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東方幻想腐女録  作者: グラたん
第一章
101/119

第九十話 転身

グラたん「第九十話です!」

――依姫――

 月の民たちは地球は穢れの象徴だと言う。

 目の前に広がるのは巨大な青い星。約6割が水で構成されている宇宙の宝石と呼ばれている星だ。

 一度で良いから行ってみたいと思ってはいるが僕にそんな夢は許されない。月の掟では地球に降りることは大罪を犯したことと同義だからだ。

 かつては月の民として暮らしていた八意永琳や兎たちは西の城の姫、輝夜を追って地球に降りたちそのまま帰ってこなかった。きっとそれが原因で地球に降りることは禁止されているのだろうと思っている。

 仮にも姫たる僕が行くことは無いだろう。


「依姫様! また妖怪が出現しました!」


 今日もまた兎の兵士たちが騒ぎ、僕は溜息と共に立ち上がって今日も妖怪を倒しに戦場へ向かう。



 戦場は嫌いだ。戦うことは好きだけど、ただ殺し合うだけの空間なんて最悪だ。


「グベェ!!」


 たった一人、戦場で僕は戦い、妖怪の喉深くに刀を突き刺して殺す。


「……」


 特に感傷は無い。これもいつもの事だし攻めてくるこいつ等が悪い。

 ただ、冷たさだけが心に残る。

 戦場から戻り、前線基地とその付近にある町へと戻る。町に入っても月の民の視線は無関心。賞賛も栄誉も無い。皆、それが当たり前だと思っているからだ。

 僕もそう思う。姫である僕は月の民を守るためだけに生きている。

 ――守り人。

 何時しか僕は密かにそう呼ばれているらしい。

 基地へと戻り、私室でシャワーを浴びて返り血を流す。このドロッとしたものが無くなる感覚は嫌いじゃない。

 服はいつも通りに侍女たちが持っていき、換えが用意されていた。

 その後は寝る。これが僕の日常だ。



 ……今日もまた月の先端へとやってきていた。

 やはり何時眺めても地球は綺麗だ。ずっと見ていて飽きないのは素晴らしいことだと思う。

 不意に、地球から月を見上げる視線を感じた。それが誰なのか興味は無いし偶々だろうけど。


「依姫様! 妖怪が出現しました!」


 名残惜しいけど僕は戦場へと向かわなければいけない。

 僕は地球に手を振ってその場を後にした。


 

 今日も戦場を生き延びて戻り、服を着替えて寝台に座った。

 明日はもうちょっと長く眺めていたいな、と思いつつ眠りに着こうとすると部屋の扉が叩かれて侍女が姿を見せた。


「依姫様、アウロ様がお呼びです」


 アウロ。この前線基地を取り仕切る司令官であり部下からは『隊長』と呼ばれている兎だ。

 僕は特に思う事もなく立ち上がり、侍女の先導の元に三階にある司令室へと向かった。

 司令室の前で侍女は一礼して去り、僕は取っ手を掴んで押し開けた。


「来たか」


 僕は会話をすることを知らない。そも、必要ないため彼女は勝手に言葉を続けた。


「本日の戦いにおいて撃ち漏らした妖怪が数匹地球へと降りた。本来であれば関係のないことだが豊姫様の勅命だ。……飛空艇に乗り、地球に降りた後に素早く妖怪を滅して帰還せよ」


 命令を受け、司令室を出ると僕はすぐに飛空艇へと向かった。

 理由はどうであっても実はちょっと嬉しいし楽しみでもある。

 飛空艇に乗り込み、僕は地球へと向かった。



 僕が向かった先は地球の中にある小さな島国、日本という場所だ。奇しくも八意永琳たちが行方知れずとなった場所でもあるが……。

 初めて見る物体や激しいライトの点滅、始めてみる人間とその醜さに僕は顔を顰めた。ここはあまりにも五月蠅すぎる。それに空気も悪いし酷く汚染されているような感覚がある。

 あんなに美しい地球をこんなにしたのが彼らなら僕は軽蔑しよう。これじゃあまりにも地球が可哀想だ。確か月の歴史では、大昔は月の民も地球に住んでいたが人間にあきれ果てて月に上がったとされている。

 全く持って正解だろう。いや、こんな連中を野放しにしておいたのだからある意味では間違いだろう。

 ――早く終わらせて帰ろう。

 僕の頭にあったのはそれだけだった。


 

