第九十四話 勝利の宴
グラたん「第九十四話です!」
それを全て聞き終えたメンタは辟易しつつも豊姫が考えていた事柄まで見抜き、溜息を付いた。
「なるほど……月を滅ぼすとか正気の沙汰とは思えませんね」
「何とでも言え。滅べば一緒だ」
「でも月が滅んだら兎兵士さんたちや住んでいる人たちも困るよ?」
そうだな、と豊姫は頷いて座っている面々を一望した。
「そこで、だ。月が滅ぶと色々と不味いのでスルトを倒してほしい」
『無理!!』
この状況で、魔力が空の状態で何を言っているんだという冷たい視線が豊姫に突き刺さり、霊夢たちも罵倒した。
「あんた馬鹿なの!? スルトさんがどんだけチートか知らないわけじゃないでしょうが!」
「そうですよ! 倒したら冬コミの経費はどうなるんですか!」
「いえ、倒しましょう! そしたら今抱えている借金がチャラになるわ!」
「ダメよ! スルトを倒しても借りているのは守矢からだから紅魔館の借金は減らないわ!」
「す、スルトさんは、渡しませ……ん」
「そうですよ! まだ子種貰ってないんですから!」
全く関係ない内輪もめに霊夢は無茶ぶりとは別の怒りを覚えて背後を怒鳴った。
「あんたらは黙りなさい!!」
パルもレミリアが借金していたことに驚き、近寄って問い詰める。この前ですら咲夜がキレたのに借金があると分かったらどうなってしまうのか恐ろしかった。
「レミリア様、借金してたんですか!?」
「パル、主に貴方を助けるための経費よ」
「……ごめんなさい。ありがとうございます」
その借用書を咲夜が手渡し、パルは静かに頭を下げた。
だが忘れてはならないのがパルを誘拐したのはスルトだということだが――今は誰もそれに気づかない。
「ということになっているが、どうするのだ? 豊姫よ」
「そういうと思って用意してきた」
何とか立てるようになった豊姫は椅子から腰を上げ、先の攻撃の際に宝物庫から持ってきた月の天体を模した飾り物を小袋から取り出した。
模型? と全員が思う中でそれの重要性を知っている永琳は息を飲んだ。
「あ、それ……」
依姫もそれを見たことがあり、純孤が適当に宝物庫に放り投げていた記憶がある。
「依姫も分かっている通り、この城に代々伝わる二つと無い首飾りだ。材料は月の中心核を使っている。……私たち王族にとっては命よりも重い宝物だ」
遥か過去、月面には全く別の生態系があった。紀元前以前、地球は発展し過ぎた人間の手によって一度滅びるにまで至り、月面への移住計画が実行された。
しかし月にたどり着くや人間は先住民と交戦し、ほぼ全ての先住民を殺戮したのだ。そして人間たちは月を我が物にしようと月面の核の一部を刳り抜き、細工した。これを人間は当時の王に捧げ、王は流れた血を嘆き、残った先住民を匿った。
人間は宇宙空間では生きられない。月日が流れると地球から持ってきた酸素も尽き、横暴だった人間たちはあっさりと死に至った。
当時の王によって匿われた先住民――月兎たちは数を増やし、王の血を取り入れた兎は耳を失う代わりに人間の知恵を得た。月兎は知恵の兎の一族を王にして月面に王都を築いた。
その時の事柄は代々受け継がれる言い伝えとなり、四つの城の王族には首飾り、指輪、腕輪、足輪が収められており、それを身に飾ることは王の戴冠を意味する。
ただ、長い年月によって文献は失われ、誤解と誤植の伝承となってしまっていることは否めない。それを受け継いだ各王族は人間を恨み、見下し、汚れた存在と見ている。その意識は民にも受け継がれてしまい、やがて月全体の意識となってしまった。
