第九十一話 エル・プサイ・ゴングルゥ
グラたん「第九十一話です!」
月面に到着したメンタたちは作戦会議という名の様子見をしており、暇――否、偵察という名目で飛空艇で遊んでいた。
「バトルシップモードに移行します。艦内の各員は配置についてください」
「ターゲットロック! 主砲装填完了!」
「ブースト最大加速。一撃で決めて!」
「真っ黒ッス・アタック、いっけぇぇえええええええええ!!!!」
さて、村紗たちが一体何をしているのかというと――撮影だ。
「はい、カット! オッケーです!」
「撮れてる? 撮れてる?」
「バッチリだな! このアングルと画質なら冬コミには間に合いそうだ!」
「へへっ、演劇ってもの悪くないな!」
「しかも自分が主役! くぅー! 一度こういうのやってみたかったんです!」
夏コミが終わったからと言ってそれで終わりではない。夏があれば冬もある、それが終わればまた夏がやってくるのは一年周期の摂理だ。
夏コミの面白さと楽しさを知ったものは同人活動をやってみたいと思うようになる。そこに人間も妖怪も関係なく、はたまた神々も同じだ。
だが、そんなことをしている暇などないということを忘れてはならない。
本来の目的は月面に囚われているパルたちの奪還だ。
「さて、あっちは置いておくとしても都市の方は騒がしいわね」
霊夢たちは岩陰に隠れており、望遠鏡を使ってこれから攻め込む予定の東の城を眺めていた。
「花火だー!」
「綺麗ですねー」
赤、青、黄色、緑、様々な色の煙と光が上空へと上がり、フランたちは楽しそうにそれを眺めている。
「いやアレって普通に信号弾ですよね」
「城下町から兎の群れが出てますよ! 城の方は――反乱でしょうか? 武器を持った兎兵士が何か叫んでます」
「なんかピカピカしてるー」
こいしが第三の目を望遠鏡代わりに城下町を見ていると光が激しく点滅する様子が移った。
「ヒカリモノ!?」
「違う。場所は?」
お空の馬鹿に突っ込みを淹れつつ、こいしは城の東南を指差した。
そこへ望遠鏡を向けてみると確かに光が何度も点滅していた。
「光の通信暗号かしら? しかも誰が見ても良いように打ってるとか舐めてるわね。早苗、読める?」
霊夢はこの手の暗号は読めないが、隣で同じを見ているだろう早苗なら分かるかもしれないと思い尋ねる。
「シロ、ミナミモン、アケタ」
それは果たして誰に向けたメッセージなのか、と霊夢は考える。
「普通に考えたら城の南門を開けたから入って来いって事よね」
「罠の可能性は?」
魔理沙が問うと早苗は少し躊躇ってから答えた。
「……これも普通なら罠と考えられますが、敵の手際があまりにも良過ぎます。それに加えて城下町の兎たちを避難させる手際と言い……罠の可能性が濃厚ですが、射命丸さんたちの報告を加味するのであれば、クーデターと言った所でしょう」
その射命丸は椛と共に城周辺の偵察に出かけており、現在は通信符で状況を逐一報告している最中だ。
「これがチャンスってことに変わりはねぇな。月面なら飛行も出来るし、一直線に飛んでいけるぜ」
「あっ! さっき戦っていた敵軍が都市に向かって砲撃を開始したみたいです!」
城の周囲には城を守護していた兎兵士たちがおり、外からは霊夢たちとは別の飛空艇が砲撃を加えている状況だったが一変したようだ。
「西門の方からは別の兎兵士と――何か凄く強そうな奴が城に向かってます!」
「新情報ですね」
メンタたちも遊びを終えて戻ってきており、背後で水分補給を終えた枢も身を乗り出していた。
「さて、どうするか……」
「あんまり考えたってしょうがないわ。ここに残る組と救出組に別れて攻勢に出ましょう。万が一、罠だった時は私たちの誰かが二段式のスペルカードを打ち上げる。敵がこっちに来たら防戦して駄目そうなら私たちを置いて撤退して良いわ」
「それは霊夢さんたちのリスクが高すぎませんか?」
白蓮の言うことは尤もであり、作戦も何もない突撃は愚行だ。
