第百二話 おーにーいーちゃぁぁぁぁああああんッ!!
神々『ウェーイ! ホーイ! ウェェーイ!!』
霊夢「暇人かっ」
――???――
その日の夜は満月。
とある特殊な条件が重なって現れる青色の月。
数年に一度訪れる青色の月を見上げると不意に思い出してしまう。
「あぁ……」
乾いた喉を潤す血の味を――。
「ひっ! い、いやぁ!」
眼下にいるのは怯える町人。私はナイフを逆手に持ち、頭上に振り下ろす。
この手を赤く染め、白を紅へと変えていく。
「きゃああああああああああああああああ!!」
「フフフ……」
悲鳴が木霊し、次に服を切り裂き、柔らかいお腹を裂いていく。
血が溢れる。肉を破く感触が伝わる。彼女の必死な抵抗の熱が伝わって来る。
「いやっ! だれか、だれ――」
こぷっ、と可愛らしく吐血して喉を詰まらせる。
人間はあまりにも弱くて脆い。たったこれだけなのに死んでしまう。
私は笑みを浮かべて彼女のお腹に両手を入れ、臓物を取り出して食らう。
久しぶりに食べる生の臓器。よく肥えた脂肪分が舌を蕩けさせ、背筋がゾクリゾクリと寒気を覚える。
「あはぁ」
でも全然足りない。私のお腹は満たされても心が満たされない。まるで飢餓のハイエナのような感覚がしている。
冷たい空気は鼻を鋭くさせる。
安心して良い。人間はいくらでもあるのだから。何処かにきっと私の心まで満たしてくれるものがあるはず――。
私はフラリフラリと夜道を歩く。
血を、肉をーー私に頂戴?
――博麗神社――
西行妖の事件が収束して少しした頃。
メンタは怪我も治り、いつも通り陰陽師院に顔を出したり、神社の掃除をしたりして過ごしていた。
「あー……メンタ、お酒」
一方で霊夢は、怪我は概ね治っていたが働かなくていいならそれに越したことはないとばかりに昼間から酒を呷り、漫画を読み耽っていた。
布団から起き上がることなく、メンタに全てを一任する有様は末期の老人のようにすら見えた。
「凄いですよね。これってある意味才能でしょうか?」
「現状を最大限活用するクズの鏡、ニートの見本市だな」
どれだけグズだのクソニートだの言われようとも、もう聞き慣れた罵倒だ。
と、そんな虚しい応酬を繰り広げていると空から中庭にレミリアが落ちてきた。
普段なら咲夜が一緒なのだが、今日は一人のようだ。そして降り立つなり辺りを見回してため息をついた。
「ここにもいないみたいね」
「なに? 誰か探しているの?」
布団から一向に出ようとしない霊夢の方を呆れつつ眺め、聞くだけ聞いてみる。
「今朝から咲夜の姿が見えないのよ」
ああ、とメンタは掌を打った。
「愛想尽かしたパターンですね。いくら自分のメイドと言っても合意無しで夜這いするのは犯罪ですよ。もしくは強制的に大人しくさせて『ふふふ、もう逃げられないわよ。今日の夜は長くなりそうね』と言って〇〇〇〇したんですね!」
「酷い!? 考えるだけ考えたことはあってもそんなことしてないわ!」
「と言いつつも?」
「本当にしてないわ。……そういえばレリミアが能力の練習とか言ってパチェを下着姿で町に送り出していたわね」
ほほう、とメンタの目が光ったが、話が逸れていたことを思い出して咳払いする。
「オホン。でも咲夜は黙って出ていくなんて不義理はしないはずよ。出ていくにしても最低限置き手紙をおくはず――」
「好きな男でも出来たんじゃないのか?」
「霖之助とか?」
魔理沙の不用意な発言にレミリアはあり得ないと思いつつも紅の魔力を放出させる。
「あーあ……それなら仕方ないわね。町の一つ二つ吹っ飛ぶけどしょうがないわよね~」
仕方ない憂さ晴らしついでに香霖堂行くかー、と羽を広げると守矢の方角から早苗、諏訪子が飛んできた。