 ……あれから二日。思ったよりもてこずっているのには理由がある。

 一つは僕たちは人目付いてはいけないから広く行動できるのは夜の間だけ。

 一つは飛空艇の隠し場所が見つからないということだ。

 特に後者は致命的で、東京という場所には山も海も少なすぎる。いっそ太平洋にも沈めておくか、という案が出たため僕だけは東京に放置されて妖怪を追いかけ回していた。幸いともいうべきか僕の姿は人間には見えていないらしい。兎たちの報告によると霊感っていうのが無いと僕の事は見えないようだ。


「……」


 手にあるのは包装紙に包まれた野菜と肉の入ったパン。お腹が空いたので偶々入ったあった店から拝借してみたのだがこれが思っていたよりも絶品で今まで食べていたものが何だったのかと思うくらい美味しい。

 人間曰くこれはジャンクフード、ソウルフードと呼ばれるものらしい。


「お兄ちゃんこっちこっち!」

「そんなに慌てなくても大丈夫だぞ、夕夏」


 もぐもぐ……やはり人気は高いようだ。

 食事を終えて場所を移動し、途中で四体目の妖怪を倒した後、近くの公園で休憩を取っていた。目的こそ変わらないが今の僕は凄く生きている感じがする。

 ……そうか、もしかしたら永琳たちもこれが良くなってしまったのかもしれない。

 そんな物思いに耽っていると近くに赤茶の色の髪と目の可愛い少女が来ていた。近隣の子かな?


「お姉ちゃんも一緒に遊ぼ?」


 一瞬、僕に言われているのかと思い、そんなことはないと辺りを見渡すが誰もいない。まさか……。


「ダメ?」


 首を傾げられてしまい、僕は驚きながらも否定し、そうすると少女は笑みを浮かべて私の手を取った。


「やった! 行こ!」


 ――温かい。

 ちいさな手が僕の血で染まった手を引いていく。

 立ち上がり、始めて僕は心からの笑みを浮かべた。



 それから数週間、兎たちとの連絡が取れないのを良い事に僕は少女、パルと遊びに遊んだ。ただ上から見ていただけでは分からないことがたくさんあった。

 パルの傍は心地良い。でもそろそろ不味いかなぁとは思い始めている。その理由は勿論、僕の姿はパル以外には見えていないということだ。

 つまり、一人遊び。しかも何かに取り付かれたような仕草や不可解な行動を起こしているようにも見える。


「お姉ちゃん?」


 何でもないと僕は笑顔を見せ、本気で今後を考える。パルの傍は何にも代え難いけどこのままじゃパルの存在そのものが危うくなるだろう。

 でも……と僕らしからぬ未練が顔を見せる。

 今日も夕刻まで遊び呆けて結論が出ないまま帰路についてしまう。


「楽しかったね!」


 パルの問いに僕は頷いて、パルの手を引いて止める。


「ガルル……」


 黒い瘴気を纏った猫、虎? 否、妖怪。


「猫さん?」


 パルは呑気に構えているが僕は刀を顕現してパルの前に立つ。そしてパルに早く帰るように促そうとして、気付く。


「――――っ」


 僕、声を出したことが無い。


「ガルルルル!!」


 妖怪が跳躍し、思考を一旦止めていつも通り跳躍しようとして思いとどまる。


「ひゃっ!」


 背後にパルがいる。今までなら気にしていなかった背中に重みがある。


「――ッ!」


 守らなきゃ。他でもないこの僕が!!