「けど、こっちに残っていたって同じようなものよ。それに――」
早苗の肩を掴み、霊夢はとても悪い笑みを浮かべた。
「きゃっ! 霊夢さん?」
「最悪こっちには悪い神様が付いているからね」
本当に危険と判断したならば早苗のためにスルトはどこからでも駆け付けるだろうという確信が霊夢にはあった。白蓮もこれが好機なことは分かっていたため許可を出した。
「分かりました。では、霊夢さんたちは行ってください」
「了解よ。城内の主攻は博麗勢と早苗と妖夢。そして紅魔館全員よ。永琳たちは道案内。白蓮たちは待機。良いわね?」
「霊夢さん、私だって戦力になります」
あからさまに戦力外、と言われれば白蓮とて反論はする。だが、霊夢の意図とは少し違い訂正した。
「そうじゃないわ。確かに白蓮たちの力は未知数な所もあって連れて行くのは不安よ。でも万が一を考えて退路は確保しておきたいの。あと、あんたがいないと飛空艇の指揮する奴がいないってのもあるわ」
なるほど、と白蓮は納得した。
「誤解だったようですね。分かりました」
「それと護衛に霖之助も置いていくわ。男手は何かと必要でしょ?」
「そうですね」
霖之助は抗議したかったが白蓮に先を言われては押し黙るしかなかった。
「何とかなりますよ!」
メンタの気楽な言葉に全員の緊張が弛緩し、飛空艇付近で作業していた河童少女たちにも伝播した。
『了解!』
「あ、言い忘れてたけど、大丈夫そうなら三段式の術符投げるから援軍に来て頂戴」
「分かりました」
それだけ言い残すと霊夢たちは城へと飛翔し、白蓮たちは作業を開始した。
射命丸たちにもそのことを連絡し、実質的に戦力外な枢たちは連絡係を引き継いで望遠鏡を城へと向けた。
南門付近へやってくると城の方から火の手が上がり、住民は町の外へと非難している様子だ。町中へ入ってみると兵士が救助活動を行っている姿が見えるが霊夢たちは一切合切無視して城へ直進した。
「見事なくらいにもぬけの殻ですね」
「何があろうと好都合よ。永琳、パルたちが囚われているのが何処なのか検討は?」
「恐らくは城内の牢獄にいると思われます。場所は現在から見て西側になります。ですが、豊姫がいるのは東側ですので城内で手分けすることになると思います」
「なら、城内でバラけるわよ」
城がいよいよ目前に迫り、永琳も顔を上げて恐らく居るだろう玉座を睨んだ。
「豊姫自身の戦闘能力は無いに等しいのでそんなに人数はいらないとは思います」
「そうだとしても取り巻きが強いってことがあり得るわ。諏訪子たち救出には永琳を筆頭として神衣ができる早苗が必須。こっちは最低でもイナバかてゐがいれば問題ないわ」
「了解です!」
「とはいえ……」
メンタが同じく城の東側を見ると巨大な邪気が溢れている個所があり、先ほど見たヤバそうな物体も恐らく同じ場所を目指しているだろうと思う。
「間違いなく居ますよね……」
「戦力を傾けるのなら東側になりますね」
それでもこのメンツなら負ける気がしないと霊夢は思う。
「なら、救出には私と早苗さんだけで行きます」
永琳の指示に従って早苗が背後へと移動し、霊夢は最終確認を取る。
「それがよさそうね。他、異存は?」
全員を見るが、誰も依存は無いようだ。
「じゃあ行くわよ!」
おおっ! と勇ましい声と共に城の扉を破壊して霊夢たちは中へ侵入した。
永琳を筆頭として城内の牢獄へとやってくると昼寝していた諏訪子たちも目を覚まし、立ち上がった。
「んー、来たみたいだね」
「だね」
「やはりここにいましたか」
「諏訪子様、神奈子様!」
「待ってたのだ~!」
牢の扉を開け、両手に繋がれていた手錠に鍵を差しこんでを外す。
「うっし!」
「よし! 逆襲するのだ!」
二人に害がないことを確認し、早苗はパルがいないことを尋ねた。
「無事で何よりですが……パルはいないのですか?」
「あー……パルなんだけど、何処に行ったか分からないのだ」
「謎のフードに連れられて行ったからね」
……謎のフード?