「咲夜さ~ん」
「あら、そっちも?」
「えっ? あ、レミリアさんたちもですか?」
レミリアは肯定を返し、顎に手を当てて唸る。紅魔館の至る所、近くの里、妖怪の山、陰陽師院、博麗神社でないとするならば後は守矢かと思っていたのだが、当てが外れてしまっていた。
「早苗にも言ってないみたいね。……そうなると……」
「普通に考えて町に買い物に行ったとかだと思うのだ~」
「それはありそうだな」
「そう、でしょうか?」
気楽な考えを魔理沙が述べ、諏訪子も頷く。
だが、本当にそうなのだろうか、と早苗は思う。どうにも今朝から嫌な予感がしているのだ。
「皆さん、こっちに橙が来ませんでしたか?」
コツコツと足音を立てて本堂の方から藍が顔を覗かせた。
「いや、来てないわよ。藍、咲夜知らない?」
「いえ、見ていませんね」
レミリアが再び唸る。
普段なら能力を使うまでもないが、知人全員が行方を知らないというのは少しおかしい。
運命を視る。運命を操る。本来あり得たはずの未来や起こった過去を視ることもレミリアは出来る。
だが、その力の代償は知りすぎた故に『つまらなくなる』ことだ。
レミリアは面白いことを好むがため、この能力を多用しない。
「……始まりましたね」
メンタが何かを呟いたのを霊夢は聞いた。その内容は良く聞き取れなかったが、何故か悲しそうな表情をしていることに気付き、何か嫌な気配を感じ取った。
が、次の瞬間にはもういつもの彼女に戻っており、問いただすことは出来なかった。
「では、せっかく天気も良いみたいですし捜索でもしましょうか! 神様~、出番ですよ!」
『へい、嬢ちゃん! 俺たちを呼んだかい☆!』
へいへいへい、ハイハイハイと踊り狂い酒を飲み騒ぎ始める神々。
「うっ……非戦闘系とはいえ神々がこんな醜態を――」
諏訪子が嘆く。本来、神々は人々に信仰されつつも寄り添う素晴らしい者のはずなのに、神々はもう体裁など取り繕ってすらいない。
神々に事情を説明し終えたメンタは一度霊夢の方を向き、怪我の具合を見てため息を吐いた。
「霊夢さんは――まあ無理ですね。ニートしていてください」
「失礼ね! しょうがないからニートしてあげるわよ!」
「それがニートの言う事か」
霊夢は不参加。神々の大半はここに残り、大半は捜索に協力してくれるそうだ。
「オレと藍さんと早苗さんは町の方を、レミリアさんと魔理沙さんは森の方を探索してみてください」
「ちなみにその人選の理由を聞いても良いか?」
固まるのではなく分散。そこまでは良いが、何故そんな分け方をしたのか魔理沙は気になった。
「比較的、人間と対話出来る人とそうでない人を分けただけですよ」
「ちょっと待て!」
「私はコミュ障じゃないわよ!」
知ってます、とメンタは内心で微笑する。
「皆さん集まって何をしているんですか?」
そこへイナバも中庭へとやってきた。用件はやはり咲夜の捜索だ。
「あっ、丁度良い所に来てくれました。イナバさんはオレたちと一緒に町へ、諏訪子さんは待機か森の方へお願いします」
「私もコミュ障扱い!?」
「へっ?」
「さぁ! 張り切って行きましょう!」
ウェーイ! とメンタは勇み足で中庭から空中に飛翔する。
「今から行くんですか!?」
昼ごはんを食べてない早苗が問うと、メンタは首だけ振り返って肯定する。
「時間は有限ですからね。急いでやっても損はありません!」
メンタの行動は突発的ではあったが、藍はふと前に橙が言っていたことを思い出す。
「町……ああ、そういえば橙も一度町へ行ってみたいと言ってましたね。分かりました、御伴します」
「え、えっと……?」