その当時から生きている永琳は幻想郷に来る前に東の城にのみ正しい伝承を伝え、去った。その伝承を正しい物として受け継がれたのが豊姫だ。
その宝を豊姫は自らの手で砕いた。月の欠片も砕け、地面に落ちていく。
「……こじつけなのは分かっている。だが、どうかこれで契約を果たしたことにして欲しい。我慢ならないなら私を八つ裂きにするなり好きにして良い。どうか……」
スルトはそんな豊姫に酷く冷たい視線を向け、足元に散った欠片を踏み潰した。
「――豊姫。余は邪神、破壊神になったとしても約束は守り、計画は完遂し、妻もしくは嫁にすると決めた者以外との浮気はしないと心に誓っている。余の前でそれを破ることは何人たりとも許されない」
「……ああ」
豊姫は覚悟をして目を閉じ、依姫たちが無茶を承知で豊姫の前に出て庇った。
「こんな奴でも僕を助けてくれた姉だ。殺させはしない」
依姫が勝てないと分かっていながらも刀を向け、アルテミスも万が一に備えていつでも交戦が出来るように待機している。
「スルトさん……」
パルもその横に並んでスルトを見上げた。
「ここまで来て一人でも死んだら寝覚めが悪いからね」
「やるってんなら全力に鞭打ってでも抗うぜ」
霊夢と魔理沙もやると決めたからには強い好戦的な視線を向けた。
「早苗ちゃんは倒れてるけど、起きてたらきっとこうするのだ」
諏訪子も黒鉄を構え、スルトの言葉を待った。
スルトは思わせぶりな溜息を吐いて右手を豊姫に向けた。
「……誰も殺すなどと言ってないだろうに。豊姫よ、沙汰を下す」
霊夢たちが次の一言によっては襲い掛かるつもりで身構えた。
「如何様にも」
「現時点を持って月面と幻想郷の架け橋となりて和を作れ。其方の生涯を用いてこれを完遂せよ」
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。その一言は戦闘になり得なかったが、豊姫は懸念を口にした。
「――破った場合は?」
「余は紫との契約に従って幻想郷の敵を排除するだけだ。良いな?」
其方なら出来るであろう? という優しい視線を向けられ、豊姫は口で一つ深呼吸をした。
――ああ、やはり貴方は私の神様だ。
とても邪神、破壊神などとは言えないような沙汰に豊姫は涙ぐみ、両手を祈るように重ねて宣言した。
「我が神様と幻想郷の主に誓おう。私は月を納め、後に和を持ちかけて見せよう」
紫もスルトも、霊夢たちも依姫もそんな様子を見せられてはもう戦う必要もないと、これから手を取り合っていけるだろうと、そう思わせた。
「ふふっ、待っていますよ」
「うむ」
「さて! やることも終わったしアレやりましょうか!」
二人の微笑みと受諾に全員が安堵し、霊夢は豊姫の傍に歩み寄り親指と人差し指で丸の形、お猪口の形を作って飲む動作をしてみせる。
「ん? アレ?」
「戦い終わった後にやることなんて一つしかありませんよね! 宴です!」
メンタの直球の提案に豊姫もようやく合点が行き、一つ吐息を吐いて頷いた。
「……ああ、そういうことか。うん」
「ほら、言いなさいよ」
霊夢に背中を押され、豊姫もスルトとの約束を守る意味も込めて霊夢の腕を引いた。
「そこは君も一緒にだ」
「しょうがないわね」
一拍置いて、二人の少女は天高らかに宣言する。
『勝利の宴だ!!』
『おー!』
全員が拳を上げ、塔の様子を見に来た兎兵士たちも混ざって両手を掲げて喜んだ。
「射命丸と椛は飛空艇にいる河童たちに報告してきなさい!」
「あいあいさー!」
「行ってきまーす!」
「その他の動ける奴は城のどっかにある酒蔵から酒とツマミを持ってきなさい!」
「会場なら二階の謁見場がよろしいでしょうね」