疑問には思ったが、もしかして夏コミの会場にいたあの人でしょうか、と早苗は訝しんだ。
「しらみつぶしに探している時間はありません……せめて何か手がかりがあれば……」
「ここに囚われていないのであれば恐らく人質になっている可能性があります」
永琳の回答一番可能性があるだろうと全員が思い、耳を傾けた。
「囚われているとすれば塔です。私たちはこの西区域を重点的に探しましょう。念のため東側に向かった霊夢たちにも連絡を入れておきますね」
「トゥに……!」
「だと……っ!」
なんだその姫属性は! と馬鹿二柱は憤るが早苗たちは半眼を向け、咳払いした。
「……オホン。なら、最上階を目指しましょう」
「ええ。うまくいけば豊姫を挟み撃ちにできるかもしれませんからね」
「待った。今回の元凶が逃走するってこと?」
「あの小心者ならそうするでしょう。何せ自分の命が第一ですから」
「うっわ……」
「わかりました。警戒しつつ探索しましょう」
ただ、永琳は全員に対してずっと隠していることが二つある。
それは現存している豊姫は恐らく偽物だということと本物はまだ何処かで生きているということだ。そして今回の別口の襲撃部隊は恐らく本物の豊姫だろうと確信している。
しかしそれを言ったところで霊夢たちが首を傾げるのは分かり切っていることだし時間もあまりないため後で誤解を解けばいいや、くらいの気持ちで永琳は黙っていた。
一方でイナバを先頭に城内の東側へと走っている霊夢たち。
そのイナバが何やら通信符を開いて永琳と交信しているようだ。
「はい、はい……了解です!」
通話を終了して通信符を仕舞うのを見計らってメンタは軽口を叩いた。
「イナバさん。一人のごっこ遊びほど虚しいものはないですよ?」
しかし霊夢はそれを諫めるような口調でメンタに言った。
「メンタ、それは言っちゃダメよ」
「しかし敢えて言いましょう! エル・プサイ・ゴングルゥ、っと!」
何の話だ、とイナバはやはり突っ込んだ。
「違います! 牢獄に向かった師匠からの連絡で、神奈子様たちは無事救出したそうですがパルさんの行方がまだ分かっていません。牢獄区にいないのであれば城内のどこかにいるかもしれませんので東側からも探索をして欲しいとのことです」
「だったらパルの探索も並行してやるわよ」
「はい」
それと、とイナバは付け加えた。
「加えて今回の元凶である豊姫は小心者のため現場から逃げ出しているかもしれないとのことです」
「……分かったわ。それならレミリアたち紅魔勢と霖之助と椛と射命丸はパルを探索すると同時に豊姫が逃亡しないように警戒。見つけたら殺っていいわ」
「顔も知らない相手を見つけて殺せって結構無茶ぶりですけど……」
美鈴の阿保発言に全員の表情が固まり、何か失言をしただろうかと美鈴はレミリアを見た。そのレミリアも敵を知っている様子だ。
「あら、知らないのは美鈴だけよ?」
「え?」
「美鈴、アレ」
シンが指差す方向を見てみるとエントランスに飾られた超が付くほど巨大な自画像と銅像がある。
「こんちくしょー!」
そう、本当に知らなかったのは美鈴ただ一人だけだ。
玉座の間。しかし時間は霊夢たちが入ってくる5分前に戻る。
上空を駆け抜け、壁を破壊して玉座の間に降り立ったのは一人の化け物だ。体から邪気を溢れ返させその瞳は憎悪のままに豊姫に向けられていた。
「ひ、ひぃ!?」
「……」
彼女、依姫は何も答えず一歩ずつ確かに迫ってくる。
――いけいけ殺せ殺せ!
――依姫様がご帰還なされた!