何がどうなってるのかわかっていないイナバは困惑するが、スキマから出てきた紫の簡単な説明を受けて納得する。
「イナバ、行ってあげて」
霊夢も布団から這い出てイナバの背を押した。
メンタが何処に行くのか何を知っているのか、それは分からないが人選には必ず意味があるはず、と考える。
「は、はい!」
イナバも飛翔して、後に残ったのは森の捜索組だ。
「霊夢が他人を走らせるのはいつものことだが助言するのは珍しいな」
「そう? ……でもあんまり良い予感はしてないのよね」
「そうなのか?」
その問いに対する明確な答えを霊夢は持っていない。あえて言うのであればーー。
「勘よ」
「勘、か」
嫌な予感ほど勘というものは当たりやすい。
「例のことと何か関係あるのかもか」
数ヶ月前、メンタの様子が異常だった時のことだ。霊夢は何かしら起こるのではないかと危惧して魔理沙やレミリアたちに伝えたのだが、以降大きな事件は西行妖の時しか起きていない。
分からずじまいのままだが、まだ終わってないことくらいはメンタの表情から読み取れた。
「……何も起こらない――わけないわよね」
そこまで楽観視出来るほど霊夢も耄碌していない。
一方で空中を飛んで里や町を聞き込みしていたメンタは眼下に見えた香霖堂を見て用件を思い出した。
「あっ、そういえば霖之助さんに修理依頼しなくちゃいけないので皆さんは先に行っていてください」
「分かりました」
藍たちは先に聞き込みを開始し、メンタは香霖堂へと降り立った。
「霖之助さーん」
開こうとするとガチャンと音を立てて扉は閉まっていた。来るのを察知したかのような対応だが、上りは店の外にあるため中にいるのは間違いない。
仮にいなくても遠出はしていないと考えて、トントンと扉を叩き、声をかける。
「いませーん。聞こえませーん」
「居留守しないで扉開けてください」
「紫さんから聞いてますが修理は受け付けておりません。というかそんなに頻繁に壊れる物は作ってないはずなんですー」
確かにその通りであり、直してもすぐに破壊されてしまっては直したかもなくなる。
しかし直して貰わなば戦闘力は大きく落ちるため、メンタは周りに誰もいないのを確認して声を大きくする。
「でも修理して欲しいんですよー」
「なら、ちゃんとお金を持って来て下さい。ツケも結構な金額なんですから」
実際のところ借りの返済は時折やっているが、それでも借りはまだ多く、溜め込んでいるツケも多い。
「あ、そういうこと言っちゃいます?」
「うっ――い、いえ! 香霖堂は借金を抱えていないことは里中に広まっています。二度目は通じませんよ!」
流石、商売人の根回しはお手の物ですねとメンタは内心笑みつつ、収納から白い髪のウィッグと白布を被り、大きく息を吸った。
「分かりました。では――」
一拍置かれた声に対し、霖之助の背中に冷たい汗が流れる。前回同様何か仕掛けてくるのは間違いないが、何度も同じ手は通用しないーー。
ダンダンダンガチャガチャと扉が勢いよく叩かれて外から叫び声が聞こえてくる。
「ーーやっと見つけたよ、お兄ちゃん! こんなところでひっそりとお店やってるなんて知らなかったよ! せめて手紙を出すとかしてくれないとお父さんもお母さんも心配してるんだからね! 私は別に心配なんてしてないんだから! う、嘘じゃないもん! ……でもお兄ちゃんがいなくなってからもう百十二年経ってるんだよ! ねぇ、お兄ちゃん! お兄ちゃんってば! う、うえええ~ん!! お兄ちゃんが返事してくれないぃぃ! おーにーいーちゃぁぁぁぁああああんッ!!」
霖之助に親や兄弟姉妹は居ても、こんな風に慕ってくれていた妹は存在しない。いや、思い返せば幼かった頃はそういうこともあったかもしれない。