 刀の刃で受け止め、内心で神を呼ぶ。

 ――神降ろし・守護神アテネ。

 目の前に多重のシールドが展開し、妖怪を押し返す。


「が、ガウ!?」


 そのまま地面に叩きつけ、四方八方から押しつぶしていく。


「が、ガガガガガガガガガガ――――」


 やがて最後の五匹目の妖怪を始末し終えようとして、パルが見ていることに気が付く。僕の感覚では普通でも日本は違う。

 思わずパルの眼を両手で隠して見えないようにする。

 背後で妖怪が爆散し、何もなくなったのを確認してパルの眼を隠していた両手を解いた。


「う……お姉ちゃん、どうしたの?」

「――――」


 何でもないよ、と言いたいのに言うことが出来ない。音になる言葉を知らない。

 そう、知らなかった。

 一度目を閉じて、微笑んでパルの手を取った。そうすると通じたのかパルは笑みを浮かべて帰路を歩き出した。

 帰宅し、パルを寝かしつけた後で僕はそっと起き上がってその髪を撫でる。

 ……もうここには居られない。このままだと間違いなく僕はパルの邪魔にしかならない。

 立ち上がり、僕は空を駆ける。

 しばらくすると目尻から水みたいなのが零れだした。

 それが涙であり、悲しい時に流れるものだというのを知ったのは月に帰った後だ。



 地球に降りてから数日後。

 僕はまた地球を眺めている。毎日では無いが日本の形と東京付近に輝く光が見える度にパルとの思い出を思い出す。


「……」


 ただボーっと振り返っては時が流れていく。やがて忘れるとしても今はこうして居たかった。


 

 一週間経っても変わらない。

 二週間経つともう一度行きたいという想いがより強くなった。

 一か月して――もういっそここから飛び降りてパルの所に行っちゃおうかと考え始めた。勿論、今度会った時のために言葉の練習はしている。その時に言いたいこともしっかりと決めてある。


「依姫様!」


 だからその時まで僕は話さない。

 僕は頷いて戦場へと向かった。



 その日は――いつもじゃなかった。


「其方が依姫か」


 今まで戦って来た妖怪の中でも恐らく一番強い敵。全身を漆黒のローブで隠し、顔も黒い仮面で隠している長身の男性。額からは二本の角が生えていて髪は金色。纏っているのは邪悪過ぎる気配。 

 親玉……では無さそうだけど手加減は出来ない。刀を取り出して構え、神・武御雷を降ろして待機する。


「ふむ」


 彼は一つ呟いて問いかけた。


「其方、何のために戦っている?」


 それに対する答えとして僕は長距離からの袈裟懸けを繰り出した。

 彼は簡単に避け、僕は距離を詰めて剣戟をぶつける。


「答えないか……」


 彼は何処か諦めたようにし、次いで見えたのは宇宙に輝く星々。ふっ飛ばされたと分かり、すぐに体勢を立て直して構える。

 ――僕は答えを間違えたのだと知った。

 彼から発せられているのは赤い粒子と黒い奔流。


「衝動の解放」


 彼がそう言うと僕の心臓が急激に高鳴り始め、体が熱くなり、ドグンドグンと脈打って次第に殺意が強くなり始める。

 このままでは不味いと、直感で神降ろしを切り替える。

 ――神降ろし・アルテミス。

 僕と一番相性の良いの神様で他の神様よりも持続時間が一番長い。

 アルテミスにすると殺意衝動が収まりを見せ、しかし手遅れだと分かる。


流星群ミーティア・ライン


 辺りに漂う隕石が月に向かって落ち、城の方にも落下しては爆発していく。


(依姫、逃げましょう)


 アルテミスが呟いて、僕は首を横に振るう。


 ――僕が逃げれば城も兎たちも皆、彼に殺されてしまう。 

(でもこのままでは貴方は勝てず、死ぬ)

 ――分かってる。でも、王族の責務として僕は全うしなくちゃいけない。


 そう思うとアルテミスは問いを投げた。


(責務? 貴方、一体何と戦っているの?)


 奇しくもそれは彼と同じ問いだった。


 ――それは勿論あの敵と。

(ねぇ、依姫。それが王族の責務だというのなら何故、豊姫は戦っていないの?)

 


 ――え?

 

 

 全く予想していなかった問いに、今まで考えたことも無かった事に僕の思考は停止した。


 ――何を言ってるの、アルテミス?

(それはこっちの台詞。まさか今の今まで考えたことも無かったの?)


 その言葉は図星であり、思わず刀が手から滑り落ちた。


(依姫、貴方もしかして――)


 言わないで欲しいと願いつつも現実は叩きつけられる。


(良い様に利用されているだけじゃないの?)


 アルテミスの言葉に僕は信じられなくなりそうだった。


「ふむ、良くは分からないが……ふんっ」


 目の前にいる彼の声で僕の意識は呼び戻され、彼の周囲から赤黒い霧が放出され始めた。


「灼月の呪い、発動」


 呪い……月に何かの呪いをかけるらしい。そんなことはさせない。


(本当にそれで良いの?)


