確かに幻想郷であれば受け入れかねないとも考える。そも、紫がそういう風に作っているからだとも言える。


「現にメンタの性格も私たちは受け入れつつあるわ」

「そっか……そうだね」


 と、パルが頷いたところで霖之助が戻って来た。


「パルさん騙されないでください。そう言っても盗みや自堕落が正当化されるわけではありませんから」

「そうなんですよね……難しいなぁ……」


 うんうん、とパルは唸り、霖之助は遠い目をした。

 ――私にとっては日常茶飯事な問題もパルさんは真面目に解決しようとしてくれている。本当に嫁に欲しい……はっ殺気!?

 邪な思考は天敵だ。霖之助の背中にはナイフが刺さっており、間違いなく咲夜の仕業だが、手慣れた手つきで素早く抜いて捨てて止血した。


「ば、馬鹿な……思考さえも許されないというのですか……」

「霖之助さん?」


 パルに問われ、霖之助は笑顔を作って続けた。


「いえ大丈夫です。さて、居場所でしたね」


 ――そこで誤魔化す辺り気があることがバレバレだぜ。

 魔理沙と霊夢にはしっかりとバレており、突っ込むのは野暮だろうと見逃された。

 霖之助は水晶玉を取り出し、次いで地図を広げた。水晶玉は『人探しの魔法』が付与されており、特定の人物を探す際には便利な代物だ。

 地図は多少大雑把ではあるが幻想郷の概ねを記載してある。


「どれ……」


 水晶玉が輝き、霊夢たちも覗き込んだ。そこに映っているのは幻想郷の地図と示し合わせれば南の方角にある森林だ。


「どうだ?」


 そこから少し拡大し、範囲を広げるとより正確に場所が判明してくる。


「これは……森……山? いえ、近くに陰陽師の紋様が見えますね」

「おいおいまさか博麗神社の近くとか言わないよな?」


 魔理沙の見当違いな言葉に霖之助は否定した。


「いえ、位置的に南の方なので豊麗神社の方ですね」


 あまり聞き覚えの無い神社にパルは聞き返した。


「豊麗?」

「ええ。豊麗神社はパルさんたちよりも少し前に幻想郷に転移してきた神社の一つで守矢神社の次に勢力の大きい神社です」


 豊麗神社は規模で言えば守矢、博麗よりは小さいが陰陽師院をそのまま取り込んでいるため勢力が強い。更に周囲は森林があり、崖が多いため陰陽師院からも毎年死人が出るほど苛酷な場所となっている。

 そこから更に南には樹海が広がっており、最南一帯は樹氷地帯が広がっている。


「なら北にもあるの?」


 幻想郷の北南は地球に似通っているため何時でも寒い。特に北一帯は氷河が連なっており、海は凍り、地球では希少となった北極熊や白鯨の姿が見られる。余談だがそこで取れる魚類、主に鮭とイクラは苛酷な環境を生きているということもあり漁の季節になれば一匹一万円するほど美味しいらしい。


「北は氷山や雪原の多い地域ですから神社自体ありませんよ。ただ、好んで住む妖怪はいますけどね」

「そうなんだ~」


 聞くことを聞き終えた霊夢は立ち上がり、店を出ようとする。


「ともかく居場所が分かったから行くわよ」


 豊麗の付近を良く知っている魔理沙は霊夢を止め、霖之助に問う。


「待て待て。もう少し詳しい位置は分からないのか? 南で陰陽っていうとあんまり良い予感しないんだよな……」

「あそこは関所とかの警備が強いですからね。少々待ってください」


 それは道真を擁護しているからではなく、付近の里人や旅人が迂闊に入って死体とならないようにしているためだ。そして森林地帯の生態系を狂わせないためにも月一で伐採や環境整備をしている。

 再び水晶が輝き、情報を調べるが霖之助は首を横に振った。


「ふむ……残念ながら追跡は止めた方が良いでしょう」

「なんでよ」


 霊夢は不満そうに言うが、魔理沙は感付いて聞いた。


「もしかして陰陽寺院の中にいるとか?」

「おそらくは。道真は南の陰陽師とも繋がりがありますからね」


 霖之助は地図の南にある陰陽師院を指差して、その可能性が高いと指摘する。元々南の陰陽師院の卒業生である道真は関係性が強く、その頃はまだ能力に目覚めていなかったため優等生としての待遇が未だに残っている。


「厳しいな」

「強行突破は駄目なの?」

 パルの意見に霖之助は否定した。


「それは……まあ出来なくはないと思いますが、代わりに博麗神社が襲撃して来たとか世間に言いふらされて印象最悪になると思いますよ」


 陰陽師院だけでなく森林地帯にも豊麗神社の防護結界が展開されているため誰が入って何をしているかくらいはすぐに分かってしまう。豊麗と博麗の仲は悪いため紫の手引きによってどちらも不可侵条約を結んでいる。霊夢としても余程の理由が無ければ行きたくもない場所の一つだ。