霊夢たちは一足先に永琳を連れて謁見場へと向かい、豊姫も城下町を見下ろした。城の外には一旦退避した住民たちが心配そうに城を見ている。
「ではその合間に私は住民を呼び戻すとしよう」
飛翔しようとするとその手を兎隊長が掴んで止めた。
「姫様! それは我々の仕事です!」
「どうぞ姫様は御親睦を深めてください!」
「しかしだな……」
宴にも参加はしたいがそれ以前にやることが多い。民を呼び戻し、私兵以外の兎兵士たちにも現状の説明が必要だろう。破壊した城下町の復旧も必要だ。
それでも豊姫は渋ったが、スルトもその肩に手を置いて諫めた。
「豊姫よ。王族に戻った以上、命令を下すのも務めであろう」
スルトの言葉を聞き、もう一度兎隊長たちを眺めると彼女たちはやる気を漲らせた目で豊姫を見上げていることに気づいた。
「……分かった。では、頼む」
『ハッ!!』
いきなり王族に返り咲いたとしても、しばらくは豊姫の口調が変わることはないだろうとスルトは思い、微笑んだ。
兎隊長たちは塔の上から飛び降りて猛烈な勢いで城下町へと走って行った。
一方で依姫は元の肉体に戻ったこともあり、正面からパルに飛びついていた。
「パル~!」
「にゃふぅ!?」
「はふぅ、霊体も良かったけど生の肉体も良い!」
霊体の姿でもパルに触れることは出来るが、実体で触ると体温や肌触りといった細かい情報まで分かるため、これはこれで良いと依姫は満足げな笑みを浮かべた。
「肉体は私が預かるから霊体になっても良いわよ?」
アルテミスは肉体こそ神界においてあるため今は霊体の姿だ。依姫が霊体化してパルについていくのであれば身体を預かることも出来るが、依姫は頬ずりしつつ否と答えた。
「今はこのままが良い!」
そう、と彼女は笑み、パルもアルテミスを初めて視認した。髪は白を基調として先端が黄色に染めているウェーブ。顔つきや風格もこの中では一番年長者らしそうなイメージを抱かせている。
ただ、服装が膝丈しかないローブ一枚であり、バスト90はあろうかという巨乳のため少し動くだけで野郎どもの視線が自然と誘導されてしまう。
ザンッ、ゴンッ、ガンッ、と何処からか斬撃や叩いた音、何かを蹴ったような音が聞こえてくる。霖之助は妖夢に眼を斬られ、枢はシンに頬を叩かれ、スルトは豊姫に脛を蹴られていた。
「もしかしてアルテミスさん?」
「もっと気楽に呼んで良いわよ。お姉ちゃんとか。これからよろしくね、パル」
くわっ、と依姫の目が見開かれてパルを強く抱きしめつつアルテミスに睨みを効かせた。
「お姉ちゃんポジションは渡さないよ!」
「じゃ、義妹で良いわよ」
「妹ポジションはオレの特権です!」
メンタも大抗議したがそこはスルーされ、パルはあっさりと認めてしまった。
「義妹? いいよ~!」
「アグガァァアアアアアアアアアアアアアア!!」
メンタが突如発狂して煉瓦に頭を打ち付け始め、てゐたちが急いで羽交い絞めにして抑えていく。
その会話を聞いてた豊姫はふと疑問に思う。
「ふむ、それだと私は義姉になるのかな?」
「……パルは渡さない」
依姫はこの本物の豊姫に対してそこまで悪感情を抱いていないが、急に出て来ていきなり姉だと言われてもあまり納得が出来ていなかった。過去の経歴や境遇も知ることは出来たが、まだ心許せる段階まではいかず、特にパルは自分の物だというようにくっついている。
「これはまた随分とベタなことになっているな。……だが!」
しかし、豊姫とて我慢ばかりを自らに強いることが出来るほど大人でもない。依姫を見つけても声をかけることも話すことも憚られ、長年貯めこんでいた鬱憤は今を持って破裂した。