 アルテミスが問うがそんなことは後回しだ。今はアレを止めないと月が滅ぶ。そんな予感がしている。

 一歩足を進めると、彼が此方を向いて邪悪な笑みで手の平を此方に向けた。


「穢れよ」


 邪気が放出され、後方に飛びずさり躱すが追尾性があるらしく逃げても逃げても追いかけてくる。

 やがて逃げ場は無くなり、邪気が少しずつ体内に入り込んでくる。


 ――ぐあああああああああああっ!!

(うううううっ!!)


 僕たちは思わず悲鳴を上げてその場に蹲り、体を抱える。


「うむ、此方は終わったぞ。……後程な」


 彼が誰かと話しているのが聞こえる。

 不意に、視界に隕石が映り、地球に落ちていく映像が浮かんだ。


(依姫……あれを……)


 アルテミスも苦しい中で顔を上げ、地球のある方向を指差した。そこにあったのは視界に映って落ちていく隕石だ。

 そんな中で彼は僕に言った。


「ククク……依姫よ、今、地球に隕石を一つ落とした。進路は日本の東京だ」


 わざわざ場所まで言ってくれる辺り腹立たしい。だが、そこにはパルがいる。


「大事な物があるのだろう? しかし月にも一つ隕石が落ちてきている。さて、今の其方では一つ破壊するのが関の山。真に大事なものは何方か……選ぶが良い」


 意地の悪い……そんなものは――。

 月、と答えようとして、パルの笑顔が過ぎる。


(依姫……)


 彼の言う通り、今の僕の力じゃ一つしか助けられない。それを見越した上で彼は問いかけているのだろう。それも、わざわざ助言までして。

 ――1つしか助けられないのなら……。



 僕は立ち上がり、月の真上に飛び出した。

 そしてアルテミスの力を解放し、一発限りの大技、『女神の弩』を発動させる。

 左手に巨大な弓が顕現し、右手には一発の矢と弦。加えて僕自身の魔力全てを消費して矢先を生成する。

 弦を引き絞って狙いを定め、月に落下し続けている隕石に向かって放つ。

 ピンっという音が鳴り――次いで矢は隕石に突き刺さって大爆発を起こした。

 破片はいくつか月に落ちるだろうけどこれで防げたはずだ。すぐさま身を翻して僕は地球に落ちていく隕石を追いかける。

 

「それが其方の答えか」

(それが貴方の答えです。依姫)

 

 --ああ、もう! 二人揃って返事を被せなくて良いから! 

 僕は地球に落下し続ける隕石の目の前に待機して両手を広げて待つ。全力を使い切った状態から出来ることなんてこの程度だ。


 ――それでも僕はパルを守りたいんだ!!


 ただの想いだけでどうにかなるとは思わない。奇跡でも起きない限り僕を巻き込んで地球は滅ぶだろう。


(しょうがない……依姫、手伝ってあげる)


 そこへアルテミスが限界近い僕の体に降り、負担全てを背負ってくれる。


 ――良いの?

(貴方の最初の我儘だからね。でも、対価は必要だから)

 ――何が必要なの?

(貴方の体の全て。汚染もされているから……次に目が覚める時は邪神にでもなっているかもしれないわ)

 ――それで良いのなら。


 それだけの対価で守れるのなら!


(本当、一途なんだから。――言葉にしなさい、依姫。神降ろしの次を。誰も見たことのない更なる進化の名前を)


 アルテミスの言葉に僕は大きく息を吸って、叫んだ。


『――――神纏・月女神アルテミス!!』

 

 その後の出来事はとてもゆっくりと進み、まるで決められていたかのように終わっていく。

 アルテミスの放った矢は地球に落下しようとしていた隕石を破砕し、邪気に蝕まれた僕の体を乗っ取り、僕は精神体となって隕石の破片と共に地球へ落ちていく。


 ――ありがと、アルテミス。


 言葉が聞こえたとは思えないけど、彼女にはそれだけ感謝したかった。

 落下していく最中に見えたのは黒く染まっていくアルテミスと幾多の隕石を食らい赤黒く染まったボロボロの月。

 地上に落ちると雨雲が月を遮って灰色の空だけが見えていた。

 ザー、ザーと降る雨の音。パシャパシャと歩いて行く誰かの足音。

 誰も僕に気が付かないで通り過ぎていく。通っても精神体、幽霊に近い状態の僕をすり抜けていくだけ。

 冷たさを感じた。戦場のような、基地に戻った時のような冷たさが頬を伝う。 

 誰も僕に気が付かず、誰も僕が地球を救ったことに気が付かない。


 ――ああ、何て無常なんだ。


 僕が今まで頑張って来たのは他の誰かのため。たった一人で頑張っても誰も何も言わない。まるで僕は機械のようだ。

 ただ時は流れる。僕はどうすることもなく、ただただ地上に寝っ転がっている。



「――お姉ちゃん?」  


  

