第百五話 某チョコレート工場のように
チルノ「あたい!?」
大妖精「ちょ、チョコレート!」
燃える燃える。赤い旗。いや、もはや旗とも言えない火刑を見つつ、レミリアたちは生唾を飲んだ。
黒陣営のメンバーはレミリアを筆頭に、フラン、咲夜、橙、勇儀、萃香、紫、魔理沙、諏訪子と神奈子だ。
「鬼か、あんたら!」
「すげぇ……味方をああも簡単に殺害するなんて」
鬼でも火刑は苦しいものだ。火や暑さが弱点のチルノに取ってはどんな苦行よりも酷いことだろう。
「ですが勝負事である以上手は抜きません」
「雪合戦だからそこまで真剣じゃなくても良いのだ」
「やや戦力過多な気はするが……」
「面白い人材が向こう側へ集合してしまったので仕方ありませんね」
そういえば、とフランが黒旗を振り回しつつ皆に聞いた。
「ところでこっちは誰が火刑になるの?」
「馬鹿ねぇ、メンタじゃあるまいしそんなことしないわよ」
「そうよそうよ。そうならこの磔刑を何とかしてくれない?」
こちらも同様に捕まっているのは紫だ。
「火刑はしないよ?」
「火刑は、な」
火刑はしない。ただ、目の前に置かれたそれは火薬の塊だ。
「こちらは香霖堂特製の時限式の爆薬です。範囲はさほどでもありませんが、対象に取り付けることによって内側に炸裂する爆弾です。ちなみに対妖怪兵器の一環として作成した試作品ですのでどれだけ痛いのかは分かりません」
咲夜の淡々とした説明に紫は少し呆れる。
「あのね? そういうのって試作以前に取り付けちゃいけないと思うのよ。ほら、人権って知ってる? 今、地球でも絶賛大流行中の言葉で今年の流行語大賞にも選ばれた程の言葉――」
「そもそも人権って何の意味があるんだ?」
魔理沙が問うとレミリアがメンタから聞いた限りの内容を要約して説明する。
「具体的には人としての最低限の権利、一日三食と最低四時間の睡眠を保証する奴隷制度だったはずよ」
「それだと今の紫に人権を保障してもあまり意味はないな」
「爆死するからね」
今度勉強会を開いて正しい人権の意味を教えようと紫は思う。
「ねぇ、相互理解って知ってる? お互いがお互いを理解し合うと暴力を振るわなくなるという素晴らしい教えを――」
「はぁ、それじゃ紫はどうして欲しいのよ?」
やれやれと大仰に肩を竦めるレミリアの態度にイラッとしながらも状況の改善を提案する。
「まずはこの爆弾を外して磔刑を止めて欲しいわ。こんな雪合戦で命を掛けたくないの」
「それなら既に相互理解はしているわね」
「え?」
「これは雪合戦。命を掛けるほどの遊びじゃないもの」
「この爆弾は?」
「旗を守るための防御装置ですね」
「この磔刑は?」
「プレイの一環だな」
「おう!」
「ほらね、大丈夫でしょ。さて、しまっていくわよ!」
『おおっ!』
「イヤァァァァッァァァァ!!」
誰も紫の言葉に耳を貸さない。
動体にカチリと音を立てて爆弾が設置される。しかも時限式なのかチクタクと嫌な音を立てて起動した。
敵も味方も敵である。紫はどうにかして脱出すべく身体を動かした。
雪合戦の基本的なルールは先の通り。各自防壁を築いて雪玉を投げて相手を戦闘不能にする、もしくは敵の旗を取るのが目的である。
この遊びは子供たちもよくやるが、大人が全力ではしゃげるのかというと、答えはイエスだ。
人にもよるが雪玉に石ころを詰めて威力を上げても良いし、大玉を作って投擲しても良い。
その点、メンタたち赤陣営は容赦が無かった。
「氷柱投擲開始です!」
「オラオラオラァ!」
全長1メートル前後の巨大な氷柱を投げる暴挙。直撃すれば一撃死もあり得る攻撃が飛んでくる中を潜り抜ける勇者は流石にいない。
「うおわあああああ!! これ雪合戦だよな!?」
「反則! 反則だぁぁ!!」
「別にルール違反じゃないわよ? だって――」