そんなことは豊姫の前では口が裂けても言えないため急いで壁際に避けて兎騎士団長の指示の元、直立不動で敬礼している。
無論、そんなことをしていれば豊姫――否、純孤は顔を真っ赤にして地団駄を踏んで大仰に腕を振った。
「お、お前ら! 何してんだ! この馬鹿を殺せ!」
彼女たちは直立不動のまま動かない。
純孤は知らぬことだが彼女たちは既に豊姫の配下とすり替わっており、彼女の腹心は城下町で活動していたり、先のロボット大戦で殉職していたりする。
「て、てめぇらぁぁ!!」
コン、という軽い足音が静まり返った空間に良く響いた。振り返ればもうすぐそこまで依姫が迫っていた。
「ヒィィ!」
「……」
彼女は無言で刀を振り上げ――純孤は慌てながらも玉座に内包されている緊急スイッチを押した。
「ひ、ヒヒッ! まだだ……私にはコレがある!」
ボタンが押されると床下が開き、兎人型のアンドロイドが上がってくる。
これは依姫が生まれる以前までは常駐稼働していた戦闘兵士であり、その中でも近衛兎兵士と呼ばれる個体だ。
その戦闘力は通常の兎兵士5000匹分に匹敵する。それが10体。
「よぉし、よしよしよし。さぁ、行け!」
純孤はせせら笑いながら依姫が苦戦する様子を眺めようと玉座に座りなおした。実際、北、西、南の城の攻城戦の時もこのアンドロイド10体で制圧した。その実力を純孤は眼前で把握している。
まず、胴体がズレた。
「はへ?」
続いて唐竹割のように縦に割け、数秒も立たずして10体が十字に切られていることを全員が視認した。
「……」
いつ刀を振るったのか、誰にも分からない。
純孤は玉座から滑り落ちて右へ右へと後退していく。
「ま、待て待て! 何が望みだ! なんだってくれてやる! 私を殺すな!」
「なら……」
ここで初めて依姫は口を開き、純孤はそこに勝機を見出した。ポケットに右手を入れ、洗脳道具を素早く取り出して依姫に向け――
「お前の命が欲しい」
右腕が床に落ちた。
「へっ?」
「次は左……次は足……」
ドバドバと血が溢れ出し、痛みと恐怖でそれどころではなくなった純孤は外聞を全て捨て去って逃げ出した。
「ひぎゃあああああああ!!」
その逃走を依姫は追うことが出来なかった。
「ぐっ……」
――ごめん、依姫。限界が来たみたい。
――あとちょっとの所で……っ!
一刀の元に純孤を斬れなかったのは二人がかりで呪いを抑え込んでいたからだ。そしてそれも遂に限界がやってきて、崩壊した。
「――――ッ!!」
邪神。それは破壊と殺戮、憎悪の象徴。
生物の邪念と負の感情によって出現する概念。
それが今、実体となって顕現した。
しかし依姫たちにとって一つだけ幸運なことが起きた。それは――純孤を惨殺してやるという依姫の強い負の感情が今だ残っていたことだ。
邪神となった依姫は自我意識とは別に純孤を執拗に追いかける獣と成り果てた。
東の塔の一室に寝かされていたパルは突如として起きた揺れによって覚醒した。
「わふっ!」
目を覚ますと振動のせいで床に落とされ、素早く受け身を取って転がった。
起き上がって辺りを見回たしてみると全く見知らぬ部屋にいることを知覚し、辺りをキョロキョロと見渡した。
「痛てて……。ここは……誰もいないけど……そうだ、お姉ちゃんは……いない? ……ううん、下?」
視線を下に向けてみると一際強い邪気がある。
加えて自分の今の姿も見え、スルトと戦った際に着ていた私服ではないことに気が付く。着ているのは赤い半袖とホットパンツだ。靴下は無いが、靴はあったので履いた。
「状況を把握しなくちゃ。それに神奈子様たちも心配だし……」
扉を開けて外に出るとまた振動があり、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ! ち、ちくしょう! あいつ!」
「わっと!」
それは逃げてきた純孤だ。扉から出たばかりのパルとぶつかり、苛立ちながらも必死に逃げようとする。
「うぐっ! 何しやがる! どけ!」
片腕が無く酷い出血をしているのを見てパルは思わず呼び止めた。
「待って! 酷い怪我してるよ!」
「それどころじゃねぇ! あの馬鹿が来ちまうだろうが!」
「誰の事かは分からないけど、追われてるの?」
「この――」
ここまで攻め込まれていて事情を知らない奴がいるか! と純孤は思うが同時に月の兎ではないことを視認して冷静になった。
――……いや待て。こいつが誰だか知らないが相当強いぞ。城にこんなやつはいなかったが、この際だ。使えるものは何でも使ってやる!
純孤は先ほどの表情から一転、怖がる少女の表情を無理やり作ってパルに顔向けした。
「う、うん。で、でも逃げないと殺されちゃうよ……」
「分かった。じゃ、ボクが守ってあげる」
パルは膝をついて彼女の腕に触れ、能力を使用して止血する。
――血が止まった? 治癒系能力者か?
