表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/135

第九十四話 ハイエルフ 前

 会場を出たリドウは、入り口から少し歩いた場所にあるカウンターで預けてあった刀を返してもらうと、一番側にあった窓から外へと飛び出し、“環境に影響を与えないで済む”ぎりぎりの速度で疾走して、音も無く壁を跳び越え、草原を走り抜ける。


 会場の東側が、景観を考慮されて草原地帯になっている事に、リドウは設計者へ少なからず感謝の念を抱きながら、黙々と走り続ける。これなら即座に戦闘に入ってしまったとしても、少し上手く立ち回れば、人的な被害は出さずに済むかもしれない、と考えて。


 その時、件の不審者の気配が動いたのをリドウは感じる。


 クラウンディ家の者たちが本日の舞踏会は終了と告知したために、パーティー会場から人々が引き上げるのを見て、これ以上の監視を諦めて帰ろうとしているのか、もしくは再度監視につこうとしているのだろう。


 相手に感知されないよう草原の中を大きく迂回し、所々に生える木の上に立ちながら、リドウはその人物を観察する。


 こちらから見ると背を向けているが、女のようだ。どうやらまだ気づかれてはいない。


 このまま諦めて帰ってくれるなら、引き続き尾行を続け、適度な場所で姿を現すべきであったが……


(どうやら、まだ監視を続ける気か……それとも、街で宿を取っているか……)


 女の陰が市街地の方へ歩き出すのを見て、リドウは決断する。










 そしてリドウは、夜にしても異様な静寂に包まれた中、驚愕の念を抱きながら女と向き合う。


 女も、いきなり背後に現れたリドウに一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに冷静を取り戻したはずなのに、なぜか再びその顔に驚愕を張り付けた。


 しかし、リドウもリドウで微かな驚きを感じていた。美人は見慣れている彼をしても、口笛でも吹きたくなるくらいの美貌の主だったのだ。


 腰ほどまで伸びる白と金の中間くらいの色合いを帯びた髪が、身動きに合わせてさらさらと流れる様は優雅に、陶磁器のよう白い肌、鮮やかな緑色の瞳、整った鼻梁、綺麗な桃色の唇、そのどれもが清廉な趣を湛える、人外の美貌の持ち主だった。

 ベアトリクスやサリスも絶世の美女と謳われて当然の美貌だったが、ここまで桁外れの美女はリリステラと一条千鶴の二人くらいしか、リドウにも覚えがない。

 スタイルの方は全体的にほっそりしているが、清楚とか清純とか、その手の形容が相応しいこの女性の場合、かえって似合っている。その華奢な肢体が、薄緑色のシックなドレスで魅力的に演出されていた。


 が、何よりも特徴的なのは、常人の倍はあろうかという長さに尖った耳だった。リドウは『エルフ』という概念を知らなかったため、奇形児なのかと一瞬思ってしまう。


 あるいは……と、もう一つの可能性もリドウの頭の中にちらついた。


 リドウは先ほどその女性を目にした瞬間から、その美貌に感心するよりも先に、何か異様な感覚に襲われていた。


 そう……それはまるで、魔王に対して感じるような気配で……


(だが、何かが違うな……)


 しかし、微妙に違う感じもしたようだった。


 生まれてからずっと魔王と共に暮らしていたせいなのか、リドウは自分でも原因はよく理解できていないのだが、なぜか魔王の気配を判断できる。剣姫ルミナリア・ファルミも麗覇サキも、その感覚が明らかに魔王だと告げていた。それ以前に、“見るまでもなく”魔王だと理解できていた。


 が、この女性に関してはどう言えばいいのか……そう、気配が薄いのだ。そのせいで、こうして正面から相対するまで全く気づけなかったのかと、リドウは若干の疑惑を残しながらも思う。