そういえば実家にも久しく帰ってないなぁ、親父とお袋はまだ生きてるだろうか、なんて考えてーーそれどころじゃないことに気付いて我に返る。
扉が勢いよく開かれて腕を引っ張られて中に引きずり込まれる。
「私をどんだけゲスにしたんですか!」
「腐腐腐、オレのレパートリーは多いですよ~。はい、これ壊れました」
ドサリと床に置かれたのは見る影もなく大破した装備だった。
「ぎゃあああ!? どんな強敵と戦ったらこうなるんですか!」
「聖剣の使い手とガチバトルです、テヘッ」
「じゃあしょうがなく、ないですよ! なんで聖剣とか勇者みたいな人と戦っているんですか! そんなのすぐに壊れるに決まってるでしょう!」
「修理お願いできますか?」
ここでゴネたり追い出したりすれば今度はどんな手を使ってくるか分からない。これなら霊夢たちに居直り強盗された方が多少マシというものだ。
「……はぁ、こんなこともあろうかと予備を用意してあります。はい」
「ありがとうございます!」
「ですが、代金の方は現金一括払いでお願いします」
ツケを甘やかすと霊夢たちみたいになるのはもう知っているため、二の舞にならないためにもそこは厳しくしようと霖之助は心に決めている。
メンタは、率直に言えば金はある。稼いだ売上の半分くらいは紫と霊夢に奪われるが、残った半分は必要分以外は貯蓄しているため余裕がある。
しかしポンと出すのは簡単だがそれではただの客と商売人の関係になってしまう。
メンタは思案顔で唸った後、無遠慮に畳に上がって座り、霖之助を招いた。
「仕方ありませんね。そういうのはあまり得意ではありませんが……さ、ズボン降ろしてください。あっ、でもあんまり大きいと口に入らくて噛んでしまうかもしれません。そこはご了承ください」
「何で身体で一括払いになってるんですかね!? そんなレベルならツケで良いですよ!」
言ってから言質を取られたことに気付く。
「霖之助さんならそう言ってくれると思っていました。では、オレはこの後予定がありますので失礼しますね」
「ハイハイ、お帰り下さいちくしょー……」
パタパタと足音を立ててメンタは帰って行き、残された霖之助は深い溜息を吐いた。
「はぁ……またツケ赤字ですか。これ、一体何時になったら支払ってくれるんですかね……」
多分、お金はあるだろうけど紫さんの借金と霊夢の生活費に取られてるんだろうなー、と考える。
「あら、ヤダ! 霖之助さん! まだお店にいたの?」
メンタと入れ違いに入ってきたのは近所のお姉さん(32歳)だ。見た目詐欺な上に声も十代とあっては分かり辛いが、幻想郷においてはもう結構良い年齢だ。
「いらっしゃいませ。って、え? どういうことです?」
「さっき妹さんが帰宅するように叫んでいたでしょ? あれ、川の向こう側まで聞こえていたわよ」
「あ、いえ、あれは――」
川の向こうということはきっと里中に広まるのは早いだろうなぁ、と思いつつ霖之助は誤解を解き始めた。
用事を終えたメンタはフラフラと歩きながら里の中を歩いていく。
途中で頭痛を覚えて休憩しつつもこれからやるべきことを確認していく。
ーーまずは橙さんを見つけ、アリスさんを帰宅させ、咲夜さんを止めるだけです。
一足先に止めるだけ。たったそれだけで運命は変わるのだから。
路地裏に入ると橙は明らかに悪そうな大人たちに囲まれて怯えていた。彼らとて普段ならこんなことしないのだが、今の幻想郷においては仕方ない。
「はぁ、はぁ……」
「この待ちやがれ!」
「ぜぇぜぇ」
「へへへ、もう逃げられねぇぜ――」
橙はそこそこ力のある妖怪だ。そのため藍からは人間相手に力を振るってはいけないと厳しく言われており、その身体能力も制限がかけられている。