いや、そんなことはどうでも良いと純孤は意識を切り替える。
「どこか広い場所無いかな? ここじゃ戦いにくいな」
やる気満々といった様子でパルは手を取り、純孤は内心薄く笑みながら東の塔の最上階を目指すことにした。
「……こっち!」
「うん!」
パルは何の疑いもなく純孤を連れ、逃げる。
同時刻。玉座にはメンタたちが到着し、警戒しながらも中へ入っていく。
周囲には無残に破壊されたアンドロイドらしき物体が散らかっており、壁には斬撃跡も刻まれている。別の個所にも大穴が空いており既に戦闘は終わっていることを示していた。
「……一歩遅かったみたいですね」
「邪気がさっきよりも濃いわね。……この血痕を追いかけてみましょう」
霊夢が発見した血の跡をメンタも視認し、踏み出そうとするとてゐがそれを止めた。
「いんや、案外その必要はないと思うぜ」
「何故でしょうか?」
「ほら、来たぜ」
てゐの言う通り穴の開いた壁から兎兵士たちが侵入し、その後に続いて豊姫も降り立った。
「……これは、一体……」
豊姫は霊夢たちを視認し、彼女たちがやったのかそうでないのか判断しかねた。
しかし彼女たちがいるなら共闘をして貰おうと考え口を開く――
「元凶発見!」
「ここであったが百年目です! パル姉は返してもらいますよ!」
その前にメンタたちは敵愾心むき出しで弾幕を取り出し、豊姫たちに向けて放り投げた。
「へ?」
別行動中の事情を全く知らない豊姫からすれば彼女たちが何故急に襲ってくるのか理解不能だった。
無論、共通の敵が純孤であることを霊夢たちは知らない。
「おりゃあああああああああ!!」
「全員、メンタに続きなさい!」
「金髪にあの衣服、間違いないぜ!」
「元凶がノコノコ戻ってくるとは愚行だな!」
兎隊長はすぐに指示を出し、防壁を築いた。
「防げ!」
『オオオオオオオオ!!』
大楯を前面に出し、魔道ライフルを担いで兎兵士たちが応戦する。
幾多のビームと弾幕が交差しあい、我に返った豊姫も参戦しようとして兎隊長に止められる。
「姫様は急いで後を追ってください!」
「――すまない!」
元凶を発見して捕らえることさえ出来ればこんな無用な闘いをしなくて済むという兎隊長の思惑をしっかりと受け取り、豊姫は血痕の後を追って走り出した。
しかし、扉の前には別の方向から登ってきた咲夜たちが立ちふさがった。
「シッ!」
「っ!」
ナイフが突き出され、豊姫は素早くバックステップを踏んで回避する。
「あらあら咲夜、まだ殺してはダメよ。元凶がそこにいるのなら捕まえてパルの居場所を吐かせなさい」
「手足は捥いでもいいんだよね?」
「首から上が動けば十分ですよね!」
普段は気の良い奴らであれど、元来は血肉を啜る化物の巣窟。大事な家族を奪われたレミリアたちの真剣な怒りは豊姫に注がれ、進退窮まった。
――くっそ! ここまで来て……!
思っていたよりも厳しい展開に豊姫は唇を噛んだ。
東の塔の屋上に出たパルは背後に純孤を匿い、背後から迫ってきていた邪悪なる気配に対して身構えた。
屋上は円型になっており直径100mはあるため刃を交える分には問題ないとパルは判断した。
「ここなら何が来ても大丈夫そうだね」
パルの言葉とは裏腹に、実力差を見抜いた純孤ですら邪神化した依姫との戦力比を換算していた。
――成り行きでここまできたが……人間がアレに勝てるのか? いや、勝ってもらうしか私の生き残る道はない。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。ボクはパル。君は?」
問われ、純孤は偽名の方を名乗った。
「え、ああ。私は豊姫だ」
「なんで追われてたの?」
何故って――そこで純孤はパルが本当に知らないのではないか、と確信を得た。
――気づいてない? いや、本当に知らないのか? なんにせよ――。
閉じていた扉が破壊され、禍々しい気を放ち続けている依姫が歩いてくる。
「……」
「ひっ! き、来たァ!」
「あっ、お姉ちゃん」
「ヘェッ!?」
素っ頓狂な声を出して純孤は驚く。
――姉!? あの、あいつが姉ェ!? 馬鹿な! 月の姫の家系には豊姫と依姫しかいなかったはずだ……ははん、義妹か!