 じっと女を見つめて動かないリドウに対して、女の方もまた、やはり何かに驚いた様子で黙ってしまっていた。


 が、リドウがいきなり彼女の背後を取った事に驚いた様子ではない。それよりも、彼の顔自体をつぶさに凝視しているのだ。


「…………違う。カインではないな」


 しばらくはその状態が続いたが、先に口を開いた女の第一声はそれだった。


「何だって?」

「貴様が月紅、なのか……?」

「名を問うならてめぇから、だろ」

「我に向かって名を問うとは不遜も極まりないが、我は寛大故に許そう」


 やけに上から目線だなとリドウは思うが、そこはあまり気にしない。相手が見下してこようと、好きにすればいい。相手が自分をどう思っていようと、自分は自分なのだから。


「我はエルリア族のレイチェル」

「レイチェル・エルリア、って事でいいのかな?」

「別にそう言えなくもあるまいが……ハイエルフ、と言っても、貴様らには理解できないのだったな。あるいは、パーシヴァルとも呼ばれている」

「トリスタンじゃなかったのか……」


 リドウは微かな驚きを感じていたせいで、頭の中で思った疑問の声が知らない内に口を突いていた。


「なぜ、トリスタンだなどと勘違いした?」

「ラヴァリエーレがな、闘うならガウェインとトリスタンに気をつけろっつってたんでね。てっきりあんたがトリスタンかと思った」

「ランスロットめ……」


 元同僚が自分をその中に入れていなかったのが癪に障ったようで、レイチェルは忌々しげにその名を呼んだ。


「確かにガウェインは強い。が、トリスタン如きに劣ると思われるのは業腹も極まりないな。戦闘力なら我はランスロットにも劣った心算はない」


 そこは彼女にとっては重要なようで、幾分力の籠った声で言った。


「我はエルリア族の姫、レイチェル。我が一族の名誉と誇りに懸けて、人間如きに劣ると思われてはたまらぬ」

「あんただって人間だろ?」

「下等な人間風情と一緒にするな!」


 その怒声とほぼ同時に、リドウの身を真横から風の刃が襲ったが、彼は激発したレイチェルから目をそらす事もなく、涼しい顔で、不可視の風刃を手で弾いた。

 が、その内心ではレイチェルの実力に感嘆していた。“自分たち”と同等の使い手だとは思っていたが、魔法使いとしては確かにアレクサンドル・ラヴァリエーレをも超えるかもしれないと、リドウは察する。

 しかし、魔法使いとしての腕前だけで闘っても、そうそう負ける事はないだろうなとも、同時に思っていた。


(もっとも、魔力が万全なら、だけどな……)


 ベアトリクスを連れての超長距離転移によって半減していた魔力が回復する間も無くの、この事態だったのだ。

 もっとも、それを表に出すほど、リドウは“お人好し”ではなかったが。自分の弱味を敵に見せるなど、敵を喜ばせるだけだ。どんなに不利な状況でも不敵に笑ってみせれば、それだけで、本来なら優位に立っている敵にまで「こいつにはまだ何かあるのでは……?」という疑惑を埋め込むことすらできる時もあるのだから。


「元から人間じゃないのか?」

「我らエルリア族はハイエルフだ」

「ハイエルフ……ね」


 それがどんな種族なのかは、リドウも実際あまりよく分からなかったが、どうやらよほど高等なお種族様らしいとだけは理解する。


「人間を劣等種と決めつけるか。何様のつもりだい、あんた?」

「人間は我らの森を破壊しておきながら、何が悪いのかと平然とぬかす。暮らしが便利になるだろうと我らに言い放ち、我らの文化や価値観を理解しようとは決してしない。仕舞いには、この森は“法によって”己が物と定められたとほざく。人間が勝手に生み出した法なのにな。話し合いを呼び掛けたのに、我らが応じなかった? 当然であろう、我らは価値観が違いすぎる人間共と馴れ合いたいとは全く思わん。支配も滅びも望まぬ代わりに、ただ我らの生存圏を尊重し、放置しておいてくれという我らの主張を決して理解しようとはせず、『どうして便利な暮らしを提供してやろうという己らの主張を退けるのだ?』と言うばかり。言霊こそ重んじる我らに対して、契約書という、即座に塵へと変ずる紙切れ一枚を重んじ、責任者は決して責任ある言葉を口にしない――」


 一気に言い切ったレイチェルは、両手を大きく広げ、微かに身を反り返らせるようにして演説する。


「これ程に愚かも極まりない生き物など、他のどこに居るというのだ!? 我らが報復に出れば、身勝手も極まりなく我らを悪と断じて、呪いの言葉を吐きかけてくる、絶対正義至上主義者共が! 下等生物の下等たる所以は、己を至高の霊長類と信じ切り、それより先を思考する能力を持たないが故だ!」

「あんたの世界の人間はそうなのかもしれねぇが、この世界の人間まで一緒にするんじゃねぇよ」


 レイチェルの言う通りなら、確かにその世界の人間は、ちょっとどうしようもないなとリドウも思うが、しかし彼に言わせれば、この世界の人間を同じ存在と見做し、端から見下している彼女も、彼女自身の嫌っている人間と何ら変わらない。