『雪等、ですからね!』
ルールにはちゃんと明記されているのだからタチが悪い。そうこうしている内に雪の防壁に穴が開き、魔理沙の頭上数センチに穴が空いた。
「アアアアアアアアアア! 防壁が! 防壁に穴が!」
「あたしに任せろ!」
勇儀が勢いよく飛び出して氷柱を真正面から掴み、跳ね上げ、砕いて進撃する。その様子は鬼神。
「いくんおっふ!」
ボゴォンと音がして勇儀の姿が戦場から消える。そこにあったのは深い落とし穴だ。
「あ、ちなみに今日の雪嵩は3mちょいらしいので迂闊に動くと自然とできた落とし穴にはまって凍死しますよ」
「ちっ、なら上空から――」
「待て! それこそ相手の思うツボだ!」
魔理沙に腕を引かれ、レミリアは歯噛みしつつも思い留まる。作戦は敵の方が上手だが、あんな氷柱も数に限りがあるはずだ、と考える。
「こうなれば籠城戦ですね。相手の氷柱もそう多くはないでしょうし」
「……本当にそうでしょうか?」
「え?」
咲夜の不穏な声と指差す方向を見ると、赤陣営の様子がありありと分かる。
某チョコレート工場のようにチルノの身体から氷柱が生み落とされ、運ばれて投げられる。
「ほらほら、早くしないと溶けますよ」
「次の氷柱作る」
「ぎゃー!」
「うまうま」
「食べてないで投擲してください!」
「妖力なら雪の下で凍死しかけている勇儀さんからいくらでも供給されますからね」
チルノ工場と名付けられた人力100%の工場は常にフル稼働し、休む暇を知らない。
当のチルノは能力の使い過ぎで倒れかけており、気絶一歩手前で水をかけられて起こされている。
「ごめんね、チルノちゃん」
「たーすーけーてー!!」
友達の大妖精も助けることは出来ず、苦笑いしながら氷柱を運んでいく。
「なるほど。向こうにチルノがいればあんな無双が出来るのか」
「冬季限定なら最強ね」
「とは言っても……」
「このままじゃ手づまりだねぇ」
此方も何か手を打たないと近い内に限界がくるのは目に見えていた。
「きゃぁぁあああ!」
紫の悲鳴が聞こえ、全員が振り返る。
「なに!?」
「へへへ、黒陣営諸君! こいつは人質だ! 死なせたくなかったらさっさと投降するんだな!」
いつの間にか移動したのか、てゐが紫の喉元に氷柱を向けていた。
だが、そんなことはレミリアたちとて計算の内。
「火ぃ付けなさい!」
「アイアイサー!」
諏訪子が手早くマッチを擦って導火線に火をくべる。縄が焼かれていき、てゐは身の危険を感じてその場を離れた。
ドドーンと下っ腹を穿つような重々しい音が鳴り、大量の雪が舞い上がる。
「馬鹿な……躊躇わないだと……」
「犠牲は最小限で敵に最大限のダメージを与えるのが戦争よ。それに――」
くいっと赤陣営に親指を向けるとフランと咲夜が敵陣営に到着しており赤旗を折ろうとしていた。
「起爆!」
「了解ッ」
此方も何ら躊躇うことなく起爆し、チルノは爆発に巻き込まれて四散した。
「ウボウアアアア!!」
「チルノちゃーん!!」
「ほら、皆考えることは同じよ」
「ちなみに両陣営の旗が折れた場合は?」
「二回戦よ!」
この後追加ルールが色々と加わることになる。
一通り遊び終えたメンタたちは風呂場へと来ていた。博麗神社の風呂は改良と増築の関係もあって今は室内風呂と露天風呂の二種類がある。
「オレ、思うんですよ。一体何処から露天温泉を作る資金が出て来たのだろうって……」
紫に問いかけると彼女は不敵に笑って腕を組んでいた。
「あ、それなら大丈夫よ。適当に適当な世界から適当な分だけ持って来てるだけだから」
「じゃあ大丈夫ですね! 入りましょう!」
温泉に入るのは良い。だが、メンタたちと入浴するなど、男性と風呂に入るくらい危険な行為だ。
「著しく身の危険を感じる人、プラカード挙手」
「(・-・)ノ」
「( ^・v・^)ノ」