だからなんだ、という尤もな回答はパニックに陥った純孤の脳は思わなかった。
依姫もパルの存在に気づき、小さくではあるが言葉を向けた。
「……パル?」
「うん! でも……お姉ちゃんらしくないね」
普段からは想像もつかない姿にパルは一層警戒し、内部にいるアルテミスと依姫も首肯した。
――良く分かってるわね。
――ごめん、パル!
「くっ……シッ!」
体の制御は乗っ取られたままであり、抵抗のすべなく依姫は斬撃を飛ばして放ってしまう。
パルも鮪包丁を取り出して大振りに振って斬撃を受け流す。
「んっと!」
「ぎゃああああああああああ!!」
ギィン、という音と共に斬撃が斜めに逸れ、壁に切れ込みを入れた。
「――っ」
「……戦うしかなさそうだね」
――なんでか分からないけど今のお姉ちゃんは何かに操られてる。言葉が通じないなら倒すしかない!
パルも臨戦態勢に入り、背後では隙を見計らっていた純孤が斬撃跡から外へ逃げようと試みた。
――い、今のうちに!
「――っ!」
その行動に依姫は過敏に反応し、瞬間移動したような速度で刺突を繰り出した。その間にパルが素早く入り、間一髪、鮪包丁で刺突を上方へと逸らした。
「ヒギィ!?」
刀が頭上を通り過ぎ、一瞬遅ければ串刺しになっていたことに純孤は背筋を震わせた。
「豊姫! ボクの後ろから動かないで!」
「お言葉に甘えさせていただきます!」
――無理だ……! 今、動いたら殺られる!
純孤は素早くパルの背後に回り、それを確認したパルは依姫を押し返して距離を作った。
「ええ、動かないほうがいいですよ」
その隙に塔を直接登ってきた妖夢が純孤の首に刀剣を突き付けた。
「なっ――」
妖夢はその口を手早く塞いで黙らせる。
「すみませんが声を出すのも控えてもらいます。手荒な真似はしたくありません、大人しくしていてください」
紫にスキマで連れて来られた霖之助も天下無双剣を突き付け、白蓮も側に控えて純孤を見下ろした。空中には射命丸と椛が待機し、飛んで逃げるようなら撃ち落とすつもりで指と剣を構えていた。
「パルさんと一緒とは探す手間が省けました。霊夢さんたちにも連絡は飛ばしましたからもう間もなく来ると思いますよ」
純孤は抵抗しようとするが、依姫を相手にする方が恐ろしいと考えなおし動きを止めた。霖之助たちも油断なく構え、何かおかしな動きをすれば即座に首を落とす構えだ。
妖夢は視線をパルたちの方へ向けて呟く。
「……こっちはともかくとしても、依姫さんを止めないといけませんね」
「下手に手を出すよりは頭数揃ってからの方が良いでしょう」
霖之助には目の前の剣戟は全く見えていない。妖夢の目には捉えられているが、あの速度を維持し続けたまま剣を振り続けられるかと言われると自信は無かった。
――アルテミス、何とかならない?
――無理。
依姫も内心でアルテミスと解決策を模索しているが、邪気を抑え込めないため手の打ちようが無かった。
「はぁぁっ!!」
パルは裂帛の気合と共に鮪包丁を振るう。
一瞬の隙も許されない息の詰まるような戦いだ。剣戟の速度は依姫に分があり、手数は鮪包丁を増やせるパルが有利となっている。
パルが一太刀振るえば剣戟は上左右の三か所から発生し、依姫は邪気を防御に回して対処する。そして一拍も開けずに袈裟を繰り出す。
振り下ろされる前にパルは動きを見切って鮪包丁を刺突し、迎撃する。
依姫が一歩距離を取るとパルが一歩詰め、依姫が寄るとパルは引く。
パルは、依姫を遠距離においてはいけないと直感していた。それは正しく、神纏・アルテミスは遠距離高威力砲撃を得意とする神だ。そうなればパルがいくら覇斬をぶつけようともいずれは振り遅れて敗北することは明らかだ。
一瞬、一拍の躊躇もなくパルは自身の直感を信じて刀を振るい続ける。