「ふん。人間に対する抑止力の存在しないこの世界など、人間は余計に傲慢になるだけだ」


 それはどうだろうかとリドウは思う。


 リリステラなら有り得ない。たとえたった一人でも『人間以外』が存在し、その者が人間とは違う価値観で生きていたら、必ずその者を尊重して、どこかに妥協案を見出そうとするだろう。


 己が手本として見てきた母を思うリドウは、この瞬間、同時に別の事を考えてもいた――すなわち、この女は存在からして、自分たちとは根本的に性質が違うのかもしれない、と。言葉が通じる以上、理解し合う事も不可能ではないかもしれないが、それにはとてつもない労力が要されるであろう、と。

 できるかもしれないが、できない可能性もある。元々生まれからして、そのように“出来ている”存在なのかもしれないのだ。


 結論――そんな無駄な事はしないに限る。理解し合える可能性はあるが、現在はそんな悠長な事を言っていられる状況下ではない。


 そうして黙ってしまったリドウを、レイチェルは不審そうに見やる。


「何で貴様は冷静なのだ?」

「なぜ?」

「…………」


 この時、レイチェルはきょとんと目を瞬かせる。そうしていると、見た目の清純な雰囲気がこの上なく似合った深窓の令嬢に見えてくる。


 次第に、その顔が楽しそうな笑みで彩られていく。


「あは……あはははっ」


 リドウに捕まれたままだった腕を振り払い、その手で顔全体を覆って、声を上げながら笑い出した。


「力を持った人間ほど度し難いものはない! 中途半端に自負を抱いている愚者ほど、我の言葉は癇に障るらしい! ラウンドナイツの連中ですら、どいつもこいつもそうだったっ。が……」


 口を二十六夜のようにして哂うレイチェル。見る者によってはぞっとするような性質の笑顔だったが、リドウはむしろ、美しいと思ってしまう。


「そうでなかった者たちが二人いる。貴様が倒したというランスロットと、もう一人、カインだ」

「カイン……」

「カインとの面識は?」

「無ぇよ」

「ふむ……」


 突然、レイチェルはリドウに向けて歩みだすと、あと一歩で抱きつけるという距離で停止し、彼の顔に向けて両手を伸ばす。


「動くな。攻撃の意思は無い」


 反射的に迎撃しそうになったリドウを言葉で制すると、興味深そうな表情で、彼の顔をぺたぺたと触り始めた。

 仕舞いには、彼の頬をぎゅーっと引っ張る有り様だ。


「はにしやはる」


 これには流石にリドウも抗議するが、レイチェルは意に介さない。


「幻影でもなければ、整形の類でもないな。生来の物で間違いないか」

「いい加減にしやがれ」


 口で言っても仕方ないらしいので、リドウは不快そうにレイチェルの手を払った。が、彼女はこれにも動じる事は一切無く、腕を組んで首を捻っている。


「他人の空似というやつか? しかし、流石に似すぎている気がするが……」


 腕を組んで首を傾げながら、うーむ、と唸っている。


 と思えば、


「まあ、いいか」


 と、あっさり思考を放棄する。


「それより貴様、カインとの面識が無いというのは真実のようだが、カインの存在自体には心当たりがあるようだな」

「なぜ、そう思うんだい?」

「我の『面識が有るか?』という質問に対して、貴様は『誰だ?』と訊ねるまでもなく否定した――まるで、カインが貴様にそっくりの外見を持つ事は知っているかのようにな。教えた相手はランスロットに違いあるまい」


 ここまでそっくりなのだ、リドウと闘ったアレクサンドルが教えていないという方が不自然だろう。なので、レイチェルがそう推測してきた事に対しては、リドウも特に驚く事はなかった。


「エルリア」

「我らの習慣では、個人をそう呼ぶ事はない。パーシヴァル卿と呼べ」

「なら、パーシヴァル」

「卿――だ」

「パーシヴァル――だ」


 鋭い目つきで睨んでくるレイチェルだったが、リドウもそこは譲らなかった。


「……人間風情が、調子に乗るなよ」


 途端に剣呑な雰囲気でリドウを睨みつけるレイチェル。人間を頭から見下している彼女にとっては、到底看過できなかったようだ。

 彼女にとっての人間とは極端な話、人間にとっての野生動物、くらいの認識なのであろう。野生動物から対等扱いされても、本質的な意味で受け入れられる人間など、そうは居ない。