 聞こえたのは何時かの声。

 視線を見渡してもパルは居ない。いよいよ会いた過ぎて幻聴が聞こえたらしい。


「依姫お姉ちゃん!」


 ――いや、今度は間違いなくパルの声だ。

 パシャパシャと足音を立てパルが来て、僕の顔を覗き込んだ。


「酷い怪我してるよ? 大丈夫?」


 いや全く大丈夫じゃないんだけど……。でも、涙は止まらない。


「大丈夫?」


 もう一度問われ、僕は死力を尽くして起き上がり、パルの手を掴んで引き寄せた。


「あい……た、かった……パル……」


 酷い言葉ではあったが言えた。


「ボクもだよ、お姉ちゃん!」


 パルがもう片方の手も一緒に僕の手を握り、濡れるのも構わないで傘を置いて抱き着いて来た。

 僕は確信した。


 ――僕の一番守りたいものはパルだったんだ。


 この手も、笑顔も、ちょっと泣いてる顔も、言葉も、全部守りたい。


「僕、パルを……守るから……」


 そう言うとパルは顔を上げて僕を見上げた。


「ならボクだってお姉ちゃんを守るよ!」


 あ、もう、その言葉だけで満足しちゃったかも……。


 その後はパルの体の中で傷が癒えるまで眠らせて貰うことになり、時折パルがピンチの時には僕が出て何とかしてみせた。

 パルの心があまりにも心地良過ぎて、でも一度覚えてしまった欲には勝てない。


 ――何時か、パルと一緒にもう一度遊びたいなぁ。


 何て思いながらその日まで僕は待ち続ける。



 そうして幻想郷の地底という場所で僕は再びパルと会合する。


「わあああ! なんか居る! 幽霊!? ――あひゅぅ」

「ガーン!? ――あふぅ……」  


 思ったより莫大な精神的ダメージを負いながら……。





 神殿。彼女、依姫は今一度の記憶を呼び起こし、目を覚ました。


「ぐっ――」


 周囲には武装した兎兵士と灰色の人が立っており、目の前には神を一時的に動けなくするという鎖で縛られた邪神が身を捩っていた。

 その祭壇の目の前にたった一人、依姫は膝を付いていた。


 ――なぁ、俺もう見ていられねぇよ。

 ――言うな、俺だってそうだよ。

 ――あー、もやもやするー。


 兎兵士たちの小声など依姫の耳には届かない。


「ぐああああああああああああああああああ!!」


 邪神を纏う――否、邪神をその身に降ろして封じる。元の肉体に戻る――という命を受け、依姫は孤独に戦い、何度でも倒れては立ち上がった。


 ――ごめんね、依姫。今は耐えて……!

「立て」


 気持ちとは裏腹に灰色の人は厳しい口調で依姫を立たせる。


「はぁ……はぁ……」

「続きだ。やれ」


 息を切らそうが全身が切り刻まれようが依姫は逆らうことが出来ない。


「くそっ……」

小娘パルがどうなっても良いのか?」

「ちっ……」


 悪態を付き、城に軟禁されているパルのことを想い、彼女は立ち上がった。


 ――助けたい。でも助けたらめっちゃ怒られる……。


 実際それでは済まないのだが、兎兵士たちの表情はもはや崩れかかり、兜のバイザーを下げることによって耐えた。


「やるさ……パルのために……パルを助けるために……」


 身構え、その名を口にする。


「神纏、邪神アルテミス」


 今や灼月の呪いによって邪神に堕ちたその身を纏うことは例え巫女であっても苦痛と精神崩壊は免れない。

 その様子を体の内側から覗き見ている彼女、女神アルテミスはちょっと呆れたような口調で呟いた。


 ――貴方も大概無茶するわねぇ。

 ――パルのためなら……っ!