ーーそれが裏目に出てしまうんですよね。
「藍様ぁぁあああああ!!」
「大人しくしやがれ!」
その魔の手が橙に伸びようとしてーー。
「はい、キック!」
男性はメンタの飛び蹴りを食らってきりもみしながら吹き飛び、煉瓦に上半身を埋めた。
「な、なんだてめ――」
「レッツ、爆☆殺!」
路地裏から大爆発が起こり、たちまち煙が上がる。近所の家からもなんだなんだと見物人が出始める。
「なんだ! こっちから凄い爆発音がしたぞ!」
「爆弾魔か!?」
何人かが入ってきたところでメンタは急いで橙を抱えて空中に飛び上がる。
「ふい~、橙さん危ないところでしたね」
「恐かったよぉ――!」
「藍さんからあまり離れちゃダメですよ?」
人間も良い人ばかりじゃないと知り、橙は必死に頷く。メンタも微笑しつつ頷いて頭を撫でて落ち着かせる。
「魔女だ! 追え!」
「魔導書を持ってるぞ!」
近いところからそんな声が聞こえてくる。周囲を見渡せば里の大通りをアリスが駆け抜け、爆発の起きた路地裏へ入っていく姿が見えた。
追ってくるのは熱心な宗教者や異教審問官が数名。先頭には陰陽師もおり、よく見れば彼らの影には妖魔の気配があった。
普段のアリスであれば、いつも持ち歩いている人形や針、糸を駆使した魔法で撃退や捕縛も出来るのだが、今日に限って人形は寺子屋の子供たちに貸してしまっており、針と糸も慧音に貸してしまっていた。
そうなるとアリスは普通の女の子とさほど変わらない。ゴーレムを作ろうにも道具が無ければ作りようがない。
不運が重なった結果、アリスは追い詰められていた。
「もう一発ドカーン、です!」
ただ、それも今し方の大爆発で吹き飛んでしまったのだが。
自警団もすぐに動いて路地裏を確認しに行くと、丁度メンタがアリスと橙の手を引いて出てきたところだった。
メンタもそれに気付いて笑顔で手を振った。
「はーい、こっちですよー」
「むっ、君は……博麗の紋様。失礼しました!」
「あっ、こっちの人たちが襲って来たので正当防衛させていただきました。拉致誘拐って異世界転移みたいですよねー」
現場に案内すると度々事件を起こす宗教関係者と爆発して黒焦げになった誘拐犯たちが地面とキスしてオネンネしていた。
「黒い覆面に麻袋……ベタな」
「こっちだこっち!」
「縄持ってこーい!」
数にして17人がまとめて捕まり、自警団の人たちから敬礼を受ける。
「ご協力感謝します」
「いえいえ、未然に防げて何よりです。アリスさん、大丈夫でしたか?」
「え、ええ……」
アリスとしては何故メンタが都合よくここに来たのか分からなかったが、今は安堵の息を吐いていた。
「すみませんが事情聴取のため一緒に来て貰えますか?」
が、その一言を聞くやメンタは橙を抱えて空中に飛翔した。
「アリスさん、すみませんがお願いします!」
「えええ……っ!?」
何かやましいことでもあるのだろうか、と思う合間にメンタの姿は見えなくなり、残されたアリスが自警団の人に振り返ると、彼は苦笑いしてアリスの方を見ていた。
町の中央へとメンタたちはやってきた。
早苗たちにも連絡を入れ、橙は見つかったと報告ついでに一旦集合しようと招集をかけた。
ーーさて、ここまでは順調ですね。順調すぎて怖いですけどーー。
「あ、メンタさん」
声の方を向くと早苗、藍、イナバの三人が此方へと歩いてきていた。特に藍は普段の様子とは違い、橙を視認するなり駆け出した。
「ハッ! そこにいるのは――!」
「藍しゃまー!」
ひしっ! と擬音が付きそうなほど抱きしめ合い、尻尾を左右に振って喜びを露わにする。
「見つかって良かったですね」