 しかし、だからと言って、人間がレイチェルたちハイエルフの主張を受け入れて、自分たちを格下として見做さなければならないかと問えば、それは“決定的に違う”はずだ。野生動物たちだって、野性を忘れて平和ボケした人間を、内心では見下しているのかもしれないではないか。

 人間とハイエルフの関係が野生動物たちと決定的に違う部分は、『言葉が通じるか、そうでないか』だけだ。しかし、言葉が通じても、感性は通用しないケースはある。感性の違いとは、時として言葉などではどうしても相互理解に至れない決定的な原因になり得る……。


 ――リドウは『人間の感性とは程遠い存在』に囲まれて育ったせいで、それをよく知っていた。


 ならば、何でもかんでも相手に合わせて、常に謙ることで、相手のご機嫌を取れと言うのか?


 馬鹿らしい事を求める女だ――と、リドウは内心で吐き捨てる。


「あんたが人間を見下そうが知った事じゃねぇがな、俺は何モンであろうと俺より上にも下にも見做さん。礼を払ってくる相手になら俺も相応の礼を払うが、そうでねぇ相手には相応の態度で返すだけだ」


 平等主義者の一面がここで強く出た。


 しかしこれは、レイチェルにとっては宣戦布告に等しかったらしく、途端に無言で殺気立っている。


「あんたにはいくつか訊きたい事がある」

「我が答えると思うのか、人間?」

「答えてもらうぜ――力ずくでもな。どうせ、敵方のあんたはいずれ無力化しなきゃならねぇんだ。ついでにちっとばかりさえずってもらうぜ」

「面白い。丁度いい、我も貴様には訊きたい事があったのだ。至高の血族との力の差を思い知るがいい」


 交渉……と言えるほどのやり取りも無かったが、互いの意見が決裂したこの瞬間が戦闘開始の合図となった。


 リドウは刀を抜き放ち様にレイチェルを斬りつける。気功士ではない(と思われる)彼女をまともに攻撃してしまっては間違いなく殺してしまうため、致命傷を避けるために腕を切り飛ばしてやろうとしたのだ。


 が、レイチェルはその前に、悠々と空間を渡って躱してしまった。


(速いな……)


 技量の方は申し分ないと、リドウは薄っすら笑う。敵なんて弱い方がいいはずなのに、強い方が嬉しくなってしまう、バトルジャンキーの悪い癖だった。


「そこかっ」


 リドウは誰も居ないはずの場所へ向けて疾駆する。


 レイチェルが姿を現したのはその直後の出来事だった。


 彼女の視点で見ると、それは全くいきなりの出来事だった。


 突然自分の目の前に現れたリドウに、レイチェルは驚愕を張り付けた顔で、小さく呻きながら、新たに空間を渡る。


 しかし、その先でも再び、リドウと間近で睨み合う結果となった。


 今度は予想の範囲内だったおかげで、レイチェルは辛うじて接触する前に、三度の空間転移に成功していた。


 現れたのは遥か上空。


 何かしらの手段によって、敵の空間転移先をリドウが察知できるらしいと予想したレイチェルは、空の上ならば少しは対応がマシになるだろうと考えたようだ。

 彼女も既にリドウが殲滅師であるのは知っていたので、それでも油断はできなかったが、気功士としての力が存分に発揮できる地上よりは幾分マシだという判断だった。


 そうして、レイチェルは地上から自分を見上げているリドウを見下ろす。


「くっ……」


 猶予を得られた事実に少なからず安堵を感じながら、レイチェルは己の左腕を右手で掴み、忌々しげに呻く。最初の空間転移の時、追い着かれたのが予想外で、対処が遅れてしまったために、転移魔法を行使する直前に、リドウの刀が微かに彼女の右腕に食い込んでいたのだ。

 完全に切り裂かれる前に辛うじて転移に成功していたため、切り飛ばされてこそいなかったが、人間風情にいきなり手傷を負わされた屈辱感はとても拭い切れるものではないらしい。


「殺すッ。必ず殺してやるぞっ、人間!」


 憎しみに凝り固まった形相で小さく絶叫し、眼下のリドウへ向けて手のひらをかざす。


 特大の光の塊がリドウ諸共、轟音を上げながら大地を貫いた。


 刹那、レイチェルは背後に魔力の波動を感じ取った。


 空中に立つリドウは容赦なく彼女を襲う。


 その凶刃が己を襲おうとしているのに、レイチェルは冷静だった。 


キンッ


 何か堅い物に触れたような感触と共に、リドウの刀が弾かれる。


(これは……!?)