「( ^・ω・^)ノ」
「(・エ・)ノ」
「(・p・)ノ」
「(#・皿・)三>→」
霊夢が聞くと妖夢たちが一斉にカードを掲げた。
「あんたたちも顔文字文化に慣れて来たわね。まあ、流石に今は疲れてるしメンタたちも無駄に体力使いたくないでしょ?」
「そうですね。今はゆっくり温泉に浸かりたい気分です」
その言葉がどの程度本気なのか分からないが、冷えた身体を温めたいのは皆同じ。
いざとなれば咲夜や妖夢もいる、そう考えて早苗は駆け足で脱衣所に向かった。
「一番いただきます!」
「博麗の物は守矢のモノ!」
「守矢のモノは守矢のモノ!」
その後すぐにレミリア、咲夜、フランも続く。
「させるかぁ!」
「先行くわね」
「温泉♪ 温泉♪」
露天風呂は十数人が一度に入っても大きく余裕があり、他にも岩盤浴や炭酸浴、泡風呂もあるため各々好きな所へと向かっていく。
今は雪も積もっており、外観は白と銀の幻想的な雰囲気となっている。
「あー……いい湯だなぁ」
「そうですねぇ」
タオルを頭に乗せ、近くの岩に焼酎を置いて温泉を満喫する。
不意にてゐはメンタの姿がいつもと違っているような気がして容姿に注視してみる。
「ところでメンタ」
「ハイ、人造人間初号機メンタです」
「……ちょっと見ない間に随分と髪伸びたな」
少しと言っても週一くらいは会っているので変化があれば気付きもするだろう。
霊夢たちもそういえばとメンタを注視した。毎日会っていることもあって忘れていたが、記憶にあるメンタの髪はもっと短かったはずだ。
「へ? あ~、そう言えば最近切って無かったですね。後でバッサリ逝っときますか」
「イクが随分危険な単語に聞こえたんだけど」
「気のせいです」
フムム、と萃香が唸ってとある一部を注視する。
「いや、気のせいじゃないな。――間違いない、コイツぁ……」
「危険度推定Bと判断」
「剃り落としましょう」
はて? と思いつつもメンタは自身の身体付きを確かめていく。確かに胸部装甲は少し増えたかもしれないと思う。
「ハッ、これが噂の成長期ですね!」
ないない、とシンは手を横に振るう。
「違う。湯気さんのご活躍とロングヘアの性で大人びて見えるだけ。そうでなければ――」
「なければ?」
「私は正気を保てない」
フッとハイライトが消えて両手をワシワシとさせてメンタに迫る。
シンだけではなく諏訪子、レミリア、萃香など装甲80以下のお子様体系は揃って踏み出した。
「仕方ないのだ。あれば捥ぐ、これが同盟の規約……」
「ちょぉ!? そんな同盟聞いてませんよ!」
「冗談なのだ」
各自寒気に負けて湯船に浸かり、メンタの髪を注視する。
その騒ぎに早苗たちも視線を向ける。
「それにしてもロングヘアか……」
「ショートヘアで見慣れてますからね。新鮮です」
「そうかもしれないわね」
ただ早苗だけは、そんなすぐに髪って伸びるものだったか、と疑問に思った。
少々風呂を堪能しすぎたためか全員上せたまま居間へと戻ってきた。身体が火照りすぎており、まだ暖房もコタツもいらなそうだ。
そこらからドライヤーの音も聞こえ、シャンプーの良い匂いが部屋に広がっていく。
「あふぅ……」
「そういえば、今日って何日だっけ?」
今日はヤケに日にちを気にするなー、と魔理沙は思いつつもカレンダーを見つつ答える。
「んー? 10日か20日くらいだろ? ってか博麗神社のカレンダーって日めくりじゃないから分かり辛いんだよなぁ」
霊夢の感覚では、去年まではメンタはいなかったため貧乏な生活だった。暖房器具もエアコンでなく石油ストーブだったし、コタツは布団を被せたものが関の山だった。
巫女服も長袖の上に半纏を羽織る必要があったくらいだ。今年はだいぶ変わったなー、と霊夢は思う。
「時代はデジタルよ!」