早苗もイナバも片手に焼き芋を持ち、昼食がてら捜索していたらしい。
「後は咲夜さんだけですねぇ」
一見、どこを探そうかと聞こえたが、声色は何らかの確信を持っていることにイナバは疑問を抱いた。
「うん? 咲夜さんもこの町にいるんですか?」
「それは分かりません。見つかる時は見つかりますし、見つからない時は見つかりません」
要領を得ない抽象的な説明にイナバは首を傾げる。
そんな彼女に対してメンタは微笑して続けた。
「要するに見つかったらラッキーってことですよ」
「その割には……橙を見つけていますけど」
「今日はリアルラックが高かったんです! さて、食べ歩きもとい捜索開始です!」
「さらっと本音が混じってましたよ!?」
驚きの声を上げるが、時刻は13時を過ぎており普段ならとっくにお昼を済ませている頃合いだ。
ぐぅ、と全員のお腹が鳴った。
里を飛び回り、中央都市カルリスまで出張しても咲夜の情報は得られなかった。
代わりに人食いの妖怪やバラバラ殺人事件の話、昨日の青い月の話は聞けたが、咲夜の名前は無かった。
夕刻、先程の里へと戻ってきたメンタたちは休憩がてら新作のアニメ飯を食べていた。
「いませんねー」
「ハフハフ」
「ポリポリ」
「じゃがマル君美味しいですねぇ」
「味噌こんにゃく美味しいです」
じゃがマル君とは。
蒸したジャガイモに衣をつけて揚げ、丸ごと一つ商品としたものである。味が豊富であり幻想郷では庶民の舌に非常に合うものとなっていた。
そこへ森と山の捜索を終えたレミリアたちも合流してじゃがマル君に手を伸ばしていく。
「あら、皆で揃って買い食いなんてうらやまけしからない行為ね」
「おー、皆そこにいたのかって休日を満喫する女子高生か!」
「一つ頂戴なのだー」
「どうぞどうぞ」
私にも、と幽霊のような声と白い手が伸ばされる。振り返ると疲労困憊のアリスがいた。
「メンタさーん……じじょーちょーしゅ、疲れたぁ……」
「おう、アリス。事情聴取って何かしたのか?」
「ええ……ちょっと、ね」
アリスは今までの出来事を話し、メンタが現場から逃げたため事情聴取が長引いたのだ。その後で針と糸の補充もして、ここへ来ていた。
「さてさて、そろそろ暗くなってきましたし帰りたいんですけれど……一緒に帰りませんか?」
ふと、メンタが誰もいない方に向けて話しかける。
「メンタ、そっちには誰もいないぜ?」
「遂にパルの幻覚でも見えて来ちゃったみたいなのだ」
「あら、幻覚でも何でもないと思うのだけれど?」
レミリアの発言に諏訪子も首を傾げる。
アリスも周囲を見渡して糸を取り出し、戦闘態勢になる。
「ねぇ、魔理沙」
「なんだ?」
「今日って……霧が出る予報はあったかしら?」
「うん? そんな予報は無いぜ?」
「アリスさんも急にどうしたのですか?」
魔理沙やイナバはとぼけているわけではない。何かしら条件があるのか、とアリスは思う。
現にこの周囲には霧が立ち込めていた。
「藍様……手を繋いでも良いですか?」
「ん? それは構いませんが……橙からなんて珍しいですね」
「だって……」
フー、フー、と声色を変えて橙の毛が逆立つ。藍の目には何も見えないが、何かいるのかと警戒する。
隣にいた早苗も臨戦態勢で立ち上がり、全身に力を込めた。
「……諏訪子様、神衣の許可をください」
「へっ? 早苗ちゃんまでどうしたのだ?」
「こんなに霧が出ているのは明らかにおかしいです」
「何言ってるのだ? こんなに良い夕暮れに――」
諏訪子が顔を上げて周囲を見渡すと同時にレミリアがグングニルを顕現し、メンタが術符を手にして諏訪子に向かって投げた。
「なぁーー!?」
「二人とも何をーー!?」
二人の突然の攻撃に諏訪子たちが驚く。