 リドウは瞠目するが、すかさず二の太刀を振るう。


 しかし、それも同様に弾かれてしまった。


 手品の種は――魔力障壁だ。ダブル分の魔力障壁、それだけでは、リドウの刀の前には完全に防ぎきるだけの防御力など見込めないが、レイチェルはその魔力の全てを一点に集中する事で、それを可能としたのだ。かつてリドウが勇者ユーキの攻撃を闘気のコントロールだけで防ぎきった現象と似たような原理である。

 しかし……リドウの攻撃を感知するための風結界を行使し、彼が繰り出す超スピードの攻撃を詳細に見極めながら、同時に空を飛び、ダブル魔力障壁をそこまで精密に扱うとは……。

 感知結界と飛行は共に風属性だが、現象の形が違うため、別の魔法になってしまう。故にただでさえクワッドキャストであるのに、そこまでの精密な魔法コントロールを実現させる。しかも、“リドウの攻撃を間近で受けながら”、である。レイチェルも尋常の胆力の持ち主ではない。


 リドウは戦闘中だというのに、ふと不思議に思ってしまう――なぜアレクサンドル・ラヴァリエーレはこの女の名を挙げなかったのだろうか、と。

 この女は明らかに、“普通に強い”。魔神眷属最強のサリスですら分が悪い使い手だろう。魔王と元最強勇者を除けば、このレイチェルに確実に勝てそうな使い手は、リドウの知る限りでは聖帝シルヴィア・ロウだけだ。ガルフなら、戦闘勘を取り戻せばあるいはと思うが。

 傲慢な言い方になるかもしれないが――レイチェルは自分たちと比較されるだけの資格を持ち合わせている使い手だと、リドウは自然に思う。


 とか考えていると……


 レイチェルの魔力が更なる高まりを見せる。


 その構成速度は凄まじく、彼女の周囲に小さな光の塊が浮かび上がるとほぼ同時に、それはリドウへ向けて飛来する。これでクイントキャストだ。


 貫通力を高めるために小さく圧縮された光球は、十分にリドウへも影響を与え得る力を持つ。

 まともに食らうわけにはいかず、身を捻って回避する。ギリギリで躱された光球は、まるでリドウの肉体をすり抜けたようにすら見えた。


「っらぁっ」


 リドウはそのまま、躱し様に刀を横からレイチェルへ叩きつける。彼の得意とするカウンター・スラッシュだ。回転の時間を得なければならないために使い所は限られるが、回転の威力が加算されるこの攻撃の威力は、通常攻撃の倍近い。あの元最強勇者とて、真正面から受け止めきる事はできずに、足の力まで借りなければ防げなかった程の威力を誇る。


「ちっ」


 これはダブル障壁だけでは防げないと即座に見切ったレイチェルは、全ての魔法をキャンセルし、魔力障壁にだけ全力を注ぎこむ。


 結果、防ぐ事はできたが、飛行に使用していた魔法まで解除してしまったために、その身は地面へ向けて落下し始める。


 が、その途中で、彼女は空間を渡ってしまう。


 それからは追い駆けっこだった。


 レイチェルが現れた先に、一瞬遅れてリドウも現れる。それが何度か繰り返された。

 どうやって彼が自分の転移先を察知しているのか、その手品の種は彼女にも理解できなかったが、現実に目の前で起こっている事を否定するほど、彼女も楽観的ではなかったようだ。


 レイチェルは転移を行使しながら、同時に攻撃魔法も詠唱し、リドウへ向けて放つ。


 しかし、彼は身を捻るだけで躱してしまうか、回避不可能の広範囲攻撃をしてみれば、刀で魔法を切り裂いてしまう。


(まずい……このままではいくら我でも、先に魔力が尽きかねん)


 レイチェルの魔力キャパシティは、万全の状態のリドウにすら倍する勢いだったが、常にほぼクワッドキャストが強いられている現状が延々と続いてしまえば、何か事前に魔力を消費する原因があったのか、なぜか感じる力量よりも残存魔力が乏しく感じられる彼よりも、先に魔力が尽きてしまうのは明白だった。