 ――こんな穢れた私を纏って無事でいられるわけないのに……。


 アルテミスは依姫の肉体を長年抑えていたが、そのせいで依姫の肉体に同調し過ぎてしまい呪いを直に浴び続けていた。それはアルテミスの元の人格にも影響を及ぼしており、視線も言葉も冷たい。


 ――それでも、やるんだ。

 ――いくら長年に渡って貴方の肉体と同調していたと言ってもこの邪気は貴方の許容量を大きく超えている。


 邪気を受け入れようとすれば当然依姫の精神は邪神と化していく。それも月の巫女であり姫であるならば尚の事神からの恩恵は良くも悪くも多大だ。


 ――うぐっ……っ。

 ――……本当、馬鹿ね。


 それでも、と依姫は呟いた。


「やるんだ……パル、だけは……!」


 ――しょうがない。貴方のその気持ちに免じて私も邪気を押さえてみるわ。あんまり長くは持たないわよ。

 ――それでも……良い!


 理性なんて元から期待していない。あるのはパルを守りたい一心と豊姫を惨殺することだけだ。

 アルテミスが協力したことにより、依姫の精神体が肉体へと入っていく。それは、神纏いが終わったという合図でもあった。


「来たか。全員、道と扉を開けよ!」

「ハッ!!」


 灰色の人の合図で兎兵士たちは一斉に道を開け、神殿の扉を最大限にまで開放した。


「さて、どうなる? 依姫が元の肉体に戻ったか、それとも降ろした邪神に食われたか……」


 ある種、これは賭けだ。同時にこれ次第で豊姫の行動方針は大きく変わることを余儀なくされ――最悪、スルトに殺されることも覚悟している。


「パル……」

「――っ」


 小さく呟かれた言葉、鎖が遂に耐え切れなくなってひび割れ落ちる。


「月、赤い月……滅ぼす」


 一歩、二歩、三歩……四歩目は足音を立てた。


「あいつは、……豊姫だけは――絶対に殺す!!」


 眼は憎悪で滾り、視線は城へと向いていた。

 依姫は飛翔して飛び出していき、兎兵士たちは兜のバイザーを上げ、両手を挙げて泣いて喜んだ。


「つ、遂にこの時が来たか!」

「やるぞ、俺はやってやるぞ!」

「母さんたちの仇だ!」


 灰色の人はフードを脱ぎ捨て、視線を城の方から兎たちへ向けた。


「さあ、兎たち。宴が始まったぞ。あの邪神アルテミスと共に月を滅ぼしてくれ。幻想者たちと共に」


 左右の手は大きく広げられ、右手を城に向けた。 

 兎兵士たちは感極まりながらも敬礼し、一斉に飛空艇へと走り出した。


『ハッ!』


 まるで子供の競争だな、と神殿の外で待機していたスルトは思う。

 神殿内にはもう誰もいない。彼女も外へと出て月面を眺めていた。


「上手く行ったようだな」

「ええ。全て計画通りに進んでいるよ」

「余はこのまま結末を見届けるが、其方はどうする?」

「私も共に行こう。結果は最後まで見る方なのでね」

「よかろう。それもまた其方の選択だ」

「ここまでありがとう。()()()()()()()()


 身長差とはいえ、スルトを見上げた彼女の目は少し潤んでおり、頬が朱に染まっていた。


「それは全て終わってからにせよ。真に戦うはここからだ」

「そうだな」


 飛空艇の方を見れば急ぎ足で駆けてくる兎兵士たち。その顔は喜色に富んでおり、この後が楽しみで仕方がないというような笑みだ。


「飛空艇の準備が整いました!」

「どうぞ此方へ!」

「さあ、行くが良い」


 三人に後押しされ、彼女は一歩踏み出し――思い出したようにスルトに振り返った。


「その前に、私の名を呼んでくれないか? その方が気合いが入る」

「よかろう」


 スルトは息を吸い、毅然たる王の姿で右手を正面に伸ばし、彼女へと告げた。


「行け、『豊姫』よ! 其方の因縁に決着をつけるが良い!!」

「はい!!」


 彼女――綿月豊姫は真にその姿を月上に示し、灰色の姿から金色の姿へと転身し、羽ばたき始めた。


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