「へっ!?」
ベチャ、と間抜けな音を立てて依姫に抱き付き、一番やりたかったこと『妹への頬ずり』を敢行した。
「一度こうやって見たかったんだ! 今まで放置してごめん、依姫! ん~!!」
「ええええええ!?」
依姫は困惑した。そしてメンタたちも豊姫の変容ぶりに驚愕していた。
残っていた兎兵士たちも、豊姫という人物は計画に従順であり固い言葉と堅実を体現したかのような堅物のイメージだったのだ。
「ククク、知らぬは当人ばかりか」
「みたいですね」
その鬱憤をこっそり眺めて知っていたスルトと紫は傍でニヤリと笑いながらその様子を見つめていた。
城の二階。謁見場の瓦礫をある程度片付けてパーティー会場へと変化させ、誰かが酒を飲み始めるとそこからはいつも通りの宴会の光景が広がっていた。
「今日は私の奢りよ! 飲みなさい!」
霊夢も今日は思いっきり羽目を外して度数の高い酒を呷り、声高らかに音頭を取っている。謁見場の中央ではスルトを中心に飲み比べが催されていた。
「飲め! 飲め! 一気だ!」
てゐが杯に月見酒を注ぎ、スルトはそれを一気に飲み干した。
「ククク、次は誰だ」
壁際には既に散った兎たちと一番最初に騙されて一気飲みして吐いた霖之助が横たわっていた。更にその隣には二杯目で泡を吹いて気絶した萃香と四杯目で砕けた勇儀が倒れている。
「ば、化け物だ!」
「月見酒だぞ!?」
「だ、誰か止める奴はいないのか!」
月見酒を飲める者となるとそれこそ限られているだろう。
「ボクが相手だ!」
一番まともな勝負が出来るだろうパルが土俵に立ち、その杯に並々と酒が注がれていく。それを手にとり、ぐいっと呷った。
「――良かろう! フハハハハハ!」
スルトも高笑いしながら酒を一気に呷った。
「むー」
パルも負けじと二杯目を飲み干し、口元を拭った。
――余談だが開始時点でスルトは7L近い量を飲んでおり、パルも一升瓶2本程度は飲み干している。通常、月見酒はワンキャップで殺人可能と言われていると追記しておく。
「よーりーひーめー!」
「うぎゅぅ……」
玉座付近では初めて酒を飲んでへべれけ状態になっている豊姫が依姫をしっかりと捕獲しており、依姫は夢見心地で寝ているのだが豊姫が上に乗っかっているため少しうなされているようだ。
「紫……だからあれほどお金の管理はしっかりしなさいと言ったのに……」
「だってぇ……だって……」
別の場所では紫が永琳に愚痴を言いつつも叱られており、フランやこいしたちはテラスに出て夜風に当たっているようだ。
外からは豊姫の復権を祝う宴が催されており、偽豊姫が倒されたことに兵士たちは声高らかに愚痴を言い放っていた。
そんな様子を壁際にあった椅子に座って霊夢たちは眺めていた。
「中々カオスだな」
「こんな光景、もう見慣れたわよ。それにカオスというのなら――」
霊夢が視線を向けた先には腐教を広めているメンタたちが惜しげもなく同人誌を広げてニヤニヤとしていた。
「ぐふふふふ……」
「良いわ、これなら間違いなく売り上げは伸びるわ!」
「遂にお前も此方側へ来たか……」
「これはまたふふふ、腐腐腐……」
そこに兎兵士たちに加え、射命丸と椛、村紗たちも加わって腐のオーラが渦巻はじめていた。
「ちょっとそこら辺から発情した兎担いでくらぁ!」
「余談だが発情した兎は三日三晩ヤるぜ!」
「誰もそんなこと言ってないでしょうが!」
「よいぞよいぞ」
「フフフ……腐腐腐」
「今回の出撃費用は莫大ですからオレたちも冬コミで売り上げないといけませんからねー」
「ですねー」
「うん」