 その時の訪れはまだ大分先の話だったが、この二人のような等級で行われる戦闘では、そこまでを常に想定して動かなければならない。


(ちっ、この殲滅師チートめが。悔しいが、“本気で”いかなければ勝てぬな。そのためには一度、時間を稼がなければ……こんな事なら先に準備しておくのだった)


 レイチェルは内心で連続している舌打ちを押し隠し、追い駆けっこから魔力障壁対決に切り替えつつ、リドウへ向けて話し掛ける。


「おい、人間」

「…………」


 が、リドウは応えない。


「人間、返事をしろ」

「…………」

「……月紅」

「何だ?」


 攻撃の手は一切緩まないが、ようやくの返事。しかしレイチェルは、何て面倒くさい人間だ、と内心辟易してしまう。


「……本気の我と闘いたくないか?」

「なに?」

「我は今のままでは本気で戦えないのだ。ちょっとした手順が必要でな。ランスロットなら大喜びしそうなものだが、貴様はどうだ?」


 リドウは正直、一瞬だけ本気で迷ってしまった。バトルジャンキーの度し難さだ。


「……断る。あんたはここで倒させてもらう」


 大勢で寄って集ってフクロにしたり、罠を張ったりは死んでもしないが、本気を出させないのはアリ。既に戦闘が始まっているのならば尚更に。

 複雑怪奇なバトルジャンキーの論理であった。


「そうか」


 断られたレイチェルだったが、しかし……


 その顔は嘲笑で彩られる。


「ならば、後悔しろ!」


 その宣言と同時に行使される空間転移。


 現れた先は再び上空。


 リドウもそれを追い駆けていたが、出現すると同時に、レイチェルが全ての魔力を一つの魔法につぎ込みながら、既に頭から真っ逆さまに落下を始めている姿を目にした。


 そして、彼女の見つめる先には市街地があり……己は身体能力のみによって空中でそちらへ全身を向ける。


(我を殺すか、人間? 確かに容易かろうな、今ならば。しかし、城下の人間は全滅するぞ?)


 まさか、とリドウが心の中で殆ど絶叫した瞬間だ。


 彼は反射的に城下町の方へ転移を行使していた。


 ――それがレイチェルの狙いだと理解していて、なお。


(それでいい)


 視線は城下町を捉えていたが、リドウの転移を魔力波で感じ取り、嘲笑を深める。


 同時に、クワッド魔力砲を解き放つ。


 極大の光線が城下町へ突き刺さろうとする直前、リドウがその射線上に現れた。


「おぉおおおおおおおおっ‼」


 全力で魔力障壁を展開し、魔力の暴力から城下町を守護する。


 転移とほぼ同時の詠唱ではトリプルが精一杯だったが、それで一瞬の抵抗をしている内にクワッドへ、そしてクイントキャストへと障壁を強化していく。


 結果、リドウの努力の甲斐あって、城下町は無事に守られた。


 が、リドウの方はそうもいかない。肉体的には特段問題無かったが、クイントキャストの行使によって、ただでさえ残り少なかった魔力が……あと二割というところか。もう一発同レベルの魔法を使わされたら、それでスッカラカンになるだろう。クワッドキャストでも少々特殊な消費量になってしまう天破煉翔となると……おそらくもう使えない。


(まずいな。最悪、奴の力を殺して捕えるつもりだったんだが……)


 決して表面には出そうとせず、しかし内心では低く唸る。今の二の舞を避けるため、少しでも城下町から離れるべく、レイチェルの方へ疾走しながら。


 レイチェルはまるで何事も無かったかのように、静かにその場に立っていた。

 その身から、何か妙な気配が発せられている事にリドウは気づいたが、今までに覚えのある感じではなく、一体何なんだと疑問に思いつつも、怒気を押し殺した声で話し掛ける。


「てめぇ……」

「人間など、我にしてみば、害虫と変わらん」


 リドウが何を言いたいかなどお約束と言わんばかりにレイチェルは先回りし、平然と言い放った。


「久々にドタマに来たぜ……ッ」


 リドウは刀を薙ぎ払い、地面を三日月状に切り裂きながら、鋭い目つきでレイチェルを睨みつける。


「てめぇはタダじゃすまさねぇッ!」


 だが、レイチェルは微かにも怯まず、不敵に笑う。


「世界を異にする星が産み落とせし精霊種の力、その矮小な身でとくと味わうがよい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