「させません!」
「通さないわよ」
攻撃は地面に当たり、剣戟音が鳴り響いた。カランカランと音を立てて地面にナイフが落ち、消える、
「メンタ!? レミリア!?」
「剣戟音……神力も妖力も無いのに!?」
メンタたちに見えていて、自分たちに見えないもの。何かから攻撃されているのは間違いないと魔理沙は確信する。
「守ります! 守護「砂漠の人形劇」!」
「防壁「サーペントパレス」!」
アリスが全員を守るように糸の結界を張り、早苗も防御結界を展開して攻撃に備える。
見えている人たちが見ている方向は同じ。しかしみえていない諏訪子たちにはそこには何もないのだ。
「い、一体何が起こっているのですか?」
イナバが問い、早苗は推測してから答えを口にした。
「……推測ですが、私、橙、アリスさん、メンタさん、レミリアさんには謎の霧が見えています。魔理沙さん、藍さん、諏訪子様、イナバさんには見えていないみたいですね」
「ああ。……だが、理屈がわからないな。いや、待てよ……精神年齢か?」
魔理沙は年齢によってみえないのではないか、と考えたがそれではレミリアが見えている理由が分からない。
では身長か? それも違う。では何かと考えた時に思い当たったのが精神年齢だ。
そうであれば納得が行く。レミリアは決して納得しないだろうけど、と内心で付け加える。
その仮説に早苗とイナバも得心がいく。
「はい、そうなればこれは……特定の人物を狙った攻撃?」
「その可能性が高いのだ。――早苗ちゃん、神衣を許可するよ」
「ありがとうございます! メンタさん、助力します!」
敵の攻撃はナイフのみ。しかし前後左右だけでなく囲むようにして攻撃してくることからかなりの人数か手練れであることはわかる。
諏訪子を纏い、劇的にパワーアップした早苗は防御をアリスと橙、前線から戻ってきたレミリアに任せて前へと出る。
『黒鉄生成――錬成――錬成――黒二鉄! やぁあああ!!』
メンタに当たらないように黒鉄の大剣を振り下ろし、敵と距離を取らせる。
「早苗さん!」
「一気に片を付けます!」
「はい!」
だが、神衣をしても諏訪子は敵を知覚出来ない。これは不味いと意を決して早苗に問う。
『早苗ちゃん、私には見えないんだけど敵はどんな形状をしているのだ?』
「人です! ーーというか、咲夜さんです!」
早苗の声に後方待機していた魔理沙たちも驚きの声を上げる、
『はいっ!?』
「な、なんで咲夜が――」
「話は後です! とりあえず、肢体を切り刻んででも押さえつけます!」
『押さえつけるところだけは同意しておきます!』
視点をメンタたちにすれば敵の姿が明確に分かる。
その銀の髪、白い肌、血で赤く染まっていても分かるメイド服。間違いようもなく咲夜だった。
両手にナイフを構え、飛びかかってくる。迷いのない動きと急所を的確に狙う殺意に息を飲まされる。
「血を――私に血肉を――」
まるで地獄に住う餓鬼を思わせる血に飢えた姿。到底咲夜とは思えなかったが、今は、と早苗は頭を振り払う。
「ふんっ」
レミリアが再び前線に上がってくる。右手にグングニルを構え、咲夜が振り下ろしたナイフを受け止めて弾き返す。
「レミリアさん! 高速で行きますよ!」
「オッケー! 早苗、しっかりついてきなさい」
『……は、はい!』
この三人による連携は前例がないが、高火力で仕留めなければ咲夜は人数不利を感じて逃げ出すだろう、とレミリアは思う。
チャンスは一度きり。咲夜が能力を使って逃げれば被害は大きくなる。
左腕を食い破り、血を滴らせる。
視線を早苗に向けて準備が整ったことを知らせる。
「仕掛けます!」
まずはメンタが飛び出して接近する。