「そんなあなたに腕輪型携帯端末です! お値段お手頃1万5000円税込みです! ちなみに今日は12月20日です!」
「やっぱそのくらいよね」
霊夢の歯切れの悪い答えに早苗も少し気になった。
「どうしたんですか?」
「うーん、何かねぇ。今年はヤケに12月が長いなぁって思って」
メンタは心当たりがあるらしく、鷹揚に頷いた。
「夢とリアルがごっちゃになるほどゲームしているからですよ」
「正論」
「うぐっ」
深夜遅くまでゲームして、昼くらいまで寝る生活を続けていればそうもなろう、と早苗は肯く。
しかし魔理沙も思うところはあったらしく外を見た。
「でも確かに長いよな。それに12月の風物詩がまだ来てないんだぜ」
「そうね」
「風物詩ですか?」
「それは――事変だぜ」
はぁ、と霊夢は肩を竦めて溜め息を吐き、メンタも髪の毛をブラッシングしつつ返答した。
「いくらお金が無いからって他人の不幸で飯が美味いとか人として最低だとは思いませんか?」
「それをあんたが言う?」
その言葉だけはメンタに言われて欲しくないだろう。
「おーい、酒がないぞー!」
「つまみもなー!」
いつの間にやら酒蔵は行っていたらしい勇儀たちが酒瓶を掲げて叫んだ。
「あ、そういえば買ってませんね」
ここ最近は博麗神社に泊まりに来たり、宴会も多くあったため在庫がなくなっていても不思議ではない。
「あー……そうね。よし、メンタ買って来て」
「イエッサー!」
「ちょいお待ち! そのお金は何処から出てくるのよ!」
そのまま飛び出そうとして紫に止められる。メンタの脳裏にはいくつもの選択肢が浮かび上がり、その中でも最近知った製法を答えた。
「紫さん紫さん」
「なにかしら?」
「お酒はお米から出来ています」
「そうね」
「世界最古の酒は巫女が作ったと言われています」
「そうなのね」
「実は白米と巫女一人が居れば出来るんです」
「へー、どうやって?」
紫は無論知っているが、敢えて最後まで言わせてダメ出ししよう、と考えていた。
「それは――」
その口を早苗が慌てて掴んで閉じさせた。
「それ以上はダメです! それはあくまでも神様に捧げるためのお酒で人が飲んで良いものではありません!」
「まず白米を食べて――」
「ガムテープ! ガムテープ・プリーズ!」
咲夜が棚の上に置いてあったガムテープを手に取って早苗にパスし、すぐさまメンタの口を塞ぐ。
「もごもごもご」
「よく分からないけど馬鹿やってないでさっさと買ってきなさい。ほら、この間の事変解決で多少なりとお金は入って来ているでしょ?」
ビリビリと音を立ててガムテープを外し、メンタは上着を片手に頷いた。
「そうですね。あ、それならちょっと香霖堂にも寄ってきますね」
全員が押し黙る。霖之助は何ら悪くないのだが、そうしなければならないような気がしたのだ。
霊夢も震える手でメンタの両肩を掴んだ。
「……メンタ、自分の身は大事になさい」
「それは紫さんに言ってあげるべきです。自分の下着が実はどれだけ高値で売買されているか……そろそろ教えてあげても良いと思います」
今度は紫の動きが止まった。
「!? ちょ――あっ! まさか私の夏服が全部なくなっていたのって――!」
「文句は藍さんにどうぞです。オレは知らずに運んだだけです」
ロボットのように硬い動きで紫は藍へと振り返る。
「藍?」
「あー、コタツが温かいですねー」
「らーん!」
「それじゃ行ってきます!」
借金はまだ多く残っており、紫の服程度ではいくら売ろうと到底返しきれるものではない。藍にも自分の生活があるためやむを得なかったのだ。
メンタは颯爽といなくなり、紫は藍を問い詰めだして、霊夢は思案顔のまま早苗に聞いてみる。
「……ね、早苗。メンタのことどう思う?」
「なんで私まで腐の領域に落とそうとしているんですか。私はスルトさん一筋です」