「そっか……じゃあダメだね」

「ただ、南の陰陽師一門も道真がいると分かれば道真を闘技大会に出場させることでしょう」

「闘技大会?」


 この問いには魔理沙が答えた。


「要は陰陽師の最強決定戦って奴だ。別に陰陽師で無い奴も参加できる。例えば自分の流派を宣伝しに来る奴も結構多いぜ」


 陰陽師院を卒業して独自に流派を開設したり、里で子供たちに陰陽術を教える先達は幾らかいる。幻想郷の東西南北にある四大陰陽師院は学費も高く教えも厳しいため里や町の一般庶民では手が届きにくいこともあり、それを広める意味合いも兼ねて陰陽寺院は黙認している。

 ただしその教えを受けて闘技大会に出て勝てるかというと……そうでもない。例え里や町で教えを受け、自力で妖怪を退治できるくらい修練を積んだとしても陰陽師院の代表生徒はそれくらい出来て当然くらいの実力を備えているため、勝利を掴むことは非常に難しいとされている。


「なら、そこで捕まえて紫に簀巻きにして貰って……いやもう殺処分しましょう」

「ええっ!?」


 霊夢の物騒な意見にパルは驚いた声を出し、魔理沙も霊夢の意見に同意した。


「同意だ。紫が取り逃がすくらいだからな。それならいっそどさくさで殺った方が良いだろう」

「り、霖之助さん……」


 霖之助の方を見ると、深く首肯した。水晶玉の中にはまたしても洗脳ハーレムを作っている道真の姿があり、同情の余地は無かった。


「残念ですが今回は私も霊夢さんたちに同意です。あんな害にしかならなそうな奴を放置しておく意味はありませんし、いつまでも一つの事件に関わっているのは得策ではありません」

「ん? 他に何か事件があったのか?」


 魔理沙が聞き返すと霖之助は少し眉間に皺を寄せ、先程見ていた新聞を取り出して机に置いてから答えた。


「例の無縁塚の事件ですよ。私も気になって調べに行ったのですが、何故かそこに月の兎が派遣されていたんです」


 ブンブン新聞の著者である射命丸が撮って来た記事の中には二足歩行で服を見ている兎耳人間の姿があり、霊夢たちはそれが月兎の兵士であることはすぐに分かった。


「――あのクソ兎共ね」

「なるほど……」


 二人は唾棄しつつも納得するが幻想郷に来て間もないパルは首を傾げた。


「なに? どういうこと?」

「パルさんには後々お話しますよ。私が今言えるのはここまでです」


 答えてくれそうな霖之助もだんまりを決め込んでしまい、魔理沙はそれを以外に思い、もしやと思って聞いた。


「紫に緘口令敷かれているのか?」


 その言葉に霖之助は首肯した。


「ええ。ともかく早期事件の収集を図ってください」


 ならしょうがないと魔理沙も引き下がり、霊夢は一足先に玄関を開けていた。


「了解。行くわよ二人とも」

「う、うん……」

「おう!」


 ――何がなにやら……でも霊夢と魔理沙が怒るなんて余程嫌なことがあったんだろうなぁ……。

 パルは自分の知らない何かが知りたかったが、今は聞かずに店を後にした。


「いってらっしゃい」


 背後から霖之助の声が聞こえ、三人は空中に飛翔した。

 霖之助は香霖堂の戸を締め直し、店の奥へと入って行く。香霖堂は基本的に雑貨屋だが修理修繕も受け付けており、武器の制作も承っている。

 その武器庫が何処にあるのかというと――地下の魔法空間の中だ。この魔法空間は以前パチュリーがレミリアとフランを仲良くさせるために作っていた試作品の一つであり、それを発展改良したのが例の魔法空間だ。

 この空間は100㎥あるか無いかくらいの広さしかなく、元々店の奥にしまってあった鍛冶道具をここにおいて修理や鍛錬が出来るように設計してある。


「さて……此方もやることをやりましょう」


 霖之助は一人呟いて錬成台に置かれている作りかけの巨大な鋏を見やった。例え作りかけであったとしても空間内に置いてある生物以外の物質の時間は止まるため大鋏は熱したまま放置されていた。


「差し当たってはこの大鋏を……ですかね」


 大鋏を固定し、柄の長い巨大な金槌を手に大振りに振りかぶって叩きつけると火花が散り、熱された大鋏の形状が整えられていく。

 そして香霖堂からカァン、カァンと鎚を鳴らす音が響き出した。


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