咲夜は時を止めてナイフを投げ、接近してその首筋に刃を突き立てようとするが、足が動かない。
見れば血の刺が足から太腿にかけて突き抜けており、痛みに顔を苦面させる。
「血縛!」
「束縛式!」
精神が揺らぎ、時間が動き出す。急いでその場を離れようとしても血の刺は増えるばかり。
「くっ!」
いよいよ能力を使うことも出来ないほどの断続的な痛みが襲い、正面からメンタが迫る。
両腕を交差させて突撃を防ぎ、しかし十全に速度の乗った重さに足が耐えられない。
メンタはその体制のまま腰の超電磁砲を咲夜の腹部に向けて発射する。
ズドン、と重々しい音と共に直撃し、咲夜の身体がくの字に曲がる。
「――っ!」
「今です!」
メンタが叫ぶとレミリアは咲夜の背後に移動し、後頭部を掴むと腕力に物を言わせて地面に叩きつけた。
跳ね上がった手足も早苗が黒鉄の錠をかけて地面に括り付ける。
「咲夜、久しぶりに喰らうわ」
レミリアはその背に馬乗りになると衣服を首元から背中まで引き裂いて血に濡れた白い柔肌を露出させる。
今日は黒か、と思いつつ口元から短い牙を覗かせ、勢いよく咲夜の首に噛み付いた。
レミリアは血を好むが、あまり多量は飲めない派の吸血鬼だ。なんとか頑張って咲夜が気絶するまで飲み、大人しくなったところでメンタに後を任せた。
能力を使用して咲夜の状態を元に戻し、額の汗を拭った。
「ふぃー、はいオッケーです」
ーーこれで件は片が付きました。……で、残るは正念場だけですが”未来を変えるということは未来ではあり得なかったことが起きる”なんてことはよくあることです。ではその解決策はどうするかと言いますと……。
「ちょっと周辺を見てみますね。よっと」
上空に飛翔し、幻想郷を一望できる高度まで昇る。
「オレの能力は説明するまでも無く脳を操る程度です。加えて感染させる程度の能力もあります。そして精神系能力者の特権として制御があります。――能力発動」
つまり、脳の制御を人から人は感染させて支配しておこうという物理的手段をメンタは解決策として実行していた。
「全体的には8割弱ってところですかねー。まあ、どうせ完全に制御するなんてことは出来ませんから良いんですけれどね」
一人呟いた後、一気に下降していく。
里に戻ると里人たちは特に何事もなかったかのように生活しており、レミリアたちも空を見上げていた。
「どうだった?」
「周囲に発生していた霧はありません。咲夜さん本体はどうですか? というか咲夜さんって食人鬼だったんですか?」
知らなかったっけ、とレミリアは呟いて頷く。
「あら、そうよ? 普段は人間なんだけど数十年に一回だけ月が青くなる夜が来た時だけ戻るのよ」
「戻る?」
「ええ。ジャック・ザ・リッパー、ロンドンの切り裂き魔と言えば分かるかしら?」
諸説あるが、ジャック・ザ・リッパーは一人とも複数人とも言われており、結局捕まらないまま怪事件となってしまった地球では有名な事件だ。
「あぁ~、なるほどです」
レミリアも少々油断していたことは否めない。前にもこういうことはあったが、最後の発作がかなり前のことだったため忘れていたのだ。
「あんまり来ないからうっかりしていたわ。皆、ありがとうね」
「では事変も解決したみたいですし、咲夜さんを担いで帰りましょうか」
「そうですね」
たった数日だけ起きた怪事件。被害者は8人。
いずれの死体も貪り食われた跡があったが、妖怪にやられたのだろうと人々は結論づけた。
誰もその結論に疑問を抱くことなく、やがて人々の記憶から事件は忘れ去られていく。
フラン「次回、咲夜シバかれる。咲夜家出する。咲夜守矢に行くの三本!」
レミリア「困るの私なんだけど!?」