悲しいことに借金を抱えた者たちは尚の事、沼に嵌っていき、腐は片足を入れたらもう二度と這い上がることは出来ないのである。
「ふ、増えてる……だと……」
「全く。こんなものの何が良いのかしらね」
そう言いつつ霊夢も本を片手に読んでいるため、『なんだ、ただのツンデレか』という認識が兎兵士たちの合間で広まっていた。
さて、中央の飲み比べも瓶が4本ほど空いた所でそろそろスルトも限界が来ていた。否、正確には飲み過ぎと酔い過ぎで理性が飛びかけていた。
「ぐっ……やるな、パル」
「まじゃまだいけるよ!」
パルも呂律が怪しくなってきているが全員が酔っぱらっているためスルーされ、杯に――二人は気づいていないがジョッギになっている――月見酒が注がれていく。
「パルさん頑張ってください!」
「スルトさん負けないでください!」
「つまみ持って来たよー!」
「月見酒のおかわりなのだー!」
お空と諏訪子が追加を持ちより、テーブルに並べていく。
「あら、これって……」
美鈴も夜中によく食べるため口に入れてから気付き、このお好み焼きにはあさりやら芋やらヤケに精が付く物が入っていた。
「さあ、スルトも食べて食べて!」
依姫が完全に寝てしまったため豊姫がスルトの傍に寄り、お好み焼きを切り分けてスルトに食べさせていく。
「うむ! ……ゴクン」
美味い美味いとスルトは疑いなく食べるが、そんなことをしていれば近くにいる早苗が黙っていないだろうと兎隊長は視線を向けた。
しかしどういうわけか早苗は上機嫌に笑いながらお好み焼きを焼いており、それに酷く違和感を覚えて焼き上がったお好み焼きを上下に切って中身を見て――。
「豊姫様、待って下さい! これは――」
「むっ? どうしたのだ?」
「じ―」
何かを言おうとした兎隊長は一瞬大きく刮目し、膝から崩れ落ちた。その身柄はそっと咲夜の手によって壁際に運ばれて沈黙されられた。
「さ、さぁ! まだまだありますからドンドン食べてください!」
「わ、私も次を作ってきますね!」
「ねぇ早苗、コレ……もしかして――」
食べているうちにパルもそのお好み焼きの正体に気づき、早苗に内容を問いかけようと振り返ると咲夜が追加の『物体』を皿に乗せてパルへ差し向けていた。
「パル、お好み焼きを即興で作ってみたんだけど食べる?」
「あ、うん。ありがと」
――ナイス、咲夜ァァ!! と早苗たちの心の声が何処からか聞こえてくる。
そう、咲夜は早苗と椛に買収されていたのだ。その咲夜も取引条件としてパルの身柄を要求しており、手堅い同盟の元で作戦は実行された。
結果から言ってしまえばこの飲み比べはスルトの理性を破壊するためのリングだ。月見酒をガブガブ飲ませてツマミを食べさせ、同じくまともに相手出来るパルにも飲ませて相打ちに持ち込み、しかるべき後にお持ち帰りしようという算段だ。
そのお好み焼きをおすそ分けされたレミリアたちも抓むと、メンタがその存在に真っ先に気づいた。
「これはまさか、自然薯――ですか?」
「なに、それ?」
地底ではさして珍しいものではないため、さとりもその解説に加わった。
「里芋の仲間よ。地底にもよくある食材ね。確か地上では高級食材だったはず」
「それがどうかしたの?」
同士の問いにメンタとてゐは頷きあった。
「……ま、見て貰った方が多分早いですよね?」
「だな」
てゐが素早く移動して追加のお好み焼きを取り、壁際で酔っ払いの手当をしていたイナバに手を振った。
「イナバー!」
「はい――って、てゐ? どうしましたか?」
「豊姫様がお前にお好み焼き作ってくれたぞー」
「えっ!? 本当ですか!?」