GLは知っているがどちらかと言うとBL派なため、早苗はあまり気乗りせずに半眼で視線を返すと、霊夢はバツが悪そうに切り返した。
「違うわよ。”流石に十二月が長すぎる”ってことよ」
「ああ……そうならそうと言ってください。――ええ、確かに今日は二十日ですが、体感時間と一致しません」
「ん? そうか?」
ドライヤーを使い終えた魔理沙が二人を見上げ、霊夢もはっきりと明確に説明できるわけではないので困る。
「ああ、魔理沙には……というかコレは巫女にしか分からないことよ」
「何か思いっきり仲間外れにされた気分だ――」
ピタリ、と魔理沙の急に動きが止まる。まるで咲夜の時間停止を喰らったかのような不自然な止まり方だ。
「魔理沙さん?」
声をかけると魔理沙は我に返ったように顔を上げ、不思議そうに早苗を見ていた。
「おう? どうした?」
「今、止まってましたよね?」
「へっ? そうか?」
ほんの一瞬の出来事。少しボーッとしていた、と言っても言い訳になるくらいの時間。
霊夢はやはり違和感を覚え、今日何度も繰り返した質問を問う。
「……魔理沙、今日って何日だっけ?」
「そりゃ、十日とか二十日くらいだろ?」
昼間とまるで同じ回答。時間すら巻き戻ったかのような錯覚を覚える。
「紫」
「なによぅ」
「さっきの雪合戦、どっちが勝ったっけ?」
「それは勿論赤陣営が勝ったわよ?」
そう、最後は赤陣営が勝っているはずなのだ。
「おいおい紫も霊夢も冬ボケしたのか? 雪合戦なんてしてないだろ」
完全に矛盾した回答。
「ええ? さっき皆でやってのだ~」
何を言っているんだと言わんばかりの咲夜の視線。
「諏訪子様、私たちは先程からコタツでぬくぬくしていましたよ?」
そこまで聞いて霊夢は納得する。
「あー……オッケー。そういうことね。早苗はオッケー?」
「いや、本当にまさかだとは思いましたけど……」
そんなことがあり得るのか、と早苗も思う。
だが、現に事変はもう起きていた。
「霊夢も早苗もさっきから何の話をしているの?」
紫のすっとぼけた態度に霊夢は冷たい視線と弾幕の肌を向けて答えた。
「いい加減臭い三文芝居は止めたら?」
早苗も同様に諏訪子に厳しい顔つきで面向かった。
「諏訪子様、どうか真相をお聞かせ願えますか?」
「うふふ。知りたければ諏訪子を締めあげたら良いわ」
「あ、ちょっとズルい――!」
紫はスキマに入って消えてしまい、そこには諏訪子だけが残された。
ゴリ、ゴリ、と霊夢が額に青筋立てて諏訪子に迫る。
「さあて神様、ウチのもんに手ェ出すってこったらぁ……相応の覚悟ァ出来てんでしょうねぇ?」
「諏訪子様、まさか事変に加担していたなんてことしていたら……今度こそどうするか忘れたわけではありませんよね?」
「あ……ああ……」
諏訪子とオマケに神奈子も連れて本堂へと移動する。諏訪子は縄で縛られ、霊夢は仁王立ちし、早苗も竹刀片手に立っていた。
「痛いのだー、酷いのだー」
「おお、よしよし。最近の巫女は酷いねぇ」
「もう一度お聞きします。カツ丼を食べたかったら言うこと言ってください」
目の前にあるのはホカホカの美味しそうな夕食のカツ丼。冷める前に頂きたいと思うのは誰でもだろう。
「ネタは上がってんのよ。白状しなさい」
かれこれ同じ質問を三度繰り返され、諏訪子はさっさと白状したのにもかかわらずまだお預けを食らっていた。
「だから言った通りなのだー! 今日は十二月二十日なのだ!」
「ただし『精神年齢12年と半年分の』十二月二十日だってさっきから言ってるよね! 早苗ちゃん、いい加減信じてよ!」
「霊夢さん、これ以上はもう……」
ぐるるるる、と腹の虫が鳴る。これ以上叩いても情報は出そうにないと判断して早苗は視線を向ける。
「仕方ないわね。で? この事変を起こしているのは誰なの?」