姫様直々に作ってくれるなど滅多にないためイナバは喜び勇んでメンタたちの元へ駆けつけた。当然、それはてゐの口八丁だ。
「マジだぜ、ほら」
見た目ただのお好み焼きであり豊姫が作ったかどうかなど分かる由もないが、イナバも多少は酔っぱらっているため気分よくそれを受け取って凄くありがたそうにしながら一口切り分けた。
「わ、わわ! あ、ありがたく頂きます!」
その一口を食べたのを確認し、メンタは同士たちに説明を続けた。
「じゃ、解説しますね。自然薯は男女が○○○○する前に食べて精力を付ける食べ物の一角でして、このお好み焼きの中には他にも滋養強壮やスタミナをつける物がたくさん入っています。あとソースにも媚薬に近いものが塗られてますね。残念ながら咲夜さんが作ったのは普通に美味しい物ですが」
メンタたちが食べているのが咲夜製のお好み焼きであり、イナバが食べているのが早苗製のお好み焼きだ。
「ゴクン。……ブー!!」
その事実に今更気づいたイナバが思いっきり噴き出し、予見していたメンタたちはそっと避けていた。
「つまりこの後の展開は――!」
同士たちが一斉にスルトの方へ視線を向け、その当人はジョッギを飲み干すと同時に机に伏し、パルも幸せそうな笑みを浮かべて机に額を打ち付けた。
作戦通りスルトは早苗たちに担がれて何処かへと運ばれていき、パルは咲夜が抱えて運んでいってしまった。
「追いますよ!」
『おおっ!』
この後、部屋の扉前で順番待ちしていた椛と相打ちになったのは言うまでもない。
宴会も午前3時を回った辺りで全員がノックダウンし、明朝一番に目が覚めたスルトはベッドから起き上がって何故か添い寝していた早苗と扉前で気絶していた椛たちに布団をかけて謁見場へと来ていた。
まずは霖之助たち野郎勢を他の場所へ転移させ、飲み散らかした瓶やらツマミやらを圧縮魔法で潰していく。
スルトも謁見場の中央で飲み比べしていた所までは覚えているがそれ以上は記憶にない。その中央に原因らしき物体があった。
「やれやれ、早苗たちにも困ったものだ」
それを圧縮しつつスルトは溜息を付いた。
「私としては面白いものが見れて満足ですけれど」
近くでは紫が迎え酒を飲んでおり、今朝方に撮っただろう写真を眺めていた。その写真は二人の寝顔がバッチリ映っている証拠写真だ。
「……」
圧縮しようと視線を向けると紫は先に察知してスキマの中へ放ってしまい、スルトは深いため息をついて話題を変えた。
「――博麗大龍神はどうなっている?」
「傷はもう癒え、後は力を取り戻すだけです」
「そうか……」
幻想郷におけるスルトの役割は一つ終わりを見せた。スルトは窓の外を見上げ、表情を曇らせた。
「やはり未来は変わりませんか?」
「ああ……」
「それが最善の未来であることに変わりないと」
「さてな。余も彼も未来を見ているが、ただ一つの収束点の先はずっと雲かかっている」
「収束点……」
「決して避けられない運命。どう足掻こうが絶対にやってくる光の手。僅かに見える雲の縫い目の先に見える未来は多いが……さて、どうなるかな」
「……怖くないのですか?」
「元より未来など見える方がおかしいのだ。それに此方は前々から対策を立てているからな。それよりも余は幻想郷を懸念しよう」
「此方は未来が見える分、絶望も大きいでしょうね」
それは何処に向けての言葉だったのだろう。紫も視線を窓の外へと向けた。
「……そうかもしれないな」
「皆さんはまだ起きないでしょうね」
紫が雑魚寝している霊夢たちを眺め、スルトも違いないと笑んだ。
「もう、朝か」
太陽の光が少しずつ城と城下町、月面を照らし、赤い月面の大地が浮き上がっていく。