これも何度も繰り返された質問だ。大元の元凶はスルトだが、動いていたのはメンタと紫だ。
「だからスルトの馬鹿なのだ! というかこんなことする奴がスルト以外に居て欲しくない! 二人もいらない!」
「情報を纏めると……スルトさんが元の世界で死に、完全なる邪神として覚醒した余波が多世界に悪影響を及ぼしてそれを幻想郷内から食い止めている人がいると」
「それをたった一人で精神年齢半年分頑張った阿保巫女がいると」
「もう答え出てるのだ! メンタなら香霖堂に行くって言っていたのだ!」
「これがメンタの仕業なら……」
もう良い、とばかりに霊夢は居間に駆け戻り、早苗もその後を追いかける。
タァンと良い音を鳴らして障子を開け、叫ぶ。
「全員注目! この中でさっきの雪合戦の内容を覚えている奴は挙手!」
居間には皆がおり、ゲームしたり片付けをしたりと思い思いに過ごす風景が見られた。
その誰もが霊夢に気付かない。
故に霊夢はその正体にすぐに気付いた。居間と廊下の境界線には博麗大結界が張られていた。
「これ……博麗大結界!?」
「そうよ。行きたければ貴方と早苗の二人だけで向かいなさい」
背後から響く共犯者の声。悪戯をしたり事変の解決に乗り出すことはあっても、事変を起こしたことなど無かった紫。
未だ信じられないが、霊夢は巫女として聞かねばならない。
「……幻想郷の管理者たるあんたが事変に加担するなんて、どういう魂胆かしら?」
「どうもこうも今回はメンタさんが正しいわ。だから私は手を貸しているだけよ」
「事変は、起きたら解決するのが博麗の巫女の仕事よ。それを引き起こすことは許されないとそう言ったのはあんたよ、紫」
だから事変を引き起こしているメンタは、絶対に許してはならないのだ。
「ええ、そうね。だから私はこう言うわ」
返ってきたのは、
「その事変となり得る害悪から幻想郷を守り続けていた彼女こそ、真に正しくある」
信じてきた信条と掟を破る言葉。
呼吸が浅くなる。自分は間違ってないと霊夢は自分に言い聞かせる。
「分からないわね。私にとってはただの事変。メンタにとっては正義を成している事柄。で、私は今回の元凶であるメンタを倒す。それなのにあんたは私を悪としている」
「それが分かっているなら上々。場所は香霖堂よ」
声が消え、振り返るとそこに紫の姿はなかった。
「待ちなさい! ……くっ」
固めた拳は行き場を彷徨う。苛立ちはどこにぶつければいいか分からない。
「霊夢さん……」
「聞いていたの?」
「はい」
早苗はもうコートを羽織り、手袋を装備して準備万端だ。霊夢も握り拳を解いて居間には入り、コートを手にして無言で踵を返した。
「それなら話は早いわね。香霖堂へ行くわよ」
「……それは、本当に正しいことなのでしょうか?」
「……知らないわよ。メンタは何も言ってくれなかったし、紫も言わない。だったら自分の目で真実を確かめるだけよ」
「……はい!」
やることはいつもと変わらない。事変を止めに行く。それが例え誰であろうと。
玄関を出ると中庭の方から箒を手にした魔理沙が駆けてきた。
「おいおい、待てって。二人で何処に行こうってんだ?」
「魔理沙、今回は留守番よろしく」
長い付き合いなのに分かってねぇな、と魔理沙は思う。あの時、魔理沙は霊夢たちの様子に違和感を覚えて追いかけ、近くで会話を全て聞いていた。
何も説明がなくても大丈夫だと、魔理沙は笑う。
「霊夢、事変と聞いて私が大人しくしているタマか?」
厚手のコートも着て準備して待っていたのだろうことくらい霊夢にも分かった。
戦力は多い方が良い。何せ、敵は紫とメンタなのだから。
「……そうね。なら勝手にしなさい」
「おう!」
三人は冬の空に飛翔した。目指すは香霖堂。
決着の時は近付いていた。
輝夜「次回、百竜夜行」
てゐ「アウトォォ!!」




